五月が終る

今日で五月も終わりであるが、今年の五月は全く泣くに泣けないとんでもない五月であった。
というのは、吟行で近くの西公園に行った時に、車をバック駐車しようとして、後方確認を怠り左後部を大きく破損したのである。
言訳をすれば、小柄な私には車が大きすぎること、雨で見通しが悪かったこと、また前方の句友の女性陣が目に入りそちらに気を取られてしまったこと等々である。
さらに泣きっ面に蜂の出来事があった。
自車両保険に入っているのでとタカをくくっていたところ、何と免責額5万円の自己負担があるというではないか。しかも二回目は免責額が10万円に跳ね上がる保険契約だった。とほほのほである。
家内からはこれ以上ない言葉でバカ呼ばわりをされたが、いずれにしても私の不注意は免れがたい。
とんでもない五月が今日で終ろうとしている。

 五月雨や喜寿の運転五里霧中  英世

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一句の風景

大陸に父の青春麦の秋

麦秋、麦の秋とあるが、麦の収穫の頃一面黄金色に染まった田んぼの彩が秋を思わせることから生れたもので、れっきとした初夏の季題である。
父は俗に言う没落素封家で、実家の村で代々製材所と精米所を営み広い土地を持っていたが、祖父の代に殆どの財産を無くしたらしく、長男の父は食べるためにやむを得ず親、兄弟の一家全員を引き連れて韓国に渡りイチゴ農園を経営していた。
父は子供のころによくその韓国の話をしてくれたが、そこには日本にはない広々とした畑や夢があった。
その広陵としたイチゴ畑の風景を思い浮かべて賜った句である。
2010年(平成22年)5月「季題:麦秋(春)」

先日使っていたスティック糊が切れ、底の部分に残ったままの糊に不満を感じつつも、新しく買うことにした。
糊にはこのスティック糊とチューブ入りの液体糊があることに気が付いたが、あまり難しく考えずに今回は液体糊を買った。
買ってしまってから考えるのもおかしな話だが、固形糊と液体糊はどう違うのかが気になりだした。
気になれば調べるのが私の癖である。
どうも個形糊は昔からある日本のでんぷん糊がルーツで、液体糊は戦後工業化された合成樹脂が含まれているらしい。
特徴は固形糊が均一に塗布できヨレなく綺麗な仕上がりに対し、液体糊は強力な接着力と広い面積や大量の接着に向いていると言う。
まあ、少ししか使わない私にとってはどちらでも良いようなものだが。
私の実家の隣にはかつて桶屋があり、職人さんが白米を丁寧にヘラで伸ばして糊を作っていた。
また、祖母と母は柔らかく炊いたご飯を薄く水状に溶かして糊を作り、一日がかりで障子を張っていたのを思い出した。
そう言えば糊は舌切雀の時代からあったんだよな。

 封筒の糊しろ薄く落し文  英世

山が好き

インターネット「新・増殖する俳句歳時記」を主宰する清水哲男に、「元来が山好き。歩行が困難になってよくわかった」という言葉があった。
年取って足腰が弱くなると、過去に登った山々を思い出しながら、昔は山が好きだったんだなと懐かしがると共に、本当は今でも山が好きだと改めて思い直すのであろう。
この気持ちはよくわかる。
私も時々山に登るが、このところ極端に登るスピードが落ちている。
登り始めに低血圧や低血糖気味の酸欠状態になり、目の前が真っ暗になったことも一度や二度ではない。
もうそろそろ山も終わりにしようかなと思っていたところ、三浦雄一郎のエベレスト登頂の知らせを聞いた。80歳での世界最高峰、信じられない快挙である。
そうか、俺も足腰はまだ大丈夫だし負けてなんかはいられない。またあの久住のミヤマキリシマが見たいものだ。
俺はやっぱり山が好きなんだ。

 山好きの汗の匂ひも苦にならず  英世

愛莉の運動会

006_20130527073154.jpg一番手前の青いリボンが愛莉

昨日は愛莉の小学校で初めての運動会があった。
家族総出で見に行くという相変わらずの爺婆ぶりである。
この日は汗ばむような暑い天気だったが、子供たちはそんなことにはお構いなしで元気に走り廻っていた。
愛莉もダンスに玉入れ、駈けっこと元気一杯であるが、どうも駈けっこは苦手らしく1着とはいかなかった。
よく見ると愛莉は玉入れの玉を左手で投げている。本来は左利きだとは知っていたが、お箸や鉛筆と違ってやはり力の要る作業は左になってしまうらしい。
そう言えば、愛莉の従姉の鈴花の絵が運動会の入場門のアーチに掲示されていたこともあった。
お昼はそんな思い出話をしながら、例によってお嫁さんが作ってくれたお弁当で、しばし家族総出の運動会の雰囲気を楽しんだ。
俳句では運動会は秋の季題になっているが、当節は殆んど初夏のこの時期に開催される。この先この季題をどうするかが課題であろう。

