夕焼けと夕映え

先日、西の空を真っ赤に染める美しい夕焼けを見た。
夕焼けを見ると、子供の頃に田んぼから父のリヤカーに乗せてもらい、歌を歌いながら帰った記憶がよみがえる。その時に見た夕焼けも美しかった。
このように夕焼けには何となく遠い郷愁のようなものが呼び起こされる。あの「夕焼け小焼け」の詩もそのような感傷を歌にしたものであろう。
ところで、夕焼けの他に夕映えと言う言葉がある。
違いは何だろうと調べてみると、まったく同じ気象現象だということであったが、なんとなく夕映えの方がより強く郷愁を感じるような気がする。
ちなみに、夕焼けは秋が一番きれいだと思うのだが、堂々たる夏の季題となっている。それなのに、夕映えはホトトギスでは季題ではなく、角川では夕焼けの傍題となっている。

  我がこころ連れ去る冬の夕焼かな  英世

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公民館文化祭

俳句の会鴻臚は毎月簀の子公民館をお借りして開催しているが、その公民館が公民館祭を開催するというので昨年に引き続き文化祭の部に参加した。
公民館に長いことお世話になっているので、少しでもお役に立てればと言うのが正直な気持ちである。
公民館祭は地域住民との交流を目的に毎年開催されているもので、今年もダンスやコーラス、相撲甚句などの芸能部門、書画や俳句などの文化部門、少年による少林寺拳法演武、バザーなどにぎやかに開催された。
いつも公民館を利用している地元の人たちのはつらつした演技や作品に、世の中にはこんな活発な高齢者や元気な子供たちがいるのかと感心させられた。
鴻臚句会では会員全員のお気に入りの俳句を色紙や短冊にしたため展示したが、私のつたない句も短冊に認めると、立派に見えるから不思議である。
今日の一句はその短冊の句である。

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私の本棚「子規は何を葬ったか」

このところの私の本棚は子規一点張りである。と言うことで、今泉恂之助著の「子規は何を葬ったのか」を読んだ。
この書で、著者は子規が一茶から子規までの俳句界を総じて「卑俗陳腐である」として月並俳句と呼んだことから、俳句史家や文芸評論家が一斉に右へ倣いをし、不幸にして100年のブラックボックスが生じてしまったと言っている。
確かに言われてみれば、後年編纂された種々の俳句歳時記にも、この間の俳人を例句として取り上げたものは極めて少ない。
少しは俳句を齧った私でも、この100年間の俳人の名を挙げよと言われてもすぐには思い当たらない。
それを著者はこの間にも優れた俳人はいたとして、天保の成田蒼虬、桜井梅室、田川鳳朗の句を挙げて評価している。
中には月並みの句も含まれているが、それらは美的(美語ではない)写生の句が多いとしている。
この書にはほかにも芭蕉・蕪村・一茶から近代俳句の父・子規へと滔々と流れる俳句史から「消された100年間」を多岐にわたって紹介しているが、それはまた別の機会に譲るとしよう。

  秋灯下子規に没頭してをりぬ  英世

動物園の悲哀

植物園を後に久しぶりに動物園のほぼ全域を訪れた。
スロープカーを降りてすぐのトラやライオンから一番奥のお猿の山までくまなく歩いて見て回ったが、その途中で寂しいというか哀しい光景をたびたび目にした。
というのも居るべきはずの動物が居ず、空の獣舎があちこちに見られたからである。
中でもこの1,2年の間に象を始めゴリラ、サイと言った大型動物が次々に死んでしまい、その檻が空のままになっている。
そのほかにもつがいで居たはずの動物が片方だけになって、何れ消滅してしまうのではなかろうかと思われるものもあった。
世界的に動物の捕獲や売買が難しくなり、動物園の目玉であるべき象などが入手困難になっているとも聞いている。
これからの動物園はただ見せるだけではなく、ツシマヤマネコのように繁殖にも真剣に取り組まなければならないと感じた。

  秋風の空の獣舎を吹き抜くる  英世

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秋の植物園

秋風に誘われてまたまた植物園を訪ねた。
この時期の植物園は花の端境期でどことなく寂しい感じがする。
秋の薔薇園も火の消えたような寂しさで、たまらず薔薇園を手入れ中の園丁にいつ頃が見ごろになりますかと聞いたところ、「いま莟が一杯付いているので今月の中頃からは見頃になるだろう」と言うことであった。
その頃また来ようと思いつつ薔薇園のテラスに立ってみると、傍らで珈琲、紅茶などの飲み物の出張販売をしていた。
めったに珈琲は飲まない私だが、何となく秋風に吹かれながらのどを潤したくなり、一杯の珈琲を注文した。味よりも爽やかさが印象に残っている。
その足で動物園を訪ねようと入り口広場に戻ると、写真のような「おちばプール」なるものが設置されていた。聞けばその中に入って子供たちを遊ばせるということであった。晩秋ならではの微笑ましい光景であった。
今日の一句はその植物園の四阿に展示されている私の俳句をご紹介しよう。

  子供らの夢を背負いて神の旅  英世

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