九月が終わる

やっとと言うほどうんざりした9月が今日で終る。
まだ公式な発表はないが、この9月も福岡の平均気温は史上最高を記録したのではなかろうか。ちなみに今朝もTシャツ姿でこの原稿を書いている.
そんな中で、やや涼しくなった9月の終りに、近くの脊振山に登った。
このところ山登りといえば低い油山ばかりで、1000メートル級の山は敬遠してきたが、古希の記念にと思いきったのである。
そのことは後日書くとして、現在古希邁進中の私は体力が年々落ちて行くのを自覚するようになった。60代とは明らかに違うのである。
まずバランスがうまく取れなくなった。
風呂上りに片足立ちでパンツを履くのによろけてしまう。風呂に身を沈め尻を着くと両手の力を借りなければ立ち上がれない。バスが近づいても走る気にならない。
ほかにも数え上げたらきりがないほど体力低下の兆候がある。
元気なうちにもう一度高い山に登りたいと思うのは欲張りだろうか。

 眼の前の峰の高さや天高し  英世

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脊振山からの絶景
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一句の風景

爽やかや冬野誌と云ふ拠り所

爽やかな秋の吟行であった。
こうして野山と親しむことが出来るのも俳句、しかも冬野誌のお陰だとしみじみ思ったものである。
俳句を全く知らなかった頃は、花鳥風月や季節の移ろいを愛でることもなく、ただ無為徒食に過ごしていた。
今考えると何とももったいない日月だったと思うが、過去を嘆いても仕方がない。
これからはこの冬野誌を拠り所に、自然を愛しその日その日を大切にしていきたいと思い賜った句である。
2010年(平成22年)9月「季題:爽やか(秋)」

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娘の誕生日

昭和○○年9月28日、娘つまり鈴花の母親の誕生日である。
なぜ急に娘の誕生日を思い出したかと言うと、このところ孫3人のことばかりが頭にあって、肝心の我が息子、娘のことは遠く彼方に置き忘れていたような気がしたからである。
娘は長女でしかも私たちの初めての子どもとして当時住んでいた大分市で生まれた。
私たちの結婚式が10月9日で、家内はせめて結婚一周年のあとに生れて欲しいと望んでいたが、娘は親の言うことを聞いてはくれず10日ほど早く生まれてしまった。
それ以来娘は何かと親の期待に背くと言うか、言うことを聞いてくれなかったような気がする。どうもこの時からその下地があった様である。
と言うのはともかく、娘もいいおばさんになって丸くなったのか、このところ病気がちな私のことを心配してくれるようになった。
隣に住むようになったのも親のことが気がかりだったからだと人伝に聞いている。
今度娘の顔を見たら、せめて「おめでとう」の声だけでも掛けて見ようと思っているが、おそらく答えは「何を今さら、この歳でめでたくもなし」と、にくたれ口をたたくに違いない。
なぜならばなんといっても私と家内の子だから。

 初の子も今は子の親秋の薔薇  英世

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酒に酔わない

ずいぶん前の話だが、新聞の悩み事相談欄にある主婦から奇妙な相談が寄せられていた。
「夫は大酒のみだが全く酔ったことがない。酔わないのであれば何のためにお酒を飲んでいるのかわからないし、汗や小水に流してしまったのでは第一お金がもったいない。そんな金があればブランドもののバッグの一つも買いたい。酔って暴力をふるったり、大きな失敗をやらかせば無理にでもお酒をやめさせるのだが、全く酔わないのだから止めさせる理由がない。ほんとに困っている。」といった相談であった。
何ともほほえましい相談ごとで、回答者はどんな返事をするだろうかと興味深く読んだところ、「あなたも一緒になって極上のお酒を楽しんだら。」と言う。
これまた何とも乙な回答ではないか。
そう言えば私も酒飲みだが、酩酊するほど酔ったことはあってもお酒の上で口論したり喧嘩したことはない。い
や、多分そうだと思う。
我が家の家内殿は私の酒にどのような思いをしているだろうか。

