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9月尽

日本には月の初めを朔、月の終りを尽と呼ぶ美しい呼び方がある。そして今日が9月の終りつまり9月尽である。本来は陰暦の9月30日を言い3月尽(弥生尽)と共に俳句の季題になっている。
尽は毎月あるのになぜ9月と3月だけを季題にするかと言うと、お彼岸も過ぎ季節が深まって、いよいよ春・秋を惜しむ気持ちが強くなることから季題にしたとある。したがってやみくもに何月尽とつければ季題となるものではない。それなりに意味があるのである。
それにしても暑い9月だった。20日時点で35度の猛暑と言う稀代の暑さであったし、熊本では30日間全部30度以上の見込みで日本記録らしい。
夕方、鮨屋の女将さんから、新潟の美味しい酒と蟹が手に入ったから飲みにお出でと電話があり、家内と出かけた。まろやかな大吟醸「雪鶴」と蟹味噌に舌鼓を打ちながら去り行く夏?を惜しんだ。
明日からは10月、いよいよ秋は深まって行く。

  酒あれば酒に溺れて9月尽  英世


プーアル茶

九寨溝観光の土産に珍しい雲南名物のプーアル茶を頂いた
宣伝文によると、プーアル茶は別名雲南茶とも呼ばれ、独特の味や香りなど個性の強い中国茶である。カビ茶といわれることもあり、緑茶を麹菌で半年から1年、2年と深く発酵させて作る黒茶の代表的なお茶で、茶葉を長く寝かせるほど味がまろやかになると言われている。古いものほど価格も高くなるらしい。
プーアル茶が広まったのは、健康茶として注目されたこともあるが、長期間保存しても変化しない品質と高い薬効性によるところも大きいと言われている。
このプーアル茶には摂取した脂肪分を体が吸収する前に体外に排出する作用があり、それゆえ、通称ダイエット茶と呼ばれているようである。また消化促進効果もあり、油っこい料理との相性が非常にいいので中華料理などにおすすめで、他にもコレステロールの低下、中性脂肪の低下、脂質代謝促進、二日酔いなどに効くとされている。
二日酔いに効くのかと、私にぴったりのお茶のような気がするが果たして効果の程はどうであろうか。とは言えわざわざ二日酔いするほど飲むこともあるまい。

  妻とする雲南茶会秋高し  英世


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九寨溝

友人が世界遺産の九寨溝に行ってきたという。
彼は私の飲み友達で、アジア各地を旅行することが趣味であり、九寨溝のほかにも韓国各地、アンコールワット遺跡にも行っている。
九寨溝は言わずと知れた中国四川省の名勝地で、ウィキペディア百科事典によれば、
「石灰岩質の眠山山脈中の標高3400mから2000mに大小100個以上の沼が連なるカルスト地形の淡水の湖水地帯である。眠山山脈から流れ出た水が滝を作り棚田状に湖沼が連なる。水は透明度が高く、山脈から流れ込んできた石灰石が沼底に沈殿し、日中には青、夕方にはオレンジなど独特の色を放つ。また、流れに乗って運ばれてきた腐葉土に植物が生え独特の景観を見せる。ジャイアントパンダの生息地としても有名である。」
とある。
テレビの世界遺産紹介番組でしか見たことはないが、まるで桃源郷のような美しい風景が広がっていた。家内の兄も写真家としてこの九寨溝に撮影旅行に行ったし、私も一度は訪ねてみたい世界遺産であるが、果たして実現することやら。
そうそう昨日は正真正銘の満月であった。この九寨溝にもこの満月が輝いているはずだが、湖水に映る月はどんな月だっただろうか。
十五夜を二日過ぎているので日本では今日の月を立待月と言うが、なぜ立待月と言うのかが分かるような気がした。

  立待の九寨溝の月の色  英世

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NHK世界遺産の旅より転載

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正真正銘の満月

さいたま

少し古い話になるが、NHKのBS放送で埼玉県特集をやっていた。
東京転勤と言ってもすべての人が都内に住むわけではなく、埼玉、千葉、神奈川と周辺に住む人が圧倒的に多い。
私もご多分に漏れず、最初は墨田区の両国(実際は千歳町)に住んでいたが、社の単身赴任寮ができたことで、後半は埼玉県の戸田市に住んだ。それだけに千葉、神奈川よりも埼玉県に愛着があり、自ずと土地勘も出来てきた。
テレビでは秩父の長瀞や、さいたま市に出来る新鉄道博物館、小江戸情緒の川越の街並などを紹介していた。秩父路は父の御霊を背負って札所めぐりをしたところである。川越は心を癒す歴史の街で、時の鐘を聞き、五百羅漢で心を鎮め、鰻料理に舌鼓を打った街である。荒川沿いは格好の散歩道であったことから懐かしさが込み上げてきた。
寮近くの行きつけだった居酒屋の女将も元気とのこと、いま一度訪れたいものである。

