六月が終わる

六月が終ろうとしている。
さて、今日は少し残念な話をしなければならない。
先日、行きつけの郷土料理「ひしむら」が50周年を迎えた話をしたが、その「ひしむら」が突然6月20日で中洲の本店を閉めたのである。
原因は大家の都合で店を明け渡さざるを得なかったらしい。
私とすれば30年近くも通い続けた店がなくなるのは納得がいかず、どうしても信じがたい思いであった。
幸い廃業するのではなく、しばらくは近く(春吉)の姉妹店「ふじ匠」と合併して存続し、近い将来新しい店舗で「新・ひしむら」をオープンすると言うことである。
と言うことで、先日はその閉じてしまう中洲の「ひしむら」を訪ねた。
友人を誘おうかとも思ったが、結局は私一人で出かけた。なんとなく一人で静かに飲み思い出にふけりたかったからである。
長年我儘を聞いてくれた「旧・ひしむら」に感謝し、新しい門出に期待するとしよう。

 また一つ消える老舗や梅雨灯  英世

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一句の風景

葭戸立て築百年の風を聴く

当節一般の家で葭戸を立てることもなくなったが、この句は京都の平安神宮前の老舗料亭に遊んだ時の句である。
私ごときが京都の老舗料亭に簡単に行ける訳はなく、もちろん仕事を通じてのお客様と同行であった。
築100年のその料亭には見事な庭がしつらえてあり、緑の木々が涼しさを一層引き立たせてくれた。
京料理の美しさと味を堪能しつつ、目を返せば葭戸の先の中庭には、植え込みの竹が幽かに風に揺れていた。
2011年(平成23年)6月「季題:葭戸(夏)」

鹿と鯨

馬と鹿の故事は聞いたことがあるが、鹿と鯨となるとはてなと頭をひねらざるを得ない。その鹿と鯨の話である。
私の部屋には旅先で買った人形や小物が書棚やテレビの前などに飾られているが、その中にカナダで買った木彫の鯨の置物がある。
手の平に乗るぐらいの大きさで、値札に「MADE IN CANADA 2001 $10.00」とあるから、ちゃんとしたカナダ製で今の値段にすると1,000円程度のものだろうか。
その鯨の置物を見ていた愛莉が突然「爺ちゃん、これ鹿やろ」と言った。
私は驚いていや鯨だよと言ったところ、「鯨にも見えるが鹿やろ」と再び言った。
子供の発想はユニークである。彼女の説明に従いよくよく見てみると、なるほど座りこんでいる鹿にもみえる。
右向きに見ると鯨だが、左向きに見ると確かに鹿である。
鯨の高く掲げた尾びれが角を生やした鹿の頭、長く伸ばした尾の部分が鹿の首、そして鯨の頭が鹿のお尻、下あごが鹿の後脚と言った具合である。
鯨だと思い込んでいる私にはちょっと見えない新しい発見であった。
写真を見て皆さんもじっくりと観察してみてください。

 夏空に木彫りの鯨泳ぎをり  英世

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筑紫野探勝会

昨日の筑紫野探勝会は都府楼祉に集合して、太宰府市民の森を巡るコースの予定であったが、前夜の雨で足元が悪く都府楼の周辺を吟行して終わった。
都府楼祉の北側は裏観世と言って、四王寺山懐までつながる自然豊かな森で、その奥は私の大好きな高橋紹運の墓や福岡県民の森へと続いている。
かつてこの地は大友軍と島津軍の激戦のあった場所だが、今はその面影もなく静かな癒しの場所となっている。
この日はあいにくの梅雨空で目的の市民の森は散策できなかったが、雨が降れば降ったでこれを楽しむのも俳人ならではである。
幸い昼前には雨も上がり、暑くもなく寒くもない絶好の吟行日和で、みどり豊かな都府楼祉と裏観世を楽しく散策することが出来た。
句会の結果は今一であったが、先日お話しした水彩画のY・Nさんと偶然出会い、日本水彩展に入賞したご自身の絵の絵葉書(庭の向こう)を戴いたので、吟行風景と共にご紹介しよう。。
例によってこの日の私の入選句である。

