三月が終る

今日で三月が終る。
爛漫の桜の中であっという間の三月であった。
いつものことながら、二月、三月とこの時期は早く感じて仕方がない。
話しは変るが、今年もたくさんの塾生が憧れの大学に合格して旅立って行った。
その塾生たちから、どこそこの大学に合格しましたという声を聞くのが何よりうれしかった。
医者を目指す者もあろう、科学者や技術者になる者もいるだろう、中には次代の若者を育ててくれる先生の卵もいるだろう。
それぞれの道に向かって大きく羽ばたいていく塾生を見ていると、まるで自分の子が旅立って行くような気がしてならない。
この若者たちに未来の日本いや地球を託すとしよう。

 青き踏む夢といふ字に思ひ馳せ  英世

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一句の風景

史跡野てふ句吟の里や青き踏む

太宰府の都府楼跡に遊んだ時の句である。
かつては一大都府であった太宰府政庁も、かつての繁栄の面影はなくただ礎石のみがその古を語っている。
この地は吟行のメッカで、すぐ近くには高濱虚子の「天の川のもとに天智天皇と臣虚子と」の句碑が立っている。
都府楼跡は今では公園化され、たくさんの観光客や家族連れが遊んでいる。
時あたかも草萌の季節。暖かい春を待ちかねて大いに遊んだ時の句である。
2012年(平成24年)3月「季題:踏青(春)」

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ワードと筆

昨日はあまりの陽気に近くの桜見物に出かけた。
お酒ならぬバニラアイスクリームを買って食べたのが爽やかで美味しかった。
その話はともかく、このところ文字を書くのにパソコンのワードに頼りっぱなしで、筆を持つことが殆んどなくなった。
元来が悪筆だけに、手紙を書くのもペンを執る前についパソコンに向かってしまう。
ところが先月、太宰府天満宮俳句大会の賞品にカートリッジ式の筆ペンを頂き、その筆ペンを見ているうちに小学生の頃のお習字教室を思い出した。
村の神社にお習字教室があり、私の悪筆を見かねた母が教室に行くことを勧め、確か4年生の頃から2年間通ったような気がする。
神主の奥さんでもある先生は、私のあまりの悪筆に「この子は大丈夫だろうか」と真剣に心配されたそうである。
ところが、繰り返すということは大事なことで、週一回でも筆を持っているうちに、何とかお習字らしい字になって行くから不思議である。
今は頂いた筆ペンでお習字教室の頃を懐かしみながら、まず自分の名前からお稽古している。

 のどけしや墨の匂ひの残る指  英世

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筑紫野探勝会「都府楼祉」

今回の筑紫野探勝会吟行は百年句会と同じ都府楼祉であった。
前回の百年句会の時はうららかな春の日和であったが、今回の探勝会は打って変わって春の驟雨だった。
その雨の中でも、句友はそれぞれに桜や草花を愛でながら野に遊び、俳句を楽しんでいた。
いつもお話ししているように同じ場所でも日付が変り天気も変れば、何かしら新しい発見があるものである。
その証に前回はまだ蕾が吹くらみかけていた桜が、今回は5分咲きほどになって雨に濡れていた。
雨に濡れるすみれ、金鳳花、椿などもまた風情があろうというものである。
また、幸運にも裏観世に住むという雉の甲高い鳴き声も聞くことが出来た。
この日は珍しく特選3句を頂いたが、その中の今日の1句をご紹介しよう。

 花の雨バスに乗らうか歩かうか  英世

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車は必要か

車を買い替えて5年が立ち、消費税アップの前にと2回目の車検を受けた。
この車検の費用の高いこと高いこと、法定費用込みで約十万円と家内ならずとも腹立たしくなる。
昔と違って今の車検は工場内でしかも約一時間で終了してしまう。その費用を時間単価に換算すると、これほど高いチャージは他にないのではなかろうか。
と言うのが理由でもないが、このところ真剣に車を捨てること、あるいは捨てる時期を模索している。
私の車は大型のセダンで走行距離は5年間で約15000キロ、実に月当たりたったの250キロしか走っていない。
理由は街中に住んでいるので、西鉄のグランドパスを使ってバスで移動する方が便利だし、第一繁華街では駐車場探しも面倒だし費用も半端ではないからである。
街中を走るので当然燃費効率も悪くなるし、車の色が黒だから汚れが目立ち洗車も面倒である。
それも車が大きすぎて洗車するにも天井まで手が届かず、脚立が必要になることからついついガソリンスタンドに頼ってしまう。
年齢的にも反射神経が鈍くなってきており、事故を起こす前に車を捨てる決心をしなければなるまい。