  天高し夢に秩父の札所道  英世


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川越市HPより転載

十五夜

月々に月見る月は多けれどの歌で有名なのがこの仲秋の名月である。
旧暦の8月15日、今年は9月25日がこの仲秋の名月で、俳句の世界でも単に名月と言えばこの仲秋の名月を指し、秋の代表的な季題になっている。
空気が澄み一年中でも一番美しい月とされ、明月、望月、満月、今日の月、月今宵などとも呼ばれ、古来、薄などの秋草や芋を飾り、団子とお酒で月を愛でるいわゆる月見の宴が貴賎を問わず盛んだった言う。
この仲秋の名月が、鴉が塒に急ぐのに合わせたかのように、5時40分頃南東の空に出てきた。まだ明るさが残る空には墨を流したような雲が半分ほどを覆っていたが、その雲を割ってお待ちどうさまと言いながら顔を見せてくれたのである。その後しばらく顔を見せていたが、雲の流れと共にゆっくりとその裏に隠れてしまった。
午後7時、再び月が顔を出した。見事な十五夜で、思わず杯を片手に庭に出て見た。NHK気象キャスターの吉武さんも言っていたが、十五夜だからいつも満月だとは限らない。ちなみに今年の十五夜は月齢13.6と満月には少し早い月で、本当は明日が満月である。
そんなことはどうでもいいではないか。見事な月にしばしうっとりとさせられてしまったことに感謝したい。この月には拙い私の句よりも一茶の有名な句をお贈りしよう。

  名月を取ってくれろと泣く子かな  一茶

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午後5時40分


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午後7時

”夢”大吊橋

墓参の帰りは由布院から九重へ向かった。目的は九重の「“夢”大吊橋」である。
それにしても大渋滞で、昼食は名物の豊後牛を食べようとファームに立ち寄ったが1時間半待ちと言われ、諦めて先の茶屋で地鶏そばに化けてしまった。
それからしばらくは山道を走ると言うより牛の歩みを続けると、標高777メートルの高原を分断する大峡谷にその夢の大吊橋はあった。ちょうど1年前の平成18年10月に完成したこの大吊橋は、町おこしの一環として役場の職員や青年たちの発案で完成したもので、いまや九重のシンボルとなっている。
橋は長さ390メートル、高さ173メートルの日本一の大吊橋で、橋からの眺めは360度の大パノラマである。深い峡谷に足が竦み、遠くに日本の滝百選に選ばれた震動の滝や久住の美しく優しい山並みを眺望することが出来た。しかし渋滞のお陰ですっかり遅くなってしまい、滝の上には早くも夕月が浮んでいた。
大自然に身を委ねソフトクリームを食べた後はいつも通り温泉である。山奥のひなびた秘湯を目指していたが、時間も迫っていたことから九重IC近くにある九重町営の「見晴らしの湯」に入ることにした。なんと言っても銭湯よりも安い入湯料300円と薔薇の花を浮かべた薔薇温泉が嬉しかった。実は町民は250円であるが、ごまかそうとしても顔を見れば分かると受付のおばさんに明るく笑い飛ばされた。
夜8時半、無事帰宅。かぼすを土産にまた近所の鮨屋に行った。本日の走行距離383キロ、ガソリン消費量50リットルを一人で運転したことになる。