 秋の夜や妻のバッグが酒に化く  英世

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筑紫野探勝会「天拝公園」

今回の筑紫野探勝会は菅原道真公ゆかりの天拝公園であった。
天拝公園とは通称で、正式には「天拝歴史自然公園」という天拝山の麓に作られた公園である。
天拝山は筑紫野市にある標高258メートルの低い山で、その名は太宰府に流刑された菅原道真が自らの無実を訴えるべく、幾度も登頂し天を拝したという伝記に由来する。
天拝公園は九州最古といわれる「武蔵寺」を中心としたこの天拝山のふもとにある自然公園で、豊かな自然に囲まれ四阿づくりの水上コテージや万葉植物園などがあり、市民の憩いの場となっている。
この時期、万葉公園には秋の草花が格好の句材となって、吟行の趣を豊かにしてくれた。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 大念珠繰れば一天秋の声  英世

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秋の海

夏も終りと言うことで、久し振りに海辺を歩いて見たくなった。といっても白砂青松の浜辺ではない。
私の街福岡は北に博多湾、その先に玄界灘を擁しており、古来より大陸に向けて開かれた海の街であった。
それだけに古くから港が発達し、それが現代は大型船が出入りする屈指の良港となったのである。
遣唐使の時代から良港として知られていたが、本格的に港が開かれたのはどうも平清盛そして秀吉の時代らしい。
かつての海岸線はすっかり埋め立てられ、往時の姿を見ることはできないが、それでもやはり海は海である。
博多湾に浮かぶ能古島、志賀島そしてはるかに浮かぶ玄海島は秋の霞に覆われている。海の彩も白っぽい碧さの秋の海に変わろうとしている。
厳しい残暑も峠を越え、玄界灘を吹き渡る風にどこか秋の潮風の匂いがした。

 碧さにも翳り出にけり秋の海  英世

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冬野俳句大会


年一回の冬野俳句大会が9月23日の秋分の日に開催された。
例年は十月後半の日曜日に開催していたが、今年は残念ながら会場の都合でこの日となったものである。
大会は例年通り西公園下の「ふくふくプラザ」で開催され、私はもっぱら大会運営の裏方に終始しながらも、合間を縫って外に吟行に出かけた。
事前に投句を受け付ける募集句と、当日この西公園や大濠公園、舞鶴公園を吟行しての句を投句する訳だが、時節がら当日句は初鴨を取り扱った句、破れ蓮を詠んだ句になることが予想された。
ところが私の予想は完全に外れた。
大濠公園の鴨は妙に落ち着いている。先生によればそれは初鴨ではなく残り鴨だったのである。また、蓮は破れ蓮どころかまだまだ真青な色をしていた。
予想は完全に外れ思考回路が狂ってしまい、かろうじて事前投句した二点が入選しただけであった。

 駅を出て一直線に山笠の町
 顔見せるだけの故郷盆の月  英世

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息子の新居

息子が我が家の近くにマンションを買った話はしたが、昨日はその息子の家にお披露目の招待を受けた。
嫁の両親や隣りの娘一家もお祝いに訪れ、和気あいあいの宴であった。大学一年になった鈴花が来てくれたことも嬉しかった。
息子一家は今までは近くの賃貸に住んでいたが、子供が二人になったことと、長女の愛莉が小学校に行くようになり、何かと手狭になり思い切ったものである。
私には跡継ぎの息子は彼しかいないので、ゆくゆくは我が家に棲むことになるであろうが、それまで待ってはおれないという思いだったのだろう。
今度買った高層マンションには最新式のエレベーターや屋外エスカレーターに完璧なセキュリティーシステムと、鍵がなければ私も勝手には入られないようになっている。(実際は鍵を息子から一個預かっているが)
愛莉は自分の部屋を貰って終始ニコニコ顔であったが、夜はやはり母親の布団にもぐり込んでいるようである。
次女の菜々美も広いリビングや和室を元気よく動きまわっていた。
早くこの新しい環境に慣れ、一家が平和に暮らせるようにと祈らずにはいられなかった。

 秋風の吹き抜く新居畳の香  英世

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ベランダからの風景

早稲

昨日の冷やかと共に出された兼題がこの早稲である。あの早稲田大学の早稲である。
早稲とは早場米のことで、稲には成熟の早晩によって早稲・中稲・晩稲と三種類に分けられるが、もちろん中稲が一番多い。
新日本大歳時記によると、「早く熟す稲のことで八月に出穂期を迎え九月に稲刈りを始める。寒さの早い北の地方で栽培されることが多かったが、一般に早まった稲の作付けで顕著な早さは感じられなくなった」とある。
そう言えば私の子どもの頃は、この早稲を見ることはほとんどなかった。
とは言え、まだ暑さの残る田んぼに出て、風に乗ってくる早稲の香りをかぐのは心地よいものである。
例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 早稲熟れて色を違へし一区画  英世