 春風やドライブせしは何時のこと  英世

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柳鮠

せせらぎの音が聞こえるようになった小川を覗くと、春の光に映えてきらりと光る小魚を見ることがある。鮠(はや)である。
鮠と言っても特別に鮠と言う名の魚がいるわけではなく、オイカワやウグイ、カワムツ等の類を総称して鮠と呼んでいる。
俳句ではこの鮠のことを柳鮠(やなぎはえ)と言って春の季題にしている。
何故春の季題にしているのかはあまりよくわからないが、私的には柳の芽吹く頃、つまり春の季節に活発に動き出すことから春の季題になったのだろうと解釈している。
日一日と暖かくなるこの季節はつい小川の流れを聞き、水に手に触れて見たくなるものである。
その小川を活発に泳ぎ回る柳鮠に一段と春を感じてくる。
例によってこの日の私の入選句をご紹介しよう。

 健気にも堰に取りつく柳鮠  英世

春の雪

南北に長い日本列島では北と南では気象条件がまったく違う。
3月末とはいえ北国ではまだまだ雪の降る日も多いだろう。
ところが私の住む福岡でも2月から3月にかけても雪の降ることがあり、中には4月に降ったという記録も残っている。
その雪は水分を含んだ大きな雪、つまり牡丹雪になることが多いが、北国とは違って積むことはほとんどない。
俳句ではこのよう雪のことを春の雪または淡雪と言うが、それは単に2月3月と言った物理的な春の雪を言うのではなく、やや暖かくなった頃の雪を呼ぶ方が相応しいと思う。また、個人的にはこの淡雪と言った方が情緒があるような気もする。
その春の雪が今回の兼題であった。
例によってこの日の私の特選句をご紹介しよう。

 春の雪思はぬ嵩となりにけり  英世

妻の誕生日

この日は朝から妻のご機嫌があまり良くなかった。
と言うのは車を車検に出す日で、10万円以上の支出が予想されていたからかもしれない。こういう時の妻はたいがい不機嫌になる。
それでも予定していた金額より2万円ほど安かったので、帰りに二人で買い物に行ったりしたのだから、女と言うのはどうもよくわからない人種である。
それはともかくとして、その買い物の途中で私は妻に「今夜は御飯の用意はしなくていいよ」とつぶやいた。
妻はきょとんとしていたが、実は昨日3月23日は妻のⅩ6歳の誕生日で、密かに誕生祝いをしようと思っていたからである。
誕生祝いは子供たちを抜きにして二人だけで行きつけの小笹寿司に行った。何故か昨日は二人だけでお祝いがしたかったからである。
ビールで乾杯のあと、妻は新鮮な魚の乗った豪華な?散らしずしに舌鼓を打ち、相変わらずの毒舌を振り回しながら、私のお刺身や壺焼きに活発に箸を伸ばし、さらには茶わん蒸しまで注文していた。
この毒舌と食欲なら妻は私以上に健康だなと妙に安堵しながら、来年もこの誕生日を祝うことが出来たらと勝手に思っていた。

 連れ添うて四十五年桃の花

大学受験資格

髭ぼうぼうで身なりにもあまり構わない一風変わった浪人生に出会った。
話しを聞いているうちに、彼の凄まじいばかりの生き様に感動を受けたので少しお話しよう。
彼は高校を中退したあと仕事を数えきれないぐらい転々とし、職歴の数だけは人に負けないのだが、いつのまにか26歳になっていたと笑っていた。
最後は某自動車メーカーで製造に従事して結構安定したいい仕事であったが、このままこの会社に一生縛り付けられるのか思うとぞっとして、一念発起して独学で大学受験資格を取得したという。
ところが、大学受験資格は得たものの、現実の壁は厳しく、入塾後は高校レベルの勉強から始めなければならなかった。
そのことは本人も十分自覚しており、合格発表が相次ぐ中で今年の受験は諦め来年以降に目標の理工系に挑戦する。
現在収入はなく合格までは僅かな蓄えで凌いで行くと言うことであった。
この話を聞いて、大学に行けなかったことを貧乏のせいにしてきた自分が情けなくなってしまった。
この青年に素晴らしい未来が開けることを願って止まない。

