私の好きな一句

梅咲いて庭中に青鮫が来ている 金子兜太

現代俳句の旗頭金子兜太の代表句である。
この句は自分ではなかなか解説できないので、角川書店の名句鑑賞辞典に答えを求めることにした。
「海の鮫が庭に上ってくるはずもないが、紅葉を見て紅い犀を思い、秩父の郷に狼を思う作者である。梅が咲き草の萌えかかる庭に鮫を想像しても不思議ではない。」
私は伝統俳句を目指しているので、この金子兜太の句にはなかなかなじめないが、それでもこの句は好きである。
句を読んでいると日本昔話の因幡の白兎の鮫の群れを想像してしまう。
白兎ならぬ金子兜太に騙されて、青鮫どもが庭にやって来たのではなかろうか。

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馴染みのない季題「治聾酒」

今日は春の季題、治聾酒(じろうしゅ)についての話である。
治聾酒とは立春から5番目の戌 (いぬ) の日に、土地の神様に供える酒、またはこの日に飲む酒のことで、この日に酒を飲むと耳の障害が治るという。
治聾酒と言う特別の名の酒がある訳ではない。
日ごろ馴染みのないこの治聾酒をなぜ取り上げたかと言うと、最近私の耳が少し遠くなって来たことを自覚しているからである。
進学塾で仕事をしているが、教室は場所柄シーンと静まり返っており、塾生も蚊の鳴くような小さな声で話しかけて来る。それがよく聞き取れず何度も聞き返すことが多くなってきたのである。もっとも私だけではなく同年代の同僚は皆そうだが。
健康診断でも「耳に異常あり、専門医の診察を」との注意書きがあったが、通常生活に支障はないからとそのままにしている。老化からくる現象であることは明らかで、専門医に行けばもっともな病名を上げて、補聴器を付けろの何のといろいろ言うに決まっている。
と言うことでこの治聾酒のことを思い出し、社日の今夜はこの治聾酒を飲んでみようと思っているが、果たして本当に効くのだろうか。毎日のように飲んでいる私には多分効果はないだろう。

  治聾酒も日ごろの酒と変はりなく   英世

室見川吟行

百年句会吟行はこれから半年間、私と外2名が当番であり、その最初の当番で選んだ吟行地が室見川河畔であった。
室見川は市内の西区を流れる市民によく親しまれている川で、その源は遠く脊振の山に及んでいる。
この川は息子が小学生のころ二人で小鮒を釣って楽しんだ思い出の川でもある。
この季節川には素魚の簗が仕掛けられ春の風物詩となっている。この日は丁度上潮時になり、実際に素魚を汲んでいる場面を見る幸運に恵まれた。
春の室見川を吟行した後は、割烹寿司店の美味しいランチを戴きながら、そのお店で句会を開いた。
その室見川の素魚を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  脊振嶺の風が呼びたる素魚かな  英世

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一句の風景

草餅のうすき焼印老舗茶屋

太宰府名物に私の大好きな梅が枝餅がある。
いつもは白い餅に小豆の潰し餡が入っているのだが、この時期だけ特別に草餅の梅が枝餅が売り出される。
吟行のついでによくその鶯色の梅が枝餅を食べるのだが、よく見るとそこには可愛らしい梅の花の図柄が焼き付けられていた。
なんとなくほのぼのとした気分を句にしたものである。
2014年(平成26年)3月「季題:草餅(春)」

春泥

春泥とはその字のごとく春の泥で、春の土とは違う。
どこが違うかと言えば、春の土は乾いていようがぬかるんでいようが一般的な土のことだが、春泥は春のぬかるみのみを指して言う言葉である。
土の道路やグラウンドなどでは雨が降ったりすると一年中ぬかるみになるのだが、春泥は春に限って言うものである。
春の雪や遅霜などで凍てついていた土が、春の雨や雪解けなどで緩み始め、歩くことに難儀することも多くなる。
他の季節のぬかるみとは違った特別の思いや情感を句に込めなければならない。
その春泥を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  春泥を跳ぶ先生の若さかな  英世

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