大晦日

今日で今年も終りである。
この一年長かったようでもあり短かかったようでもあるが、とにかく無事大晦日を迎えられたことを良しとしなければなるまい。
京都清水寺で今年の漢字に「輪」が選ばれた。私自身まともな選択だなと思っている。
「輪」とは、車輪の軸受からリムに向かって放射状に伸びている細長い輻(や)に旁の侖を付けることで、もともと筋道が立つという意味である。
今年の「輪」は言わずと知れたオリンピックの五輪を象徴した漢字であるが、私はその輪よりも人の和、家族の和を重んじたい。
私の勝手な想像だが、「輪」は「和」に通じると思う。
何とか来年が平和で良い年であることを願わずにはいられない。

 さまざまな思ひ重なる年の暮  英世

スポンサーサイト

私の十大ニュース

今年も今日、明日で終りと大詰めを迎えた。
例によって今年の私の10大ニュースを発表しよう。
①古希の祝いに子供たちからジャケットを貰う
②孫の鈴花が大学に入学する
③孫の愛莉が小学に入学する
④憩室炎発症、二度の入院
⑤休肝日を設けまじめに実行している
⑥俳句で筑紫野探勝会に入会する
⑦所属団体の事務所が薬院に移転する
⑧妻と夫婦でカラオケ大会の司会をする
⑨息子と久し振りに釣りをした
⑩何とか今年も山に登る気力と体力が残っていた

永らへしこの身大事に年の暮  英世

一句の風景

湯の街に何するでなくちやんちやんこ

忘年旅行で温泉町に出かけた。
宿でゆっくりくつろいでおればいいものを、それが出来ないのが性分である。
寒い中土産物屋を覗いたり、温泉の吹き出し口に硫黄の匂いをかいだりしながら、温泉の町独特の雰囲気を味わっていた。
気が付いたら目的もなくただぶらぶら歩いているだけであり、その姿は宿から借りた下駄と、派手なちゃんちゃんこを着ている単なる暇な老人であった。
2011年(平成23年)12月「季題:ちゃんちゃんこ(冬)」

来年の運勢

俳句の会「鴻臚」では例年翌年の暦を買うことになっており、今回も会員分をまとめて買い求めた。
俳句は旧暦を用いることが多い上に、暦には句作に参考になる諸行事のことが詳しく掲載されている。
さて、来年の干支は午、私の年である。買ったばかりの暦で来年のその午年の運勢を調べてみた。
「今年(平成26年)は強烈な運気の作用を受け吉凶がことさら誇張されそうである。
充実発展をみる一方、無理や冒険をして失敗したりと極端な現象が現れやすく、じっくりと落ち着いて変化の気に惑わされない強い信念を持つことが必要となる。
特に11月生まれは、低迷機運が漂っても、弱気にならず諸事積極的に熟すことで吉に転換できる。落ち着いて取り組めば進展する望みがある」。
この運勢をどう解しどのように取り組むか、考えどころではなかろうか。

 吉凶は己が心に年の暮  英世

013_20131228073044737.jpg 014_20131228073048d3a.jpg

寺社の行事と祭

昨日太宰府天満宮の年越祭の話をしたが、今日はその寺社の行事や祭についてお話しよう。
ある件で博多住吉神社のことをインターネットで調べていたところ、神社の一年間の行事や祭のスケジュールが出てきた。
神社と言えば偶々通り合わせた折りに参拝するか、吟行や初詣、七五三等身内の行事ぐらいにしか参拝しないが、よく見てみると神社では様々な行事や祭が催されている。
俳句を嗜む者としてそれらの行事や祭はなるべく見ておきたいものだが、ほとんどは済んだ後の新聞の記事で知ることが多い。
事前に知っていれば行ったものをと何度後悔したことだろうか。
幸い私は仕事の関係で毎月スケジュール表を作成する。これからはその隅に博多の有名な神社や寺の行事や祭を書き留めておくことにしよう。
ちなみに12月31日はどの神社でも年越しの大祓式が執り行われる。