  吊橋や温泉宿に月の影白し 英世

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お彼岸の墓参り

先日久し振りに家内と近所の焼鳥屋に行き、いろいろ話しているうちに珍しく神妙な顔をしてお彼岸に墓参りに行きたいと言い出した。
実を言うと私は家内の実家がいささか苦手で、義父母が生きている時ならいざ知らず、いまさら窮屈な思いをするのはごめん被りたい心境であったが、家内の申し出とあらば逆らっても仕方がない。
家内の実家は大分市のど真ん中で、お墓は松平忠直卿(一伯公)が眠る見仏山浄土寺にある。高速道をぶっ飛ばし、降りてすぐにそのお墓はある。
義父母の優しかった笑顔を思い浮かべながら久し振りの墓参を詫び、浄土での暮しは如何ですかと語りかけた。子供のこと孫のことなどを話して、義父母がいたからこそ今こうして私たちの幸せな暮らしがありますと感謝を込めて手を合わせた。
ふと家内の実家「岡田家」のルーツが気になった。家内に聞いても何にも知らないと言う。墓参後に立ち寄った実家の義兄もあまり詳しいことは知らない様子である。
私の詮索好きが始まった。そのうちにきっと調べてやる。

  有り難ふの義父の声聞く墓参かな  英世

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忠直卿の御廟所

虫時雨

夕べから今朝にかけて庭先で蟋蟀がしきりに鳴いている。
野原ではかえるが鳴き止み蝉が落ちてしまうとこの虫たちの天下で、この虫の音は田舎育ちの私には郷愁を誘う心地よい響きである。
虫には鈴虫や鉦叩のように一人涼しげに鳴く虫もいれば、蟋蟀の様に大合唱で鳴く虫もいる。すなわち虫時雨である。その虫時雨も一歩足を踏み入れるとぴたっと鳴き止んで、元の漆黒の闇に戻ってしまう。私はその瞬間がたまらなく好きである。。
さすがに街中で虫時雨に会うことはないが、少し歩いて鴻巣山を散策すればこの虫時雨に会うかもしれない。少し涼しくなったら出かけてみようと思っている。
今日は彼岸のお中日である。今から家内の実家へお墓参りに行きます。

 虫鳴くや訪ふ人もなき武人塚  英世

秋扇

私の鞄にはめったに使うこともなくなった扇が一本仕舞ってある。すなわち秋扇である。
秋扇は秋団扇と同様に秋の扇そのものを言うこともあるが、一般的には使わなくなった古い扇のことで、過ぎ行く夏を惜しむかのように、秋の季題として詠まれるのである。
夏が過ぎたとは言え、第二の夏を思わせるこのところの暑さにまだまだ捨てるわけにも行かず、あればあるで結構役に立つ不思議な扇である。
以前ご紹介した山笠の扇も夏に使うから勇ましく涼しげであるが、こうして使わず打ち捨ててあったり、たまに開いて見たりすると、勇壮な山笠男も何となく元気がないように見えて来るから不思議である。吐き出す風も心なしか弱々しく思えてくる。
長く使った扇に感謝し、しばらくお休みいただこうと思ったが、今年はもう少し頑張って貰うほかないようである。

  酔客の打ち捨て去りし秋扇   英世

にがうり

また食べものの話である。
地域の公民館で俳句を楽しんでいるが、その講師の先生から、自宅で育てたと言うにがうりと長茄子を頂いた。この時期夏ばて回復の野菜としてにがうりがもてはやされる。
ご承知のようにこのにがうりは正式には瓜科の茘枝(れいし)と言って、俳句でも秋の季題となっている。また、沖縄ではゴーヤーといって、沖縄料理ゴーヤーチャンプルとしても有名である。
私の田舎ではこのにがうりのことをにがごりと呼び、母が味噌炒めにしてよく食卓に出してくれたものだが、私はあまり好きではなかった。形も今売られているものよりもっと細長かったような気がする。ちなみに先生から頂いた物も細長い品種であった。
今でもその苦味はあまり好きではないが、ビタミンCが豊富な上にその成分が血糖値を下げたり、発癌物質を抑える効果があると言うことで、ビールのつまみに卵でとじて頂いた。その苦いこと苦いこと、まさに苦い瓜である。
くどいようだがあまり美味しくはないが、この苦味が大人の味だと粋がって食べている。

