十一月が終る

始めぽかぽかなか時雨、初雪降って今朝みぞれ。
こんな戯言も言いたくなるような変化に富んだ11月が今日で終る。
それにしても何と飲み事の多かったことか。例年ながら同窓会や会社のOB会がこの時期に集中する。
加えて東京から友人は来てくれるし、旅行や俳句の会の飲み会などもあり、私の胃は休まる暇がなかった。
このままでは体が持たなくなってしまうと、中のいくつかはやむを得ず欠席させて貰ったが、それでも疲れは残るし私の財布もやせ細るばかりであった。
この暴飲暴食の影響か、誕生日前の25日に突然持病の憩室炎を発症し、予定していた四王寺山吟行も休まざるを得なくなった。
今回は措置が早く入院することもなく、三日間の絶食と通院点滴、抗生物質の投与などでどうにか直すことが出来た。今までの15日~20日間の入院からすると奇跡としか言いようがない。
しかし、これからも何時発症するかと思うと気が気ではない。あの入院のひどい苦しみを味わうことはもうこりごりである。
明日からはいよいよ12月、何とか飲み事から回避しなければ。

 亥の酉のと十一月のせはしなく  英世

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一句の風景

売りに出し三角屋根や蔦紅葉

家の近くに瀟洒な三階建ての洋館風の家が建っている。
青は青緑色の三角屋根で、いつもこのようなしゃれた家に住むのはどんな人だろうかと想像をめぐらしていた。
ところがある日その家が売りに出された。住んでいる人も知らないので売りに出た理由など知る由もないが、何となくさびしい思いになったものである。
折しも季節は初冬、その家には紅葉色に染まった蔦が絡んでいた。
2011年(平成23年)11月「季題:蔦紅葉(冬)」

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三連水車が危ない

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ずいぶん前の話だが、朝倉市の国指定遺跡「三連水車」の存続が危ぶまれているという新聞記事を読んだことがある。
原因は農家の高齢化で維持管理費の確保が難しくなっているためで、全国的に少なくなった水車を後世に残そうと募金も始まったという。
水車は三連水車一基と二連水車二基の計三基あり、ゴットン、ゴットンと江戸時代から規則正しい音を立てて水をくみ上げてきた。
水車が稼働するのは六月~十月で、その後は解体して翌年に組み立て、さらには五年ごとに作り替えると言う。そのための水車大工も欠かすことはできない。
その水車の存続が危ないと言うが、受益者の農家やその団体にその維持管理を押しつけるだけではだめであろう。
朝倉市にとっては重要な観光資源であり、この三連水車がなくなれば観光に訪れる人もいなるかもしれない。
国指定の遺跡と言うからには、農家の負担や寄付に頼るのではなく、国や市も真剣にその存続を図る更なる援助措置が必要ではなかろうか。

 三連の水車解体山眠る  英世

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九州場所

毎年博多で開催される九州場所が終った。この九州場所が終われば博多の町はいよいよ冬である。
その九州場は久し振りに白馬富士の優勝で終ったが、彼の何となく横綱らしくない取り口が残念であった。
納めの九州場所が終わったことで、この一年間の相撲界を振り返ってみた。
まず、白鵬の独壇場は置いておくとしても、九州場所で頑張ったとはいえ、白馬富士のふがいなさは目を覆わんばかりであった。
横綱に昇進した時から危惧していた通り、一年を通じてはおよそ横綱とは認めがたい成績であった。
次の横綱を狙うべき大関稀勢里はそれなりに活躍したものの、やはりいま一つ抜け出せないでもたついている。来場所はぜひとも優勝して横綱を締めて貰いたいものである。
他の大関に至っては、白鵬を脅かすどころか自分の地位さえ危ういようなみじめな成績である。
一方、若手の成長が目立った一年でもあった。
怪我をして今場所はそれらしくなかったが、いま話題の遠藤など徐々に若手の活躍が見られるようになった。
来年にはあの魁皇(浅香山親方)が独立して、自分の部屋を持つということである。
魁皇のような豪快な取り口の力士を育てて貰いたいと願っている。