 あと五日飲めば今年も年納  英世

筑紫野探勝会(天満宮焼納祭)

023_20131226072845284.jpg 024_20131226072848976.jpg

この時期になると全国の寺社で年越しの諸々の行事や祭が催される。
そこで今回の筑紫野探勝会は、太宰府天満宮の「年越祭」を見ようと言うことになった。
太宰府天満宮に限らず、一般的に年越祭とは大晦日の大祓の儀のことを言うが、天満宮ではその前の12月25日に天神様に1年間の平安無事を感謝する「納天神祭」が行われる。
儀式の後にその年のお札や古い御守等を焼納する「古札焼納祭」が広場で行われるので、それを見学して俳句を詠もうというものである。
この日は久し振りに快晴の冬日和で、テレビニュースで知っていた正真正銘の女性神職(出仕)に会う事も出来た。
また、奉納の優雅な神楽も見ることが出来た。
納め句座にふさわしい素晴らしい吟行であった。
例によって、女性神職を詠んだこの日の私の特選句をご紹介しよう。
ちなみに句中の出仕とは、最下位の神職の位だということをこの日初めて知った。

 年越の祓ひや出仕の薄化粧  英世

025_20131226073045ed7.jpg 026_201312260730493a7.jpg
028_20131226073053f7d.jpg 029_20131226073057c82.jpg

私の本棚「ごりょんさんの古箪笥」

021_201312250725525d2.jpg

今年もいよいよ大詰めで巷では新年を迎える準備で忙しい。
そんな折ふと本棚を覗くと懐かしい「ごりょんさんの古箪笥」という本が目に入った。
すでにお話ししたかもしれないが、この本は古き良き時代の博多商人の一年のしきたりや行事を、博多老舗旅館「川丈」の元女将が紹介したものである。
この本のタイトルにもなっている「ごりょんさん」とは、商家の奥さんに対する敬称で、もともと「御寮人(ごりょうにん)」という言葉からきており、博多を始め西日本で広く使われている。
本では博多の四季の祭や様々な行事、しきたりを丁寧に紹介している。
中でも昔から続く年の瀬から正月の行事は、それぞれに素朴で意義深いものであったことが窺える。
今では消えかかったり、あるいは消えてしまったものもあるが、それでも伝統の灯を消さずに守り続けている人もいるであろう。
急速な都市化の波に押し流されていく、博多の庶民の暮らしを思い起こさせるしみじみとした本である。

 年の瀬や博多ごりょんはうろたへず  英世

友の骨折

韓国旅行を一緒にしたこともある友人が足首を骨折した。
聞けば、彼の行きつけの(私も)店からいつものように千鳥足で帰る途中、道路の側溝の段差に足を取られ、救急車で病院へ運ばれたという。
診断の結果は足首の骨折で、そのまま入院してしまった。
彼も私とほぼ同年代で、この歳になると骨がもろくなり骨折し易くなるという事は知っていた。
ましてや彼は完治したとはいえ癌の経験があり、そのことが何か影響しているのではと思わずにはいられない。
そんなことを考えながら私も千鳥足で我が家に辿りつき、部屋で服を脱ごうとして尻もちをついてしまった。
幸いけがはなかったが今でもお尻が少し痛む。
ともあれ何かと注意が必要な年代になった様である。

 座布団に躓くことも冬座敷  英世

冬座敷

字の通り単なる冬の座敷である。
ホトトギス歳時記にも「夏に夏座敷があるように、冬らしくしつらえた座敷である。襖や障子を閉め、暖房も備わった座敷」と簡単に紹介してある。
今は生活が洋風化して、冬を座敷で過ごすことは少なくなったが、それはそれとして冬座敷には冬座敷の趣がある。
寒々とした部屋に一筋の灯りを点すと、部屋全体が明るく温かく感じるものである。
その冬座敷が今回の兼題であった。
妻と二人暮らしの我が家の冬座敷を詠んだ、この日の入選句をご紹介しよう。