  苦瓜や大人の味と粋に食べ  英世
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芋ご飯

あの今一番稼いでいるタレントの番組で芋ご飯を紹介していた。一般的に芋といえば里芋の事を指す。
珍しく一緒に見ていた家内にこの芋ご飯作れるかなと聞いかけたところ、彼女のプライドを刺激したらしくすぐにでも出来ると言う。私の作戦勝ちだ。
早速二人でスーパーに買い物に行き準備は完了した。最近は家内から料理のことはあんまり書くなと釘を刺されていたが、今日だけは公認で書くことにしよう。
10個ほどの少し小さめな里芋の皮をむきフライパンで炒め醤油を差してこんがりと炒める。一方ご飯の準備は水の変わりに、昆布、鰹節、醤油、塩、酒を適量に配しただし汁を用意し、先に炒めた芋と一緒に炊き上げる。
予想通り、素晴らしい芋の炊き込みご飯が出来上がった。その美味しいこと、なんと表現していいか分からない。栗ご飯とも違う、五目炊き込みご飯とも違う。さっぱりとしたその味は、黙って食べていたらお釜が空になってしまうのではと心配したほどである。残念ながら、腹いっぱい食べることを許されない自分の体質をこの時ほど情けなく思ったことはない。
隣家の孫娘の鈴花にもお裾分けしたことは当然で、一口入れただけで美味しいと目を細めてくれたことが嬉しかった。

  もう飽いた飽いたと言ひつ芋ご飯  英世

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ぽっぽ汽車

高校同級生の冨安さん(女性)から懐かしい写真を送って頂いた。なんと50年以上も前に廃線になった西鉄大川線の「ぽっぽ汽車」の映像で、まさに弁慶号かトーマスそのものである。
私たちがぽっぽ汽車(正式な名前は知らない)と呼んでいた蒸気機関車は、小学生の頃まで、郷里に近い大善寺駅(現久留米市)から榎津駅(現大川市)までおよそ15キロを走っていた軽便鉄道で、はっきりは覚えていないが時速20〜30キロぐらいの速さではなかっただろうか。
その汽車に乗りたくて近所の年長の遊び仲間に連れられて、10円玉を握り締め出発の大善寺駅まで3キロを歩き、塚崎駅かその先の駅(駅名の記憶は曖昧)で降り、今度は別の道を歩いて帰ったことを思い出した。
その頃は小さな冒険心から鉄道や橋に興味津々で、鉄橋を歩いて渡ったり随分危ないこともしたものだ。おそらく小学校3年生ぐらいではなかったろうか。
そのぽっぽ汽車が隣村の三潴小学校に保存されていたとは知らなかった。その小学校出身の冨安さんがメールで送ってくれた。おそらく彼女もこのぽっぽ汽車に乗ったことがあり、懐かしさから訪ねたのであろう。
送っていただいた冨安さんに感謝。

 トーマスの顔突っ走る秋筑後  英世

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冨安さん撮影

筥崎放生会

家内にせがまれ筥崎宮の放生会に行った。駐車場があるかどうか不安だったが、専用の駐車場がたまたま空いていて、難なく駐車できたが800円はないだろう。
放生会はご承知のように殺生を戒め、捕らえられた動物を放す儀式で、上海郊外の朱家角という水郷でもこれと同じような習慣を体験したことがある。筥崎放生会はなぜか「ほうじょうや」と呼び、どんたく、山笠、十日恵比寿と共に博多四大祭として古謡にも詠われている。ちなみに旧福岡側にはこれといった祭はない。
それにしてもものすごい人込みである。参道にはびっしりと夜店が並び、晴天なら埃だらけで食べる気はしなかっただろうが、この日はたまたま雨模様で、蛸なしのたこ焼きにだまされ、あやしげな口上の中華角煮饅頭を食べ、80%が吉のみくじを引いたりして大いに楽しんだ。例によって車だからビールにはありつけなかったが。
夜店も国際色豊かになり様変わりしたものだ。トルコ、メキシコ、タイ、アメリカ、中国、韓国それに日本、沖縄と様々な食べ物が売られている。だが、中国と韓国以外はなぜか日本人が売っていた。
料金も高くなり、ほとんどが500円単位である。これでは孫に小遣いをあげるにしても恥じかかぬよう考えてやらねばと思ってしまった。

  子供らに意味は要らざり放生会  英世 

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滝の湯

山歩きの恒例として温泉に行った。
今日の温泉は滝の湯で、野河内渓谷の入り口そして井原山登山口でもある。幸運なことに温泉湧出4周年と言うことで、通常600円の入湯料が400円に割引してあった。
いつものように滝を見ながら露天に浸っていると一匹の蟋蟀が泳ぎながら私にすがってきた。蟋蟀も温泉に入りたかったのだろうか。そうではあるまい。私は静かに掬い上げ逃がしてやった。
昼は温泉でとも考えたが、残念ながら狙いの鯉料理がなかった。今時「鯉こく」など食べる人が少なくなったのだろう。三瀬に向かう峠の前に縄文屋と言ううどん屋がある。ここで昼食をすることにしたが、ここの350円のかしわうどんは絶品で、替え玉うどんの100円も嬉しい。
食事の後は南脊振の林道を通って脊振山頂、那珂川経由で家路に急いだ。
今日はもう一つ良いことをした。脊振山頂から少し下ったところで、道路の真中に大きな蛇が横たわっている。いたずらに殺生することもないので車を止め、蛇が草叢に消えるまで待ってやることにした。
仏様に褒めて頂いたようで、その日一日何か得と徳をしたような気がした。