 冬めくや博多の街にはね太鼓  英世

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誕生日

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今日11月26日は私の誕生日である。
正直、歳のことなど言いたくはないが、昭和17年生まれで71歳になってしまった。
俳句の投稿や役所などの公式文書には、昨日まで70歳と書いたが今日からは当たり前だが71歳と書かなければならない。
この歳の誕生日など別に喜ばしくもないが、それでも嬉しいことがあった。
まずは子供たちが古希の記念にとジャケットを買ってくれたのである。
実は私の古希の祝いをすると言いながら延び延びになってしまい、誕生日が来れば古希は終わってしまうということで慌てて買ってくれたらしい。
それでも嬉しいことには変わりない。濃紺のジャケットに手を通しながら句会などに出席するのを今から楽しみにしている。
もう一つは孫の愛莉が母親と一緒に作ったチーズケーキと、ミッキーマウスやキテイ―ちゃんを散りばめた感謝の可愛い立体手紙、それにこれも自分で作ったという美しいガラス細工を持ってお祝いに来てくれたことである。
ただ、その中にあった「じいちゃん長生きしてね」の言葉には涙した。
愛莉から見れば私はもう完全に高齢のお爺ちゃんなのであろう。
愛莉にはこれ以上はない素晴らしいお祝いだと頬摺りして大仰にお礼を言ったが、何れにしても子や孫の気持ちが嬉しく素晴らしい誕生日であった。

 孫子には頼るものかよ神の留守  英世

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紅葉

昨日は小春日和に誘われて家の周りの紅葉狩に出かけた。
紅葉は俳句では10月の季題となっているので厳密には冬紅葉であるが、いつもお話ししているように九州では秋が一ヶ月ほど遅れてやって来る。
紅葉もこの時期が一番きれいである。
家の周りは公園が10か所ほどあり、紅葉もそれぞれに異なった顔を見せてくれる。
桜、もみじ、銀杏、ケヤキ、蔦などが主であるが、他に名を知らない木の紅葉もある。
中にはすでに落葉となって地面に吹かれるものもあるが、それはそれとして風流なものである。
この日は1時間ほどの散策で、30枚近い美しい映像が取れた。それほど我が家の周辺は自然が残っており、今もその恵みを受けているのである。
これからしばらくはこの紅葉の写真を折りに触れご紹介することにしよう。(写真は拡大してご覧ください)

 街中に別天地あり冬紅葉  英世

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小春

11月に入ると春のようにぽっかりとした穏やかな日が続くことがある。俳句ではこれを小春日とか小春、小春日和と言う。また小六月もこの小春と同じ意味である。
このような日は何となく外を歩きたくなるもので、公園を散歩したり自分の庭の手入れをしたりと、気分的にものんびりしたムードになる。
他に似たような季題で、冬日和とか冬暖、冬温しという季題があるが、どちらかと言えば小春よりもやや冬を意識した季題と言えよう。
この小春も俳句の重要な季題で、毎年一回は兼題としてどこかの句会で出されることが多い。
それだけに詠み尽された感もあるが、それはそれ広く天下に想いをめぐらせて、何か新しい小春を発見しなければなるまい。
そのような思いで投句した3句の中からこの日の入選句をご紹介しよう。

 母なくも里は里なり縁小春  英世

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芭蕉忌

今回の兼題は俳聖芭蕉の忌日、つまり芭蕉忌であった。その芭蕉忌には様々な呼称がある。
まず、芭蕉の忌日がちょうど時雨の時期であり、彼の説いた閑寂、幽玄、枯淡の趣と時雨が通ずる所から時雨忌と言う。
そのほかにも彼の別の俳号から取った桃青忌とか、彼が自分自身を翁と呼んでいたことから、ある意味で尊敬を込めて翁忌とも言う。
実はこの芭蕉忌は、NHKのテレビ俳句「NHK俳句」でも先月出された兼題で、私も苦心して一句投句したが、見事に落選してしまった。
私も俳人のはしくれとしてこの芭蕉を尊敬しており、今回はその汚名挽回とばかりに2句投句した。
その中から今回の入選句をご紹介しよう。

