八月が終る(宿題)

今日で八月も夏休も終る。その八月終りの日に叩きつけるような雨が降っている。
さて、夏休も終りとなると、子供たちにとって(親も)心配なのが宿題であるが、愛莉は無事宿題を終えたであろうか。
宿題と言えば、私には苦い思い出がる。
どのような宿題だったかは忘れたが、全く遊び呆けて宿題をすっかり忘れてしまったことがある。
怖い先生の髭面に怯み、子供ながらに言訳を真剣に考え、当時家を新築中で家族全員農小屋に畳を引いて暮していたことから、とっさに「小屋にすしづめで宿題が出来なかった」とうそをついてしまった。
先生は嘘だと見抜いていたと思うが、何にも云わなかった。
その後私は自分のついた嘘に憎悪感が走り、何となく自分がみじめに思えて来た。
もちろんそのことが自分の人生に、二度とうそはつくまいと言う信念をうえつけたのは言うまでもないが、大人になるとそれもだんだん自信がなくなってしまった。

 一言の嘘がトラウマ秋の風  英世

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一句の風景

かなかなや鐘撞きにゆく僧の影

福岡ではなかなか蜩の声を聞くことはないが、西区のお寺を散策した時にこの蜩の声を聞いた。
その鳴き声は亡き父や母を思い出させるような哀調を帯びた声で、しばし呆然と聞きほれていた。
あたかも時刻は夕方で、僧が鐘楼に向かっている時であった。
あのかなかなという切ない鳴き声は夕方がよく似合う。
2011年(平成23年)8月「季題:蜩(秋)」

筑紫野探勝会(竈門神社)

今回の筑紫野探勝会は太宰府の竈門(かまど)神社であった。
9時半に太宰府駅に集合し、観光路線バス「まほろば号」で現地に向かったが、私が竈門神社まで自分の車以外で出かけたのは初めてである。
資料によれば、竈門神社は天智天皇の御世に太宰府政庁の鬼門に当たる宝満山に、上宮と中宮、下宮が祀られたが、時代と共に山中の社殿はことごとく破壊され、今では下宮のみが村社として祀り続けられている。
現在社殿は改装中だが、それでもこの神社は縁結びの神として若者の人気を博しており、宝満山の登山口としても賑っている。
この日はさすがにあの猛烈な暑さからは解放され、残暑の中でも初秋らしい清々しい風が吹き渡っていた。
吟行ではこの竈門神社を中心に想いをめぐらせたが、周辺の秋の野や空を舞い飛ぶ蜻蛉なども格好の句材であった。
それにしてもお昼に先生と頂いた蕎麦の美味しかったこと。
例によって私の特選句をご紹介しよう。

 とんぼうの鳴かざることも神慮かな  英世

竈門神社 吟行風景
改装前の竈門神社
宝満山登山口 キツネノカミソリ
宝満山登山口         キツネノカミソリ

内科検診

何かと循環器と消化器に病名の多い私は、毎月一回近所のYクリニックで定期健診を受けている。
知人の紹介で通い出したこのクリニックは、F大学病院の内科部長を務めた先生が独立開業したもので、何となく安心感と言うか私が最も信頼を寄せている病院である。
この日も総合病院で腸の内視鏡検査を受けた結果をもって訪ねたが、先生は私の話しと入院していた病院の主治医からの手紙を読みながら、その結果に我がことのように喜んでくれた。
いつものように血圧を測り血液検査のための採血をした。血糖値を始め様々な検査をするためである。
ここに通い出して後5年ほどになるが、病院がこんなにも親しみを感じるものかと、現代の赤ひげ先生に感謝している。

 秋風や血圧徐々に安定す  英世

八雲立つ

先日、ある本で古事記に登場する須佐之男命が詠んだと言う「八雲(やくも)立つ 出雲(いづも)八重垣(やへがき) 妻籠(つまご)みに 八重垣作る その八重垣を」の歌が目に付いた。
通訳によれば、「雲がいく重にも立ち上る 雲が湧き出でると言う出雲の国に 八重垣を巡らすように雲が立ち上る 妻を籠らすために宮殿にいく重もの垣を作ったけど ちょうど八重垣を巡らしたようになあ」という意味の歌である。
なぜこの歌を取り上げたかと言うと、須佐之男命が詠んだこの歌が、日本の和歌の原型だと言うことであったからである。
和歌のことはあまり詳しくないが、このような神代の時代にもう恋を語り合う和歌の原型があったということであろうか。
信じがたい話ではあるが、それほど日本の和歌の歴史は古いのだと解しておこう。
と言うことは、和歌を源流とする俳句も古い歌だと言えるのではなかろうか。そのことを言いたかったのである。

