一月が終わる

私の記憶では今年のお正月ほど見事なお天気はなく、久し振りに正月らしい正月を迎えた。
その正月気分が抜けるか抜けないうちに猛烈な寒波到来、そして月末はぽかぽか陽気と、自然はやはり人間どもを甘やかしたりはしない。
ところで、暦の上ではもうすぐ春だと言うのに、地球温暖化はどこに行ったのだろうか。
いや、それが違っていた。
この寒さはたまたま北極圏の寒気団が南下しただけであって、本質的には地球温暖化の進行は止まっていないと気象学者が解説していた。
その証拠に寒波の後すぐに暖気が入って来た。
それにしてもこの一月は忙しかった。あっという間に過ぎ去ってしまったような気がする。
句会の他に数度の新年会、同窓会、愛莉と植物園とその中身も色々で、風邪を引くこともなく、ある意味では充実した一月ではなかっただろうか。
そして、その一月が終わろうとしている。心静かに春を待つとしよう。

 冴ゆる夜の息かけ磨く鏡かな  英世

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一句の風景

吾は筑後妻は豊後の雑煮かな

私たちは昭和44年10月に結婚した。
私は地元福岡県の久留米市(旧三潴郡犬塚村)の出身であるが、妻は大分市の生れで全く異なる故郷同士の結婚であった。
よく言われることだが、生活習慣や食べ物の違いには大きなものがある。
特に料理の味付け、中でも正月の雑煮は醤油と味噌の差もさることながら、具の中身がまったく違っていた。
私は海に遠いところだけに鶏雑煮であったが、家内は海が近く鰤雑煮である。
今もこの違いは変っておらず、我が家の雑煮は依然として家内の鰤である。
2010年(平成22年)1月「季題:雑煮(新年)」

夫婦の呼び方

先日家内との会話がだんだん省略されるようになって来たとお話した。つまり「おういお茶」の類である。
そこで夫婦間で相手をどう呼んでいるか考えてみた。
まず、夫の私が家内を呼ぶ場合。
新婚時代は「○○さん」と、確かさん付で呼んでいたような気がする。あまり古いことで忘れかけている。ただ、私の母から家内をさん付で呼ぶなと叱られたことがある。
それから子供が産まれたら当然「ママ」、さらに子供が大きくなったら「○○」と名前の呼び捨て、そして今は「おうい」とあまり名前を言わなくなった。そして会話の中では「お前は」と平気で高圧的な呼び方をするようになっていた。
これではいけないと思い、東京生活を思い起こしながら「君」と呼んで見たら、家内は驚いた顔できょとんとしていた。
一方、家内の方は「ヒデさん」から始まり、パパに変化し今もパパで通している。
とうとう優しい響きの「あなた」と言う声は聞くことなく終わりそうである。
その家内も私の母の前で「ヒデさん」と呼んで注意されたことがある。
少なくとも夫である我が子をいつまでも友達扱いするなと言いたかったのであろう。
ちなみに息子の嫁は我が息子伸介を今も「伸くん」と呼んでいる。
私の家内はそれをどう思っているのだろうか。

 二人して取らぬ電話や炬燵猫  英世

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ラジオで体操

今日はラジオ体操の話をしよう。と言ってもNHKラジオ体操の話ではない。
ずいぶん前の話だが、ある朝カーラジオから79歳になる元女性体育教師が、今も自分の教室で指導している、誰でもどこでも簡単にできる体操を紹介していた。
座ってでもいいから両手を水平にまっすぐ伸ばし、手の平と5本の指を大きく開く。(実際は指を開けば手の平も自然に開く)
それを数回繰り返すとその5本の指が、指ごとに指定された脳を刺激し健康に良いということであった。
親指ならその指が脳のどの部分を刺激するか担当部位が決まっているらしい。
私も信号待ちを利用して実際にやってみると確かに頭がすっきりしてきたような気がした。
ふと隣の右折停車中の運転席を見ると、私と同じように指を開いて手を大きく伸ばしている。きっと同じラジオを聴いていたのだろう。
どこにでも同じようなことをする人がいるものだなと感心と言うか妙に安心した。