 冬野誌に投句10年翁の忌

山本作兵衛の絵

俳句大会で田川市石炭・歴史博物館の安蘇(あそ)館長による、世界記憶遺産「山本作兵衛さんの世界」という記念講演があったので、今日はその山本作兵衛の話をしよう。
山本作兵衛は生涯21もの炭坑を渡り歩き、その間産炭技術の変遷と炭坑夫の暮しをつぶさに観察し、頭に記憶してたまにはメモやスケッチにして来た。
62歳で鉱山を去った作兵衛さんは、その記憶とメモをもとに絵を描き始めた。
初めから炭鉱の絵を描き始めたのではなく、最初は子供の遊びや町の暮らしぶりから書き始めやがて炭坑の父兄を描くようになったのである。
その絵は素朴で見るものをついつい引き込んでいく。
特に炭坑で働く半裸の女性の絵などは炭坑での作業がいかに過酷なものであったかをまざまざと見せつける。
作兵衛の絵が世界遺産になった理由は、単に炭坑の絵と言うだけではなく当時の炭坑街の生活ぶりを今に残してくれる、つまり人の記憶に残してくれるからである。
この絵を生で見られたことに深い感慨を覚えている。

 冬ざれや作兵衛に見る鉱山暮らし  英世

作兵衛 sakubee

炭坑節の発祥地

先日福岡県民俳句大会で炭都田川に行った話しをしたが、今日と明日はその炭坑の話しをしよう。
まず今日は俳句大会の歓迎アトラクションで披露された炭坑節の話である。
炭坑節は旧産炭地の労働歌であり盆踊りの歌でもあるが、そのルーツは愛歌、艶歌であったという。
その歌詞は産炭地の地名を歌い込んで微妙に変えて全国に広まって行ったが、その発祥の地は筑豊だとか大牟田だとか言う説があってなかなかはっきりしていなかった。
そこで発祥の地を主張する田川市と大牟田市が話し合いを持ち、「発祥の地は田川、育ての地は大牟田」と言うことで決着した。
発祥地の名誉を得た田川市では、石炭歴史博物館に炭坑節発祥の地として堂々と記念碑を建てることができたのである。
赤坂小梅や三橋美智也の歌で全国に広まった炭坑節は、今や盆踊りの定番化で私たちの同窓会でも必ずこの「月が出た出た・・ヨイヨイ」で締めくくっている。

 冬晴や炭坑節にある色気  英世

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一句の風景

茶の花や筑後訛りの母のこと

夏の猛暑が続いたかと思えば、昨日は一転して平年より20日も早く脊振山に初冠雪があったという。温暖化と言いながらこの寒さ、地球は一体どうなっているのだろうか。
さて、今回の一句の風景は浮羽の吉井町を吟行した時の句である。
この辺りは古い宿場町兼商人の町で、白壁造りの鄙びた商家や宿が今も残されている。
ある商家に立ち寄り、地元の名産などを見ているうちに、「そうだ、ここは我が故郷と同じ筑後だ」と気が付いた。
しかし、店のおばさんの話を聞くうちに、「これは違う。母の独特の筑後弁とは違う」と思えた。
母の訛りを懐かしく思い出しながら畑に目をやると、今まさに茶の花が満開であった。言葉の訛りは違っても、茶の花はどこも同じのような気がして賜った句である。
2010年(平成22年)11月「季題:茶の花(冬)」