 今はまう秋の色としちぎれ雲  英世

秋雨

20日間近くも続いた猛暑が嘘のように昨日今日と雨が降っている。
雨を喜びつつもその雨たるやまるで梅雨末期を思わせる豪雨で、降りすぎるのも何かと問題である。
特に昨日は野歩きをすると言う家内を天神まで送って行ったが、予想通りこの大雨で計画は中止、そのまま我が家に引き返したが当然の判断であろう。
人間は我儘なもので雨が降らなければ降らないで雨を乞い、振りすぎれば降りすぎたでまた雨を恨む。
前にもお話ししたことがあるが、裏の里山「鴻巣山」には水神様の小さな祠がある。おそらくかつてはここで雨乞いの儀式を執り行っていたのではなかろうか。
また、昨今は自然に挑戦するかのように人工降雨が試みられている。ただ、降り出した雨は人工降雨によるものか自然の雨かはっきりとは分からないらしい。
自然はそう甘くはないのではなかろうか。

 秋雨や胸なでおろす老農夫   英世

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あざみの歌

先日「坊がづる賛歌の宿り夏薊」の句を紹介したところ、友人から坊がづる賛歌と「あざみの歌」を懐かしく思い出したというコメントがあった。
そう言えばこのように郷愁を感じさせる歌が流行した時期があり、山に行くバスの中では全員で声をそろえて歌ったこともあった。
なかでも寅さんでお馴染みの倍賞千恵子の「あざみの歌」は女性陣の定番で、あのきれいなコーラスは今でも耳に残り心を慰めてくれる。
私もつい懐かしくなりYouTubeで聞いてみた。
あの透き通るような歌声は今の歌手にはなかなかない声のような気がした。
歌詞を紹介しよう。

山には山の 愁(うれ)いあり
海には海の かなしみや
ましてこころの 花ぞのに
咲きしあざみの 花ならば

  秋風に吹かれて坊がづる賛歌  英世

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友遠方より来る

昨日は久しぶりの雨と期待していたが、ほんのお湿り程度に終ってしまい、気温も20日間近くも35℃以上の猛暑日が続いている。
そのような中、互いに東京単身赴任中に交友のあったTさんがわざわざ私を訪ねて来た。
聞けばこの秋で退職するので、久し振りに会いに来たと言うのである。
彼は私より5歳年下で、本社退職後は系列会社の役員として今日まで仕事をして来た。それほど見識も高く人望の厚い人である。
東北の仙台出身で、単身生活を卒業し今は家族と共に東京で生活しているが、今度は本人一人が仙台に逆単身すると言うことである。
その彼が卒業し仙台に帰ると言う。これほど目出度いことはない。
生涯の大半を会社に尽くし、人に言われぬ苦労もしたであろう。泣きたいときもあっただろう。
その彼から誰か連れて来ても良いよと言われたが、私は誰も連れて行かなかった。
最後の日ぐらいは二人だけでゆっくり飲み、心の底から「お疲れさまでした」と言って上げたかったからである。
もちろん移転したばかりの「ひしむら」の酒に、すっかり酩酊してしまったことは言うまでもない。

 遠来の友と杯夜半の月  英世

帽子

この頃の散策には帽子が欠かせない。少し時期は遅いがいわゆる俳句で言うところの夏帽子である。
帽子は冬の寒さの防寒用と夏の暑さ用があるが、私はほとんどこの夏帽子である。
子供の頃は帽子など買って貰えず、野球もユニフォームなし、帽子なしであった。会社で野球クラブに入り、初めて背番号のあるユニフォームと野球帽子を貰った時は子供のように嬉しかった。
帽子には面白いと言うか嫌な記憶がある。
ゴルフに帽子は欠かせないが、私は夏も冬も殆んどサンバイザーをかぶっていた。
ところが髪の薄さが気になりだした頃のある初夏、家に帰ると頭のてっぺんがひりひりして仕方がない。
翌朝家内が私の頭を見て悲鳴をあげた。なんと頭の皮膚が真っ黒に日焼けしているではないか。ブラシで頭をこするとボロボロと黒い皮膚が落ちて来る。完璧な火傷である。
それ以来急速に髪が薄くなっていったような気がする。