 冬晴や運動不足の手を伸ばす  英世

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伝統俳句と現代俳句

俳句界は大まかに分けて伝統俳句系と現代俳句系に分かれる。その中に小さな流れはあるが、私は現在伝統俳句系の「冬野」に属している。
昨日はインターネット句会の話をしたが、これにも二つの系統がある。
実は私は伝統俳句系に属しながら、ある人に勧められて一年前から現代俳句協会のネット句会にも参加している。
どうしてそのようなことをと批判されるかもしれないが、私はあまりそのようなことは気にしていない。
現代俳句に伝統俳句の私が投句したら、どのような評価を受けるだろうかという好奇心が先だったのである。
ところが、選者におもねる俳句は詠むなと教わりながら、現代俳句に投句するとなると自然と現代俳句風の句が多くなってしまう。
これには困ったものである。やはり心の隅によく思われたいという意識が働いてしまうのだろう。
事実、成績は現代俳句の方が良く、現代俳句協会より会員になることを強く勧められている。
でも私はあくまでも伝統俳句を目指している。今後とも現代俳句協会の会員になるつもりはない。
と言うことで目的が済んだら、いつかはこの現代俳句と縁を切らなければならない時期が来ると思っている。

 虚子門の流れ大事に春を待つ  英世

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インターネット俳句会

5年ほど前からインターネット俳句会に参加している。
その頃は伝統俳句協会のインターネット俳句会(現在は休止中)だけであったが、今では冬野インターネット俳句会を始め4箇所の句会に投句している。
句会では投句者全員が互いに秀句を選ぶ互選と、選者が秀句を選ぶ選者選、あるいはその混合といった形態がある。つまり互選では投句した私も選者になるのである。
通常の俳句会では入選を目的に選者におもねる俳句は作るなと指導される。
例えば、A先生は母物に弱い、B先生は風や天気、C先生は海や山と言った具合に少なからず選句の傾向がある。それを意識して句を詠む人がいることもうすうす感じられる。
ところが、このネット句会では全くその懸念がない。
なぜならば、まず投句者や選者の顔が見えない上に、日常の接触がまったくなく、傾向を知ることは出来ないからである。
しかも投句数は多いところでは総投句数が一千句を超え、選者の思惑など窺い知れたものではない。
ましてや互選ともなると誰が誰やら全く分からず、選者におもねるなど考えられない実力の世界である。
このインターネット句会の世界は今後ますます広がって行くような気がする。
早く伝統俳句協会のインターネット俳句会が復活することを願って止まない。

 俳諧もネットの時代春近し  英世

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静雲忌

今回の筑紫野探勝会は丁度河野静雲忌と重なり、全員その静雲忌法要と句会に参加することになり私も初めて参加した。
河野静雲は明治20年生まれの俳人で、高浜虚子に師事したホトトギス同人、その句風は人間見溢れる滑稽句が特徴であったと言う。
僧籍にあった静雲は、没後太宰府に花鳥山仏心寺を建立し、その住職となってそこに眠っている。
いま私が所属している「冬野」の創刊に携わり主宰を務められたが、私が静雲を知る由もない。
ただ、師匠の古賀伸治先生から静雲のことは機会があるごとにお話しをお聞きしているので、お会いしたことはなくても何となく親しみを持っている。
伸治先生が静雲の直弟子であったことから、系統としては私は孫弟子と言うことになる。
句会ではそのお会いしたこともない河野静雲をどのように詠むか苦労のしどころであった。
そのことを素直に詠んだ句が主宰の特選となり、賞品に千鳥饅頭を山盛り頂いた。
例によってその特選句をご紹介しよう。