 物置となりて開かずの冬座敷  英世

鷦鷯(みそさざい)

鷦鷯と書く難しい漢字であるが「みそさざい」と読む。その鷦鷯が今回の兼題であった。
雀より小さく日本では最小の部類に入る鳥で、色も雀や鶯に似てあまり目立たない。
冬から春にかけて山から里に下りて来て、森や藪、特に水路や川沿いに多く棲み普段は単独で行動している。
常に尾羽を高く掲げ、早春の2月くらいから囀り始める習性があり、平地や里山などでもその美しい囀りを耳にすることができる。
小さな体の割には声が大きく、高音の大変に良く響く声で「チリリリリ」とさえずる。同じような地鳴きをするものに鶯がいるが、鶯の笹鳴・地鳴と比べて明らかに金属的な鋭い声で、聞きなれた私には間違えることはない。
今は禁止になった霞網で、この鷦鷯を追い回していた子供の頃が懐かしい。
例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 藪垣に見えつ隠れつみそさざい  英世

250px-Troglodytes_troglodytes_fumigatus.jpg

餅搗き

一昨日、アルバイト先の進学塾で塾生による餅搗大会があった。
センター試験まで残り一月を切ったので、最後の激励イベントとして企画されたもので、餅を搗くのも食べるのも塾生であった。
18,19の若者が餅を搗けるのかと思ったが、何と何と臼、杵を使って見事に搗き上げていた。
ふと見ると何か変である。
まず、もち米を蒸す蒸籠が金属製の蒸し器で、搗く杵は真白の樹脂製ではないか。世の中変われば変わるものである。
搗き上がった餅を私もご相伴にあずかった。
砂糖の効いたきな粉もちを一つ頬張ったとたん懐かしい故郷の香りと味がした。
今時の若者もなかなかやるじゃないかと、心温まる感謝のひと時であった。
写真を取り損ねたのが残念でならない。

 若人の熱気に餅の搗き上がる  英世

一句の風景

皇后の形ばかりの冬帽子

この句はNHK俳句で坊城俊樹先生の選に入った句である。
日本人にとって皇室は遠く気高い存在ではあるが、何故か皇后さまだけは親しみが湧いてくる。
おそらく皇后様が我々と同じ民間出身だからであろう。
その皇后さまが天皇陛下と一緒に地方に行幸され、地元の人と親しくお話をされているご様子を拝見した。
きちっと決まった洋装のお姿に、何故かお帽子だけが如何にも小さく見えた。
そうかこれは機能としてのお帽子ではない。失礼ながらこれはファッションで形ばかりのお帽子だと思ったものである。
2010年(平成22年)12月「季題:冬帽子(冬)」

私の本棚「筑後川写真集」

昨日、NHKBSで筑後川紀行と言う番組を見た。
いつもお話ししているように筑後川は私の母なる川で、子供の頃からこの川に遊び、この川に育てられたといっても良いかもしれない。
番組では筑後川の自然の恵みや産業、伝説などをそこに生きる人々と共に美しい映像を通じて紹介していた。
ところで、私の本棚には「筑後川~その営みに迫る」という写真集がある。
その写真集は私に俳句の手ほどきをしてくれた料亭「ひしむら」の大女将から頂いたもので、ある意味では彼女の遺品と言っていいものである。
その写真集は筑後川の源流から200キロ離れた有明海河口まで、さまざまな筑後川の素顔を映しだしている。
周辺の街が大きく様変わりし近代化して行く中で、悠久の流れを保つ筑後川の流れを、記録と記憶にとどめておく資料になるであろう。
句は筑後川の一番美しい春を詠んだものである。