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冷やか

今回の兼題はこの冷やかと明日お話しする早稲であった。
冷やかとは真夏の暑さから解放された、秋の朝夕のひんやりした感じで秋冷とも言う。
たんに冷たいと云えば冬であるが、この冷え冷えとしてくる感じはまさに秋である。
絨毯から板張りに移った時の冷たい感じ、壺や壁に触れた時の冷たい感じもこれである。
今までの寝苦しさから、薄い寝間着が欲しくなるのもこの冷やかであろう。
また、冷酷とまではいかないが、人情の薄さを「冷やかな態度」と表現するが、私自身はこの言葉はあまり好きではなく、俳句としては使いたくないと思っている。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 冷やかや賽の河原の石の黙  英世

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一句の風景

裏阿蘇の長き駅名や女郎花

昨夜は句会の後反省会のような懇親会のような席を楽しみ、煌々と輝く仲秋の名月を愛でながら帰った。
仲秋の名月といえば秋の七草、今日はそのなかの女郎花の句をご紹介しよう。
九重と阿蘇はたびたび訪れる私の好きな所である。
その阿蘇の裏側、つまり南阿蘇に「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅(みなみあそみずのうまれるさとはくすいこうげんえき)」という日本一長い名前の駅がある。
熊本から裏阿蘇を駆け抜ける南阿蘇鉄道高森線で、かつては高千穂線とつながり九州中部を横断する予定だったが、工事中の異常出水で工事を断念せざるを得なかった。
この駅の近くには名前の由来となった阿蘇の湧水「白川水源」があり、今でも一年中こんこんと水がわき出ている。
訪れた時は秋もたけなわで、裏阿蘇の草原には女郎花の花の群落が私を迎えてくれた。
2009年(平成21年)9月「季題:女郎花(秋)」

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(名月は朝日新聞記事より)
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敬老の日

市役所で老人手帳なるものを貰って来た。
本来ならずいぶん前に貰うべきものであったが、どうしたことか町内の民生委員から届けられなかった。
いや、もしかしたら届けられたが、こちらが失念または紛失してしまったのかもしれない。
9月15日は敬老の日で、さまざまな催しが行われたが、敬老の日に声がかかるのはいったい何歳からだろうか。
私にはまだ声がかかってきたことはない。もっとも声がかかっても行く気は全くないが。
年齢的にはともかく、まだまだ敬老の行事に足を運ぶほど老化したとは思っていないし、昨今、本来の敬老の意味が薄れてしまっているような気がするからである。
もし本当に感謝され祝ってもらえるなら、家族だけで心から祝って貰いたいと思っている。
ところで、病気入院中に母校の高校野球の結果が知りたくて、携帯iモードを数回操作したところ、思い掛けない金額の請求書が来た。
もちろん家内からこっぴどく叱られたことは言うまでもない。iモードのない携帯は無いものだろうか。

 戦前の話題少なく敬老の日  英世

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放生会俳句会

今回の百年句会は事実上中止で、全員筥崎宮に行くことになった。
と言うのは、この時期筥崎宮では放生会(博多ではほうじょうやと言う)があり、冬野が支援しての俳句会が催される。
その筥崎放生会句会と百年句会の日取りが偶然重なってしまったからである。
私は放生会には度々行ったが、句会に参加したことはなかったので内心楽しみであった。
放生会は何時も通りの賑やかさで、露店では外国人までもがお国自慢の料理をふるまっていた。参道は人込みの声と様々な匂いが充満し、祭気分満点であった。
句会は各人個々にその放生会や野草園を吟行し、当日の嘱目3句を出すことになっている。
私も精力的に句材を探しどうにか3句投句したが、そのうちの次の一句がかろうじて入選し、賞品に干支の筆置きを貰った。
今日からは筥崎野草園の秋の草花をご紹介しよう。

