桃の花

昨日は月曜日で仕事もないので脊振山に登るつもりで車を走らせていたところ、何を勘違いしたのか車は油山に向かって走っていた。習性とは恐ろしいもので、仕方がないので脊振山は後日にして目の前の油山に登った。
怪我の功名とでも言おうか、この日の油山は新緑がまぶしいくらいに美しく快適であった。
さて、今回の硯潮句会の兼題は「桃の花」と「百千鳥」であった。
まず、四月の花ごよみでご紹介した桃の花だが、お隣の中国では梅・桃・牡丹の花見が昔から盛んで、特に春の花といえば桃の花をさして呼ぶことが多いようである。
日本で花見と言えば桜であるが、それは日本人が昔から桜に馴染んでいるだけであって、桃の花も捨てたものではない。
事実、古事記にはイザナギノミコトが黄泉の国から逃げかえる時に、桃三個を投げて鬼を追い払った話がある。
また、果樹園の満開の桃の花を見ていると、その桃園の下で兄弟の契りを結んだ三国志の英雄たちにも頷けるものがある。
その桃の花を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  母の背に顔を隠す子桃の花  英世

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私の好きな一句

戒名は真砂女でよろし紫木蓮  真砂女

以前、俳句のはの字も知らないときに鈴木真砂女の割烹「卯波」を訪ねたことをお話ししたが、それ以来彼女の句には注目して読んでいた。
彼女の強烈な個性は「羅や人悲します恋をして」に窺われる。純愛ではなく不倫と言う愛の葛藤を彼女なりの俳句にしたものである。
そのような真砂女であるが、反面物事にこだわらないさっぱりとした性格も持ち合わせているのではなかろうか。
死んでしまえば何もかも終わりである。死してもっともらしい戒名などいらない。
この句はそのさっぱりした性格を好きな紫木蓮に託して存分に発揮した句だと言えよう。

  木蓮や真砂女の卯波とは知らず  英世

私の好きな一句

春の海ひねもすのたりのたりかな   蕪村

蕪村らしいゆったりとした句である。
この句は、後日蕪村の苗字になった丹後与謝の海を詠んだともいわれている。柔らかな日ざしのなか、波穏やかな与謝の海が広がっている。海上に浮かぶ天橋立にはのたりのたりと春の波が寄せている。
その風景を思い浮かべるとまさに蕪村の絵を見ているような気持になる。
芭蕉が「荒海や佐渡に・・・」と荒々しく詠んだのに対し蕪村は「のたりのたり」と詠んでいる。
勿論詠んだ季節が違うのでその表現も自ずと違うのであろうが、私には蕪村のやさしさが表れているような気がしてならない。

またまたまた舞鶴公園吟行

昨日の百年句会吟行はこの春三度目の舞鶴公園であった。
この日は昨夜の大荒れの天気から一転して春らしいうららかな吟行日和で、残りの桜や咲き始めた藤の花などを愛でながら気持ちよく吟行することができた。
例年ならとっくに桜は散ってしまっているはずなのに、今年は出だしが遅かったせいかまだまだたっぷりと楽しむことができた。
特に城内一杯に咲き誇る八重桜は、今が盛りで触れれば零れるほどの咲きっぷりであった。
一方、牡丹園では本来五月のはずの牡丹が次々と花を咲かせ、緋や白のボタンを見ているとさすがに花の女王だと、その妖艶さにうっとりとさせられた。
この牡丹をどう詠むかだが、春の牡丹では説明的で弱すぎる。ここは季節を先取りして強く詠むしかないと覚悟を決めた。
今日はその牡丹の一句をご紹介しよう。

  ぼうたんにため息深き漢かな  英世

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鞦韆

もう一つの兼題「鞦韆」とは「しゅうせん」と読み、ぶらんこのことで「ふらここ」、「半仙戯」とも言う。
公園などで子供が揺らして遊んでいるこの鞦韆が、なぜ春の季題なのか気になったので調べてみることにした。
歳時記によると「中国の古い話に、寒食(冬至の後百五日目の日に、風雨が強く火を断って冷食した)の日に宮殿でぶらんこを作って官女たちが戯れたとある。」そのことから春の季題とされたのである。
そんな理屈はどうでもよいが、冬から解放された子供たちが青空に向ってぶらんこを漕ぐ姿は、躍動感を伴ってどうしても春の季題でなければならないと思った。
その鞦韆を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  鞦韆の子の太陽を蹴上げけり  英世

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