 菜の花や今も校歌に筑後川  英世

004_20131219064329dc0.jpg 006_20131219064336ebc.jpg
003_2013121906432689a.jpg 005_20131219064333536.jpg

青写真

このブログで主に人事句に多い珍しい季題をご紹介しようとお話ししたが、今回は冬の季題「青写真」である。
青写真とは、昔遊んだおもちゃの一種で、日光写真とか青焼きと言ったものである。
薄い透明の紙に下絵を描き、枠の付いた小さなガラス盤に納め日光を照射すると青い絵が浮かび上がって来る。
冬の日溜りで、お金持ちの子が買ってきた日光写真に、数人の子どもが群がって珍しそうにのぞき込んだ昔が懐かしく思い起こされる。
そう言えば昔のコピーも青焼きだった。
当時はまだコピー技術がなかったのか、役場の庭で建築土木の技師が大きな図面を青写真でコピーしている光景を飽かず眺めたものである。
今は廃れてしまいかろうじて俳句の季題として残っているが、何時かは消えて行く運命であろう。

 雲出でて写り気になる青写真  英世

白花油

何気なく抽斗を見たら、小さな白花油の壜を見つけた。こんなところに白花湯が残っていたのかと、手にとって見ると封も切っていない状態の小瓶であった。
15年程前になるであろうか、上海旅行の折にお土産にと買ってきたが、家内はその匂いの強さを嫌いそのまま私の抽斗に収まったものである。
ふたを開けて匂いをかいでみると白花油特有の強烈な香りがした。
その香りは決して不快なものではなく、香ばしいと言うか覚醒すると言うか何とも言えない独特の香りがした。
この分だとまだまだ効き目があるかもしれないと、裏のラベルでその効用を確かめてみた。
風による鼻詰まり、頭痛、筋肉痛、乗り物酔い、消炎殺菌、虫さされ、リフレッシュとまるで万能薬である。
しばらくこの白花油、虫に刺された時などに使ってみるとしよう。

 冬の蚊の我が酒すする屋台かな  英世

yjimagehakka.jpg

冬の蝶

冬の蝶は言わずと知れた冬の季題で冬蝶、凍蝶とも呼ばれる。
今回はこの冬の蝶が兼題であった。
蝶は厳冬期を除く全ての時期に見ることが出来るが、春の蝶以外はそれぞれ夏蝶とか秋の蝶のように季節を冠して呼ぶことになっている。
冬に入っても暖かい日には時々飛んでいるのを見かけるが、寒さのためか体力が低下してその飛びは弱々しく、屋根より上を飛んでいる冬の蝶は見かけたことがない。
凍てついたようにじっとしていることも多く、時には叢の中で死に絶えていることもあり、何となく哀れを誘う蝶である。
例によってこの日の私の特選句をご紹介しよう。

 冬の蝶日射しの中に戻しやる  英世

焼藷

焼藷は言わずと知れた庶民の冬の風物詩で、俳句でも冬の季題となっている。
その焼藷が今回の季題であった。
先日藷にもいろいろあると言ったが、この焼藷に使う藷は薩摩藷でなければならない。
子供の頃、焼藷は自分の家で焼くものだとばかり思っていた。
現金収入の少ない農家にとっては、野菜はおろかこの藷までが自家製で、焼藷を買って食べることなど全く考えられなかったのである。
クドという竈の残り火で焼いたり、庭のたき火で焼いたり、冬に火があれば必ずと言っていいほどこの焼藷があった。
今では食べることも少なくなったが、この焼藷をぽきっと折ると温かい故郷の匂いがしてくる。
例によってこの日の私の入選句をご紹介しよう。