 見えざる師とて親しく静雲忌  英世

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話し言葉も俳句調に

このところ家内から注意されることに私の話し方がある。
家内によれば「あなたは俳句を始めるようになってから、言っている意味は何となくわかるが、細部がよくわからないことが多い」と言うのである。
つまり、話をする時に相手も分かっているだろうと、目的を省略し助詞など最低必要な言葉まで省いてしまうことが多いらしい。
例えば、どこそこに吟行に行くと言ったきり「誰と行くのか、日帰りなのか泊りなのか、何時に家を出て、何時に帰って来るのか、弁当は要るのか要らないのか」など、以前は言ってくれていたことを全く言わなくなったというのである。
また、車で行くというのは良いが、車にもマイカーとタクシーがある。はっきり自分の車かタクシーか言って欲しいというのである。車庫に車がなく心配して携帯を掛けてきたこともある。
そう言えば、以前は山に登るときなどは細やかなスケジュール表を作り、必ず家内に渡していた。
山に登ると言えば俳句ではどこの山か連想させれば良いが、実生活ではどこの山に登るかぐらいは家内に言うべきではなかろうかと思い直している。
このことを家内は俳句のせいにするのだが、果たしてそうだろうか。
私は単なる夫婦の馴れのような気がするのだが。

 炉話や舌切雀も俳句調  英世

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俳句と随筆

ゴルフを止めた現在の私の趣味は、山を除けば俳句と随筆と言っていいだろう。
俳句はいつもお話ししているように始めて早くも10年を越えて、今や趣味を通り越して生きがいになりつつある。
一方随筆の方は30年以上のキャリアがあり、さまざまな賞を戴いてきたという自負がある。その影響でこのブログも毎日更新が出来ていると言っていいであろう。
ところがこの頃困った問題が起きて来た。随筆にも俳句の手法が影響してきたように思われてならないのである。
例えば、次の句「園一歩冬の紅葉につつまるる」を、随筆でもつい「園に入ったとたん冬の紅葉に包まれた」と、メモ的に簡単に書いてしまうことが多くなったような気がする。
本来ならば、「楽水園に一歩足を踏み入れたとたん、澄み渡った青空から零れ来る冬の日差しと、その光の中に美しく輝くもみじの彩にすっぽりと包まれ、顔まで赤く染まってしまった」とでも書くべきところである。
このように最近私が随筆に用い出した主語や目的語、助詞を最小限にして、読み手に自在に連想させる手法は、まさに俳句そのものなのである。
ちなみにこのブログは文字数の節約と、書き手つまり私の感動や思いがストレートに伝わるようにと、「である」調で書きますと当初からお断りしているのでご了解願いたい。

 句の歴も長くなりけり日脚伸ぶ  英世

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望郷の歌

テレビで細川たかしの「望郷じょんから」が流れていた。
この歌は私の好きな歌の一つではあるが、その歌い回しが難しくなかなか上手く歌えたためしがない。
あの「辛さを堪えいいことばかり手紙に書いて あれから幾つ何年過ぎた 帰ろかな帰りたい ふる里夢ん中」というフレーズが特に好きである。
不思議なことに気が付いた。
細川たかしの出身は北海道なのに何故青森が望郷の地なのだろうか。歌手だからお国はどこでも良いのかもしれないが。
そう言えば望郷の歌はほとんど東北である。千昌夫も吉幾三にしても心から望郷の歌を歌うが、二人とも出身は東北で東北の望郷の歌である。
九州からも集団就職などでたくさん故郷を離れた人がいるが、あまり望郷の歌に九州は出てこない。
九州は冬でも南国的な明るく伸び伸びとした雰囲気がある。
やはり暗くさびしい雪の降る東北の方が、望郷という概念が強いのではなかろうか。