 少年の幽かな記憶麦わら帽  英世

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変ったスナック

先月「ひしむら」が移転閉鎖すると言うので、最後の思い出にと訪れた話をしたが、その際に昔なじみのスナックに10年ぶりに立ち寄った。
もちろんママは私の顔と名前を覚えていてくれた。
創業34年になるそのスナックは、カウンター席が10人、ボックス席が6人ほどの小さな店で、私はその創業時から通い続けていたが、会社定年と同時にしばらく足が遠のいていた。
東中洲のど真ん中のビルの二階にあるそのスナックがまた少し変わっている。
何が変わっているかと言うと、まず名前が「乳母車」とおよそスナックらしくない名前で、まるでお客を子供扱いしているようである。
カラオケもなければもちろんテレビもない。
美人のママの毒舌とクラッシックの音楽、それに客同士の会話が売りで、カラオケがない分値段もそう高くはない。
新聞2~3紙を毎日読んでいると言うそのママの毒舌がまた振っている。
同伴した初対面の女性客に「まあ、太股のような腕をして、肌が」と、とんでもないことを言うが、何故か言われた客は吹き出してしまう。話術の巧みさと機転でもっているのであろう。
これからそうたびたび行くこともなかろうが、懐かしい思い出のスナックである。

 那珂川に映ゆるネオンや霊送  英世

最高気温

昨日はさすがにエアコンを付けないと部屋にはいられないと思っていたら、何と福岡市は37.9℃と史上最高の暑さだったとか。
8月も後半だと言うのに、秋風どころかこの暑さは一体どうしたことだろうか。俳句の世界ではとっくに秋なのだが、どうしても秋の句を詠む雰囲気ではない。
今日もまた同じぐらいの暑さで、体温よりも高い気温にお年寄りは熱中症に注意するようにと度々報じられていた。人事ではない自分もこの範疇なのだから。
ところが家内殿は至って元気である。いや元気の振りをしているのかもしれない。
その証拠に、この暑さのなか今夜温泉に連れて行けと言う。
聞けば割引券が貰えるのが今月一杯で、自分のスケジュールが詰まっているのでどうしても今夜行きたいと言ってきかない。
ええこうなればどうにでもなれである。
帰りは昨年より5割高の鰻でも食って英気を養うとしよう。

 五割高五割小さき鰻かな  英世

一句の風景

流星や人類破滅近さうな

久住高原の草原に寝そべっている時に、大きな流れ星を見た。満天の星空に一筋の流れ星、これも大自然の演出であろうか。
昔、この流れ星を見てキリストの誕生を予言した僧がいた。それから幾千年、生れるものがいれば消え去るものもいる。
私たちは地球と言うものを喰い物にして生きて来た。
その報いか、この大きな流れ星を見て人類の滅亡が近くなったような気がして賜った句である。
2009年(平成21年)8月「季題:流星(秋)」

百年句会

今回の百年句会は昨日糸島市の船越万葉の里公園であった。
前回は病気で休んだし、今回も病み上りとこの暑さでどうしようかと迷っていたが、幹事さんからの次のお手紙で行くことにした。
「御体調如何でしょうか。前原駅まで旅館の送迎バスですのであまり歩かなくてもよい所です。御不明な点があれば○○までお電話下さい。ご出席をお待ちしています。」
このように優しく誘われたからには、行かないとは言えないであろう。
この日はこのところ続いている厳しい残暑で、最高気温も37℃、浜辺では家族ずれが海水浴や地曳網に興じていた。もっとも私は頭がぼうっとするし口数も少なくなってしまっていた。
ところが、その後の志摩町の旅館での食事が素晴らしかった。
玄界灘の新鮮な魚の特性ランチに舌づつみを打ち、ずぼらをせず参加してよかったと心底思ったものである。ただ、ビールが出なかったのが残念ではあったが。
例によって私のこの日の特選句をご紹介しよう。

