みずからエコ

先月の話だが、朝日新聞の広告コラムで「みずからエコ」なる記事を詠んだ。
企業広告と言うのが少し気になったが、なるほどと思う節もあるので、原文のままご紹介しよう。
「エコという言葉を誰もが口にするようになって久しい。特に若者の間では、自分たちなりにエコを楽しむ流れが広がっている。ゴミをできるだけ出さないロックフェスティバルに参加、人気ファッションブランドのかわいいエコバッグを持って買い物、サーファーたちが自発的に海岸を清掃。やりたいからやる。それがいまのエコスタイルだ。」(原文のまま)
なるほどエコを楽しむという考え方もあるのか。
エコと言えばすぐ太陽光、節電、資源回収、リサイクルなどと大仰に考えることが多いが、このような自分に出来ることから始めるのもエコなのかもしれない。

 水撒くや蛇口を少し絞り込み  英世

初詣

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今年も昨日の元旦に初詣に行った。
その朝の今にも雪が落ちてきそうな天気とは打って変って、私たちがお参りした午後からは、素晴らしい正月の青空が見えていた。
昨年は長男一家と箱崎宮、住吉神社、護国神社と三社詣をしたが、今年は長男一家と早良区藤崎の紅葉八幡宮と護国神社だけにお参りした。
紅葉八幡宮を選んだ理由は、新年の百年句会で、この紅葉八幡宮に吟行することが決まっており、その下見をしたかったからである。
紅葉八幡宮は文明14年7月(室町時代1482)筑前の国、橋本村柴田蔵人佐繁信によって建立され、以後紅葉八幡宮は橋本村一円の氏神様として崇敬されてきた。
江戸時代になり、黒田藩三代目藩主光之が幼少の頃、生母の里橋本村で養育され、村人の祈願で藩主となったことに感謝し、以後黒田家、黒田藩守護神として隆盛を誇ってきた。
なお、神殿は江戸時代に西新に、そして更にこの藤崎紅葉山に遷宮され今日に至り、地元の人の深い信仰を集めている。
境内はその紅葉山に囲まれた自然豊かな杜で、大勢の初詣の客でにぎわっていた。また新しい発見をした。

 舌を噛む神の御名や初詣  英世

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お正月

明けましておめでとうございます。
今日は元旦で、いつもの通りいつもの時間に目が覚めた。
天気は曇り、山間部は雪とのことです。
子供の頃の正月の過ごし方を思い起こした。
朝8時ごろ、父がまず若水を汲み神様と仏様に供え、四方を拝して今年の安寧を祈る。長男の私だけがいつも付き合わされていた。
正月の料理はいたって質素で、御屠蘇のほかは数の子と人参と牛蒡の酢のものと鯛の塩焼き、がめ煮、三段重ねのお節そして雑煮である。雑煮のだしはいりこ、具はかつお菜と薄いかまぼこで、餅は焼いた丸餅であった。
私の子どもの頃の正月の過ごし方もシンプルだった。
今のように正月から開ける町のスーパーと違い、当時のお店は正月三日間は閉じたままであった。
それだけに、正月を楽しむには姉たちとカルタや双六をしたり、近所で凧あげをたりして遊び、街まで出かけることはなかった。
二日正月は親せきの兄(またいとこ)に連れられて映画を見に行き、食事(と言ってもちゃんぽんだが)をして帰るのが通例であった。映画は時代劇が普通で、エノケンの猿飛佐助もあったような気がする。
また、元日は風呂を沸かさず、二日目は朝風呂、三日目は昼風呂で、父、私と男の順に入っていた。何もかも懐かしい正月風景である。

 正月やシネマとカリーとコーヒーと  英世

右ひざ負傷

一週間ほど前の朝起きた時に、何気なく右ひざをついたところ、外側面に電気が走るような痛みを覚えた。
どうしたのかなと少しは気になったが、そのうちに直るだろうとたかを括っていたところ、一向に治る気配がなくとうとう近くの整形外科を訪ねた。
レントゲン撮影の結果はひざに水も溜まっておらず、骨の健康状態もきわめて良好ということであったが、その後がいけない。残念ながら右ひざ半月板断裂の疑いありとの診断が下されたのである。
思い起こせば、一ヶ月ほど前に家の前の坂道でこけて、右ひざを強打したことがあった。その時は擦り傷ぐらいと思っていたが、どうもそれが原因らしい。それにしても一月後に痛みが出るとは思いもよらないことである。
とはいえ、日常の歩きや動作にはまったく支障はなく、ただひざを付いて立ち上げりさえしなければ痛みもない。医師もシップ程度で自然に治るだろうということで、一安心といったところである。
医者に山登りはと質問したところ、真顔で「常識で分かるだろう」と、一蹴された。
しばらくは山歩きも出来なくなってしまったことが、返す返すも残念である。

 膝痛め心ならずも夏籠り  英世

愛莉の誕生日

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愛莉(2歳)

2月10日は長男の娘、つまり孫娘・愛莉の2歳の誕生日であった。
つい先日生まれたばかりと思っていたのにもう2歳になるのだから、こちらが歳を取るはずである。昨日の11日に心ばかりの誕生祝を開き、母方の祖母も参加してくれた。
おかげさまで、愛莉はすこぶる健康で、病気一つせず食欲もこちらが心配するほど旺盛である。言葉もしっかりしてきて、なんでもまねをするので、うかつな汚い言葉は教えられない。
子供には大きな未来がある。しかしその未来は果たしてどのような未来であろうか。自分人身で切り開くことが出来る未来であれば、それなりに安心できるが、地球環境となると個人一人の努力ではどうしようもなくなる。
この子達のためにも美しい地球を残して上げ、人間としてのすばらしい知識を教えてあげられるのは、現在の私たちの役目ではなかろうか。
そのようなことを考えながら、節酒を誓ったばかりなのにまた飲んでしまった。
私に地球環境を云々する資格などないか。

 一回り違ふ姉妹や七五三  英世



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