長距離運転

少し前の話だが、久しぶりに長距離運転をした。
郊外の遠賀川まで走らせたのだが、その距離たるや往復約100キロ、時間にして約4.5時間であった。目的地での所要時間は30分程度だったので、ほぼ4時間フル運転したことになる。
高速道路を走れば100キロなんかあっという間だが、何しろ渋滞の市道を走るのだから、時間のかかることかかること。
しかも、久しぶりに走るルートで道路事情は変わっているし、カーナビは5年間ほど更新していないので当てにならない。実際、目的地を行き過ぎてUターンすると言った失態であった。
ただ、良くなったのはトイレ休憩である。次から次にコンビニがあり、昔のようにトイレを探しまくる必要は全くなかったし、飲み物も簡単に手に入れることができた。
それにしても疲れた。元来運転が好きだったのに、気を使い過ぎたのか体力の衰えからかぐったりと疲れてしまった。
この分では運転免許返上も近いかもしれない。

  久方の遠出運転花は葉に  英世

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四度目の舞鶴公園吟行

昨日の渦潮句会の吟行はまたまた舞鶴公園であった。
もう口にするのもどうかと思うほどであるが、それはそれなりに楽しいものである。
この日は大雨が心配されたが、降ったりやんだりの小雨で、その雨が若葉や牡丹などの埃を洗い流して眩しいほどの吟行日和であった。
いつものように大手門に集合し、まず牡丹・芍薬園を巡ったあと城址を吟行したが、城内はいま藤の花とつつじが満開で、これほどの藤の花を見たことはないと感嘆の声を上げてしまった。
また、春も終わりと言うことで城内は雨に洗われた新緑が美しく、城の石垣には蝸牛が何匹も這っていた。
何時もは季節にこだわる先生も、この日だけは見たものを詠もうと初夏の季題を先取りすることを容認された。
季節の先取りはせずに詠んだ私の今日の一句をご紹介しよう。

  城垣や戦火の如くつつじ燃ゆ  英世

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百千鳥

硯潮句会のもう一方の兼題は「百千鳥」であった。
春の野山や人里を問わず、たくさんの名のある鳥が鳴きかわすことを百千鳥と言う。百とはもちろんたくさんのと言う意味である。
春の似たような季題にさえずりがあるが、さえずりは鳥の鳴き声を主とした季題であるが、百千鳥はたくさんの鳥そのものを呼ぶもので、その色や姿までに及んでいるような気がする。
鶯、四十雀、雲雀などの春の鳥を個々の名前でなく、全体を捉えて百千鳥と呼ぶところをどう詠むかである。
その百千鳥を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  参道に馬蹄の響き百千鳥  英世

桃の花

昨日は月曜日で仕事もないので脊振山に登るつもりで車を走らせていたところ、何を勘違いしたのか車は油山に向かって走っていた。習性とは恐ろしいもので、仕方がないので脊振山は後日にして目の前の油山に登った。
怪我の功名とでも言おうか、この日の油山は新緑がまぶしいくらいに美しく快適であった。
さて、今回の硯潮句会の兼題は「桃の花」と「百千鳥」であった。
まず、四月の花ごよみでご紹介した桃の花だが、お隣の中国では梅・桃・牡丹の花見が昔から盛んで、特に春の花といえば桃の花をさして呼ぶことが多いようである。
日本で花見と言えば桜であるが、それは日本人が昔から桜に馴染んでいるだけであって、桃の花も捨てたものではない。
事実、古事記にはイザナギノミコトが黄泉の国から逃げかえる時に、桃三個を投げて鬼を追い払った話がある。
また、果樹園の満開の桃の花を見ていると、その桃園の下で兄弟の契りを結んだ三国志の英雄たちにも頷けるものがある。
その桃の花を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  母の背に顔を隠す子桃の花  英世

今日は月曜日

今日は月曜日である。
週のはじめと言うだけで別に普段と変わりはなさそうなものだが、私にとってはこの月曜日は特別な日なのである。
と言うのも月曜日はほとんどの施設が休みで、図書館はもとより動植物園も休みで一日中退屈してしまうからである。
この日に仕事が休みの場合、ましてや雨降りの日などは本当に何をしていいかわからず迷ってしまう。
女性であれば地下街やデパート巡りもあろうが、私にそんな趣味はない。
だが、待てよ。自然に休みはない。周辺の山々や野原、河川敷に休みと言うことはない。そうか今日は天気もいいし、このような日こそ山に登ればいいのだ。
このブログを書き終えたら久しぶりに脊振山に登るとしよう。

 春の山しばし無聊を慰めむ  英世

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