 放生会売り亀そろと逃げ出せり  英世

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鰯雲

葛の花と一緒に出された兼題がこの鰯雲であった。
鱗雲、鯖雲とも呼ばれるが、この雲が出ると鰯が大漁になるとも言われ、それで鰯雲と呼ばれるようになったとも言う。
鰯雲が斑紋をなして広がっている様子を見ると、もう秋が来たなと思うものである。
住みきった秋空一面にこの鰯雲が誕生し、風によって少しずつ移動して行く様子は見ていて何時までも飽きることはない。
また、この雲を見ると何となく郷愁と言うか一種の哀愁を感じ、無性に望郷の念が湧いてくる。俳句もどうしてもそのような気持ちを表した句が多くなる。
この日の私も、東北から会いに来てくれた友人を偲びつつ、ついその郷愁に似た感じを詠んでしまった。
例によって私のこの日の特選句をご紹介しよう。

 還らざる父を待つ子やいわし雲  英世

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葛の花

今回の鴻臚句会の兼題は葛の花であった。
句友の女性から葛の花の咲いているところを是非見て句を作りたい。どこに行ったら見られるかと問い合わせの電話があった。
私は彼女の熱心さを誉めると共に、葛の花は少し山に行けばどこにでも咲いているが、近くでは西公園の展望台や舞鶴公園の池のほとりがよいと教えてあげた。
教えてあげた以上は私も見に行かない訳にはいくまいと舞鶴公園に行ってみると、公園の頸洗池には大きな葛の花が垂れ下がっていた。
彼女もきっと見に行ったに違いない。その証拠に句会では見事な葛の花の句を詠んで来たからである。
このように俳句は実際見たものが一番強い。
どうしても見られない場合は過去の記憶で作ることもあろうが、出来れば現物を目の前に据えて詠みたいものである。
例によってこの日の私の特選句をご紹介しよう。
もちろん私も現実の葛の花を詠んだことは言うまでもない。

 隠沼に垂れて滝なす葛の花  英世

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プリンタが壊れた

Ca社のプリンタを使っていたが、そのプリンタが印刷中に急に止まってしまった。
息子に来て貰うまでもないと、自分で取扱説明書を開きながら復旧に努めたがどうしても回復しなかった。
Ca社の相談センターに電話して問い合わせると、回復回路を使っても復旧しないのであれば故障です。修理代は7000円以上かかりますとのことであった。
7000円もかかるなら買い替えた方がよいと言うのが私の考え方である。
早速大手量販店で買い替えることにしたが、その社員の言葉に無性に腹が立ってきた。「この手の故障は多いんですよね」とのたまう。
冗談じゃない、故障が多いと言うことは製品に問題があると言うことではないか。人命にかかわる自動車であれば当然リコール問題ではないか。
さらに腹立つことがあった。前に使っていた製品シリーズの新バージョンのはずなのに、インクは対応していないと言う。
つまり前のインクは役に立たず、別の型番の新しいものを買えと言うではないか。
またまた冗談じゃない。
高価なインクを買ったばかりで、6本中まだ5本は新品のままで残っているというのに、引き取ってもくれずそのまま捨てろと言うのか。
いまこの憤りをどこに持って行こうかと思案している。

 印刷の文字の滲める秋燈下  英世

草取り

朝夕はずいぶん涼しくなり動き易くなったので、運動不足解消も兼ねて庭の草取りをした。まさに狭庭でたいした庭ではないが、やはりこの前の雨と太陽で雑草が伸び放題に伸びていた。
本物の草取り職人から頂いた草取り鎌を砥石で研ぎ、厚手の紙袋を用意して準備万端作業に取りかかった。
なぜ紙袋を用意するかというと草は生ものであり、次のごみ捨て日まで放置すると水分が染みだし、ビニールのゴミ袋では水が貯まってしまうからである。
その点厚紙の袋は水分を吸収し乾燥させてくれる。ビニール袋の場合は新聞紙を中に拡げるとよい。
薔薇の棘を避けながら作業は順調に進み、約1時間余りで終了した。
ところがよく見ると隣の娘の庭が同じように草茫茫である。結局これも草取りをして、都合2時間の作業が終った。
その後の朝食時に家内に草取りを済ませたと話すと、めずらしく「有難う」と返ってきた。本当に珍しいことである。家内に云われる前に済ませたのがよかったのかもしれない。
娘はビールの一本もくれるであろうか。おそらく家内と同じように有難うの一言で済ましてしまうであろう。