生涯に一度にしたき大試験  英世

東風

東風と聞いてまず思い浮かべるのが、「東風吹かば匂い起こせよ梅の花・・・」の菅原道真の歌ではなかろうか
そう、東風とはその名の通り東から吹く風のことである。
冬の北風、夏の南風というほどはっきりしているわけではないが、春は東から柔らかな風が吹くことが多い。
「こち」と言う短い言葉の響きは春のそよ風と言うよりは、まだ肌寒い固くやや強い風を連想させる。
その強い風を強東風と言い、夕東風、朝東風はまだ寒く身に応える感じがする。
その東風が今回の兼題であった。
例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 夕東風や上げ潮匂ふ筑後川  英世

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春の水

一時公民館を借りて開催していた鴻臚句会が、再び事務所の会議室で開催できるようになった。
その第一回目を先日の第三土曜日に開催したが、その時の兼題が「春の水」と明日お話しする「東風」であった。
兼題の春の水はその名の通り暖かくなった頃の水である。
春になると山々の雪が雪解け水となって谷川を流れて来る。
また、この頃は雨も多くなり、池や湖が段々と水が貯まり広さを増して行き、その水は手に柔らかく、まさに春が来たなと実感させてくれる。
なお、歳時記によっては春の水と水温むを一つの季題にしたものもあるが、ホトトギス歳時記でははっきりと区別しているので、注意しなければならない。
例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 春の水櫂の雫となりにけり  英世

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一句の風景

啓蟄や父の遺愛の農暦

我が家の実家の納屋には、父が農業をしていた証がたくさん残っている。
錆ついた鎌、指の後の残っている鍬、そして私が贈った帽子やシャツなどがそのまま壁に掛けられている。
納屋には小さな古箪笥も残されており、その抽斗にも父の遺品がたくさん残っている。その中の一つが大学ノートや広告の裏を綴じて書き留めた農事メモも残っていた。
季節はあたかも啓蟄。父が存命ならそろそろ畑に出て行く季節である。
2011年(平成23年)3月「季題:啓蟄(春)」

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会員の集い

所属している福岡市シルバー人材センターの会員の集いがあり、今年も司会を務めた。
福岡市シルバー人材センターは現在各区ごとに7箇所設置されており、その区ごとに業務や行事もなされている。
そいったわけで今回の会員の集いは私の所属する中央区の集いであった。
集いでは型どおりの式典の後でアトラクションが恒例となっている。
今回は福岡市を中心にボランティア活動を展開している「ちんどんオーケストラ」の演奏であった。
このオーケストラは以前にも演奏して戴いたお馴染みの楽団で、今回もその素晴らしい演奏そして会場全員で歌う懐かしいメロディーの合唱など、久し振りに無垢な自分に帰ることが出来た。
他にも南京玉すだれの演技や、野球観戦チケット、お買い物券の抽選会と楽しいひと時であった。

 春の川楽を奏でて流れけり  英世

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百年句会「都府楼址」

今回もまた都府楼址が吟行地であった。
俳句の行事のうちほぼ三分の一は、この都府楼址や観世音寺、天満宮などの太宰府に吟行しているのではなかろうか。
それでも、行けば行ったで季節も違うし天気も自然も違うので、また新しい発見があるから不思議である。
この日の都府楼址は麗らかな春日和で、桜のつぼみも膨れ始め、金鳳花やすみれ、犬ふぐり、仏の座等の花々が柔らかな風にそよいでいた。
流れを覗いてみると春の水草が生い始め幾筋かの蜷の道もある。
やはり自然は素晴らしい。
この自然を相手に俳句を吟じている自分を、どれほど幸せと思ったことだろうか。
例によってこの日の私の特選句をご紹介するとともに、今日からしばらくはこの吟行の写真を掲載するとしよう。