 焼藷を折れば故郷の匂ひかな  英世

俳号

私の俳号は英世と書いて「えいせい」と読む。
一般的に俳句を嗜む者は本名の他に俳号を用いることが多いが、それが結構様になっているから不思議である。
自分の意見を秘密裏に述べるために、または世間の批判や攻撃を避けるようにとした今時の姑息なハンドルネームとは全く異なる。
それは俳人の愛称であり、本名と共に広く世間に公開し、親しみを深めて行くものだと解釈すべきであろう。
俳号はその人の理念とか出身地などから名づけるなど様々で、中には師匠から頂いたものや自分の名のあとに「女」や「子」を付けたある意味単純なものもある。
因みに私の俳号の「英世(えいせい)」は本名の英世(ひでよ)の読みを変えたものである。
俳号とした理由は「ひでよ」と言うややパンチの弱い名前よりも「えいせい」の方が力強いと思ったからである。
また、中学時代に担任教師が出席を取るたびに「えいせい」と呼んでいたことを懐かしく思い出し、記念と言うか記憶にしたかったからである。
自分でこさえたこの俳号「えいせい」を大事にし、それに見合う俳句を詠なければなるまい。

 自慢げに名乗る俳号蕪村の忌  英世

004_20131214083028b8e.jpg 009_20131214083108a8d.jpg
008_20131214083054434.jpg 006_20131214083047246.jpg

スケジュール表

この歳にして時々仕事をしたり吟行に行ったりと、私にはスケジュール表が欠かせない。
手帳に書き込んでいるので、別にわざわざスケジュール表を作成することもないのだが、一覧性にすることで勤務時間や休日などの情報を家内と共有することができる。
スケジュール表と云えば、普通は月単位か週単位で作成するのだが、私のスケジュール表は4週間単位となっている。
つまり月曜日から始まって日曜までの1週×4=28日分である。
理由は私の職場が、2週間単位でローテンションが組まれている関係で、その2単位4週分となる訳である。
家内からは見難いと不評だが、こうでなければ私が不便で困る。
仕事が続く限りは、このスケジュール表で私の一日が始まることになるであろう。
それにしても何と忙しい今月の予定だろうか。それもまた幸せと思わねばなるまい。

 朝仕事夜は宮居の納め句座  英世

005_201312130724373ab.jpg 007_20131213072453335.jpg
011_20131213072509583.jpg 016_20131213072518f3b.jpg

昔のマンション

今の家を建てて15年になるが、このごろ無性に前のマンションのことを思い出す。
大濠公園の近くにあったマンションは、私が36歳の時に初めて自分の持家として買ったもので、4LDKに専用庭付きという当時としては結構広く大きなマンションであった。
20年住んで売り払ってしまったマンションは、今はどうなっているだろうか。どんな人が住んでいるのだろうかと、考えても仕方のないことだが考えてしまう。
先日そのマンションの横を通った折りに、気になりしばらく車を止めて様子を窺うことにした。
住んでいる人のことはわからないが様相は一変していた。隣りにあった某社の長屋風の社宅は影も形もなく大きなマンションに変貌していた。
住んでいたマンション自体も外壁の塗装が変わり明るい感じの色になっていた。
もし、自分がこのままこのマンションに住み続けていたら、どんな生活を送っていただろうか。部屋のリニューアルはしただろうか。庭にはどんな草花を植えただろうか。
何故かそのようなことを考えていた。

 小春日やかつての我が家訪ねみる  英世

006_20131212070439409.jpg 008_20131212070444f77.jpg
010_20131212070448ab6.jpg 014_20131212070456321.jpg

一句の風景

沈黙も色の一つや冬景色

冬は色を消してしまい、ただあるのは黒と白あるいは灰色の世界である。その色に加えて、他も畑も街中までか森閑として静まり返ってしまう。
そのようななかに近くの山を歩いていると、木の葉を揺らす風の音だけだが時折ごおっと聞こえて来る。
そしてまた静まり返ってしまう。鳥の声もまた夏場に聞こえるせせらぎの音もしない。
その世界にしばし一人佇んでいて、そうだこの何も聞こえない世界こそが冬だ、沈黙も冬の色だと思えて詠んだ句である。
2010年(平成22年)12月「季題:冬景色(冬)」