 話すべき言葉出て来ぬ残暑かな  英世

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図書カード

図書カード
所属する公益団体の機関誌に「会員のひろば」と言う小さなスペースがあり、請われてそこに俳句を投稿し掲載された。
しばらくして、事務局からわずかな金額ではあるが謝礼として図書カードを送って来た。
今までも同様に送ってきていたし、市民文芸などに随筆が入選した時などは、はるかに大きな金額の図書カードを戴いていたので何の不思議もなく受け取った。
ところが、先日「虚子俳話」を詠んでいたら、「この頃は俳句に賞をかけることが流行するようだ。賞をかけねば後進を導くことが出来ないのであろうか。」という一文を読み複雑な気持ちになった。
もちろん私は虚子の言うところの後進であるが、賞や謝礼を貰うことはそんなにいけないことだろうか。
好んでそれを求めて投稿したわけでもないし、かと言って断るのも角が立つし第一大人げない。
そうだ、今回の図書カードも今まで同様に、孫の愛莉にやることにしよう。

 秋祭僅かな賞に小躍りす  英世

お盆

ずいぶん前に実家の弟からお盆に帰って来ないかと電話があった。
我が実家では例年16日に兄弟集まることになっており、この電話を待ちに待っていた私は、一も二もなく「有難う、必ず帰る」と返事をした。
岡山の三男も帰ってくると言うことで、75歳の姉を筆頭に兄弟7人が全員揃うことになり、孫子を合わせると30人程になったであろうか。
以前はよく車で帰省し一泊したものだが、福岡から西鉄電車で約1時間弱の距離にある便利さから、最近はもっぱらこの電車を利用する。もっとも飲まなければ車で行くのだが。
田舎の駅に降り立つと私は何時も両親の墓にお参りすることにしている。この日も駅から一直線にお参りに行ったが、いつの頃からか「私のことよりも孫子の幸せを。」とお願いするようになっていた。
母の独特の筑後弁の口癖を思い出した。
「うち(わたし)は貧乏ばしたばってん、七人の子ばいっちょん(一人も)殺さんで、ドマグレ(私の田舎では犯罪者やヤクザをこのように言う」も出さんかった」と、来る人来る人に自慢していた。
いま私がこうしてあるのもこの母あってと感謝せねばなるまい。

 あれこれと母を泣かせて稲の花  英世

師の手紙

先日病気入院中の闘病日誌とその時に詠んだ俳句を、日頃ご指導頂いている恩師S・K先生にお送りしたところ、このほど俳句3句を添えてその御返事が届いた。
その手紙には病気と私の不節制を心配し、「これからも身体の養生に努められ、健康・健吟にお努め下さい」と言う温かいお言葉が述べられていた。
その手紙に添えられた労りの俳句三句をご紹介しよう。
 焼酎が暴く病源きみらしや
 暑に耐へて綴る闘病日誌読む
 血縁の絆がくすり夏を病む
暑さはまだまだ続きそうである。熱中症対策を万全にし、先生のお気づかいに応えるべく節制に努めねばなるまい。
今日は今からお盆で実家に帰ります。

 冷房の部屋で封切る師の手紙  英世

天の川

桐一葉と一緒に出された兼題がこの天の川で、俳句では銀河とも銀漢とも言う。
秋の夜の澄んだ空に、うす雲かまたは銀の砂をまぶした川のようにかがやく星の集団である。
最近は都市部の夜が明るくなり、この天の川を肉眼で見ることはできなくなったが、それでも少し遠出をすればかなりはっきりと見ることが出来る。
少し前の話だが、同窓会で久住のコテージに泊まった時に、深夜に宿を抜け出し草原に寝そべって仰いだ満天の星と天の川は、生涯忘れることが出来ないほど美しかった。
この天の川を仰ぐと七夕伝説の世界に引き込まれていくような気がする。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 虚子の句を諳んじ仰ぐ天の川  英世

桐一葉

今回の兼題は桐一葉であった。
一葉落つとも言うこの季題は、秋の訪れと共に風もないのにふわりと大きな桐の葉が落ちることを言う。
「一葉落ちて天下の秋を知る」と言う中国の古いことわざにあるように、物事の衰退して行く例えを代表する言葉である。
この桐一葉の季題では虚子の「桐一葉日当りながら落ちにけり」と句がとみに有名である。
歳時記の観賞文には「非常に明快な句である。季題の趣そのままの句であると言ってもよい。その中にも、日当りながらに虚子の息吹はある。秋の日ざしを浴びつつ緩やかに舞い落ちる様を、おおらかなリズムに乗せて詠った。」とある。
虚子の句には遠く及ばないが、この日の私の特選句をご紹介しよう。

