一句の風景

永き日の悠々自適といふ無聊

昨日はあまりのうららかさに急に思い立って、約30分歩いて近くの日本庭園「友泉亭」を訪れた。新緑の眩しい光を愛でながらお抹茶をいただき、庭をゆっくり散策してのんびりとしたひと時を過ごした。
さて、今日の一句はそんな昨日とは打って変わって、春の日永にすることもなく退屈な雨の一日のことである。
じっとしていることのできない私は晴れていれば植物園に行ったり山に登ったり近所を散歩したりするのだが、この雨ではどうしようもない。
定年退職後、別に経済的にゆとりがある訳ではないが、他人から見れば悠々自適の老人に見えるだろう。
ところがこれほど退屈なことはない。
俳句関係の本を引っ張り出したり新聞を読み返したりしても、私の無聊を慰めることは出来なかった。
2014年(平成26年)4月「季題:日永(春)」

2017041915580000 (002) 2017041915520000 (002)

スポンサーサイト

一句の風景

草餅のうすき焼印老舗茶屋

太宰府名物に私の大好きな梅が枝餅がある。
いつもは白い餅に小豆の潰し餡が入っているのだが、この時期だけ特別に草餅の梅が枝餅が売り出される。
吟行のついでによくその鶯色の梅が枝餅を食べるのだが、よく見るとそこには可愛らしい梅の花の図柄が焼き付けられていた。
なんとなくほのぼのとした気分を句にしたものである。
2014年(平成26年)3月「季題:草餅(春)」

私の好きな一句

雀の子そこのけそこのけ御馬が通る  一茶

小学生でも知っている一茶の代表句である。
大名行列の前で雀が遊んでいる雀を見た一茶は、思わず「そこのけそこのけ」と大名行列の声をまねて雀に注意したのではなかろうか。
農耕馬だとか子供のお馬遊びだとか、いろんな解釈ができる句ではあるが、私はこの大名業行列の仰々しさと雀の可憐さを対比した解釈が好きである。
そこのけという言葉に大名行列に対する迷惑と言うか批判的な目を見ることもできる。
一茶は私の学んでいる伝統俳句とは少し違った、庶民の生活や遊びの句が多いが、それがまた彼のよさであろう。

好きな一句

降る雪や明治は遠くなりにけり 中村草田男

今の私たちが昭和を懐かしむように、草田男もしみじみと明治を懐かしんでいるのである。
その懐かしむ心中が降る雪やという言葉に込められており、最後の「なりにけり」で心の内を言い切っている。深々と降る雪の中で、傘を差しただぼうっと立ち尽している作者の景が浮かんでくる。
草田男はどのような気持ちで明治を懐かしがっていたのだろうか。老いていく自分、先立つ友人を母校の小学校の前に立って偲んでいるとも思える。
なお、この句は典型的な「や、けり」であるが、抱え助詞の「は」がそれを救っていることを初めて知った句でもある。
また、この句は必ずしも名句とは言えないとか、盗作ではないかと言う評論家もいるが、それは別にして私の好きな一句である。

好きな一句

目出度さもちう位也おらが春  小林一茶

「めでたさも中くらいなりおらが春」、正月と言うとまず私の頭の中に最初に浮かんでくるのがこの一茶の句である。
この句の面目は何と言っても中くらいなりである。中くらいと言っても成績の中くらいと言った順位や程度ではなく、信濃の方言で、あやふやとかいい加減とかどっちつかずといった意味で使われている。
では何があやふやかと言うと、一茶は「ことしの春もあなた任せになんむかえける」と言っている。
つまり、一茶は阿弥陀様に向って今の一茶は「あなた任せの」吹けば飛ぶような暮らしぶりで、そのありのままで正月を迎えている。だから目出度いのかどうかあいまいな自分の正月であると語っている。
正月を迎えるたびにすぐ口にする私の好きな一句、第一号である。

 | BLOG TOP |  NEXT»»