 弁当に季を見る初夏の運動会  英世

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洋服ブラシ

先日更衣をした。
更衣のシーズンになるといつも思い出すのが、クロークにぶら下がっている洋服ブラシである。
その洋服ブラシ、何の変哲もないものであるが買った経緯が面白い。
平成元年、東京に単身赴任した折、最初に住まいに決めたのが勧進相撲発祥の地「両国」であった。
この地に住むからには、その地の歴史や特徴を知っておかねばというのが私の流儀である。
町を散策すると、お相撲さん用の大きな下着や足袋など、製造直販の衣食住に関係したお店があちこちにあった。
あまり大きくはないがいずれも歴史を感じさせる店ばかりである。
その一つにこのブラシの卸屋があった。
両国に住む記念にと洋服ブラシを求めたところ、卸屋だからと断りながらも一本分けてくれた。
両国の楽しかった思い出と共に、それが今でも使っているブラシである。

 薫風や大川端に住むことに  英世

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句集「嵯峨野」

俳句の会「鴻臚」の設立時からのメンバー幸女さんが、このほどご自分の句集「嵯峨野」を発行されたと言うので、仲間が寄り集ってそのお祝いの会を開いた。
彼女はすでに傘寿の仲間入りを果たされているが、元気はつらつで今回の句集発行を機にますますの活躍が期待される。彼女と言い三浦雄一郎といい恐るべき八十代である。
句集発行にはもちろん師匠の推薦の言葉やご助言が一番であるが、私も選句のお手伝いや校正などに少しはお役に立てたのではなかろうか。
句集「嵯峨野」の装丁は女性らしく白と薄紫を基調とした落ち着いたもので、表紙の絵とところどころに配した自作の挿絵がより以上に句集の品格を高めていた。
私も一冊戴くことにしたが、折角のことなので彼女のサインを貰うことにした。
彼女は出身が京都で、京都女らしくしっとりとした情緒のホトトギ系らしい句が多かった。
今日はお祝いの意味も込めて彼女の一句もご紹介しよう。

 嵯峨野路や緑陰を行く人力車    幸女
 新緑や嵯峨野てふ名の新句集    英世

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筑紫野探勝会「榎寺」

前にNHK俳句の会を卒業して新しい句会に挑戦したいとお話ししたが、今月から句友に誘われ筑紫野探勝会に参加することにした。
この句会は吟行句会で、会員とか規則とかややこしいものは一切なく、冬野会員であれば(もしかしたらそうでなくても?)自由に参加できるのが魅力であった。
初参加の今回は太宰府の「榎寺」が吟行地であった。
榎寺となっているが実際は神社である。
ご承知のように、この榎寺は菅原道真が配流後都を偲びつつ2年を過ごした館跡である。そこに社を立て地元の方々が今も大切に守り通している。
寺では一人の少年が無心にボールを蹴っていた。
その少年を詠んだこの日の特選句をご紹介しよう。

 薫風や少年一人ボール蹴る  英世

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榎寺と近所の時計草と懐かしいグミ

珍味「カラスミ」

句友で人生の大先輩である女性から、珍味の「カラスミ」を頂戴した。
この女性からは時々お菓子やまんじゅうなどを戴くが今回のカラスミには驚いた。
カラスミは長崎名物で、今までも料亭などで二、三切れ食べたことはあるが、それを丸ごと二本も頂くとは驚きである。
資料によれば、「カラスミは漢字で唐墨、鰡子、烏魚子、鱲子などと書き、ボラなどの卵巣を塩漬けし、塩抜き後、天日干しで乾燥させたものであるである。名前の由来は形状が中国伝来の墨「唐墨」に似ていたためである。
日本ではボラを用いた長崎県産のものが有名だが、香川県ではサワラあるいはサバを用いることもある。
日本以外でも台湾やイタリアのサルデーニャ島、スペイン、エジプトでも作られる。ヨーロッパでは、原材料としてボラ以外の海産魚の卵巣も用いられる」とあった。
このカラスミは酒の肴として食べるのが一般的である。
私も晩酌の掟を破って一杯頂いたことは言うまでもない。

 カラスミに釣られ麦酒を干しにけり  英世

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百年句会「西公園」

今月の百年句会の吟行は福岡市の西公園であった。
西公園は太宰府、大濠公園と共に年に1,2回は訪れる吟行地である。
いつぞやもお話ししたが、年数回訪れると言っても季節はその都度違うし、いつも新しい発見があるものである。
季節はあたかも新緑の時期で、曇り空ながら海からの風はまさしく薫風であった。
その新緑の中、句材を探して歩きまわり既定の5句を詠む訳だが、この日は何故かなかなか見つからなかった。
心の中に良い句を詠もう、何とか入選したいと言う邪念が蔓延っていたに違いない。
そんなことを思っているうちに、蝶に出会い神社の近くで桜の花に出会った。俳句で言うところの余花であった。
何とか苦心してそれらを詠むことが出来た。その苦心の特選句をご紹介しよう。

 夏蝶に風切る荒さありにけり  英世

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余花

一句の風景

このままの腕白でよし柏餅

日本には季節に合わせた和菓子がたくさんある。
蓬餅から桜餅、そして五月は端午の節句の粽そして柏餅などがある。
端午の節句は五月五日に子供の成長を祝う五節句の一つである。その端午の節句には関西や娘の九州では粽を食べるのが一般的だが、関東ではこの柏餅を食べる習わしになっている。
柏餅の葉は食べるべきか否かは別として、テレビのコマーシャルではないが腕白でも良いから健やかに育って欲しいと言うのが、親の偽らざる気持ちであろう。
2010年(平成22年)5月「季題:柏餅(春)」