 梅雨の森化石の如く静かなり  英世

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水彩画「庭の向こう」
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焼酎グラスⅡ
昨日ひしむらの女将から戴いた焼酎グラスの話をしたが、今度は同級生の経営する焼鳥屋「黒田天狗」から戴いたグラスの話をしよう。
晩酌を控えているとはいえ、たまにはこの黒田天狗に行って憂さ晴らしをしないと、ストレスがたまって仕方がない。
この日もそのつもりで店を訪ねたら、30人ほどの団体がいてとても私の相手などして貰えない。
しかも団体が一斉に焼酎を飲むので、常備の焼酎グラスが足りなくなってしまい、店主は新しいグラスを箱から取り出して私に出してくれた。
焼酎のグラスと云えば、宣伝も兼ねてメーカーの名入りのものが格安で手に入るらしいが、私に出して貰ったグラスはその分厚いグラスとは違って、宣伝品とはいえ薄手の上品なグラスであった。
私はそのグラスがすっかり気に入ってしまい、これからはこのグラスでと飲みたいと言ったところ、店主は気に入ったなら持って行けと言うので、家内分もと理屈を付けて2個戴いて帰った。
これから、もし家で飲む機会があったらお湯割りは青磁のグラス、水割はこのグラスと使い分けることにしよう。

 焼酎や焼鳥固くならぬ間に  英世

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焼酎グラスⅠ

少し前の話だが、久し振りに中洲の割烹「ひしむら」を訪れた時のことである。
いつものように女将と馬鹿話をしているうちに、韓国製の青磁の焼酎グラスが話題になった。
ひしむらのお客と10人ほどでツアーを組み、釜山から慶州を巡った時に、女将から記念にと慶州の窯元で買っていただいたものである。
そのままお店に置いて長年マイグラスとして重宝してきたが、最近店に行くことも少なくなり、女将に断って我が家に引き取らせていただく事にした。
手にしっくりとなじむそのグラスは、青磁独特の蒼みを帯びた色彩とひび模様が美しい。外面には飛翔する4羽の鶴がアニメ風にデザインされている。
晩酌自粛中とはいえ、韓国旅行を思い出しながら、時にはお湯割りを少しは頂く事もあるであろう。
その時はこのグラスで旅を偲んでホロ酔いもいいのではなかろうか。

 焼酎酌む慶州の旅偲びつつ  英世

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春先の退院後から急に野菜をたくさん食べるようになった話をしたが、今もその野菜をばりばり食べている。
その野菜に欠かせないのが、今私が使っている「美味酢」と言う銘柄の酢である。1リットル735円とやや割高であるが、このお酢がまたこの上なく美味しい。
特にキャベツをラップに包み4分ほど電子レンジで温め、水や氷で冷やしてこの酢と胡麻油と鷹の爪で作ったドレッシングで食べると堪えられないぐらい美味しい。
この酢は家内と故郷近くの大川市を旅行した時に、酢の醸造元㈱庄分酢でお土産に買い求めたものであった。
その土産の美味酢が無くなったので、福岡市で売っているところを探し当ててやっと買い求めた。
西区橋本の「木の葉モール」でこの酢を見つけた時は、思わず小躍りせんばかりで、思わず2本も買い求めてしまった。最も消費期限はしっかり確かめたが。
これから当分はこの美味酢でおいしい野菜が楽しめそうである。