  虫一匹湯船の我に縋り来る   英世


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秋の山

湯の野の集落を過ぎたところが脊振の小爪峠ルート登山口で、渓流が音を立てて流れていた。
本来であればそのまま登り続けて小爪峠に出るところであるが、この日は水や食料と言った山登りの準備をしていなかった上に、このルートを登ったことがなかったので、「めくら登山」は止めにしようと断念したのである。
案内板に「近くにある山葵田は農家の人が植えたものであるから荒らさないように」との看板が立っていた。それだけ水がきれいで冷たいと言うことである。
登山は諦めたもののそのまま周辺を歩きまくった。気が付けば山はもうすっかり秋である。
薄赤紫の萩の花、釣舟草など山の花は今が盛りと咲いている。山芋の葉も枯れ、はぜの実が大きくなっている。しばらくそれらを眺めて楽しんでいると女郎花の群落に出会った。さすがにまだ色付いてはいなかったが、近いうちにきれいな黄色の花になることであろう。
それを楽しみに近くの温泉へと歩を進めた。

  折り取るをためらふ萩の風に揺れ  英世

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悲しき棚田

山道をしばらく登ると集落が途切れて、一面荒野が原かと思うほど荒れ果てている。よく見ると棚田の跡であった。
高台から見下ろすと見える範囲の棚田は草ぼうぼうで見る影もなく、耕運機も打ち捨てられたままである。
かつて先人がひとつひとつ石を組み上げ、汗水たらして作った美しい棚田が見るも無残な姿を晒している。まさに作るは難し、破壊は易し、一瞬である。
確かに都市化の影響で米を作る人がいなくなったのかもしれない。国の減反政策のあおりかもしれない。しかし、本来農家が持つ自分で食べる米ぐらいは自分で作る、父祖の田畑は死しても守る、と言った心意気までなくしてしまったのだろうか。農家出身の私には耐えられない光景である。
きれいに整備された農業水路を、山からの冷たい水が轟々と音を立てながら荒れ果てた棚田の中を流れていた。その様はまさに悲しき棚田の風景であり、一際高い鵙の声が一層寂しさを醸し出していた。

  新米や棚田も減反せよと言ふ  英世


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湯の野集落

しばらく早良の田園風景を楽しんでいるうちに、脚は自然と山の方に向かっていた。元来が山好きなだけに目の前に山道があれば歩きたくなるのは仕方がないことである。
脊振山系に小爪峠と言う古い峠道があるが、それは麓の湯の野という集落を抜けて峠へと続いている。
余談だがその湯の野には高校同級生のN君が竹炭の窯を開いていた処で、私も一度遊びに行って竹炭を焼いたことがある。だが、その窯の跡はもうなくなっていた。
湯の野集落の人々はかつては山仕事と少しばかりの棚田で生活していたが、今は福岡市に近いことから、若い人はほとんどが勤め人となって街中に通勤していると、畑で働いていた人から聞いた。もっともその人は逆に街に住み、ここに畑を買って時々来ては農作業を楽しんでいるという。今は夏野菜の収穫を終へ秋から冬野菜の準備とのことであった。
栗や柿がたわわに実るその湯の野集落で衝撃的な光景に出会ったのは、それからしばらくしてであった。その話は明日にしよう。