 夕暮に子を呼ぶ母や桐一葉  英世

飲み物の季題

昨日はアイスクリームの話をしたので、今日は飲み物の話をしよう。
なぜこの話をしたくなったかと言えば、一月以上前に「NHK俳句」がこのテーマを取り上げ、私も興味深く見たからである。
飲み物と言えば、私にとっては何と言ってもビールや焼酎である。
NHK俳句に出演の若者にビールは何時の季題(季語)かと主宰が訊ねると、「ビールは年中ある」と素っ頓狂な答えが返ってきた。
年中ある季節感のないものが季題になる訳はない。答えは当然清涼感のある夏であることは言うまでもない。ちなみに焼酎も昔は暑気払いに飲まれていたので夏の季題となっている。
ここでほかの飲み物はいろいろ取りあげて紹介はしないが、皆さんもいろんな飲み物を飲みながら、これは何時の季題だろうかと考えてみてはいかがだろうか。

 老いらくの二人静かにソーダ水  英世

ソーダ水 ビール
ワイン 日本酒

アイスクリーム

この夏晩酌を始めお酒を自粛した所為か、口許が無性に寂しくて仕方がない。特に甘いものが欲しくなり、時々家内に内緒でこっそり食べている。
中でも何と言ってもアイスクリームである。
近くの山の茶店や植物園のベンチで、愛莉と一緒に食べるアイスクリームは、適度の涼感と共に汗を出し切った体に心地良く沁み渡って行く。
アイスクリームにはいろんな種類があるが、私が食べるのは殆んどコーンに詰められた尖ったアイスクリームである。
味つけや香りはミルク、バニラ、チョコレート、抹茶味と様々であるが、これもその日の気分次第というところであろうか。
夏も今しばらくであるが、秋になってもこのアイスクリームが欠かせないものになりそうな気がしている。

 秋風や根は甘党かもしれぬ  英世

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冷奴

秋と言うのにこのところの暑さにあっさりした料理を欲するようになった。この時期は何と言っても冷たい豆腐料理である。
久しぶりに立ち寄った黒田天狗でも、焼鳥の前にまずビールと冷奴と言ってしまったほどである。
先日、家内が友人から京都南禅寺「順正」の夏の豆腐セットを戴いた。
冷奴(絹)に冷し豆腐(木綿)、おぼろ豆腐、ごま豆腐それにお刺身ゆばの5点セットでいずれも美味しかった。
もっとも、晩酌自粛の身とはいえビールで少し喉を潤す羽目になってしまったが。
京都南禅寺と言えば豆腐の名所であるが、私が訪ねたのは湯豆腐の季節で、まさかその豆腐を夏に自分の家で頂くとは全くの驚きであった。
この夏しばらくは冷奴、ところてん、生野菜、素麺と冷やりしたもので食欲不振を補うとしよう。

 取敢えずと言ひつつ今日も冷奴  英世

冷豆腐 冷奴

一句の風景

滴りや岩をも透す力秘め

午前6時、東の空からいつものように屋いようが顔を出したが、心なしか少し南に偏ってきた気がした。
さて、今月の一句である。
山登りが趣味の私は、その山で飲む滴りの水にひと時のやすらぎを感じる。
ある日、いつものように滴りに手を差し伸べようとしていたところ、滴りの落ちる先の岩に小さなくぼみが出来ているのを見つけた。
一筋の小さな滴りであるが、その滴りが抉った穴である。この穴を抉るのに何年かかったのだろうか。
大自然の不思議な営みに、しばしくぎ付けになってしまったその時を詠んだものである。
2009年(平成21年)8月「季題:滴り(夏)」

腸の検査

この春と夏、二回も入院した腸の炎症について、根本的な問題があるかもしれないと言うことで、昨日内視鏡で大腸と小腸の検査を受けた。
前日までに下剤で便通を整え、検査当日の朝は絶食、ただし水分はたっぷり取るようにとの細かい指示があった。
検査は大腸から小腸に内視鏡を挿入し検査するもので、検査そのものは簡単であったが、モニターとはいえ自分の体内を映像で見るのは、あまり気持ちのいいものではなかった。
男性にしても女性にしても、医学の前では人格も何もない。子供みたいに言われるままに下半身をさらけ出して検査を受けるのだから常人では考えられない。
検査のあと主治医より詳しい話があった。
結果、当面手術の必要はなく小腸もきれいなもので異常なし。ただし、大腸には炎症のもとになる憩室が多数あるので、今後も野菜中心の食事に気を配り、異常を感じたら昼夜なくすぐに来るようにとのことであった。
最後に一言、私の質問にビールは飲んでいいと笑顔で答えてくれた。