001_201312110744291af.jpg 002_20131211074441eb4.jpg
003_201312110744514ba.jpg 004_20131211074504199.jpg

百年句会「中洲・天神」

今回の百年句会は中洲・天神界隈の吟行で、この日は透き通るような青空であった。
中洲・天神と言えば福岡の繁華街として全国的に知られたところであるが、その顔は全く違う。
中洲は言わずと知れた夜の歓楽街で、一夜の歓楽を求める男女が犇めきその数は昼の中洲の何倍だろうか。
川沿いには博多伝統の屋台が立ち並び、那珂川に映えるネオンには夜の情緒たっぷりで、歌謡曲にも度々歌われたほどである。
一方天神は日本屈指のビジネス街で、有名デパートなどのショッピング街が同居した別の顔である。
街には最新のファッションに身を包んだ若い女性が、ビジネスマンを避けながらそのデパートの中から地下街へと流れ込んでいる。
このように昼夜たがわず賑いを示している天神には、最近は他県ナンバーの車も多く、外国人も増えるといった一種の国際都市の様相も呈している。
この中洲天神の顔を詠んだ入選句と、師走の福博の街を写真でご紹介しよう。

 年の瀬や中洲天神違ふ顔  英世

009_20131210073940197.jpg 012_20131210073945865.jpg
017_201312100739505dd.jpg 018_20131210073953d4f.jpg

ラストサムライ

samurai.jpg ラストサムライ

特攻隊の本を読んだ後だからという訳ではないが、今日はラストサムライの話をしよう。
久し振りに米国のトム・クルーズが主演したあの「ラストサムライ」を見たので、簡単にその内容と感想をご紹介しよう。
明治になって軍事顧問として来日した南北戦争の英雄である退役軍人の大尉(トム・クルーズ)が、渡辺謙演じる反乱軍(サムライ軍団)の捕虜となり、自然と日本の武士道に目覚めて行くストーリーである。
共演の渡辺謙も私の好きな俳優の一人である。時代劇からサスペンスそして最近はハリウッドにも進出している。
テレビインタビューで、最近の作品を通じて彼の考え方や人柄をじっくりと観察することが出来た。
映画は忍者の登場と言う稚拙さは残るが、戦闘シーンの熾烈さや切腹、介錯の場面そして敗者(渡辺謙)に対する敬愛の礼など、忘れかけていた武士道を思い起こさせるに充分であった。
トップガンで好演したあの若きトム・クルーズが、このような映画に主演するまでに成長したかと思うと、また別の意味での感慨があった。

 戦乱の後の静寂や夕時雨  英世

rasutosamurai2.jpg yjimageCAZ7A6DN.jpg

私の本棚「永遠の0」

001_20131208055158457.jpg

今日12月8日と言えば、あの太平洋戦争の始まった日である。
別にその記念にと言う訳ではないが、俳句の先生に勧められて百田尚樹の永遠の0(ゼロ)を読んだ。
文庫本ながら500ページを超す大作で、久し振りに引き込まれて一気に読破した。
フリーライターを目指す姉と司法試験浪人の弟が、神風特攻隊として死んだ実の祖父の足跡を巡る話を縦糸に、官僚的で非人道的な日本海軍の無謀さを指摘したフィクションである。
姉弟は祖父宮部久蔵の当時を知る海軍生き残りの人々を訪ね、祖父の人となりと共に戦争、特に神風特攻隊の非人道的で無謀な作戦の模様を知ることとなった。
最初に訪ねた元海軍少尉は、「おれは死にたくない」と言った祖父のことを臆病者と罵った。その後数人の元軍人と会い、宮部の死にたくないと言った本当の意味や彼がゼロ戦乗りとして並はずれた技量であったことが、空中戦の模様などを通して明らかにされていく。
最近本の感動から少し遠ざかっていたが、久し振りに涙した作品で、機会があったら是非読んで貰いたいものである。