県民文化祭俳句大会

先の日曜日に「福岡県民文化祭俳句大会」が田川市で開催され、私達「冬野」のメンバーもバスを仕立てて参加した。
会場の田川市は言わずと知れた炭坑の町で、閉山となった今はその思い出だけを静かに抱いている。
俳句大会ではその炭坑節保存会の歌と踊りの歓迎から始まった。
例年通り事前に投句した募集句の表彰と、会場周辺を吟行する当日句の俳句大会である。
以前このブログでもお話ししたように、市の石炭・歴史博物館では石炭採掘の模様やそこに住んでいた人たちの暮しぶりを遺跡して大事に残している。
その歴史館が今回の吟行地であった。
肝心の俳句大会の成績だが、事前投句では二句入選したが当日句は惨敗であった。
それでも事前投句が約3500句の中からの入選であるから良しとしなければなるまい。
その入選の二句をご紹介しよう。

 急患と我が名呼ばれり秋の暮
 単衣着て俳人の体なしにけり  英世

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北筑後路旅行

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所属する団体の親睦旅行で、家内と共に北筑後方面の名所を散策した。
私の故郷でもある筑後地方は、筑後川を境に大きく北筑後、南筑後に分かれる。昨年は生れ故郷の南筑後を旅したが今回は北筑後である。
まず訪れたのが今は小郡市になっている「旧松崎宿」である。
この宿場町は通称「薩摩海道」と呼ばれ、久留米有馬藩が参勤交代道として設けたもので、西郷隆盛が泊まったとされる「旅籠油屋」も現存している。
さらに旅は大刀洗町のキリンビアパークでの工場見学とビールの試飲、花立山温泉での食事(宴会)、浮羽のパワースポットと言われる「本佛寺」の見学へと続くいつもながらの慰安旅行であった。
浮羽はいま柿のシーズンで、広々とした柿畑には枝も折れんばかりにたわわに実を付けていた。
宴会では家内と二人漫才でカラオケ大会の司会を務めた。
お蔭で大好きな温泉には入れず、美味しい料理も半分ぐらいしか食べることが出来なかったが、それ以上に楽しく盛り上げることが出来た。
かくして晩秋の北筑後路の旅は、土産のビールと朝取りの野菜の重さに苦労しながらも楽しさ満点の旅であった。

 木守柿落暉の色を灯しけり  英世

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一献傾ける会

毎年お話ししている「一献傾ける会」が今回も川端の料理屋で開かれた。
一献傾ける会は、福岡出身で副社長まで務めた会社の先輩が、帰福の折に福岡在任当時の仲間と集まって旧交を温める会である。
この元副社長には入社以来お世話になりっぱなしで、私たちの結婚式にも出席して戴いたし、東京勤務中は何かと陰から応援いただいた方なので私が出席しない訳にはいかない。
この会には福岡当時の女子社員で、現在は東京大阪と遠方に住みながらこの時とばかり里帰りも兼ねて参加される方もいる。
その中で今回は珍しい女性が参加された。
その女性は私より先輩で社内結婚して東京に住んでおられた。つまりご主人ともども会社の縁でお付き合いがあり、湘南C.Cやダイヤグリーンでは一緒にゴルフを楽しんだこともある。
会ではその彼女とゴルフの思い出話など語り合いながら、心行くまで秋の夜長を楽しむことが出来た。
今から福岡県民俳句大会で田川市に行きます。

 小春日の空に向かってティーショット  英世

友遠方より来る

8月に東京から定年退職予定の会社の後輩がわざわざ訪ねてきてくれた話しをしたが、今度は先に退職した先輩後輩が大挙して博多を訪ねてきた。
何れも会社時代に交遊のあった仲間ばかりで、東京本社時代に共に机を並べた同僚もいる。
早速こちらも人を集めて一席設け旧交を温めることにした。
訪ねて来てくれた友人は現在ほとんど東京・横浜など関東で暮らしているが、中には私の先輩で子会社の監査役まで務め今は東北仙台に住んでいる人もいた。
また、私が社用で上海を訪れた折りに、当時上海に勤務していて何かとお世話してくれた後輩もいた。
福岡でも数多元社員がいる中で、こうして訪ねて来てくれる友人がいることを誇りとし、感謝しなければなるまい
当時の御礼を述べながら近況を語り合い、酌み交す酒に秋の夜は更けて行くばかりであった。