 念願のスローライフや蜷の道  英世

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福岡の名前の由来

先日の官兵衛ゆかりの地の続きである。
福岡の名前の由来については一般的に次のように言われている。
名島城から移転して新しい城を築いた地はもともと警固村福崎と呼ばれていたが、黒田家発祥の地が播磨の国・福岡と言うことから福岡に改名したとされている。ころが、先月の梅まつり俳句大会の折に、天満宮の神官に聞いた話はこうである。
太宰府に寓居していた如水は悠々自適の生活で、日々連歌を楽しんでいた。
慶長7年(1603年)正月に太宰府天満宮に奉納された如水公夢想連歌に、「松梅や末永かれと緑立つ山よりつづく里は福岡」と詠まれている。
つまり、この夢想連歌の発句は如水の夢であり神様から賜った句である。
従って、福岡の名は太宰府の神が名付けたものであり、如水がこの太宰府に隠遁しなければ生れなかった名前かもしれない。
真偽のほどはわからないが、いずれにしても黒田如水と太宰府天満宮の深い関係を表した逸話ではなかろうか。

 神官の口伝の故事や梅香る  英世

川下り

三月の声と共に川下りの季節がやって来た。
酒蔵開きのあとの川下りはこのところの寒さも弛み、春風が頬に心地良く、柳が青むといった素晴らしい川下りであった。
川下りと言えばこの辺りでは柳川の川下りで、豪快な急流を下る球磨川の川下りなどとは違い、掘割をゆったりと巡り周りの景色を見ながら楽しむものである。
今はまさに柳川ひな祭りの時期で、立花家の別邸「お花」や岸辺にはさげもんや古式ゆかしい雛飾り、現代風の愉快な雛飾り、そして川下りの船に雛飾りをしたものまであった。
川下りの待ち時間に、ひしむらの女将と魚屋に買い物に行った。このあたりでは有明海の珍しい魚介類を売っている。
この日も新鮮なくっぞこ(靴底・舌びらめ)、わらすぼ、うみたけ等有明海独特の珍味を買い求め、その夜はひしむらでその魚に舌鼓を打ちながら、美味しいお酒をたっぷりと味わうことが出来た。
地元筑後出身の私には、有明海の魚介類はまさに食の故郷のような気がする。

 芽柳や家紋壊えたるなまこ壁  英世

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酒蔵開き

料亭ひしむらの親せき筋で、私の生まれ故郷にある杜の蔵の酒蔵開きを久し振りに見学した。
バスの途中で私が「間もなく超有名人の実家の前を通りま~す」と案内し、実際に家の前に来ると「左手をご覧ください。これが私が生まれた実家でございま~す」とガイドすると、バス中が爆笑の渦であった。
それはさておき、酒蔵開きのことは数年前にもお話ししたが、今回は酒造りに関し新しい話を聞くことが出来たのでまずその話をご紹介しよう。
日本酒は米と水と麹で造る訳だが、それには外気温が大事だということであった。
平均気温が7℃~10℃位が酒造りに一番適した温度で、それ以外の温度だと冷やしたり温めたりとなかなか微妙なコントロールを要すると言うことであった。
従って北国では厳寒の冬は避け秋に、逆に南国の九州などでは寒造りが主となるのである。
いずれにしても私にはうまい酒が出来てくれればいいだけだが。
と言うことで、今回はひしむら特製の美味しい鰻弁当とトン汁を頂きながら、絞りたての大吟醸を心ゆくまで味わうことが出来た。

 春めくや杉玉青き老舗蔵  英世

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官兵衛語り部 Ⅱ

官兵衛ゆかりの東長寺と崇福寺を訪ねた。
東長寺は黒田藩二代藩主忠之公の墓所のある寺で、いつ訪ねても五人の殉死者の墓が涙を誘う。木造では日本一の大仏も圧巻である。
一方崇福寺は山門に福岡城の本丸表門を戴く荘厳な寺で、ここには藩祖官兵衛や初代藩主長政公が眠っている。
最近までは墓所に入ることを許されなかったが、市に譲渡されたことで、今ではだれでも自由に拝観することが出来る。
崇福寺を出てバスは一路酒蔵開きのある杜の蔵酒造に向かったが、そのバスの中ではクイズ形式で官兵衛の生涯について解説をした。
少し紹介すると、秀吉は何故官兵衛に中津十二万石しか与えなかったのか。
(官兵衛に百万石も与えたら天下に号令するだろうと秀吉が案じたから。それを聞いた官兵衛は、これは大変、秀吉に殺されると即刻隠居した。)
節約家の官兵衛だったが、本当にそうだったのか。
(関ヶ原の戦いを予測し兵を集めるために大金を惜しまなかった。)
官兵衛は家臣によく物を売り付けたがそれはなぜか。
(ただ与えるだけだと貰えなかった者が不平不満を抱くから。)
隠居した官兵衛が家臣に辛く当ったのはなぜか。
(自分を嫌ったり避けたりすることで、藩主の長政に家臣が近づくよう仕向けた。)
等々、逸話を中心に軍師官兵衛と言うよりは人間官兵衛を中心にガイドを進め、バスはいつしか杜の蔵酒蔵に着いていた。

