五月が終る

膝の痛みと闘いながらの5月が今日で終る。
それにしてもこの5月も忙しかった。
連休中の妻や孫の愛莉との食事から始まり、数々の句会や吟行そして所属する団体の総会の司会と、めまぐるしい中にも充実した月であった。
特に気を使ったのが9月から始まる百年句会の準備であった。
百年句会は半年ごとに3人の幹事が担当することになっているが、私は他の2人と共に9月からが当番である。
一緒に幹事をして下さる2人は相当高齢の女性なので、ここは若い?私が張りきらねばと、パソコンで6ヶ月の大まかなスケジュールと準備しなければならない事項、役割分担などを一覧表にして郵送した。
今後、この基本計画書に添って彼女たちと詳細打ち合わせし、活躍して貰うことになるであろう。

 風薫る空にトンビの大きな輪  英世

スポンサーサイト

一句の風景

児が祖父の隣に座して初節句

我が家に長男が生れた時は西のはずれの団地住まいで、初節句も簡素なものであったが、我が実家となるとそうはいかない。
実家を継いでくれている弟は何かと古式を大事にする男だが、仮に私が継いでいても大事にしたに違いない。
その実家では跡取りの三男坊だと言うのに親戚一同揃って初節句が祝われた。
庭には大きな鯉のぼりが泳ぎ、座敷では祖父である弟の側に肝心の三男坊がちょこんと座っている姿が微笑ましかった。
2012年(平成24年)5月「季題:初節句(夏)」

032_20140530065542430.jpg 024_201405300655367f4.jpg
008_20140530065447488.jpg 017_2014053006544005c.jpg

住吉神社、楽水園吟行

毎月第四水曜日は筑紫野探勝会で太宰府方面へ行くのだが、今回からはそれを辞退し誘われて新たに渦潮句会と言う吟行句会に行くことにした。
理由は毎月太宰府に行くことに疲れややマンネリ化したことと、渦潮句会の主宰が私が俳句を始めた時のS.K先生で、その先生の句会に参加したかったからである。
その渦潮句会の吟行地が住吉神社からその裏手の楽水園を巡るコースであった。
住吉神社の森は今が新緑の真っ盛りで、吹き抜ける風も芳しかった。
テレビで神の池に錦鯉を放流し鴨の親子と仲良く泳いでいる姿が放映されていたが、実際にそれを見るのも楽しみであった。
初めての句会でやや緊張もしたが、かつて知った先生と句友がいることで何の問題もなく吟行を終えることが出来た。
初めての渦潮句会の私の特選句をご紹介しよう。

 薫風の天に気を吐く力士像  英世

001_201405290637004ab.jpg 009_20140529063712c16.jpg
005_20140529063708165.jpg 004_20140529063705b55.jpg

わが心の聖地

久し振りに気に入っているテレビ放送の話しをしよう。
民放のBS放送に「わが心の聖地」という番組があり、都合のつく限りよく観ている。
内容はあり触れた旅番組とは違い、ある思いをもった人物が、その人にとっての心の聖地を巡りながら、その聖地を訪れた時に心がどのように変化していくかを描いた旅番組である。
「わが心の聖地 思いの道・願いの道」とあるように、名刹を始め各地の聖地の中からこれという場所を巡り、自分の心の迷い、悩みを解き明かして行くところに観ている私もいつしか引き込まれていく。
もうお分かりのように単に聖地の由来や風景を紹介するだけだはなく、人の心が交差しているところが何とも言えない。
一例を上げると、ある高僧の言葉に「肉体は両親から頂いたものだが、大いなる生命は脈々と続いている。人間は最初のうちは自分が強くなっていると感じるが次に相手が強いと思うようになり、最後は自分は弱いと悟る。弱いと悟ることで相手を尊厳の眼差しで見ることが出来る」と巡礼者を諭す。
まあざっとこの調子であるが、これがなかなか心にぐさっと突き刺さって来るから心憎い。
奥田瑛二の顔に似合わない静かな語りが番組を一層引き締めている。
今日の画像も我が家の庭の花たちである。

 薫風や一日静かに禅苑に  英世

011_20140528065535fed.jpg 012_20140528065539e12.jpg
013_20140528065543273.jpg 015_20140528065548aac.jpg