 友がらのつむりも白き神無月  英世

蒔絵シール

私たち俳句を嗜む者には今や電子辞書が欠かせない。
その機能たるや、小さな手のひらサイズに広辞苑から歳時記、動植物図鑑等々恐るべきデータが収納されており、まるで小さな図書館である。
今時重たい歳時記や広辞苑を句会に持って行く必要は全くない。
話しは変るが、ある女性が持っていた電子辞書に綺麗な蒔絵が施してあったので、さぞや高価なものでしょうと手に取って見せて貰った。
すると、これは本物の蒔絵ではなくシールを貼ったもので、安価でしかも手軽にできるということであった。
私がもの欲しそうにしていると、何なら私の手帳にもして上げようかと言ってくれた。
私はこれ幸いとお願いすると、後日、電子手帳だけではなく携帯電話にもシールを貼り綺麗に装飾してくれた。見た目にはまさに本当の蒔絵を施したかのように美しい。
安物の手帳や携帯だが、どう見ても一ランク上の高価なものに見えてきた。
今はその電子手帳を手に句会や吟行に出かけるのが一つの楽しみとなっている。

 携帯の蒔絵のシール冬薔薇  英世

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百年句会吟行「徳栄寺」

今回の百年句会吟行は油山の麓の「妙見山徳栄寺」であった。
本来この百年句会は第三日曜日に開催されることになっているが、その日がたまたま県の俳句大会と重なり一週繰り上げて実施されたものである。
徳栄寺は日蓮宗の古刹で、広大な敷地は公園化されており、春から初夏は桜に紫陽花、秋は紅葉と見事な景観を見せてくれる。
またこの寺の裏は行滝を抜ければ、私のホームグラウンドである油山山頂に続いており、ここを拠点に山頂を目指す登山者も多く、私も一度だけこのルートを登ったことがある。
この日は夕べから激しい雨に見舞われたが、その雨も朝の内には上がりまずまずの吟行日和で、雨に洗われた参道の紅葉が見事であった。
麓の公民館で美味しいお寿司を頂きながらの句会も最高であった。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 一条に託す仏心冬の滝  英世

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時雨

冬の初めごろに晴れたり降ったり、断続して定めなく降る雨のことを時雨と言って、冬の重要な季題となっている。
時雨にもさまざまな呼び方がある。
その冬初めての時雨を初時雨と言い、他にも朝時雨、片時雨、夕時雨、小夜時雨、村時雨などがある。
ただし、秋も晩秋になるとこの時雨に似た雨が降るが、これは時雨の先ぶれであり秋時雨として区別している。
時雨は俳句をはじめとした詩歌に好まれて詠まれる雨であるが、それは時雨が京都によく降ることから、北山時雨などと称して先人に愛されたのであろう。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 方丈の流人獄舎や夕時雨  英世

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大根

今回の兼題は私たちに親しみ深い野菜の大根であった。
大根は春の七種で「すずしろ」と呼ばれるように一年中採れるが、普通は秋に種をまいて冬に収穫することから、冬の季題となっている。
私たちが一般的に食べる大根は50センチほどのごく普通の大根であるが、中には強大な球状の桜島大根や、1メートル以上もある守口大根、伝統の練馬大根、京都らしく可愛い中堂寺大根など品種改良されたものもたくさんある。
大根の食べ方はいろいろあるが、辛みの効いた大根下ろしやホクホクに煮たおでん、風呂吹きなど大根の料理であれば何でも好きである。
冬の静かな夜に大根を肴に熱燗を呑む、これ以上の幸せがあるだろうか。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 大根の辛みも酒の肴かな  英世

遠くへ行きたい

久し振りに旅番組「遠くへ行きたい」を見た。
当時の国鉄のキャンペーン『ディスカバー・ジャパン』の一環として1970年10月に、永六輔の単独出演で放送を開始した旅番組のルーツ的なものである。
最近は下條アトムが各地を案内しているが、私は長くこの番組を務めた渡辺文雄を忘れることが出来ない。
どちらかと云えば悪役のイメージが強かった彼が、一大転機に成功した番組でもある。
この番組の音楽がまたよい。
一流の歌手が歌った「知らない街を歩いてみたい どこか遠くへ行きたい(中略)愛する人とめぐり逢いたい どこか遠くへ行きたい」の歌は、自然に私の耳に残っている。
安っぽい旅番組の多い中で、今後もぜひ続けて欲しい番組の一つである。