 梅雨晴間しゃきしゃきしゃきとキャベツ切る  英世

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健康診断

今年も先日健康診断に行って来た。
勤めていた会社の健康保険組合に退職者の私たちも入っているが、その健康保険組合の計らいで年一回無料の健康診断を受けるようになっているものである。
今回はその健康診断を密かに楽しみにしていた。
二月に病気入院していて以来、健康には人一倍気を付けて、野菜を多めに食べお酒も晩酌を控えめにした結果がどう出るかが楽しみだったのである。
結果は私の期待していた通りであった。
もともと数値的にはあまりよくなかったので、一挙に健康体とまでは行かないが、確実に数値はよくなっていたのである。
体重も3キロ減り、腹周りも2センチほど小さくなっていた。一番うれしかったのは気になっていた血糖値や血圧も大幅に改善していたのである。
かかりつけの医者にその診断結果を持って行ったところ、医師も非常に褒めてくれて高血圧の薬を一ランク軽いものに変えてくれた。
このまま改善を続けて、来年の健康診断が楽しみになるようにしたいものである。

 汗をかくほどの運動始めねば  英世

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癒しのスポット「けやき通り」

夏薊

この時期久住高原などの草原や湿原を歩いていると、薄紫の可憐な花が目に飛び込んでくる。薊の花である。
緑一色の中に鮮やかに輝く薄紫の彩は、歩き疲れたハイカーに湧き出る泉のような爽快感を与えてくれる。
資料によると薊は日本に自生する60種の薊の総称で、単に薊と言う植物はないと言う。
全体的に鋭い棘で覆われているものの、実際は食用や薬用にもなる人間に有用な植物とあるが、私は食べたことはない。
自然界ではノアザミが一番早く晩春に咲くので、俳句では春の季題になっているが、実際は夏咲くものや秋に咲くものもある。
その中の夏に咲くものを特に夏薊と季題になっている。その夏薊が青蔦と併せて今回の兼題であった。
例によって私の特選句をご紹介しよう。

 坊がづる賛歌の宿り夏薊  英世

青蔦

山を歩くと、この時期大木にしがみつくように茂っている蔦がある。
艶やかな葉を持つその色は濃い緑で、太陽にキラキラ輝くさまは美しくまさに青蔦である。
山林の大きな松や杉などに這い上る蔦も見事であるが、レンガ造りの洋館に蔦を這わせ窓だけを覗かせているさまも趣がある。
蔦はアジアから北アメリカに自生するツタ属の総称で、岩や樹木を伝って成長するから「つた」と名付けられたブドウの仲間で、その葉もブドウに良く似ている。
夏は青々と茂って見るからに勢いがあり、家を涼しくする効果がある。また秋には見事に紅葉して一層風情を引き立ててくれる。
その夏の蔦を俳句では青蔦と言うが、その青蔦が今回の兼題であった。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 青蔦のとんがり屋根の売家かな  英世

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一句の風景

紫の似合ふ立子や花菖蒲

この句も太宰府天満宮の菖蒲池を吟行した時の句である。
花菖蒲にはいろんな花の彩があるが、中でも紫は私の一番好きな色で、落ち着いた静かな雰囲気を醸し出させてくれる。
この紫を見ているうちに星野立子のことを思い出した。
星野立子は高浜虚子の娘で、女性として初めて俳句結社を主宰した人で、近代俳句史に燦然と輝きを放った人である。
その立子の好みの色が紫、思わず紫の似合ふ立子と戴いた句である。
2011年(平成23年)6月「季題:花菖蒲(夏)」

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父の日

昨日百年句会の話をしたが、その吟行の途中で某句友が「今日は父の日ですよね」と言い出した。
私は今まで父の日だからといって何もして貰ったこともなく、今年もおそらく何もないでしょうとそっけなく答えた。
ところが夕方帰ってみて驚いた、娘から今日は父の日だから、花とビールとお刺身のうち何がいいかと聞いてきた。
地球が逆さまに回るほどの驚きである。私は半信半疑ながらビールがよいと答えた。
すると、しばらくして息子が今日は父の日だが何が欲しいかと電話をして来た。またまた驚きの連続である。
私は姉ちゃんからビールを貰うので、お刺身がよいと言った。
しばらくして息子と愛莉が我が家を訪ねて来て、「爺ちゃんいつもありがとう」と大きなお刺身の盛り合わせを届けてくれた。
そのお刺身の豪華なこと、カメラに撮るのを失念して残念だが、10品ほどのここしばらく食べたこともない盛り合わせであった。
私は晩酌を自粛中の身であるが、この日ばかりはよかろうと家内と二人だけでささやかに飲んだ。
もっとも娘からのビールはこの日は届かず、自分で買いに行く羽目になったのだが。