 望郷や暗くさびしい雪が降る  英世

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一句の風景

寒声やかつて主将の弁論部

歳時記によると、寒声とは音楽などを嗜む人が寒中に烈しく声を出して練習すること。読経などもまた寒声であると記されている。
大濠公園を散歩していたら、中の島の松の木の下から、大きな声と言うより低い渋味のある声でお謡を稽古する人がいた。
見事な声に聞きほれていたら、ふと自分もこのような経験があることを思い出した。
かつては高校弁論部の主将で、寒い中でも毎日声を張り上げて練習していた姿とダブって来て、懐かしさが込み上げてきた。
その懐かしさに思わず賜った句である。
2011年(平成23年)1月「季題:寒声(冬)」

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新年同窓会

昨日は毎年恒例となっている高校同窓会に出席した。
この日はたまたま百年句会の吟行と重なっていたが、懐かしい同窓会を優先させてもらった。
同窓会は例年この月に近郊の温泉に一泊二日で開いていたが、お互い歳を重ねたこともあり、今年からは日帰りとなった。まあ、このほうが参加者も増えるかもしれない。
懐かしい顔、お馴染みの顔と様々であったが、それぞれ人生のベテランになり、男は総じて白髪禿頭、女性は・・・とその変化はどうしようもない。
だが、その元気さには驚かされるばかりである。
誰かが言っていたが「5分前のことは忘れても、昔のことはよく覚えている」。
まさにその通りで、酔えば酔うほどに懐かしさが込み上げて来た。
カラオケ先生の朗々とした歌声や、先日お話した日本舞踊のお師匠さんを中心に、久留米音頭の総踊と楽しい宴は延々と続いて行った。
来年の同窓会が今から楽しみである。

 初春の同窓会に翳りなし  英世

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ごまめ


先日息子から頂いたおせち料理にごまめが配されていた。
そのお正月に欠かせないごまめが今回の兼題であった。
ごまめとは小さなカタクチイワシを素干しにしたもの、あるいはそれを炒って砂糖、醬油、みりんであじつけしたもので、簡単に言えばいりこを佃煮にしたようなものである。
ただ、結構固いので食べる場合は歯に十分注意すべきであろう。
語源はいわしの細群(こまむれ)と言われていたものが、まめに暮らすなどの縁起良い言葉としてごまめと進化したものである。
なお、ごまめは田作とも言うが、本来田作はごまめよりも少し小さい鰯を干して、田の肥料にしていたものであるが、今は同化してしまった。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 ごまめ噛む母に貰ひし歯のままに  英世

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悴む

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冬、寒気のために手足ことに手の先が感覚を失い、硬直して自由にならないことがある。
これを「悴む」と言い俳句では冬の季題となっている。
凍傷や震え、しびれとは違う現象で硬直した状況を言う。
悴みがひどくなると顔面の表情も硬くなり、言葉も満足に発せられなくなることもある。
俳句ではたんに手足の悴んだ状態だけを詠むのではなく、人の心理までを表現することもある。
その悴むが今回の兼題であったが、温かい九州ではあまり経験がないだけに、どのように詠むか苦労した。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 悴める心も解す足湯かな  英世

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記と紀の違い

ずいぶん前の朝日新聞のコラムに「2020年を彩るのは東京五輪だけではない。日本書紀が完成して1300年という節目の年でもある。古事記成立1300年だった去年は数多くの関連本が出版され、ブームの観があった。7年後はどうなるか」
という記事が載っていた。
歴史大好きの私であるが、ブームのことはさて置き、気になったのは古事記の「記」と日本書紀の「紀」の違いである。
同じ歴史書なのにどうしてこのような違いがあり、どのような場合にどの字を使うのかであった。
気になれば調べればよいと言うのが私の流儀である。
記は昔のことを事実のままに記録したものであり、紀は中国の古いしきたりに習って、天皇の勅命で編纂された書で、年代順に記録された歴史書を言うとある。
ということは、古事記にあって日本書紀にない因幡の白兎で有名な「出雲神話」は、天皇の命によって恣意的に(不都合があって)削除されたと言われても仕方があるまい。今の日本にもよくある話のように。

