筥崎宮吟行

今回の渦潮句会吟行は筥崎宮であった。
この日は朝からの雨も上がり、梅雨雲の垂れ込める中での吟行であったが、時折青空が覗く絶好の吟行日和であった。
筥崎神宮はたびたび吟行で訪れる場所で、参道沿いの花庭園が有名であるが、実は神社の裏にも広大なあじさい苑があり、季節になると一斉にきれいな花を咲かせてくれる。そのあじさい苑を訪ねるのが今日の目的であった。
この日はまず神社に参拝した後でさっそくあじさい苑に向った。
ところが、この紫陽花は俳句ではもう詠み尽くされているのではないかと思われるほどたくさんの例句がある。
あれを詠んでもこれを詠んでもどこかに似たような句、つまり類想句がありはしないかと気になって仕方がなかった。
藍、紫、青、白と咲き乱れる3500株の紫陽花を前に、何か今までにない感動はないかと沈思黙考したが、なかなか良い句は浮かばなかった。
また、そのあと訪ねた花庭園はこれまた百合の花に埋め尽くされ、むせ返るほどの香りが漂っていた。
例によって苦心惨憺して詠んだ句の中から今日の一句をご紹介しよう。

  色香にも進化てふもの七変化  英世

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一句の風景

船足をしばし止めて花菖蒲

柳川の川下りを楽しんだ時の句である。
柳川は私の生まれた村にほど近く、昔から親しんできた町である。
子供の頃は今のように川下りは盛んではなく、雛祭や舟芝居の行事の時だけにぎわっていたような気がする。
どんこ舟と言う小さな川船で、城下や下町の川辺の風景を巡るのだが、ある一点で船頭が船を岸部に寄せて船足を緩めた。その眼の先にあったのが花菖蒲である。
船頭の説明ではある個人が植えた花菖蒲が観光名所となり、見頃にはこうして船を暫し止めるということであった。
舟遊びの後で名物の鰻をいただいたこともあって、この川下りが花菖蒲と共に強烈に印象に残っている。
2014年(平成26年)6月「季題:花菖蒲(春)」

私の好きな一句  隣に駐車場

おはようございます。
昨日はシステムのトラブルで更新できませんでした。改めて昨日予定していた原稿と共に掲載いたします。

私の好きな一句
谺して山ほととぎすほしいまゝ  久女
北九州在住の杉田久女が修験道の大道場であった福岡県の英彦山で詠んだ句である。
英彦山を訪れた久女はそこで時鳥の澄み渡る鳴き声を聞いた。
その美しく鋭い鳴き声は深い緑の山々にこだまして、久女はそれを「ほしいまゝ」と切り取ったのである。
久女は女性俳人の魁の一人で、当時ホトトギスに投句して虚子からも高い評価を得ていた。とは言えまだ男性中心の俳句の世界で、「ほしいまゝ」にふるまえない自分の境遇を時鳥に託したのかもしれない。
その後久女はホトトギスを破門され、精神に障害をきたすという不遇な晩年を送っている。

隣に駐車場
すでにお話ししたように、隣がコインパーキングになった。こんな閑静な住宅地で時間駐車する人がいるのだろうかとも思うが、私がとやかく言う問題ではない。
ところで、アパートが解体されて駐車場になったことで初めて気が付いたことがある。
まず、アパートが目隠しになって我が家の玄関先が目立たないようになっていたのが、玄関ドアを開けるたびに玄関の中が丸見えになってしまったのである。
結果、目隠し用と酔っぱらいの私が駐車場に落ちないようにと、簡単なフェンスを立てなければならない羽目になった。
更にはアパートが適当な日影を作ってくれていたのに、無くなったことで西日がまともに当たり、暑いのなんの耐えられたものではない。これではエアコンの電気代はうなぎ上りであろう。
古いアパートが立っている時は、やれ見栄えが悪いだの危ないだのと文句を言っていたくせに、いざ解体されてしまうとまた新たな文句を言う。
いやはや人間とはなんと我が侭な動物なのだろうか。

  新築の間取りの誤算大西日  英世

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私の本棚「ホトトギス巻頭句集Ⅱ」

昨日は久しぶりに雨の中の散歩を楽しんだ。やはり梅雨には雨がよく似合う。
さて、ホトトギス巻頭句集の続きである。
この巻頭句集は明治41年から始まっているが、当初は私の愚脳ではなかなか理解できない難解な句が多かった。中には「ふくよかの花の香や火桶火や冬の小室に」(島村元)のように、あと数文字足せば短歌のような巻頭句もあった。
ところが、虚子の言う「有季定型」「客観写生」が浸透してきたのか、大正10年ごろからいま私たちが親しんでいる俳句の型が多くなってきた。
そこで登場してきたのが阿波野青畝、山口誓子、川端茅舎、水原秋櫻子の面々である。大正13年の9月から12月の四か月間はこの四人で巻頭句を分け合っている。
その後の俳句界をけん引していく彼等が切磋琢磨している姿に、虚子は眼を細めていたに違いない。
彼等に続きその後登場してくる著名な俳人の句を楽しむことができる巻頭句集であった。

 五月雨や一日紐解くホトトギス  英世

私の本棚「ホトトギス巻頭句集Ⅰ」

ずいぶん前に「ホトトギス巻頭句集」を読んだとお話ししたが、先日来その本をあらためて読み直してみた。
そこで気がついたのだが、ホトトギスでは当初は投句者の表示は俳号のみを記してきた。
ところが、大正5年5月号より地名をふり、大正13年8月号からは苗字と俳号を記すようになったのである。その後また地名と俳号だけの時期があったが、最終的には今の地名、名字俳号に落ち着いた。
どうしてそうなったのか考えてみたが、明確な解答は浮かばなかった。
選者の思い付きまたは何らかの意図があったのか、読者からの要望か、投句者からの要望かはっきりしない。
長年経つと似たような俳号の人、特に本名では全く同じ人が増えて何らかの区別をする必要に駆られたではなかろうか。
ちなみに私の所属する冬野も現在は、地名、名字俳号とそれに倣っている。

  紫陽花や我が俳号はEISEIさん  英世

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