 母なくも里は里なり小六月  英世

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一句の風景

影見えてすぐに開きたる障子かな

立冬後しばらく暖かかったが、今日は雨、そして週明けからは厳しい冷え込みに見舞われそうである。。冬は確実にやってきている。
さて、掲句はテレビのNHK俳句で片山由美子先生の選を戴いた句である。
日本の障子は本当によくできたもので、あの独特の明るさと柔らかさ、温かさは到底ガラスにはまねのできないものである。
故人となられた坊守さんのお寺で、俳句会を終えて句友と雑談をしていたところ、障子に人影が映ったかと思ったら、すっと開いて坊守さんがお茶を持って見えた。
その時、これが障子だなとしみじみと思って賜った句である。
2010年(平成22年)10月「季題:障子(冬)」

鞴祭(ふいごまつり)

歳時記をめくっていたら珍しい季題を見つけた。「鞴祭」である。
鞴と言っても今の子どもたちは何のことかいなと言うかもしれないが、鞴とは刀や鍬、包丁などを作る鍛冶屋で火をおこすための送風機である。
風で炭火の強弱を取るために箱状の送風機に手押しで空気を送り込む装置が付いている。ま、自転車の空気入れや紙鉄砲みたいなものと思えば良い。
空気を吸い吐き出す時に「パクッ、スー」と独特の音がする。
鞴は昔から神聖なものとして大事にされ、旧暦の11月8日にはその鞴に携わる人たちが感謝を込めて祭を行う。これが俳句で言うところの鞴祭である。
私の叔父の家も昔鍛冶屋をしていたが、同じように鞴祭をしたのであろうか。思い出すと懐かしさが込み上げて来る。
これからは時々このような珍しい季題をご紹介することにしよう。

 今は無き鞴祭や鄙の鍛冶  英世

こうろ合同句集第七号

私が提案して立ち上げた俳句を楽しむ会「鴻臚」も今年で8年目を迎えた。
例年この時期にこの一年間の集成として合同句集を作成することにしているが、今年もその第七号が出来上がった。
俳句を楽しむものとして、自分の句が刷り物になるほどうれしいことはない。
この一年間の句会で入選した句の中から、各人が厳選しそれぞれ10句ずつ発表することにしており、原稿作りから印刷、製本まですべて自分たちの手作りである。
第七号句集では、この一年に退会した2名の句も掲載することにした。
なぜならば、鴻臚会員はシルバー人材センターの会員であることが前提であるが、就職などの事情によりやむを得ず退会した二人も、つい先ほどまでは会員だったからである。
聞けば止めたくて止めたわけではなく、二人とも俳句に対する情熱は衰えず、何れシルバーに復帰しこの句会に参加したいとの意欲を持っている。
彼らに敬意を表し彼らの句を載せた「こうろ合同句集第七号」を進呈するとしよう。
句集のなかの自選の一句である。