 国引の空の暗さや冬怒涛  英世

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鴻臚句会新年会

いつもお話ししているように私が提唱した俳句の会「鴻臚」は、ある団体に所属する60歳以上の高齢者俳句会である。
それだけに作る俳句も孫子、病気、介護の句と、今時の若い人にはやや古臭いと思われるかもしれない。
それでも彼らは真剣で、その心意気や良しとしなければなるまい。
と言う訳ではないが、今年も新年初句会後にいつもの黒田天狗で新年会を開いた。
高齢の上に女性が多いことでお酒の量は進まないが、それでも美味しい鍋をつつき、サラダ、焼鳥、雑炊を食べるなど、その健啖ぶりは若い人に劣るものではない。
さらには、新年会の後にカラオケに繰り出し、心行くまで古い?歌を歌った。
その元気さは、ほとんどの会員が高齢になっても何かしらの仕事をしていることが、好影響しているのかもしれない。
新年会ではいつも短冊を持参し、必ずそこで一句詠むことにしている。
その席での私の一句をご紹介しよう。

 着膨れて話し言葉も七五調  英世

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年賀状

今年もたくさんの年賀状を戴いた。
この年賀状も新年の季題で、今月の鴻臚句会の兼題であった。
過去にはお互いに交流があったものの、この数年は年賀状だけという友人もいるが、それでも近況を知らせてくれる年賀状は懐かしく温かいものである。
なかには孫からの可愛い年賀状もあった。
とは言いながらも、年賀状は毎年毎年減っている。
一時は貰うのも書くのも300枚ほどあったものが、今年はとうとう200枚を切ってしまった。
早くも鬼籍に入られた方、病気療養中の方、知らず知らずのうちに疎遠になった方、仕事でのお付き合いが済んだ方など様々に理由はあるであろう。
ところで、この歳になると年賀状を書きながら、無性に相手のことが気になって仕方がない。余計なことかもしれないが、つい元気ですかと訊ねてしまう。
そのような気持ちを詠んだこの日の特選句をご紹介しよう。

 賀状書く彼の地に心馳せながら  英世

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愛莉と動植物園

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あるところから小額の図書カードを頂いたので、愛莉にあげようと電話をしたところ、有難うの後で「じいちゃん、動物園に連れて行って」と言うではないか。
朝方久し振りに愛莉と動物園に行きたいなと家内と話していたばかりで、以心伝心というかまったくの驚きであった。
先に愛莉と二人で動物園に行き、一巡りしたところで家内と合流して植物園で食事をし、その後三人で園内をくまなく散策した。
この日の愛莉は今までの愛莉と全く別な愛梨の顔を見せてくれた。
クリスマスのサンタさんから貰ったと言う「子供カメラ」なるものを持参し、目に入るものを片っ端から撮りまくっていた。まるで少女カメラマンと言ったところである。
私も負けずにシャッターを切りまくった。
温室を見た後で薔薇園に廻ったところ、園丁のオジサンが声をかけて来て、「良い時に来ましたね、16日からは夏に供えて剪定し、花を全部カットする予定ですよ」と教えてくれた。
こんな偶然もあるものかと、この冬最後の薔薇を心行くまで堪能することが出来た。
今日からしばらくはその植物園の花々をご紹介することにしよう。
もっとも愛莉の子供カメラの映像ではなく私のカメラによるものだが。