 庭を掃く飛蝗のあとを追ひながら  英世

摘果ミカン

今朝からパソコンの機嫌が悪く、更新が今になってしまった。
さて、一昨日は運動不足解消にと油山周辺を歩いたが、そのついでに麓の花畑園芸公園に立ち寄った。
来月吟行予定の花畑公園で、どの辺りがポイントになるか確かめる意味もあった。
中央の展望台に上ると福博の町が眼下に広がり、遠くには博多湾その奥は玄界灘といつも通りの風景である。例によって我が家はどの辺りかなと確認するのも楽しいものである。
事務所で取れたての果物を売っていると言うので立ち寄り、2個詰めの梨を買った。その横に摘果みかん袋に詰め放題100円とあったので釣られてこれも買って帰った。
まさに俳句で言うところの青蜜柑で、そのまま食べられないことは無いが、どちらかと云えばカボスやレモンのように食用酢として絞って食べるのである。
酢大好きの私は、早速その晩の鶏の照り焼きや生野菜に絞って振りかけたが、その味と香りの素晴らしさは予想以上であった。
酢独特のつんとくるような刺激も無く、甘酸っぱい温かい感じで香りまでも甘く感じられた。
家内はもう少し詰めてくれば良かったのと、やはり主婦の目であった。

 手に残る甘酢の香り青蜜柑  英世

西公園の鳶

後日お話しする葛の花を求めて西公園へ行った。
お目当ての葛の花はなかなか見つからず公園内を歩き回ったが、一番突端にある展望台に風に揺れながら咲いていた。
その花を愛でた後、中央の展望台に登って素晴らしい光景に出会った。大空を舞う鳶の大群である。
展望台では数人の子どもたちが鳶に向かって食べ物を投げ上げると、数羽の鳶が一斉に急降下してきて獲物をつかんでいく。鳶が見事に捕獲すると子供たちから一斉に歓声が上った。
鳶はそれに応えるかのように、時折「ピーヒョロ、ピーヒョロロ」と澄んだ笛を鳴らしていた。
福岡のしかも中心部で、このような鳶の大群と遊べる子供たちは、本当に幸せだと思わずにはいられなかった。

秋天やピーヒョロヒョロの鳶の笛  英世

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久し振りの温泉

先日長かった雨もやっと上がり、晴れ間を縫って久し振りに温泉に行った。いつもの温泉「清滝」である。
この日はたまたま毎月一回男湯と女湯を入れ替える日に出くわした。
つまり、いつも家内が入っている風呂に私が入り、私の入る風呂に家内が入るという具合である。
ところがどうも勝手が違う。脱衣場も湯船の配置もまるきり右と左が逆で、最初は湯船がどこかにあるか分からず広い庭を迷ってしまった。
また、風呂の配置もさることながら、湯船はこの女湯の方が少し小さめだが、落ち着いて安らぎを得られそうな造りであった。
特に蒸し風呂は男の洞窟風呂とは異なり、部屋全体が板張りになっている。より清潔な感じがしたし、温度も少し低かった。
何れにしても、たまには男女入れ替えた風呂に入るのもいいものだ。

 男湯に幼女と入る秋の宿  英世

一句の風景

みちのくの秋刀魚を焼けば目に泪

インターネット俳句の「俳句ステーションで」で星野高士選の天賞を戴いた句である。
少しわざとらしいところもあるが、仙台産とあった秋刀魚を食べながら、東北大震災をイメージして詠んだ句である。
この句には選者の評があったので、そのままご紹介しよう。
『やはり今年はこの句のように「みちのく」への応援歌か。上手いのは秋刀魚の煙とみちのくへの思いをだぶらせた「目に涙」です。』
2011年(平成23年)9月「季題:秋刀魚(秋)」

私の本棚「消された古代日本史」

たまには肩の凝らない本も良いだろうと書棚をひっかきまわしていたら、「消された古代日本史」と言う大仰なタイトルの本を見つけ出した。
この本も買ってから読んだのかどうか記憶にない。
サブタイトルに「謎・闇―日本民族の源流を探る」とあるから少しは期待して読んで見たが、この本はタイトルと中身が極端にかけ離れていた。
本は三章に分かれており、第一章は日本民族のルーツで様々な説が紹介されており、中には日本人の祖先はユダヤ人だったと言う説が飛び出してくる。
第二章は日本人の心に潜む霊界・霊力の話。久米仙人や安倍晴明等の秘話であるが、私はこの手の話は全く信じないことにしている。
第三章は「なまはげ」や河童、山姥等の民間伝説である。これらは真実を問題にしなければ楽しい話である。
とにかくてんでバラバラの話で、いずれも他人の説や伝承を紹介しただけで、そこには作者の意図と言うか考えは全く述べられていない。
それでも、ただ楽しむだけならこれでも良いかと妙に納得した本である。