 父の日の父の好みを知る子かな  英世

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癒しのスポット「浄水通り]

百年句会


今月の百年句会吟行は、西鉄五条駅から御笠川沿いに観世音寺まで歩くコースであった。
この地には会社の独身寮があり、私が青春時代を過ごした懐かしいところである。
吟行地の御笠川は、今はほとんどコンクリートの護岸に変ってしまったが、それでも中洲には葦が青々と茂っており、流れには小魚がキラキラと光りながら身をひるがえしていた。
句会が終ってからではあるが、美しいカワセミの姿も見ることが出来た。
また、この日は先日お話しした高校の友人(踊りの名手と画家の二刀流)の水彩画展が句会と同じ会場であると言うので、句会の後で句友を誘って観に行った。
同級生の活躍なのに、何故か自分が褒められているような少し嬉しい気分になった。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 師弟して緑陰探す目でありぬ  英世

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吟行風景と菩提樹の花・お昼の弁当

扇子

昨日団扇の話をしたからには扇子の話をしないと不公平のような気がする。
団扇が庶民的なものなら、扇子はやや高尚なイメージがあるし、団扇が家族共有のものなら、扇子は全く個人の持ち物のような気がする。
扇子にはちょっとした思い出がある。
会社の親しい同僚で東北の友人が九州に遊びに来た記念に、祇園山笠の扇子をお土産に上げたところ、彼はいたく感激してしげしげと絵柄を眺めていた。その胸の中に何かが去来していたのだろう。
翌年になって一本の扇子が彼から送られて来た。開いてみると「青森ねぷた」の扇子であった。
聞けば彼は山笠の扇子に感動し、それをヒントにねぷたの会に持ち掛けて作成にこぎつけたという。
博多と東北の青森で、このような扇子の交流があろうとは思いもよらぬことであった。
ちなみに今私が使っている扇子はこの青森ねぷたの扇子で、娘二人を鰐鮫の魔の手から救った小川原湖伝説「道忠幻生」の武者絵である。

 山笠の匂ひ広ごる扇かな  英世

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ねぷたと山笠の扇子

団扇

世の中省エネ省エネで、何を勘違いしたのか家内どのはエアコンを切り、扇風機ばかり廻している。
省エネは省であって、ゼロと言う意味ではないと思うのだが。
口答えしても仕方がない、そこで活躍するのが団扇である。
そう言えば昔は扇風機もなく団扇だけが頼りだった。
涼を取るだけではなく、竈の火吹竹の代りに油紙で作った大きな団扇で仰いでいた。
最近はこの団扇も様変わりで、大きさもいろいろ、中には機能と言うよりもデザインを楽しんでいるかのような、柄がなく指を射し込む小さな穴だけのものもある。
盆踊りになくてはならない団扇、蚊帳の中に持ち込んで風を送ってくれた母。
団扇にもさまざまな思い出がある。

 絵柄にもお国ぶりなる団扇かな  英世

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愛莉の授業参観

愛莉の授業参観
小学一年生の愛莉は携帯電話を持っている。
小学生に携帯電話をと思われるかもしれないが、訳あって先生も了解のもとに持たせている。
少し前にその愛莉からメールが届いた。
「じいちゃん13にちにじゅぎょうさんかんきて」
平仮名だけのたったこれだけのメールであるが、爺としては嬉しくなって、これは何としても行かなければと思った。
授業参観は私の子どもと同年代の親ばかりの中に、爺が一人居ることが不自然な風景であったが、そんなことはお構いなしである。
なにしろ私は愛莉のお爺ちゃんとして近所の子供の間でも有名なのだから。
授業参観は楽しかった。
愛莉は後の親たちを気にしてきょろきょろしながらも、楽しそうに勉強し大きな声で発表もしていた。
愛莉に限らず全ての子どもたちが、どうかこのまま伸び伸びと育って欲しいものである。