  寒薔薇にカメラ目線の少女かな  英世

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初雀

その昔、俳句の季題に初と付いたものが何と多いことかとお話したことがある。
一年の始まりは正月で、正月が来ればあらゆるものが新鮮に感じられ、そのことに初の字を当てたのであろう。
この初雀も年が明けて初めて見る雀で、同様に新年の季題である。その初雀が今回の鴻臚句会の兼題であった。
雀は日本人にとってなじみ深い小鳥で、おとぎ話などにも度々出て来る。
年明けに初めて見る雀にどのような感動を覚えたか、また正月の雀がどのような動きや鳴き声を見せたのか、興味深いところである。
なお、似たような季題に寒雀があるが、初雀と寒雀はおのずと違いがある。その違いをどのように詠むかも肝心だろう。
例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 日溜りの屋根が定席初雀  英世

鴻臚句会異変

所属している団体の事務所が薬院に移転したことで、サークル活動の俳句の会「鴻臚」にも異変が起きた。
いままでは第二土曜日の午後に事務所の会議室を借りて開催していたが、新事務所では管理人がいないため、休日の事務所は貸せないと言ってきたのである。
これは大変と急遽会場探しに奔走し、どうにか警固公民館をお借りし、一月の句初句会は無事開催することができた。
ところが公民館は地元住民を優先する上に、公民館の行事でない限り継続して予約することはできず、都度事前の予約が必要である。
しかも必ず予約できるとは限らない。
ほとほと困り果て、事情を説明して再度事務所の会議室が借りられないかとお願いしたところ、休日は午前中なら勤務する職員がおりOKとの回答を得た。
早速会員に計り今後は第三土曜日の午前中に開催することにした。
三月からはまた快適な環境で句会が出来るようになり、一安心と言ったところである。

 教室も新たにこうろ初句会  英世

にっぽん縦断こころ旅

今日は鴻臚句会の日で正真正銘の初句会その後は新年会である。
そのことは後ほどお話しするとして、このところのテレビは旅番組ばかりが目につくが、今日はそのなかで火野正平の「にっぽん縦断こころ旅」についてお話しよう。
この番組はNHKで2011年から不定期に放送している番組である。
子供の頃から自転車が好きだった俳優火野正平が、視聴者からの手紙をもとに、日本の原風景(こころの風景)を愛車「チャリオ」(自転車の愛称)で訪ねながら日本列島を縦断して行く番組である。
どちらかと云えば軽い感じの俳優と思っていた火野正平が、こんなにも親しみ深い人柄であったのかと、改めて俳優のすごさを感じさせた番組でもある。
全国の懐かしい風景は何れも自分の故郷とダブらせてしまう。
番組最後に火野が読む視聴者の手紙の内容と相まって、胸を打つ「こころの風景」が映し出される。

初春や酒蔵続く筑後川  英世

一句の風景

みちのくに一筆添ゆる賀状かな

震災と津波に襲われた東北にはたくさんの友人がいる。
今では会うことも少なくなったが、年賀状だけはやり取りしている。
年賀状は自作とはいえパソコンで印刷した通り一遍のものであるが、ほとんどの人に何か一筆書き添えることにしている。
特に今年は東北の友人に震災後を問う一筆を添え、一日でも早い復興を祈った。
選者からは「やはりみちのくが利いています。内容は言わずともわかる一句。こういう事がいつまで続くのか。」と言う句評をいただいた。
2012年(平成24年)1月「季題:年賀状(新年)」

松は何故縁起がいいか

日本の正月と言えば縁起のいい植物として「松竹梅」が飾られるが、その中でも松が上位とされている。
ちなみにお寿司や鰻なども松が特上である。
常緑樹の松竹が目出たがられるのは当然として、何故松が縁起のいい植物の筆頭かということが気になっていたところ、ある新聞に珍しい説が掲げられていた。
新年の「歳の神」は海の向うからやって来る。
白砂青松の浜辺にはたくさんの松が生い茂っており、さながら年の神を待っているようである。
その神を待つことから、待つが転じて「松」になったと言う。それが縁起の良い起源である。
それにしても待つという言葉には夢がある。
不幸な出来事を待つ人などあるまい。
誰しもが明るい夢を待っているから「松」なのであろう。
今私が待っている夢は何であろうか。