  鈴なりの栗の落つるを猿と待つ  英世


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秋植えの準備をしているおじさんIMG_0206.jpg

早良散策

仲秋の花ごよみを見たさに早良区から那珂川町の田園地帯を散策した。
昨日は仕事休みで、家内の「お昼はないよ」の一声で、昼食がてらにと散策に出かけたのである。この辺りはちょうど油山と脊振山地に挟まれた盆地で、豊かな田園風景が広がっている。
それにしても朝から暑い。これで仲秋の花ごよみかと半ば半信半疑でやって来たが、それはそれで秋は間違いなくやって来ていたのである。最初に目に入ったのが薄の穂、彼岸花、野菊とご多分に漏れず秋の野の花である。赤のまんま、水引の花もちゃんと揃っていた。
そして何よりも懐かしかったのは垂れ始めた稲穂に茄子にそして里芋といった田畑の恵みたちで、真赤に色づいた唐辛子も忘れられない田舎の作物である。遠くには枯草を焼く煙が立ち上り、風に運ばれてきたその乾いた匂いが、私をしばし郷愁に浸らせてくれた。

  色草や野にあることを良しとせむ  英世

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根性みかん

事務所の近くで、面白いものを見つけた。
側溝のマンホールの中に小さな若葉が覗いている。よく見ると刺のある柑橘系の幼木で、格子状のマンホールの蓋から枝を伸ばし、青々とした葉っぱを付けている。確かにその近くの庭には夏蜜柑と思われる木が生えているので、おそらくはそこから実が零れ落ちたのか、大きめの鳥が実を突いて種をこぼしたのかいずれかであろう。
それにしてもよくもまあこんなところに芽を出したものだ。映画の「第三の男」ではないが、格子状の蓋の隙間から、かすかに届く太陽に向かって懸命に背伸びして行ったに違いない。
なんとなくこの蜜柑の木がいとおしく思われ、「根性みかん」と呼ぶことにした。無事成長して成木となりそして実をつけて欲しいと思うが、なにしろ生えている場所が悪い。このまま成長し続ければいずれマンホールの蓋を持ち上げてしまうであろうし、側溝やマンホールの掃除で引き抜かれてしまう運命が待ち受けているような気がしないでもない。
いずれにしてもしばらくは観察して見ることにしよう。

  少年の貧乏暮し蜜柑箱  英世

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俳句の会「鴻臚」一周年

この9月で俳句の会「鴻臚」が発足1周年を迎えた。
初心者がほとんどの俳句勉強会で、正直言って先行きに不安を感じていたが、案ずるより生むが易しで、現在も13人の会員で続けている。いずれもこの1年間の成長は著しく、これが俳句始めて1年目の人かと驚くほどの感性豊かな句を見ることがある。
月1回の句会であるが、そのたびに俳句は楽しい、俳句を始めてよかった、ものを見る目が変わった、大げさだが生きがいができたと言う声を聞く度に、句会の発足をお世話した者としてこれ以上の喜びはない。
1周年を記念して、「俳句の花図鑑」「俳句の虫・鳥図鑑」を参考書として購入した。街中にいるとこれらの実物を見ることが少なく、せめて写真だけでもと買い整えたもので、誌上吟行としゃれてみるのもよいかとも思う。
なお、昨日紹介できなかったお菓子の虫も併せてご紹介しよう。

  老いの句座いよよ盛んに天高し  英世


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秋冷

今朝午前3時に一端目が覚めた。気が付くと両肩がやけに冷たく、どうやら一気に冷え込んだことが原因のようである。
このところの夜の寝方を振り返って見ると、ドライ→冷房→冷房+扇風機→冷房→ドライ→網戸と夏の経過と共に空調もこまめに変化させていたが、今朝は終にその網戸では寒く感じるまでになったのである。
そう言えば、俳句の会「鴻臚」があった8日の土曜日は白露であった。ご存知のように秋分の日の15日前に当り、この頃から秋気がようやく加わり露も繁くなるので白露と言うのである。暑い暑いと猛暑や温暖化現象をぼやいていたが、やはり季節は確実に秋に向かっていた。
白露はもちろん秋の代表的な季題で、この頃になると草叢や狭庭で虫の声を聞くようになる。8日の俳句の会「鴻臚」でも「虫」が兼題となり、会計担当のすみれさんが虫の形をした和菓子を買ってきてくれたが、うかつにも写真に撮ることを忘れてしまったので、代わりにヤフーキッズ図鑑から転載のキリギリスをお楽しみ下さい。
その時、特選を頂いた虫の句もご紹介しよう。