 子供らの未来大きく夏の雲  英世

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愛莉の絵と授業参観(右から3番目が愛莉)

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癒しのスポット「日本庭園」

おにぎり

昨日は鴻巣山を歩いた話しをしたが、鴻巣山に限らず山頂で食べるおにぎりほど美味しいものはない。
いつもは自分で残ったご飯をおにぎりにして持って行くのだが、御飯がない日はコンビニで若布と昆布のおにぎりを用意して山に登る。
コンビニのおにぎりとは言えやはり外で食べるおにぎりは美味しい。
おにぎりと言えば、東京の単身赴任中に、よく行った三木屋と言う赤ちょうちんの居酒屋を思い出す。
下町の両国でワンルームマンションに住んでいた私は、会社帰りにこの赤ちょうちんを息抜きの場所にしていた。
まだ東京で焼酎がはやっていない頃で、無理して白波の一升瓶を置いて貰ったのもこの店である。
この店の名物が美人の女将と、お酒のあとに食べる浅蜊の味噌汁とおにぎりであった。私は決まって紫蘇の実のおにぎりを食べたが、そのおにぎりの美味しかったこと。
今でもおにぎりを食べるたびに懐かしく思い出してしまう。

 大川の潮の匂ひや勝ち力士  英世

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癒しのスポット「大濠公園と日本庭園」

鴻巣山散策

一昨日、またまた鴻巣山を散策した。
幾度も紹介しているように鴻巣山は我が家の裏山で、格好の散歩コースである。
鴻巣山の西端から東の平和緑地まで往復4キロ・2時間半の距離であるが、半ば腐葉土化した樫や椎の落葉を踏みしめての散歩は、足に負担がなく心地よいものである。
また、汗をかく事は人の体になくてはならないものだと、自分で自分を説得して黙々と歩き続けた。
家からしばらくは住宅地を歩いて登り口に行くのだが、その住宅地の花々を見て歩くのも楽しい。今は紫陽花の季節で、丸く形作った赤紫の紫陽花に夏の訪れを感じた。
途中小さな祠に妻子や孫たちの健康と安全を祈願し展望台に上った。
展望台からは霞んではいるものの、福博の街並みと博多湾を抱くように鎮座する志賀島と能古島の島影が美しかった。
こうして健康のために登っているのか、登っているから健康なのかと妙ちくりんなことを考えながら小さな散歩は終わった。
それにしても山頂で食べた枇杷の美味しかったこと。

 里山の端の端まで梅雨曇り  英世

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山頂からの風景


虚子俳話

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このところ「虚子俳話」や「俳句への道」「俳句はかく解しかく味う」と、買い置きしてあった虚子の著作を立て続けに読んだ。
中でも虚子俳話は各項ごとに虚子の句が3句載せられていることもあって、本論は短くすぐに読み終えてしまうので、これまでに繰り返し10回ほどは読んだであろうか。
この虚子俳話を俳句の会「鴻臚」の句友にも読んで貰いたいと思い、例会の折に紹介したところ5名が買って欲しいと手を上げた。
会にも1冊常備することにし、都合6冊分をホトトギス社に代金を振り込み送って貰った。
この本の後記に虚子の長男年尾が、「虚子俳話を読めば、父さんの俳句に対する考へは皆その中に云ってある」と虚子の話として紹介している。
そのような本だけに句友にぜひ読んで貰いたかったのである。
その本が手許に届き、先の吟行の折に皆に配りそのようなことを説明した。

 万緑やまだ手擦れなき虚子俳話  英世

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癒しのスポット(舞鶴公園の紫陽花と花菖蒲)