 門松の竹の切り口笑まひをり  英世

鍋もの

少し前の朝日新聞のコラム欄に、夫婦になって何年経っても郷の雑煮の味は譲れないという記事があった。
それに関連して、幸田文の鍋ものに関する記述を掲載していた。
「鍋ものは雪より多分木枯らしのほうがいいかともおもうのだ」。
確かに関東ではあの空っ風の中に鍋の煮え立つ音が素晴らしいかもしれない。酒も進むかもしれない。
だが、コラム子は「日本海側ではやはり鍋は雪の夜かと思う」と言っている。しんしんと降り積る白一色に窓明りがこぼれ、さて、囲むのは何の鍋だろうかとも述べている。
それほど日本列島は細長く、さまざまな気象条件の中で様々な冬の鍋を楽しんでいる
我が街博多でも鍋は冬の定番料理である。
鶏の水炊き、河豚ちりにモツ鍋。何れも温かくなること請け合いである。
はたして博多の鍋にはどんな景色が似合うのだろうか。

 吾は筑後妻は豊後の雑煮かな  英世

正月の花ごよみ(七種)

今日正月七日に七種類の若菜を粥にして食べる習慣がある。
いわゆる七種粥で、正月で弱った胃腸をいたわる狙いがあるとされている。
七種は普通、「せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ」と調子よく唱えられている。
中でも中心は薺で、俳句では薺粥とも言う。
七種はわざと大げさな音を立てて調子よく打つとされているが、昨今はスーパーなどで手軽に揃え、そのような趣は無くなってしまった。
七種(草)には春の七種と秋の七種があり、俳句では単に七種と言えば春(正月)であり、秋の七草は秋を冠しなければならない。
また春は七種の字を当てるが秋は七草の文字を使わなければならない。
今夜は久しぶりに休肝日とし、七種粥を戴くとしよう。

 七種に心身ともに癒されり  英世

冬野一月号

正月にふさわしく墨の匂いの新しい冬野が届いた。
冬野新年号を見ると、過ぎし一年に想いを馳せ真面目に俳句に向かわねばと、決意を新たにするものである。
例によって、私の冬野一月号の入選句並びに他句会の入選句をご紹介しよう。
冬野一月号
 反転の蜻蛉に何の思案かな
 秋晴や駅弁売の声透る
 末枯の残る一花を供華として
 露けしや母なき里に母を詠む
 ゐのこづちにも人見知りあるやうな
 秋天やおにぎりだけの山の昼
 祖の命つなぎ止めたる木の実かな
 時雨るるや炭住に見る暮しぶり
 官兵衛の寓居の井とや菊の雨
 神殿の千木の高さにある小春
 一条に託す仏心冬の滝
冬野インターネット俳句会
 園児らの笑顔に餅の搗き上がる
 母なくも里は里なり縁小春
 教会は島のシンボル冬ぬくし
 何もかも古くなりけり冬座敷
 庭先に妻の呼ぶ声小六月
俳句ステーション
 コスモスや影なき子らの声高し(12月号補追)
 迷ひたる径らし落葉深くなる
 鄙宿の暗き湯殿や雪女郎(特選・地賞)
 地に還る色とし枯るるいぼむしり
愚陀佛庵インターネット俳句
 幼子に諭され蛇の穴に入る(特選・11月号補追) 
 木枯と共に乗り込む渡船かな
 実盛の胸中如何に木の葉髪
現代俳句インターネット句会
 口開けば死ぬことばかり風邪引女
 着ぶくれて癖になりたるおういお茶
 毛糸編むどこか奇妙な左利き
 二人して取らぬ電話や炬燵猫