俳句と天気

昨日天気と挨拶の話しをしたが、このところの天気は日ごとに変わることが多い。
この天気と俳句の関係は切っても切れないものである。
俳句そのものが多分に自然を対象としており、その日の天気次第で俳句は微妙にどころか大きく変わってしまうからである。
特に、吟行では心に描いていた天気や風景とは全く違うこともしばしばで、そこはそれ俳人たるものうまく天気を詠み込まねばなるまい。
そう言えばNHK気象キャスターの吉竹さんは、その季節に吹く風や雨を俳句の季題を織り込んで楽しく紹介している。
非常に分かりやすく、如何に俳句と天気が影響し合っているかを物語っている。
さて、明日28日の吟行の天気はどうだろうか、気になるところである。
今日の画像は我が家の玄関と庭の花をご紹介しよう。

 唐突に湧き出す雲や走り梅雨  英世

001_2014052707045829a.jpg 002_20140527070503a39.jpg
009_2014052707050700b.jpg 010_2014052707051185a.jpg

天気と挨拶

ずいぶん前になるが毎日新聞のコラムに天気と人の挨拶についての記事があった。
「英国人に自分たちの特徴は何かを尋ねた調査で断然1位を占めたのが「天気を話題に会話する」だった。お互い相手に配慮し、いきなり立ち入った話をしないというマナーゆえとみられるが、天気のあいさつの多い日本と相通じるものがある。」
この記事を読んでなるほどと納得した。
私たちもつい「今日は良いお天気で」とか「そろそろ梅雨入ですかね」などと天気を話題にしてその場を和ませていく。
英国も日本も変り易い天気の国で、知らず知らずのうちにその天気を話題にした挨拶の手法を身に付けて行ったのであろう。
今日はどんな天気の挨拶をしようかな。

 挨拶の朝に卯の花腐しかな  英世

家庭の医学

行きつけの病院の先生から、最近困った現象が起きているとの話を聞いた。
と言うのは、最近のテレビ放送は家庭の医学流行りで、NHKも民放もこぞってこの話題で盛り上がっている。
ところが、診察に来たはずの患者が私は何々の病気だから薬を下さいという。
病名は患者が言うのではなく、診察する医者が決めることなのに困ったことだと嘆いていた。
病院に来る患者はまだましな方で、自分はあの病気だと信じ込んで、生半可な治療をしたり薬を飲んだりすると、手遅れになったり副作用などで取り返しがつかなくなってしまうこともある。
家庭の医学知識はあくまでも病気の予防や栄養学に止めて、異変を感じたらぜひ専門医に相談して欲しいと言っていた。
何かと病院通いの多い私は、さもありなんと医者の言に納得した。

 里山の猿も流行りの五月病  英世

片岡鶴太郎

昨日は膝の治療も兼ねて久しぶりに温泉に行った。熱い湯で膝を温め電気風呂で刺激すると心なしか膝が軽くなったような気がした。
さて、今日も「軍師官兵衛」に関する話である。
同じ「軍師官兵衛」の中でも、また違った個性を演じているのが片岡鶴太郎である。
鶴太郎の演じる役は播磨御着城主小寺政職(まさもと)で、戦国の世に列強の狭間で苦悩する小領主であるが、黒田官兵衛の祖父を見出し孫の官兵衛を重用したことでも知られている。
ドラマでは赤松一族と言う名門にしがみつき、小心で優柔不断な政職の役を極端な赤鼻と言うメークとその巧みな演技で演じきっている。
現実の鶴太郎と言えば、物まねやお笑いから出たとはいえ、その温和な人柄と知性で多くの人に親しまれている個性派俳優である。
特に棟方志功の役を演じて触発された水墨画や陶芸は、芸術家としての鶴太郎の名を不動のものにした。
この鶴太郎演じる小寺政職も村重と共に落ちぶれて行く訳だが、それを鶴太郎がこれからどのように演じて行くのか今から楽しみである。

 揺れ動く武門の心梅雨近し  英世

020_20140524063304954.jpg 024_20140524063307a3a.jpg
026_2014052406331388c.jpg 032_20140524063318615.jpg

戦国武将「荒木村重」

NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」が佳境に入って来たが、その中で強烈な存在感を示している男に荒木村重がいる。
荒木村重と言えば裏切りばかり繰り返す戦国の烏雄と思われがちな武将であるが、このドラマでは村重の別の顔を見せている。
信長や秀吉ばりの強烈なキャラクターで登場した村重であるが、一族を皆殺しされながらも謀叛と言う形でしか自己の生き方を見つけられず、時代に流されていく姿が哀れでならない。
とは言え村重は死ななかった。
信長が横死すると大阪で茶人として復帰し、秀吉からも後の家康からもお側衆として可愛がられたのである。
思うに、村重は武力や知力では信長や秀吉には遠く及ばなかったものの、どことなく人を引き付ける人間としての魅力があったのではなかろうか。