 霾や戦国の世はまさに乱  英世

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官兵衛の語り部 Ⅰ

昨日の官兵衛の話の続きである。
いつもお話ししている行きつけの料亭「ひしむら」の大女将から、官兵衛ゆかりの地と酒蔵開きを訪ね、柳川の川下りをするツアーを企画したので、私に官兵衛ゆかりの地の歴史解説をして欲しいと言ってきた。
出来るかどうか少し不安はあったが、そこはB型の私、迷うぐらいならやって見ろと引き受けてしまった。
と言う訳で先日そのツアーに参加し無事案内役をこなした。
官兵衛ゆかりの地と言えば、東長寺から崇福寺そして福岡城址をあるが、この三か所は吟行でも度々訪れた場所であり、それなりに歴史は知っているつもりであった。
しかし、解説するとなるとやはり正確な資料に基づくものでなければならない。そのための資料も用意し、事前勉強をして無事歴史ガイドの役目を果たした。
しばらくして奇妙なことに気が付いた。
バスの中は皆さんいい気分なのに私一人がしらけ顔である。
乗客は官兵衛ゆかりの歴史探訪は二の次で、朝からお酒モードだったのである。
これでは大損だと、酒蔵開きでは試飲と言う名目で気分良く新酒を頂いた。少しばかり多めに。
もちろん帰りにひしむらに寄って飲み直したことは言うまでもない。
今日からしばらくはこのツアーのお話と写真を中心にご紹介しよう。

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 菜の花や酒蔵続く筑後川  英世

大河ドラマ「軍師官兵衛」

NHK大河ドラマの「軍師官兵衛」がいよいよ佳境に入って来た。
もともと九州戦国時代の歴史に異常に興味を持っている私には、またとないテーマのドラマである。
もちろんストーリーは口述できるぐらい知っているが、やはりそれでも専門家にはかなわない。
適度にフィクションが入ることでドラマとして冷静に見ることも出来るが、これがもしノンフィクションであれば、あれは違うこれは違う、こんなことがあるはずがないと、少なからずフラストレーションが高まるであろう。
主演の岡田准一はややかっこよく美男過ぎる感がしないでもないが、そこは役者のこと、徐々に馴染んでいくであろう。
また、様々な資料を見ながら九州の古戦場や古城、そして太宰府や黒田家菩提寺など官兵衛ゆかりの地を歩くのもこの一年の楽しみである。
これからドラマがどのように進展して行くのか、今から楽しみにしている。

 官兵衛の寓居の井戸や菖蒲の芽  英世

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一句の風景

囀りや題名のない音楽会

春の日差しが眩しくなると共に小鳥のさえずりが聞こえて来る。
目白の透き通った声、鶯の笹鳴、雀、鴉とさながら小鳥の大合唱である。
小鳥たちのさえずりはばらばらであるが、そこにはリズムと言うか調和と言うか人に心地よい響きがある。
テレビの長寿番組に「題名のない音楽会」がある。
私にはこの小鳥たちのさえずりが、その「題名のない音楽会」のように思えてならなかった。
2009年(平成21年)3月「季題:囀り(春)」

春めく

昨日お話しした冬野句会の一方の兼題が「春めく」であった。
2月から3月の初めにかけては、春とはいえまだまだ寒く、時には思わぬ寒波がやって来ることもある。
それだけに、目に見えて春の色が濃くなると、無性にうれしくなりカメラを片手に外を歩きたくなる。
野は一面の若草、森や山は一斉に芽吹き、蝶や燕も盛んに飛びはじめるといった生き生きとした季節になる。
春めくとはそのように人々がもう春だなあと実感する人の心を言う。
それは三月のこれからにふさわしい言葉で、もちろん春の季題である。
例によってこの日の私の特選句をご紹介しよう。