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実家でお正月

私は12代続く古い農家の長男であるが、今は農業を捨てて実家を弟に委ねている。
例年その実家でお正月(新年会)をするのが我が一族の慣わしで、今年もほとんど全員が集まってなごやかに行われた。
宴の前にお墓参りするのも恒例になっている。
私は姉二人、弟三人、妹一人の七人兄弟で、今でも全員元気で仲良く付き合っている。むかし貧乏だっただけに、それぞれの思いやりが今も生きているのかもしれない。
その兄弟を中心に、連れ合いや孫子を合わせると30人ほどの大人数になり、到底座敷に全員座ることはできず、子供たちを別の部屋に閉じ込めてしまうほどであった。
また、その宴が楽しかった。
日頃は口にできないがめ煮などの郷土料理に、有明海の珍味を配した鉢盛り、それにお寿司などを食べながら、地酒の大吟醸を心行くまで嗜んだ。
弟嫁の手作りのお漬物や煮豆なども滅多に口にできない懐かしい味であった。
それぞれの近況を話しながら、気の早いものは今年のお盆はもとより、来年も元気で会おうと気勢を上げていた。
とにかく仲の良い兄弟で、楽しい新年会であった。

 のつけから昭和の話新年会  英世

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実家の庭と母の愛した梅古木

初詣

今年も初詣に行った。
初詣は例年護国神社にお参りするのだが、今年は紅葉神社にいつものように息子の運転でお参りした。理由はお神酒を戴くこともあり、息子には申し訳ないが飲兵衛の私の飲酒運転を避けるためであった。
それにしても何という人出であろうか。紅葉神社の大鳥居から本殿にたどりつくのに、1時間近くもかかってしまった。
嬉しいことに若い人の参拝者が例年以上に多いような気がした。
また、翌2日には住吉神社にお参りした。昨年末に俳句の会「こうろ」で住吉神社に吟行をしたお礼の意味も込めての参拝であった。
本殿に参拝しお願いすることは例年同じである。
自分のことはどうでも良いから、家族の健康と孫子の幸せの他に何もない。
あまりいろいろお願いしても神様も困ってしまわれるかもしれない。
「今年一年、どうか幸せでありますように」。

 子に作法教へ二拍手初詣  英世

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お年玉

昨日は長男一家に代わり長女一家が新年の挨拶に来てくれた。
私の長女はすっかりおばさんになり、その娘、即ち私の孫の鈴花が代わって美しい大人になった。爺としてはこれ以上の喜びはない。
ところでお年玉に異変が起きた。
と言うのは孫の鈴花が大学生になり、今年からお年玉を必要としなくなったからである。
お年玉は子供にとって一年で一番楽しいものかもしれない。
ましてや一人娘の鈴花は、両親はもとより親戚中からお年玉の一人占めであった。
ていよく母親が預かって預金していたようであるが、それでも鈴花は嬉しかったに違いない。
そのお年玉を今年から必要としなくなった。
18年間もせっせと貢いできた爺からすれば少し寂しい気もするが、鈴花の成長の証しと思えば喜ばしい限りである。
だが、私には次の孫の愛莉と菜々美が控えている。
まだまだ孫へのお年玉は終りそうにない。

 お年玉二つに分けて並べをく  英世

おせち料理

昨日の元旦は息子夫婦が、博多老舗料亭の豪華なおせち料理をプレゼントしてくれた。
このようなご馳走は初めてで、親を思う息子夫婦の心遣いが嬉しかった。
聞けば母親に、たまにはお節作りの苦労から解放し楽をさせて欲しかったからだという。
我ながら良い息子夫婦を持ったもんだと涙が出そうになってしまった。
愛莉や妹の菜々美も来てくれて、息子とゆっくり酌み交すと言った相変わらずの正月風景であった。
お蔭でお酒の方もすっかり過ぎてしまい、今日2日の朝から仕事がある事さえ忘れさせるほどであった。
我が家での新年行事は、今年ほど豪華でゆったりしたことはなかった。
この幸せがいつまでも続くことを願って止まない。

 元旦や息子夫婦の優しこと  英世

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