 秋の川河童と遊ぶ龍之介  英世

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構図

句友で画家のS.T氏と絵の話をしたことがあった。
彼の枯れ蓮を描いた絵を見ながら、絵を描くに当たって何が一番大事かと質問したところ、彼はすかさず「構図です」と答えた。
そう言えば、同級生で水彩画を描く友人も同じようなことを言っていたような気がする。
詳しく聞くと、ものの形を描くことと色を載せることはそんなに難しくない。
普通の画家であれば当然の技術だが、どのような絵を描くかつまり構図だけは画家の一番気を使い悩むところである。
あるべき所にあるべきものがあればいいが、それが微妙にずれたり余計なものを描いたり、遠景と近景のバランスが不自然だったりと、この構図だけはなかなか満足のいくものが描けたことがないと言う。
話を聞いているうちに、空間や遠近など何か俳句に通じるものを絵の構図に感じた。

 里富士にひとすぢの雲秋闌ける  英世

image_20130908072733afb.jpg 富士

眼科検診

今年の2月に白内障の手術をしてからこの9月で半年になるので、その後の結果を見るための眼科検診を受けた。
手術後の経過は良好なので何故と言う感じがしない訳ではないが、病院は半年後検診ですとまるで車の検査のような言い様である。
まずは視力検査だが、私の回復した眼は右左共に1.0と若い頃の視力とほぼ同じに回復していた。眼底検査でも異常は見られなかった。
ところでこの検査ではちょっと恥ずかしい出来事が起きてしまった。
と言うのは、先月バッグの中の不要な書類を整理したところ、誤って健康保険証と診察券を焼却ごみとして捨ててしまったのであった。
保健証はすぐ再発行して貰ったが、診察券はこの病院の受付で平謝り、これまた百円で再発行して貰った。
何とも情けない話である。

 爽やかに眼前明るくなりにけり  英世

汀子主宰の選句

月刊ホトトギスに「俳句随想」という汀子主宰のコラムがある。その9月号に少し気になる話があったのでご紹介しよう。
汀子選の天地有情欄に関する話である。
「二句投句の場合、何れも自選二句は珠玉の作品である。ある程度のレベルにある方の投句ならば二句とも選ぶことが安易にできるのであるが、一句にするのは難しい。今後は出来るだけ一句に絞って選句して見ようと思っている。二句入選を巻頭から何名と決めるのではなく、選句のマンネリから脱却したい。」
もっともな話である。思うにベテランに奮起を促すと共に、新人の発掘に努めようと言うのであろう。
私もいろんな句会に出席しているが、特選に選ばれたからと言って浮かれているわけにはいかなくなった。
選句は汀子主宰の言うように相対的な問題であって、決して優れた作品とは限らない。事前に決められた単なる数合わせかもしれないからである。

 秋を詠む他人に遅れし身なれども  英世

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冬野九月号

冬野九月号が手許に届いた。例によってその他の入選句と併せてご紹介しよう。
今回は太宰府市俳句ポストに入選し、素晴らしい絵葉書を戴いたので、その写真を数枚掲載しよう。
冬野九月号
 郭公の遠音に坊がつる賛歌
 坊がづる賛歌の宿り夕涼し
 蟻の列後戻りする一団も
 八橋に譲り合ふ傘花菖蒲
 妻恋の歌碑に夏蝶高く舞ふ
 咲き揃ふまでの静けさ花菖蒲
 雨降れば雨と語らふ四葩かな
 城濠を盾とし眠る通し鴨
 泡盛や島に足止めされしこと
冬野インターネット俳句
 天空を星に返して花火果つ
 虚子の句を諳んじ仰ぐ天の川
 あれこれと母悲しませ稲の花
 ただ一枚残る棚田や夏の月
俳句ステーション
 山百合やトロッコ列車の軋む音
 身に馴染む洗ひざらしの夏帽子
 水無月の色に染まりし五色沼
 紙魚走る書もなき我の少年期
愚陀佛庵インターネット句会
 ホームより長き列車や油照り(特選)
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現代俳句インターネット句会
 食卓を継ぎ足す里の盆会かな(高得点句)
 語部も無口となりし残暑かな
 裏面へと続く新聞原爆忌
 正論は時に危ふし原爆忌
太宰府市俳句ポスト入選句
 天拝に仰ぐ御空や夏つばめ