 永遠の愛を切り裂く冬の海  英世

004_201312080553221f6.jpg 009_20131208055328f60.jpg

和紙人形

001_201312070705154ba.jpg 002_201312070705207ca.jpg

私は男のくせに人形や木彫り、こけし、写真、色紙などの小物を部屋に飾ることが好きである。
その中でも気に入っているのがこの和紙人形で、この人形を見ていると自然と心が和んでくる。
この人形がどのような経緯で我が部屋に来たのかははっきりしないが、いつの間にか飾られていた。
自分で買った覚えはないし、どこで作られたのか、どのような価値のあるものかさっぱり不明である。
ただ、ふるさとの民芸とあるから、東北や中部、あるいは九州八女地方の和紙の産地かもしれない。
あまりにも綺麗で素朴なため、汚れないようにとラッピングしたまま飾っている。
よく見ると裏側も綺麗な装いをしてあるので、本来は私のように壁に掛けるのではなく、宙づりにして楽しむものかもしれない。

 紙人形静かに在す冬座敷  英世

朝の音

12月になると空気が澄んでくるのか外の物音がよく聞こえるようになった。
特に朝方の音はことのほかはっきり聞こえる。
まず耳に入って来るのは新聞配達のバイクの音である。
遠くから音を立てて走って来ると我が家の前でブレーキの音がして止まる。きっと新聞を投げ入れているのであろう。
元来朝は早く目覚める方だが、目覚ましより先にこのバイクの音で起こされる。
次に聞こえて来るのが鴉の声である。
塒にしている南公園からえさ場の鴻巣山方面へ群をなして飛んで行く。
ただ飛んで行くだけなら気付かないだろうが、仲間を呼び合うのか大きな鳴き声を出して飛んで行く。
それも第一陣から二陣、三陣と延々と鳴いてゆく。これでは目が覚めない方がおかしい。
そうこうしていると更に様々な自動車の音や物音が聞こえてくる。
こうして活気を取り戻す朝の様々な音を聞くのもまた楽しいものである。

 冬の朝鴉の声で明けにけり  英世

003_2013120607065428a.jpg 004_20131206070700bd1.jpg
007_20131206070706dc7.jpg 008_20131206070710491.jpg


冬野十二月号

早いもので納めの12月がやって来た。
一年間俳句と付き合ってきたが上達したのかどうかさっぱり分からない。
と言う訳でもないが、冬野12月号が届いたので、その他の入選句と併せてご紹介しよう。

冬野十二月号
 早稲熟れて色を違へし一区画
 溶岩原に移ろふ影や秋の雲
 やうやくに秋風の野となりにけり
 道の辺の火のとびとびに曼珠沙華
 道標傾ぐ難所や芒原
 のろのろと現なき目の穴まどひ
 山端に残る明るさ鰯雲
 故郷へ続く山稜いわし雲
 掛けられし袋も赤きりんごかな
 大陸に開けし街や鴨来る
 きざはしに杖抱く媼や薄紅葉
冬野インターネット俳句会
 大根干す風の機嫌を聞きながら
 大根の辛みも酒の肴かな
 冬立ちて古希に継ぎ足す一日かな
 詩詠みの足は気紛れ帰り花
俳句ステーション
 行秋や九十九里浜波高し
 枡酒の塩の甘さや新走
愚陀佛庵インターネット俳句会
 またの世は雀に生れよ捨案山子
 近づけばまた遠ざかる飛蝗かな
現代俳句インターネット俳句会
 落葉掃く尼僧に長き竹箒(高得点句)
 一茶忌や田舎は嫌と妻の言ふ
 茎石の石でゐること忘れをり

011_2013120507340040a.jpg 021_20131205073406af5.jpg
024_201312050734117e3.jpg 026_20131205073418d7c.jpg