 検査終え結果上々生ビール  英世

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ミュージカル「ファーブル昆虫記」

昨日は愛莉とアクロス福岡シンフォニーホールに、ミュージカル・ファーブル昆虫記「ムシたちの四季」を観にいった。愛莉とこの夏休み最初のデートである。
このミュージカルはあの有名なファーブルの昆虫記をベースに、子供向けの楽しいミュージカルに仕立てたものである。
そのあらすじを主催者の言葉でご紹介しよう。
「みんなが知っているムシたちの、だれも知らないものがたり。
森に緑の春がやってきました。ムシもケモノも草花たちも、みんな一斉に目を覚まし、動きはじめます。
コガネムシのカップルも朝から晩までせっせと働いています。ひとりぼっちだったキツネ君も、森のムシたちと友達に。アリやチョウ、クワガタのおじさんや、むじゃきなテントウムシ、ゆかいな仲間たちは楽しく暮らしていました。
季節は夏から秋、そして冬へと流れていきます。やがてムシたちは、その短い生涯を閉じる日を迎えます。新しい生命に未来を託して…。」
小学一年生に理解できるか不安であったが、愛莉は初めて観るミュージカルに興奮気味に目を輝かせていた。もちろん私も。
その後愛莉と楽しい食事会であったことは言うまでもない。

 ミュージカル愉快な虫のものがたり  英世

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チョウトンボ

窓を開け網戸だけで寝ていた昨日の朝は、今までと違ってずいぶん涼しく感じた。外では法師蝉も鳴いているし、秋が近まっているのであろうか。
そんな日の夕方に我が狭庭に水をくれていると、足下を黒い蜻蛉がすう~と飛んで行った。チョウトンボである。
私は我が眼を疑った。こんなところにチョウトンボが飛ぶ訳がない。何かの間違いだろうと思っていたが、庭の草に止まったとんぼはまぎれもなくチョウトンボであった。
あの蝶に似た独特の翅と黒光りする光沢のある姿に、子供の頃の思い出が懐かしくよみがえってきた。
子供の頃は、夕暮れになると学校の裏庭などに、ねぐらを求めてたくさんのトンボが集まり、蜘蛛の糸と竹ひごで作った網で何匹ものとんぼを捕まえたものである。当節、この都会にそれを求める方が無理と言うものであろうか。
そんなことはどうでもいい。ただこのチョウトンボが我が家の庭まで飛んできてくれたことが感動である。
近くに平尾大池と言う溜池があるので、きっとそこから飛んで来たのだろう。
立秋のこの日にチョウトンボとの出会い、夕暮れが何となく涼しく感じた。

 夕闇に妖しく光り蝶蜻蛉  英世

チョウトンボ2 チョウトンボ

選句について

昨日、今年初めてツクツクボウシの鳴き声を聞いた。
さて、先日ある句友からの手紙で、選句はどのような視点でしているのかとの質問があり、次のように答えたので参考までにご紹介しよう。
①花鳥風月を客観的に写生しているか
②五七五の形態を守り、季題を配しているか
③季題がその句に最も適しており、効果的に働いているか。
④読む人が口にしてリズム感、すなわち心地好い調べがあるか
⑤切字を有効に活用し、句に間と言うものがあるか。
⑥平明にして分かりやすく、単純化、具象化されているか
⑦句に品格があるか
⑧抒情に流されていないか
概ね以上のようなことをチェックして選句しているが、最終的には読者がどのように感動し、どのような感銘を受けたかではないかと思っている。
私はホトトギス系の伝統俳句を学んでいるので、選句の基準も虚子に因るところが大きく、特に⑦の句に品格があるかについては最近よく考えさせられるところである。
もちろんこれは私の独断的な考えであり、多くの異論があることは十分承知している。

