夏のおでん

おでん大好きの私は時々無性に食べたくなっておでん屋に行く。
おでん屋と言ってもそこはうどん屋でメインのうどん、蕎麦の他におでんと酒を売っているからである。
昔はおでんと言えば居酒屋の定番で、ジュラルミンのおでん鍋がカウンター越しに備えられ、その鍋で酒のお燗もできるようになっていた。
女将がそのおでん鍋から皿に取り分けてくれ、お酒の燗の温度を手で確かめて注いでくれたものである。
ところが、うどん屋のおでんは客自身が皿に取り、食べた後で何個食べたと申告する仕組になっている。おでんの値段は一個100円、この安さでは先ほどの女将並みの気配りを期待するのは無理であろう。
それでも、嬉しいことがあった。
おでんは俳句で冬の季題となっているように、一般的には寒い時期の食べ物であるが、このうどん屋では一年中、つまり暑い夏もおでんを出すという。
この夏は汗をかきながら、大根、厚揚げ、こんにゃくと大好きなおでんを肴に生ビールをぐいぐいとあおりたいものである。

  うどん屋で食ぶる真夏のおでんかな  英世

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タイ料理

先日お話ししたように、福岡城址の梅林吟行の折に久しぶりにタイ料理を食べた。
久しぶりというのは20年ほど前に仕事でタイのバンコックに行った折に、現地の友人の案内でこのタイ料理を食べたことがあるからである。
タイ料理と言えばトムヤンクン。
実はタイで食べた料理もこのトムヤンクンしかほとんど覚えていない。
この日、赤坂のタイ料理店「ミス・サイアム」で食べたランチコースは、揚げ物とサラダ、トムヤンクン、メインの鶏肉のカシューナッツ炒めであったが、その辛さが半端ではない。とにかく辛い。体内で春雷が暴れまわったいるようであった。
タイビールを一杯戴いたからかもしれないが、汗をかきながら顔中真っ赤にして食べたほどである。
ところがどうも現地で食べたタイ料理の辛さとは少し違うような気がしてきた。
辛さは人によって好みがあるので、この店では現地タイ並み、日本人好み、その中間とチョイスできるようになっており、私は迷わず現地並みの辛さを注文した。
それでもタイで食べたものよりもこの店のトムヤンクンの方が辛いような気がした。
思うにタイで食べたトムヤンクンは、友人が私に何も聞かずに辛さを日本人並みにしていたのかもしれない。
それにしても汗をかきかき食べたタイ料理の後味はすっきりしたものだった。
またいつか食べたいと思う癖になりそうな料理あった。

 口中に走る春雷トムヤンクン  英世

野菜大好きに

私の三度の食事には毎回野菜類がたくさん出て来る。元々野菜は多い方であったが、このところの量と言ったら半端じゃない。
大きな深皿いっぱいの生野菜で、その中には細かくみじん切りにしたトマトやゆで卵、豆腐、豆類、チーズ、海苔、キムチ、などが日替わりで複数入っている。
ドレッシングはノンオイルに限りたまに使用するが、専ら何時ぞやお話しした庄分酢の美味酢に醤油を申し訳程度に垂らしたもので食べている。また、時々食べる温野菜も結構美味しい。
元々野菜好きではなかったが、「食べられるだけありがたいと思え」と食べているうちに抵抗がなくなり、息子からも「お父さん変わったね」と言われるまでになった。
医者の言にあるように、野菜と魚中心の食事のお陰で私の健康が保たれている訳だから、ここは感謝しながら笑顔で食べるしかあるまい。
野菜大好きになった私、今夜はどんな野菜が食べられるだろうか。

  とりどりの生野菜食べ春を待つ  英世

あみ漬

キムチあみ漬なるものを家内が買ってきた。
「あみ」とは小エビに似た甲殻類の一種で、それを塩漬けにしたのがあみ漬である。
私の子供の頃は有明海の名産で、おかずの少ない時代にこのあみ漬だけでご飯を何杯も食べたものである。
その頃は両親に高血圧症などの健康に関する知識もなく、私たちが美味しいと喜ぶものだから何も考えずに食べさせていたのであろう。
買ってきたのはこのあみ漬にキムチをまぶして風味を持たせたものである。
その懐かしいあみ漬かと、少しぐらいならよかろうと食べてみたところ、今にも吐き出しそうな塩辛さであった。
健常者には美味しいものかもしれないが、高血圧気味で薄味になれた今の私にはどうしても食べられない代物であった。
あみ漬けには申し訳ないと思いながらもそっくり捨てることにした。味見もしないで買ったのも悪いのだが。

  薄味になれし食卓クリスマス  英世

エゾシカの肉

先日、俳句の会「鴻臚」の先輩女性のお家に句友数人でお邪魔し、昼間からお酒となってその折エゾシカのすき焼きを戴いた。
エゾシカつまり北海道の鹿の肉である。
鹿の肉を食べたのは現役のころ友人と奥鬼怒の加仁湯温泉に遊び、そこで熊の肉と一緒に食べて以来である。
昨今はシビエとか称して野生動物の肉を食する向きもあるらしいが、日本ではまだまだ定着していないようである。
エゾシカの肉は脂身が少なくその上柔らかい。加えてその美味しいこと、これが言うところのシビエとは思われない美味しさであった。
日本でもシカやイノシシの横暴に困り果てているという。何とかそれらを捕獲し食することが普段の生活になればと思ったりもしながら美味しく戴いた。
なお、俳句や和歌の世界では鹿は秋の季題となっているが、それは主として鹿の鳴声を意識している。果たして鹿の肉が俳句になるのだろうか。

  宮島の鹿も野生に目覚む頃  英世

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