 春めきて七色競ふ花時計  英世

菱餅

私は俳誌「冬野」に所属しているが、その中で伝統的な句会「冬野句会」に初めて参加した。
選者や句友も他の句会のメンバーと概ねダブってしまうが、それでも新鮮な気持ちで句会に臨むことが出来た。
初めての冬野句会の兼題は「菱餅」「春めく」であったが、今日はその菱餅についてお話をしよう。
子供の頃、我が家では季節ごとの様々な節句行事には、母が必ず供え物を作りそれをみんなで楽しく頂いていた。
菱餅はご承知のように雛の節句のお供え物である。
二臼の餅を搗き、一つはピンクに一つは緑色に染め上げ茣蓙に平たく並べる。
少し冷やした後でそれを小さな菱形に切ったのが菱餅で、高杯に数枚重ねて供えていた。
その切れ端を小さく刻んで雛あられを作ったのもなつかしい思い出である。
例によって初めての冬野句会の入選句をご紹介しよう。

 菱餅の反り返りたる鄙の宿  英世

非凡なる凡人

中学時代からの私の座右の銘である「非凡なる凡人」を地で行ったような歴史上の人物に出会った。
世は歴史ブームで、連日歴史上の人物や出来事などを解析するテレビ番組が放送されている。
そのような中、NHKのプロファイラーと言う番組で「杉原千畝」を特集していた。
詳しい話は省略するが、1940年、戦時下のヨーロッパ・エストニアの駐在日本外交官として、迫害に会っているユダヤ系人民のために、人道上の理由から日本経由で外国に出国するユダヤ人へのビザを発行し続けた人である。
彼のお陰で命を救われたユダヤ人は4千人とも6千人とも言われている。つまり「命のビザ」と言われる所以である
その後イスラエルから感謝の勲章を貰った時に、彼は「何も特別なことをしたわけではない。当たり前のことをしただけだ」と述べている。
当たり前のことを当たり前にすること、彼こそ私の言う「非凡なる凡人」ではなかろうか。

 暖かや言を左右にしない人  英世

氷雨

昨日は忘れかけた珍しい季題の話をしたが、今日は曖昧な季題についてお話しよう。
月刊俳誌の今月号に氷雨と言う季題で詠んだ句が、入選掲載されていた。私はとっさにこの氷雨をこの時期の季題として詠むのはおかしいのではと思った。
というのは、氷雨とは夏に降る雹(ひょう)のことであって、私が俳句の手ほどきを受けた俳句教室では、紛らわしい季題の例としてよく上がっていたので憶えている。
それ以降かたくなに使い方に注意してきたが、それが堂々と冬に入選しているわけだから、これは何かあると思い調べ直してみた。
確かにホトトギス歳時記にも合本歳時記にも現代俳句歳時記にも、氷雨は雹として夏の季題になっている。決してみぞれやあられを氷雨とはしていない
ところが、新日本歳時記を開いてみると何とみぞれやあられのことを氷雨して傍題にしている。ちなみに、広辞苑で調べてみると確かに冬の冷たいお雨やみぞれのことを氷雨とも言うと書いてあった。
何となくしっくりこなかったが、言葉も現代流に日々変わって行くので、新日本歳時記ではこの氷雨を雹と霙の二つの意味に使うことを認めているのであろう。
だが、私は氷雨は雹、霙はみぞれとして詠みたい。

傘借りるほどもなき降り春みぞれ  英世

捨頭巾

今回の珍しい季題は「捨頭巾」である。
俳句には何々を必要としないと言う意味の「捨○○」と言う季題が多いが、この捨頭巾もその類である。
頭巾とは比較的身分の高い者が寒さを避けるために被るものであるが、映画やテレビの時代劇では顔を隠すためにお忍びの武士(多くは悪役)が被ることが多い。また武家の女性が被る御高祖頭巾などもそれである。
高僧などが被る頭巾は権威の象徴と見るべきであろう。
この本来の頭巾はいまでは殆んど廃れてしまったが、赤ん坊やレジャー用のフードなどがそうと言えば言えないこともない。
さて、季題の捨て頭巾であるが、これは3月頃暖かくなってその防寒用の頭巾を必要としなくなり被らなくなることを言う。
今ではさしずめ防寒用のフードを脱ぐと言うことであろうか。
今日も手違いで更新が遅れてしまった。