 蚊遣焚き庫裏の句会の始まりぬ  英世

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冬野八月号

巷は夏休と言うのに、一年中休みのような我身にはわずかな変化さえも嬉しいものである。
かんかん照りが続いていた我が庭のささやかな雨も、まさに慈雨と言うべき変化であろうか。
そのようなさなか冬野八月号が届いた。例によってその他の句会の入選句と併せてご紹介しよう。
冬野八月号
 布衣の身の緑陰に読む俳話かな
 離散せし山里深く余花に逢ふ
 夏蝶に風切る荒さありにけり
 忍び寄る闇を遠ざけ牡丹の香
 崩れつつ大見得切りし牡丹かな
 どんたくや一芸もなき身の哀れ
 新茶淹る温めがよしと母は娘に
 坊がづる賛歌の宿り夏薊
 梅雨の森化石の如く静かなり
 師弟して緑陰探す目でありぬ
冬野インターネット句会
 土砂降りを勢ひ水とし山笠奔る
俳句ステーション
 白さらに白なす雨の花菖蒲
 木道に譲る心や夏薊
 がんばらう日本の空鯉のぼり(特選三席)
 水に生れ水に消えゆく蛍かな
愚陀佛庵インターネット句会
 昨夜雨に終の牡丹も崩れけり(5月分)
 塗り立ての駅のベンチや夕薄暑
 振り向かぬ心でくぐる茅の輪かな(6月分・特選)
 己が身の分身として夏帽子
 梅雨茸の毒を匂はす色であり
現代俳句インターネット句会
 サングラス個性があつてなきやうな
 日焼せし顔に愁ひのなき女
 一人居の日付変りて夏の月
 ヘルメット枕代わりに三尺寝(高得点句)
 師の句とて批評辛辣生ビール

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愛莉の夏休

愛莉は今初めての夏休を満喫しているようだ。
聞けば愛莉は宿題の朝顔を大事に育てているし、毎日の学習も欠かさずやっているらしい。
愛莉は妙に几帳面な所があり、毎日の学習と決められた部分は、必ず決められた分だけするらしい。
私は子供の頃、夏休中の勉強を最初の一週間で仕上げ、あとは遊び呆けていたものだが。
その愛莉からメールが届いた。「夜の水族館へ連れて行って」。
私は角栄ばりに「よっしゃ、よっしゃ」と返事はしたもののまだ実行していない。この夏休は私も仕事で忙しいんだよと親には言い訳ばかりしている。
近いうちに連れて行くとして、お詫びに「白糸の滝」のそうめん流しにもつれて行くとしよう。
そんなことを考えていたら、孫の愛莉から電話がかかって来た。「じいちゃん、お祭行くと?」
しまった、今日は地域の夏祭りだったのに、迂闊にも夜まで仕事を入れてしまっていた。

 太陽の子供となりて夏休  英世

朝顔 朝顔2

素麺

私の好きな素麺の季節が今年もやって来た。
汗が止まらないほどの暑さが続いているが、食欲もないこんな時のお昼は素麺に限る。また、黒田天狗などでお酒のあとの腹ごなしにもこの素麺をよく食べたものである。
素麺を食べると子供の頃を思い出す。
実家は農家なので食べるものはほとんど自給自足であった。
中でも小麦粉は自分の田んぼで取れた小麦を近くの精米所で粉にし、手打ちうどん機で自家製のうどんを作ったり、藷やカボチャのたっぷり入った団子汁を毎日のように食べていた。
だが、素麺はそうはいかない。買ってくるしかないのである。
隣りの県に神埼素麺と言う素麺どころがあって、その素麺を農協購買所で買って家族10人で食べた。ものすごい量であった。
もちろん今のような市販の「つゆ」などある訳がなく、母がいりこを出しにつゆを作ってくれたし、父はつゆでもう一度温めた今で言う「にゅうめん」を好んで食べていた。
暑い夏がやってくると決まって素麺が欲しくなり、子供の頃の大家族の食事風景を懐かしく思い出す。

 素麺や十人家族の手の多さ  英世

そうめん2 素麺

八月の花ごよみ「夾竹桃」

夏七月の季題であるがこの時期夾竹桃が強烈な色彩を放っている。
古いと思われるかもしれないが、フランク永井の歌の「花もあかねの夾竹桃」というくだりを思い出した。
夾竹桃は知らなかったがインド原産らしい。道理であの強烈な夏を思わせる色合いをしているのであろう。
最近はドライブすることも少なくなったが、車の排気ガスにも強いらしく九州道の分離帯にこの夾竹桃が植えられ、ドライバーの目を楽しませてくれる。
この花を見ると何故か昭和を思い出してしまう。

 夾竹桃の赫に昭和の戦火見る  英世

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