ふなやき

hunayaki.jpg
郷土料理「ふなやき」

ずいぶん前にあの秀吉も食べた京の茶菓子に「ふのやき」なるものがあり、それに似た「ふなやき」という郷土料理があるというお話しをしたことがある。
その時このふなやきの起源というか語源が分からないとお話ししたが、その語源がやっと分かった。
テレビで八女地方の特集番組があり、郷土料理のふなやきは鮎や鯉等を取る川漁師が空腹を満たすために、船の上で焼いて食べたことから「舟焼き」と呼ばれるようになったと言う。
作り方は簡単で小麦粉を水と塩で柔らかくこね、フライパンに薄くのばして焼くだけである。普段は塩味のふなやきに味噌を挟んで食べるが、たまには奮発して黒砂糖を挟んで食べることもあったとか。
私の生れた村と八女は隣り同士にあり、広い意味では南筑後という同郷の範疇と言える。それだけに言葉や習慣も似通っていることから、このふなやきも全く同じものと考えていいであろう。
懐かしいおやつの味、今一度味わいたいものである。

 素朴なる里のふなやき冬ぬくし  英世

010_20131204074123314.jpg 012_20131204074129371.jpg
022_20131204074134954.jpg 028_20131204074142170.jpg

鴻臚句会吟行「住吉神社・楽水園」

先の日曜日に俳句の会「鴻臚」で、住吉神社と近くの楽水園を吟行した。
住吉神社は筑前一之宮と呼ばれる神様で、案内には「遥か昔、そこには海があり、人々は神に祈り神を祀りました」とある。
つまり博多の海を守る神様で、その歴史はおよそ1800年前に遡る。
全国に2000社以上ある住吉神社の中でも最初の神様と言われ、古事記にもその存在が記されている。
最近では2.5mもある大きな古代力士像が博多人形師の手で作らたことで話題になったが、この力士像も今回のお目当てであった。
この日はちょうど例大祭の日にあたり、おごそかな神事が雅楽の音と共に厳粛に行われていた。
一方、近くの楽水園は、博多商人の別荘として作られた庭園に茶室を備えた豪華な離れであったが、その後広く市民に開放され憩いの場となったものである。
今回の吟行ではその茶室をお借りして、茶道に精通した会員の指導を受けて全員でお抹茶を頂いた。句会に茶会を取り入れたのは初めてで、僅かでも茶道のお作法を知ることが出来たことが何よりの収穫であった。
この日は紅葉も最後の見ごろで、水琴窟の美しい音色と共に楽しく吟行することが出来た。
句会場は櫛田神社東隣のそば処「むらた」で、素朴なそば会席を美味しく戴いた楽しい句会であった。
この日の私の特選句をご紹介しよう。

 博多塀に人の温もり紅葉散る  英世

008_201312030904493e1.jpg 001_20131203090552bca.jpg
011_201312030905571f3.jpg 014_20131203090453d70.jpg


冬の花ごよみ「枇杷の花」

冬空に青々とした葉を散らすことなく枇杷の木が立っている。よく見ると黄色みを帯びた白い花がびっしりと固まって咲いている。
枇杷と言えば夏に美味しい実を戴くことが出来るが、ふとなぜこのような寒い時期に花を付けるのだろうかと考えてみた。
勝手な想像だが、枇杷はもともと南方系の木である。
かつてはその冬でも暖かい南方の11~12月に花を付けていたものが、だんだん北上してもこの時期に花を付ける習性だけは失わなかったのだろう。
考えてみれば頑固な花である。
あの地味で控え目な枇杷の花を見ていると、何だかこの冬は「辛抱が肝心だよ」と言っているような気がしてならない。

 枇杷咲くや壊えし土塀の屋敷跡 英世

biwa3.jpg biwa2.jpg
びわ1biwa0017 biwa4.jpg


 | BLOG TOP |  NEXT»»