鴻臚句会吟行「鴻臚館跡」

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一昨日は俳句の会「鴻臚」で舞鶴公園一帯を吟行した。
この日はあいにくの小雨混じりであったが、暑くもなく絶好の吟行日和であった。
今回の目玉は俳句の会の名前の由来となった「鴻臚館跡」であった。
鴻臚館とは平安時代に設置された外交および海外交易の施設で、平安京・難波・筑紫の3箇所にあった。筑紫の鴻臚館は現在の福岡市の舞鶴城址にあり、3つの鴻臚館のうち遺構が見つかっている唯一のものである。
吟行では、その鴻臚館から舞鶴城の花菖蒲や紫陽花、スイレンなどの花を見て、昼食は料亭「松幸」のランチ懐石を美味しく頂いた。
会では毎月一定の金額を積み立てており、こうして年数回豪勢な食事をすることも楽しみである。
次回はどこに行って何を食べようかと、歳に似合わずいつも先のことばかり考えている愉快な句会である。
この日の私の特選句をご紹介しよう。

 八橋に譲り合ふ傘花菖蒲  英世

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松幸の京懐石

一句の風景

紫の影も一色花菖蒲

太宰府天満宮の菖蒲池に吟行した時の句である。
この菖蒲池は近くに住んでいた私の青春時代に友人とよく訪れ、ライトアップされた花菖蒲を愛でながらジョッキを傾けた思い出の場所である。
この菖蒲池には師系の高濱年尾の「紫は水に映らず花菖蒲」の池中句碑があり、俳人によく詠まれる句材の一つにもなっている。
この碑の句を捻った訳ではないが、明るい日差しの池では花菖蒲はきれいな影を揺らしている。紫もその中の一色だった。
2010年(平成22年)6月「季題:花菖蒲(夏)」

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健気な若者

仕事に行く道筋にある西鉄薬院駅のビル1Fに、ケーキやパンそれに民芸品などを売るバラエティショップがある。
その店のパンやケーキを売っているのが知的障害のある若者たちである。確認はしていないが、作っているのももしかしたら彼らの施設かもしれない。
彼らは何時も真剣そのもので、ケーキは如何ですかと来店客や通路を通る人に大きな声をかけて勧めている。
時には店の前の通路に立ち、お盆に小さく切ったケーキを持って通る人に試食を勧めている。
私も時折試食品に手を出し口にするが、美味しいと返事をするとさも嬉しそうな顔をしてくれるので、夜の仕事の時などは夜食代わりに時々カレーパンを買って食べることがある。
感じ易い性格の私は、彼らの真剣な姿に何とも言えない複雑な気持ちになってしまう。
この健気な若者たちが安心して生きて行かれる日本にするのが、私たち大人(老人)の務めではなかろうか。
今日は今から舞鶴公園の吟行です。

 紫陽花や人の心の裏表  英世

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癒しのスポット「六本松九大跡地」

冬野随筆「鈴木真砂女のこと」

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平成元年、福岡でよくお世話になっていた料亭の若女将が、私に東京を案内して欲しいと訪ねて来た。
行先は銀座一丁目の小料理屋「卯波」だと言う。
東京に赴任して来たばかりの私には、卯波」と言う小料理屋など知る由もなく、結局二人で訊ね歩いて、お稲荷さんの奥の路地にその「卯波」を見つけた。
店には妙齢の小さな女性が、白い割烹着を着てにこやかに客の相手をしていた。彼女こそが卯波の女将・鈴木真砂女その人で、どことなく品がよく独特のオーラを放っていた。
私は真砂女が当時全国的に有名な俳人であることも知らず、一緒に行った若女将と真砂女が何かを話している片隅で、一人静かに酒ばかり飲んでいた。
その後、私がその若女将の勧めで俳句の道に入ろうとは、その時はまだ夢にも思っていなかったのである。
そんなことなら、真砂女と一言でもいいから口を聞いておけばよかったと、今思えばもったいないことをしたと残念でならない。