 白さらに白なす雨の花菖蒲  英世

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冬野十一月号

先日カワハギのことをお話ししたが、昨夜やっとそのカワハギの刺身にあり付いた。肝はなかったものの紅葉下しと焼酎で美味しく頂いた。
さて、博多の街にお相撲さんがやって来ると共に、冬野11月号が手許に届いた。
また、中央では俳句界の巨人、俳句誌「ホトトギス」の主宰が稲畑汀子氏から長男の廣太郎氏に交代すると発表された。
ホトトギス系の冬野会員としては、新主宰の廣太郎主宰に大いに期待したいものであるが、交代の文字が後退に変換されないように願っている。
例によって他の句会と併せて今月の入選句をご紹介しよう。
冬野11月号
 産土の水汲み上げて墓洗ふ
 父の盆百の祝ぎをと思ひしに
 神苑を出て秋草の野となりぬ
 故郷のある安らぎや墓洗ふ
 膝がしら濡らし灯籠流しけり
 子供らも知らぬ抜け道赤のまま
 初鴨の見られゐること意識せり
 冷やかや賽の河原の石の黙
 大念珠繰れば一天秋の声
 放生会売り亀そろと逃げ出せり
冬野インターネット俳句
 玄海の海の蒼さや秋桜
 開け放つドームの屋根や天高し
 秋天や好守称へる敵味方
俳句ステーション
 露けしや自分史に見る老の文字(特選天賞)
 SLの煙に秋の旅愁かな
愚陀佛庵インターネット俳句
 蟷螂の目玉もついに枯れにけり(特選・写真)
 切れ長の眼に憧るる蜻蛉かな
現代俳句インターネット句会
 秋天や糞に塗れし牛の尻
 どぶろくや袖擦り減りし父の服
 またの世は月に住みたし花芒
 一言の嘘がトラウマ秋の風
 秋の蚊の我が酒すする屋台かな
NHKテレビ俳句
 女将の座継ぐ気の少女秋袷(佳作入選)

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太宰府年尾句碑         黒田官兵衛寓居の井戸

菊まつり俳句大会

今年も太宰府天満宮で「菊まつり俳句大会」が催された。
毎年恒例の俳句大会で、運営と選者を冬野が担当していることから、昨年から参加することにした大会である。
大会では菊まつりを中心に当日の嘱目句を3句投句することになっている。
この日はあいにくの雨であったが、雨が降れば降ったでまたその風情を詠むのも俳句である。
天満宮では早くも七五三の親子が晴れやかにお参りし、泥んこの道に褄を取る女の子の姿が可愛かった。
また、菊まつり(菊花展)や七五三のほかにも、来年度の大河ドラマの主人公黒田如水が、福岡に舞鶴城が出来るまで、この太宰府天満宮に寓居していたことも話題になっていた。
このように俳句大会の句材は豊富であったが、私の結果は残念ながらさんざんの成績だった。それでも何がしかの賞品に有り付いけことを良しとしよう。
私の当日のかろうじて入選した一句をご紹介しよう。

 官兵衛の寓居の井とや菊の雨  英世

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高倉健

今年度の文化勲章が映画俳優の高倉健(82)に授与された。
高倉健のことは以前にも一度お話ししたことがあるが、その取り上げた人物が文化勲章を授与されるとは、書いた私としても嬉しい限りである。
高倉健と言えばとかく任侠路線の俳優と思われがちだが、近年は「幸福の黄色いハンカチ」とか昨年の「あなたへ」に見られるように、熟年の味のある役者へと変貌を遂げている。
新聞のコラムによると、少年時代は体が弱く学校も休みがちだったという。そんな境遇のなか、彼の母は「何事も辛抱ばい」と励まし続けたという。
その辛抱の二文字に支えられて今日の高倉健があるのだと述懐している。
日本映画界を牽引してきたことが評価された高倉健は、「人生を愛する心、感謝する心を養い続けたいと思います」とコメントし、役者としての決意を新たにしているが、その「思います」に誠実さが表れている。
受賞後、彼は「一生懸命やっていると、ちゃんと見ていてもらえるんだなあと、素直にそのことを思いました」とも述べている。
これからも素晴らしい作品を提供してくれることを願って止まない。