  宗廟へ一本道や昼の虫  英世

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朝焼け

東のカーテンが真っ赤に染まっているのに目が覚めた。
急いで外に出て見ると見事な朝焼けである。朝6時、東の空低くに黒雲が帯のように棚引きその上は薄雲を通して真っ赤に染まり、その空の赤と黒い雲のコントラストが美しい。
朝焼けは一般的に低気圧が近づいている時に発生することが多く、「朝日の出づる時、雲青く見ゆるは雨の兆し」とことわざにもある。ことわざの通り空には薄雲が広がり、天気予報でも対馬海峡に雨雲が発生し、午後は雷雨になるところもあると報じていた。
この朝焼けも夕焼とともに俳句の夏の季題であり、今時朝焼けが発生すると言うことは、まだまだ残暑が厳しく秋は遠いと言うことであろう。水撒きをするかしないか迷うところである。

 朝焼けやことわざ通り曇り来し  英世

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秋の雲

昨日は朝からの雨が嘘のように晴れ上がり、東の空に羊雲そして西の空に見事な帯状の雲を見た。
羊雲、鰯雲と青い空に浮かぶ雲はまさに秋の雲の代表であろう。秋の雲にはこのほかにも写真のような帯のように細長く流れる雲、親子のように重なった雲などいろんな雲がある。澄み切った青空には日によって高い空に、そしてある時は低い空に様々な形の雲が浮び流れていく。その雲はいずれもあの夏のもくもくとした積乱雲とは違う、なんとなく落ち着いた爽やかな雲に見えてくる。
この秋の雲もいろんな俳人に心の移ろいと共に詠われている。秋の雲といえば流れが早く、流れが速ければ天気が変りやすいことから、私はなぜか放浪の俳人山頭火が思い出されてならない。
人間誰しも少しは放浪願望があるのではなかろうか。

  菅笠の俳人願望秋の雲  英世

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地ビール

今日は昨日のワインに続き家内の友人から頂いた地ビールの話をしよう。
この地ビールは茨城県の木内酒造が筑波山系から湧き出す伏流水を使って開発したもので、常陸野ネストビールと言う名で内外で数々の賞を獲得した逸品である。
昨今地ビールブームであるが、正直言って地ビールは本来のビールとは全然別の飲み物のような味がする。いずれもフルーティーでハーブのようなスパイシーな香りが特徴で、蔵元によってそれぞれ好みの味を研究しているようである。
地ビール言えば、20年ほど前ナイアガラから五大湖、カナダのトロントを訪ねた時に、レストランで「カナディアンビア、プリーズ」と言ったところ、ウェイターがにっこり笑ってサンキューを連発しながら、例のカナダカエデのマークの入った缶ビールを出してくれたことが懐かしく思い出される。自分の国のビールを注文したことがよほど嬉しかったのだろう。もちろん味は日本のビールとは随分違っていた。
今でも旅先ではなるべく土地の食べものと土地のお酒を頂くことにしている。

  外つ国のビールは甘しナイアガラ  英世

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ワイン

最近、飲兵衛の私らしく知人からワインと地ビールを頂いた。今日はそのワインを紹介しょう。
このワインは行きつけの「ひしむら」の女将から頂いた物で、Arneis(アーネイス)というイタリアワインの2002年物である。説明書によれば、「グリーンアップル、あんず、ハッカなどの香りを楽しむことが出来るエレガントでフレッシュなワインです。冷すと辛口で軽い料理屋魚料理と良く合います。20度くらいに温まると独自の花のような香りを楽しむことが出来ます」と紹介してあった。
日本の料亭でなぜイタリアワインかと言えば、女将の妹さんがイタリア人と結婚し、現地でワインの貿易商をしていることから、「ひしむら」が日本の窓口となって輸入していると言うことである。
まだ口開けしておらず、息子たちが揃ったら自慢のワイングラスで一緒に頂こうかと思っている。
私の俳句のお師匠さんでもある元大女将に次のような句がある。

  母の日のミラノより娘の時差電話
  亀鳴くや日本語知らぬ孫置かれ    恭世


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通行許可書

夏休みが終り、我家の前を小学生、中学生がわいわいがやがや学校に通っている。
この道路は時間帯歩行者専用道路となっており、朝7時から9時の間の車の通行には警察の許可が必要である。もちろん私も許可を取っているが、どうしても合点が行かないことがある。
と言うのは私の駐車場は家の真前にあり、その道路から交差点を曲がり普通の道路に出るのであるが、その交差点まで僅か5秒、距離にして5メートルもない。その5秒のために中央警察署に書類を出し、許可が下りたら貰いに行かなければならないのである。
警察で、私の家はこの道沿いにあり生活上どうしてもこの道を通らねばならない。私は住民なのだから許可は必要ないのではとねじ込んだが、警察は「この道路を歩行者専用にと申請したのはその住民ですよ」とけんもほろろである。ちなみに「けん」も「ほろろ」も雉の鳴き声らしい。
ならば言いたいことがある。「毎日十数台の無法な車が違反通行している。取り締まりはどうなっているのか、税収不足の折からどんどん捕まえたらどうか」と。