 紫陽花や江戸に真砂女の卯波訪ふ  英世

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癒しの「生け花展」

冬野「随筆」

毎月発行している「月刊俳誌冬野」は純粋の俳句結社の誌であるが、今年の3月号から会員投稿の随筆を掲載することになった。
師系にあたる「ホトトギス」が俳句の他に随筆を発表しているので、それに倣ったのかもしれない。
ホトトギスは明治30年(1897年)の創刊で、約110年を経ているが、夏目漱石が「吾輩は猫である」を連載した誌としても有名である。
また、冬野は大正15年創刊で九州を中心に花鳥諷詠の世界を広げて来た。
その冬野が随筆を募集すると言うので私も早速投稿し、6月号に初めて掲載された。
明日はその随筆をご紹介しよう。

 紫陽花やいつか出したき句文集  英世

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癒しのスポット「博多湾」


冬野六月号

冬野6月号が手許に届いた。
相変わらずの報告であるが、他の句会も含めて今月の入選句をご紹介しよう。
冬野六月号
 蝌蚪生るる学園都市となりし沼
 癒えし眼に初蝶低く光りけり
 耕や一家喰ひ継ぐだけの畑
 父の忌の手向けの花として万朶
 堀割の鈍き艪音や柳芽吹く
 若き日の父を知る樹も芽吹きけり
 春泥や身丈に添はぬ児のかばん
 疎まれてゐるとも知らず茎立てり
 遠山を烟らせ春陰なりしかな
 脊振嶺に日の照り返す春野かな
 長閑さや切手の要らぬ置手紙
 菜の花や夕日を流す筑後川
冬野インターネット句会
 濁世にも染まらぬ朴の花真白
 麦秋や我が父祖の地の筑後川
 温き茶の欲しき卯の花腐しかな
 葉桜の中を無人のロープウェイ
俳句ステーション
 柔らかき嬰の手の平春の月
 陸奥の春の滝とは嫋やかに
 長閑しや石を乗せたる俳句帳
 啓蟄の風を纏ひて退院す(五月分補追・特選一席)
 春寒やパワースポットめく社(五月分補追)
愚陀佛庵インターネット句会
 術終へし己が眼に春が来た
現代俳句インターネット句会
 飛魚の不時着したる渡船かな
 牡丹に己が魂売りにけり
 麗装のタカラジェンヌや業平忌

大岡越前が帰ってきた

名作時代劇「大岡越前」が東山紀之(46)主演で復活したが、その後半が6月にBSプレミアムでスタートした。 
江戸の町奉行の越前が庶民を苦しめる悪を懲らしめ、人情味あふれる裁きを下すお馴染みの物語である。
俳優の加藤剛(74)が主演したTBSのシリーズは、1970年から99年まで29年間続いた名物番組であった。
NHKの資料によれば、2月に東映京都撮影所でクランクイン。東山は「名作を演じるのには勇気が必要です。しかし、勇気は挑戦することでしか得られません。あの見事な大岡裁きが僕の人生に必要なものを教えてくれると今から楽しみにしています」と抱負を語っている。
真鍋斎エグゼクティブ・プロデューサーは、「頭の切れ味の鋭さと清涼感を併せ持つ東山紀之さんは、まさに新しい平成の大岡越前守忠相にふさわしい」と起用理由を説明している。
初回から見た限りでは、これからしばらくは楽しめそうな番組である。

 住み慣れし大川端や五月晴  英世

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「ひしむら」50周年

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私の行きつけの郷土料理「ひしむら」が創業50周年を迎えたと言うので、記念に「千成瓢箪」の栞を戴いた。
ひしむらは主に有明海産の魚介類を食べさせる店として有名で、福岡市第一の繁華街中洲の老舗である。
創業者は今の女将の母上、故熊谷恭世(本名:キノエ)さんで、裸一貫全く素人の身で立ち上げたと聞いている。
また、この創業者は著名な俳人でもあり、私に俳句の手ほどきをしてくれた恩人でもある。
ところで、一口に50年と言うがこの世界での50年は筆舌に尽くせない苦労があったことであろう。
今の女将から聞いた話では、店を開いた当初は利益の概念がなく、原価で売ってしばらくは大赤字を出したと言う、笑うに笑えないエピソードもあったそうである。
私がこの「ひしむら」に通い出して30年、ぜひ三代目、四代目と続いて創業百年を目指して貰いたいものである。
なお、今日からは街中で見つけた癒しのスポットをご紹介しよう。