都草

聞き慣れない名の花、都草が今回の兼題であった。
師は時々このような耳新しい季題を出すことがある。全て勉強のためであろうか。
とは言え、私自身都草なるものを久しく見たことはない。最近見たこともないものを詠めと言うのだから酷な話である。
耳元で師がそっとつぶやいた。「自分も最近都草を見たことはない。昔見た都草か、似たような黄色い花を連想して詠めば」。
私は少し気持ちが軽くなり、都草の写真とその花の名の謂れを頼りに句を詠んだ。
こんな経験は初めてで何とか句らしいものを作ったが、出来れば目に見えないものだけは詠みたくないと思ったものである。
その連想の特選句をご紹介しよう。

 配流地の雨に明るく都草  英世

都草2 都草

業平忌

業平忌は平安初期の歌人在原業平の忌日である。
忌日は旧暦の5月28日で、俳句では夏の季題になっている。その業平忌が今回の兼題であった。
業平は平安六歌仙の一人で、「古今和歌集」に取り上げられている「から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思ふ」の折句が有名である。
また、日本の美男子の代表で、昔男ありけりで始まる「伊勢物語」のモデルとなったとされている。
その美男で和歌の名人にあやかり、久し振りに艶めく句を詠まねばと思いを巡らした。
例によってこの日の私の入選句をご紹介しよう。
句友からはまるで歌謡曲だと酷評されたが、業平忌ならこれぐらいは良いだろう。

 妻恋の色はむらさき業平忌  英世

千円散髪

何ということもないが散髪に行った。近くの千円散髪屋で消費税込みの1050円である。
もちろん髪を刈るだけで、顔そりや洗髪は入っていない。
昔はオール込みの散髪に、肩や背中をマッサージして貰ったり、鼻毛を切ったりして3~4000円も払っていたが、いつの頃からかこの千円散髪になっていた。
30年ほど前、アメリカ視察旅行に行った時に経験のためにと散髪をしてもらったことがある。
その料金表には、カットはいくら、シェービングはいくらと細かく料金が分かれていた。この時もカットだけ頼んだような気がする。
その後、日本でもこのシステムが定着し、私も散髪に大金を払う価値観がなくなり、某チェーン店に通い出した。
今は近所に千円カット専門店が出来たので、そこに行っている。
少し離れたところには、昔ながらの散髪屋があるが、果たして客はどちらを選択するであろうか。

 散髪の青き襟あし風薫る  英世

大事なもの

ずいぶん前の話だが、毎日新聞のコラム「余録」に「あるものの価値を知るには、もし、それがなかったらと仮定すればよい」とあった。
なるほどと思いつつ自分にあてはめてみた。
自然界や世界、日本のことはさておいて、自分の身の回りで本当に価値のあるものは何だろうか。
お金や趣味の俳句も大事であるが、もし「両親がいなかったら、家内が居なかったら、子供がいなかったら、孫がいなかったら、友達がいなかったら」と、やはり人との関わりが最初に浮かんでくる。
自分の存在そのものや精神的な支えであった両親はもういない。通説的であるが失ってから本当の価値を知ったと言うのもうなずける。
人は人の中でしか生きられない。自分が今その人の中にあることに感謝し、生き続けて行くしかないのである。

 初夏や一家引き連れ山に立つ  英世

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ご近所の花⑨


夏霞

昨日は予期せぬ事態で今までの記事を全部削除したが、気を取り直して今日から改めて出発するとしよう。
さて、季題で霞と言えば春三月であるが、夏特に初夏にもよく霞がかかることがある。これが夏霞で今回の兼題であった。
歳時記には「夏期にも遠景や沖合が霞んで見えることがあり、これを夏霞という」と、ただこれだけしか記されていないが、実際はもっと説明を要してもいいのではと思う。
山好きの私にとってはこの夏霞や夏霧は重要な気象要件である。
久住の山頂に立つと遠く阿蘇や祖母を見渡すことが出来るが、お昼ごろまで見えていたその山々がだんだん見えなくなってくることが往々にしてある。つまり夏霞というか夏霧の発生である。
見ている分には何とも大らかで雄大であるが、こうなると下山を急がねばならない。霞や霧が雨を呼ぶことは自然の掟であり、これを軽視するととんでもないことになりかねない。
かつて祖母山から傾山を目指した時にこの夏霞に会って、やむなく登頂を断念して引き返したが、それが結果的に正解であったことを思い出した。
この日は残念ながら夏霞の入選句はなかった。たまにはこんな日もあるだろう。

 里山の遥かに海の夏霞  英世

新たなるスタート

ある理由から今朝までのブログを残念ながらすべて削除しました。
このブログ「俳句とお酒と山と」を閉鎖したわけではありません。
明日からまた新たなるスタートですので、これからもよろしくお願いします。
                              英世

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