 健さんの菊の日和となりにけり  英世

健 image高倉

私とジャイアンツ

「ジャイアンツが楽天を下し、日本シリーズの優勝を決めてくれた。ジャイアンツの日本シリーズ連覇は何と40年振りの快挙だ・・・」と書くつもりだったが、不運にもその筆は折られてしまった。
それでも私のジャイアンツに対する愛は変らないし、これからも応援し続けて行くであろう。
私がジャイアンツファンになったのは昨日今日の話ではない。遠い遠い昔、そう小学5年生の頃のことである。
当時子供の遊びと言えば草野球で、竹のバットに手作りのグローブ、グラウンドは稲を刈った跡の田んぼと言う素朴な環境で一日中遊び廻っていた。
そんな折、偶然遊びに行った裕福な友達の家で、ラジオから野球放送が流れてきた。初めて聞く野球放送だが、その雑音の多いラジオから「川上、川上、巨人」と何度も何度も叫ぶアナウンサーの声に何時しかくぎ付けになっていた。
先日亡くなられた川上さんが「打撃の神様」と呼ばれていた時代である。
これではジャイアンツファンにならないのがおかしいだろう。
それ以来、王、長島、松井とその時代時代を応援し続けてきたのである。
地元に球団が出来ても、わき目も振らずジャイアンツ一筋の私に、健康のためか神はこの勝利の美酒を控えるよう指示されたのだろう。致し方ないことである。
それでも「来年のジャイアンツに乾杯!」

 草野球苅田が僕のグラウンド  英世

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冬野誌投句10周年

私が初めて俳句を他人の前に披露する、つまり句会に参加したのは2000年(平成12年)12月1日のことであった。
そのいきさつは幾度もお話ししたので省略するが、年の経つのは早いもので今年の12月で丸13年になる。
一方、所属の冬野誌に初めて投句し掲載されたのが2003年(平成15年)11月号で、こちらも丸10年経つことになる。
その間なかなか上達しない自分に愛想をつかし、何度止めようと思ったことであろうか。それでもどうにか止めずに今日ここにいることを今では喜びとしている。
俳句は長くやっていればいいというものではないかもしれないが、俳句の奥は深くやはりそれなりの経験が必要だと言うのが正直な今の思いである。
冬野誌投句10周年という節目を迎えたことを素直に喜び、これからの精進の糧としよう。
話しは変るが、日本シリーズは神様が私の願いを聞き入れ逆王手をかけてくれた。ジャイアンツの経験が楽天を浮足立たせたような気がする。俳句と同じように野球も経験がものを言う世界かもしれない。
今日はいよいよ天下分け目の戦い、もちろん我がジャイアンツの勝利を信じてやまない。
勝利の美酒は眼の前にある。

 冬野誌に投句十年菊香る  英世

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初冬の花ごよみ「柊の花」

今月の花は柊の花である。
この花が咲き始めると間もなく本格的な冬が訪れる。
モクセイ科の常緑樹で、分厚い葉のふちがトゲ状になっていることから、泥棒よけに昔から垣根などに植えられてきた。
冬が近くなると、その柊の木に白くて香りの良い小花を付ける。
柊は木犀とごく近い親戚で、自然に交配して「柊木犀」と言う香りの良い植物を誕生させることもある。
だんだんと花の少なくなるこの時期に、俳人にとっては貴重な句材となる花である。

 柊の花や庄屋の名残塀  英世

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十一月に入る

今日から11月で、言わずもがなであるが今年もあと2ヶ月である。そろそろ来年の暦を買うとしよう。
先日お話ししたスケジュール表を見ると、この11月の何とまあ忙しいことだろうか。
例年のことではあるが、さまざまな俳句の会に句に加えて、この時期になると会社勤めの頃お世話になった先輩や同僚とのOB会が盛んである。中には旧取引先とのOB会なるものまである。
変ったところでは会社時代に交遊のあった先輩後輩が、定年後の旅行と称して博多までわざわざ私を訪ねて来てくれることになっている。もちろん彼らと一献傾けねばなるまい。
仕事や趣味の会の都合で全てに出席はできないが、なるべく参加したいと思っている。
また、いま日本シリーズで楽天と死闘を繰り広げている、我がジャイアンツのことも気掛かりである。
昨日まで2勝3敗と窮地に立たされているが、なんとか逆転勝利して共に美味しい勝利の美酒に酔いたいものである。

 強面の先輩面や菊人形  英世

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ハローウィン          取り壊しになるNTT電波塔

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