 白き手のそつと開けやる夏のれん  英世

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天神大丸エルガーラ

六月の花ごよみ「薔薇」

薔薇と云えば5月で、今は6月であるが今日はその薔薇の話をしよう。
福岡市植物園は我が家から歩いて20分足らずの近いところにあり、散歩がてらに時々訪れる。
5月の中旬にはその植物園で「バラまつり」が開催され、大勢の人が様々な美しい薔薇を観賞していた。
薔薇にもいろいろな種類や色があり、著名な王妃や女優の名前などを借りて、それぞれに特色のある銘が付けられている。
先月あるブログに薔薇の写真を投稿したところ、その薔薇は青薔薇ではないかとの問い合わせがあり、私も掲載した責任上植物園に行って調べて回答した。
それは某社が開発した青薔薇とは全く別のもので、薔薇仲間では「むらさき」と呼んでいる品種だそうである。
ちなみに、銘は「ケルナ―カーニバル」で1964年にドイツで開発された品種であった。
薔薇もそろそろ終わりである。散ってしまう前にもう一度会いに行かねばなるまい。

  我が庭の過ぎたるものに妻と薔薇  英世

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奇妙な脚の痛み

椅子の上に胡坐をかいてパソコンを操作するのが私の流儀だが、一昨日胡坐をかこうとしていたら突然右の脚に電気が走った。
その時はたいして気にも留めずに、胡坐を止め普通の姿勢で作業を続けたが、その日のお昼過ぎから痛みがひどくなり、右の股関節から先がしびれ立つことも歩行も難しくなって、とうとう行きつけの整形外科医を訪ねた。
結果は「大腿骨大転子部滑液包炎」と言う聞いたこともない傷害であった。
説明によると、股関節の大腿骨の外側の出っ張りを大転子と呼ぶ。
この大転子と大腿筋腱(おしりの筋肉の大腿骨側の腱)の間には、潤滑油のようなものを包みこんだ袋があり腱の滑りを良くする働きがある。
これを大転子部滑液包と呼び、この滑液包に炎症が起き大腿から股関節の外側に痛みが出たものである。
原因は不自然な姿勢をしたり、寝ている時に異常な圧迫がかかり炎症を起こすことが多いらしい。
治療は意外と簡単で、幹部に注射し温湿布をするとたちまち痛みがやわらいできた。まだ少し痛みはあるがいずれ治るであろうとの診断である。
何とも奇妙な傷害であるが、やはり徐々に体力の衰えが顕在化しているのではなかろうか。

 腰痛に牛の歩みや走り梅雨  英世

六月に入る

変化に富んだ5月が終り、今日から6月である。
6月と言えば梅雨であるがまだ梅雨の走りと言った具合で、実際に梅雨の激しい雨が降るのは6月後半から7月になってからが多い。
河川が氾濫し、大きな被害をもたらすのも圧倒的に7月が多い。
この時期になるともうひとつ気になるのが水の事故である。
私の子どもの頃も近くの小さな水路で女の子がおぼれて死んだし、川に流されている子供を大人が救い出している現場を見たこともある。
プールに慣れているこの頃の子どもは(子供ばかりではないが)、川や海の流れの恐ろしさを知らない。
流れに逆らって泳ごうとしてもそう簡単に泳げるものでないことは、私たちは子供のころにしっかりと経験しているが、今の子にはそのような経験の場がない。つまり自然の子ではないのでる。
また危険な場所には河童が棲むといって、決して大人は近づけてはくれなかった。
そのような禁止されたところでの水泳や飲酒後の水泳禁止など、決まり切ったことはしっかり守って貰いたいものである。

 梅雨入や河童の潜む隠れ沼  英世

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