 雲間に日射し戻りて捨頭巾  英世

冬野三月号

春めくと共に冬野三月号が手許に届いた。
同じ冬野誌でも春ともなると、また何となく楽しく捲るものである。
例によって他句会の入選句と共にご紹介しよう。
冬野三月号
 冬空に網目広げて大けやき
 人声を里に帰して山眠る
 日差得て浮ぶ微塵や冬座敷
 山茶花や古式ゆかしく神祀る
 面取れば眉毛も白き神楽翁
 この野辺も古戦場とや枯尾花
 もう歳と笑顔で語り毛糸編む
 森閑と障子明りに阿弥陀堂
 見えざる師とて親しく静雲忌
 悴めるこころも解す足湯かな
冬野インターネット句会
 故郷の母ありし日の梅古木
 春立つや聞けば老医も同い年
 融通のきかぬ旅程や梅三分
 金縷梅の反抗期めくねじれかな
俳句ステーション
 雪女郎も猿も浮かれし秘湯かな
 片仮名を嫌ふ男や初句会
 水仙の天与の刻を疑はず
 初春や松ばかりなる九十九島
愚陀佛庵インターネット句会
 冬の蚊の我が酒すする屋台かな
現代俳句インターネット句会
 安らへる鼠もあらむ猫の恋
 青き眼を赤く燃やして恋の猫
 恋猫に起され妻の盗み酒
 

奇遇

これはまさに奇遇としか言いようがない。
選者のA・I先生と美味しい蕎麦をすすりながら、いつしか故郷の話、学校の話になり、私がべらべらと一方的に喋りまくっていると、先生は同級生に林洋海という一風変わった男(失礼、先生の言ですから)がいなかったかと尋ねられた。
私は知っているどころか入学以来の親友であると答えたところ、その男は自分の実の弟だということであった。まさに驚きである。
林君は脱サラしてデザイン業を起こし、さらには小説家になった級友のことで、前にも一度誇るべき同級生としてご紹介したことがある。
また、彼とは先日の同窓会でも会ったばかりである。
あまりにも偶然の話で、世の中はなんと狭いものかと、言い尽くされたようなことわざを思い浮かべた。
早速そのことをメールで彼に伝えたが、この友人のためにもみっともない俳句を詠む訳にはいくまいと、何の脈絡もないことを考えていた。
今日は彼の最新作をご紹介しよう。
「三越をつくったサムライ・日比翁助」林洋海著(現代書館:定価2000円)
新聞記事はクリックし大きくしてご覧ください。

 ここだけの話と言ひつ青き踏む  英世

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51bc2rSM13L__SL500_AA300_.jpg 日比・朝日12-5 (2)

雛祭

女の子の最大のお祭りがやって来た。今日三月三日は雛祭である。
家々では自慢の雛飾りを箱から出し、母子で飾り付ける楽しい祭でもある。
一方宿場町など古い家並みが残る町では、店先や母屋はもちろん土蔵にまで雛人形を飾り、訪れる人の目を楽しませてくれる。
私も数年前に筑後吉井のひな祭りを見学したことがあり、楽しい思い出として残っている。
資料によれば、もともとは貴族の子女の祭であったものが、江戸時代になって庶民の中に広まったという。
女の子が生まれれば初節句として雛祭りを祝い、終れば雛流し・雛送りなどという流し雛の風習が残っているところも多いと聞く。
昔の災厄を祓う人形を流す行事の名残であろう。
我が家も孫は女ばかり、今年もきれいに飾り付けしたようである。
パソコン不調(操作ミス?)で更新が遅れました。

 飾らねば気になる吾子の雛かな  英世

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三月の花ごよみ「紫雲英」

春の花で懐かしく感じるものに、田んぼ一面に咲いた紫雲英がある。
紫雲英と書いてげんげと読むが、私には蓮華草と書くれんげそうの方に親しみがある。紫雲英は中国原産のマメ科の越年草で、日本でも古くから稲の終った田んぼに栽培されている。
田んぼ一面に敷きつめるように咲く紅紫色の可憐な花は、子供たちの格好の遊び相手で、茎を折って甘い汁を吸ったり、女の子はつなげて花飾りにしたりして遊んだものである。
また、家畜のえさにしたり、蜂蜜を取ったり、時期が来れば田にすき込んで肥料にしたりとその用途は広い。
田園一面にピンク色に染まって咲く紫雲英は、見事に日本的な風景を展開してくれる。
もちろん俳句の春の季題である。

 ままごとによばれ紫雲英の首飾り  英世

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