  よその子の日焼け顔見る通学路  英世

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仲秋の花ごよみ

愛読の四季花ごよみによると、「仲秋は秋霖が大地の火照りを癒し、台風が猛威を振るう。野山の木々や草花には恵みの雨、秋の花が一斉に咲き揃う。」とある。
また、「野山に萩の可憐な小花が見られ、一叢の薄が物寂しい尾花を穂状に咲かせる。木の頂に止まる一羽の鵙の、時折発する鋭く乾いた鳴き声が辺りを威圧し、澄明な秋の大気を震わせる。」とも評している。
確かに、その澄明な秋にふさわしく仲秋の花には華やかさと言うよりも、何か侘しさを感じさせるものが多い。萩、桔梗、コスモス、彼岸花、薄、野菊、然りである。
しばらくはこの仲秋の草花や自然にまつわる思い出を紹介することにしよう。

  道標朽ちし難所や薄原  英世

温泉に行く

NHK俳句を楽しむ会があった一昨日の土曜日の夜、久し振りに家内が温泉に行きたいと言うので付き合うことにした。もちろん私も温泉は嫌いではない。
国道3号線をしばらく走ると基山町に着く。息子のお嫁さんの出身地で最近開発された「筑紫野温泉・アマンディ」と言う温泉施設があり、一度友達と行った家内が気に入り是非もう一度行きたいと言うのである。行って見ると確かに素晴らしい施設で、金さえ使えば一日中でも楽しめるようになっている。
入場料900円也を支払い早速温泉に入った。もちろん今更家内との家族風呂でもあるまいと、大浴場でのびのびと手足を伸ばすことにした。風呂は大浴場のほかにも露天風呂、ジェット風呂、サウナなどいろんな種類があり、かって釜山で経験した垢すりマッサージもあった。都合1時間ほど入替れ立ち代り楽しむことが出来た。
食事は豪華とまでは行かずとも好物のインド料理で舌鼓を打った。残念ながら車運転のためビールにはありつけなかったが。
ふと北海道ニセコ山頂の、北海道で一番高いところにある温泉に入った時のことを思い出した。

  山の温泉や破れ天井に秋の月  英世


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冬野九月号

冬野九月号が手許に届いた。相も変らぬ7句入選であるが、昨日のNHK俳句を楽しむ会の入選句と合わせてご紹介しよう。
  身を横にすれ交ふ路地や鳳仙花
  開け放つ金堂大扉梅雨晴るる
  山梔子や路地の角より匂ひ来し
  菱咲くや史跡となりし昇開橋
  捨て苗のいつしか天に向かひをり
  あめんぼう思案せし間も流されり
  里山と化せし古墳や椎匂ふ
NHK入選句
  異人まで叩いて西瓜買ひにけり    英世


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9月に入る

今日から9月、旧暦8月の葉月にあたる。この9月の声を聞くと空気は澄み一気に秋の気配を感じてくる。秋を三秋に分けるとすると9月は仲秋ということになるが、実際は9月8日の白露を以って仲秋と呼ぶようである。
昨日まで静かだった通学路は、一変して夏休みの宿題を抱えた子供たちの賑やかな声で溢れるだろう。どの子も日焼けした元気な顔をして、白いシャツとのコントラストが面白いかもしれないと思いを巡らしていたらどうも様子が変である。そうか今日は土曜日で始業式は月曜日、全くの拍子抜けであった。ただし、中一の孫の鈴花は昨日の31日が始業式で、今朝も6時半過ぎに元気よく出かけて行った。
野山には秋の草花が咲き乱れ、夏鳥と入替りに冬の鳥が渡ってくる。つばめが帰り、大濠公園に鴨の第一陣が到着するのもまもなくである。ただし鴨は冬の季題であるので、この時期の鴨は初鴨と呼ぶことになっている。
今日は午後からNHK俳句を楽しむ会がある。どのような句会になることか楽しみである。

  風の音確かに変る九月かな  英世

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