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稲の花

先月末の話であるが、久し振りに郊外の田んぼを見に行った。
田んぼはいま稲の花の真っ盛りで、その匂いはえぐいと言うかむせ返ると言うか、一種妖しげな匂いがする。
農家育ちの私には何とも懐かしい匂いで、この匂いを嗅ぐと「ああ、もう秋だな」と思わずにはいられない。
私の生まれた地方では「の」のことを「ん」と発音することが多く、この稲の花も「稲ん花」と言っていた。
父はこの稲の花が咲くと「稲ん花が咲いた」と愛しむかのように手にとり、匂いを嗅いで満足そうな顔をしていた。
米農家にとってこの時期がいちばん嬉しいし、また心配な時でもある。
というのはこの稲の花の時期に、二百十日、二百二十日と日本列島に台風が襲いかかることが多いからである。今年もまさにその通りであった。
幸いにして先の台風は直撃を避けてくれたが次の台風が窺っている。これからも台風などの災害がないようと祈らずにはいられない。

 稲咲くやかつてはここに中学校  英世

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愛莉の二学期

夏休が終わり愛莉は元気に学校へ通っているらしい。
らしいと言うのは、学校へは私の家の前を通って行くはずだが、時間が合わなかったのか昨日の朝は愛莉の通学姿を見ることができなかったからである。
この夏は約束の夜の水族館には行けなかったが、ミュージカルを見に行ったり、喫茶店でアイスを食べたり、公園に行ったりと結構一緒に遊んだ時間も多かった。
また、愛莉は一週間ほど母親の爺婆の家に泊まり込みで遊びに行った。子供にとって爺婆の家とはいえ、一人で過ごすことは大きな成長につながるに違いない。
そんな愛莉が昨日の午後、学校の帰りに私のもとに遊びに来た。
お昼のカレーライスを食べた後で、「夏休みは楽しかったか、宿題の工作はきちんとできたか、観察の朝顔は無事種を付けたか」と爺は余計な質問ばかりしたが、愛莉は当然と言わんばかりの顔をしていた。
今度会った時には、愛莉がどんな学校生活の話をしてくれるか今から楽しみである。

 一周り大きくなって九月かな  英世

九月の花ごよみ「露草」

秋の花は春のカラフルな花と違って、落ち着いた大人の雰囲気の花が多い。その一つが露草ではなかろうか。
名前の由来は花びらで布を染めたことから、古名は着き草、月草と呼ばれているが、私には露が降りる頃の可憐なイメージが強い。
講談社の四季はなごよみによると「これほど誰もが知っている野草は少ない。蛤を開いたような形の青い花」と紹介されている。
露草は日本全土を始め広く東アジアに分布し、ごく普通に見られる。中には道路の側溝の蓋の隙間から顔を出しているものもある。
露草はれっきとした秋の季題で、ほたるぐさと呼ばれるのもこの露草である。
俳句にもしばしば詠まれ、初秋の親しみ深い花である。

 露草の露をちりばめ咲きにけり  英世

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九月に入る

八月は35℃以上の猛暑日が20日間近くも続くと言うとんでもない月であった。
その厳しかった八月も終り今日から九月、その声を聴いたとたんに台風が襲来した。昔から二百十日とはよく言ったものである。
その台風は来襲寸前に温帯低気圧になったが、大雨だけはまだ警戒せねばなるまい。
澄みきった爽やかな秋の空は、来週中ごろまで二、三日待たなければならないようである。
また、昨日は台風の余波で仕事は休みかと思っていたが平常通りであった。得したような損したような複雑な気分である。
九月のスケジュール表を見てみると、仕事や通常の句会に加えて、所属している冬野の全国俳句大会が開催される。
すでに投句は済ませているので当日を待つばかりとなっているが、何とか早く涼しくなって、投句した句がその趣を発揮してくれることを願って止まない。

 九ン月の季にそぐはざる雨の音  英世

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