 村重の生き様偲びビール飲む  英世

019_20140523072902b3b.jpg 021_20140523072906485.jpg
031_201405230729162f0.jpg 023_20140523072912c58.jpg

膝が痛い Ⅲ

先日来膝が痛い話しをしていたが、一進一退で一向によくなる気配がないので昨日再び成形外科医院へ行った。
行ったとたん医師から、初診の翌日になぜ来なかったかと厳しく注意された。「翌日薬を取りに来て、その時に痛みが引いていなければ注射すると言っておいたではないか」と言う。
どうも私が上の空で聞いていてすっかり忘れていたらしい。5日間も放置していた私が悪い。
そう言えば初診の時の薬は一日分しかもらっていなかった。医師は一日分の薬で様子を見て、その後の処置を考えるつもりだったらしい。
と言うことで、この日はヒアルロンサンと痛み止めの注射を打たれたが、注射を打つ時にどことなく医師が怒っているように思えた。
医師はこれで治らなかったらMRA検査をすると言ったが、多分その必要はないだろうとも言った。
今朝は心なしか痛みが大分治まったような気がする。

 夏雨や医師の言葉は上の空  英世

007_20140522063259e1d.jpg 009_201405220633033dd.jpg
017_20140522063307f04.jpg 018_201405220633107bc.jpg

一句の風景

禅林に座し新緑に呑まれけり

太宰の光明寺に行った。
この寺は太宰府でも屈指の観光寺となっているが、その割にはいつ行っても静かである。
おそらく、訪れた人がその厳粛さに声を出すこと、音を立てることさえ憚られる雰囲気があるからだろう。
その光明寺の縁に座り、石庭の新緑を見ているうちに、その新緑に呑みこまれそうになった感じをそのまま詠んだ句である。
2012年(平成24年)5月「季題:新緑(夏)」

022_2014052106315895d.jpg 025_201405210632022a4.jpg
028_201405210632064ad.jpg 030_2014052106321074c.jpg

百年句会「花畑園芸公園」

先日日曜日の百年句会は花畑園芸公園での吟行であった。
花畑園芸公園は私のホームグラウンドである油山のふもとに、旧農業試験場の跡地を公園として整備したものである。
いま花畑園芸公園は果樹の花や青い実が真っ盛りで、蜜柑の花が甘い香りを園一杯に拡げている。
また、花壇では薔薇の花が一番美しい時期を迎え、いずれが女王か王妃かと言わんばかりに妍を競っていた。
この日は時折薄い雲が広がるものの五月晴れを思わせる好天であったが、まだ膝に違和感があったので、上り下りは慎重に歩いて吟行した。
句の出来は今一であったが納得のいく吟行であった。
この日の私の入選句をご紹介しよう。

 稜線を越え果樹園に薫る風  英世

035_2014052006185310b.jpg 034_201405200618477e7.jpg
008_20140520061839162.jpg 027_20140520061843591.jpg

繍毬花

繍毬花と書いて「てまりばな」と読む。
繍毬花はスイカズラ科の落葉低木で、毬のようなかわいい花の形に由来するもので、俳句では夏の季題となっている。
その繍毬花が今回の兼題であった。
繍毬花は本州中部以南に自生するヤブテマリの園芸品種で、5~6月頃若枝の先にたくさんの白い花をてまり状に咲かせる。
繍毬花のことをよくおおでまり、こでまりと言われるが、ここで言う繍毬花はおおでまりのことである。
こでまりは小粉団の花と言って春4月頃白い梅の花型の細かい花が、まり状に集まって是打のもとから先まで咲く別の花であるので、混同しないようにしなければならない。
その繍毬花、天神の某大手銀行の玄関先に咲いていた。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 白秋を偲べば雨の繍毬花  英世

oodema5.jpg oodema.jpg
oodema6.jpg oodema1.jpg

篠の子

篠の子と書いて「すずのこ」と読む。
篠とは篠竹のことでその筍は篠の子と言って食用になり、俳句でも夏の季題となっている。
その篠の子が今回の兼題であった。
篠竹は日本固有の竹で丈は低く2~3メートルほどで、各地の山地の斜面に密集して生えて小さな藪を作る。その藪は隙間がなく先が見通せないほどである。
その竹は丈夫で、かつては竹行李や竹籠の材料として利用された。
7月頃、稀に茎頂に花を付けることがあるが、その花が実を結んだら枯れてしまう。
よく真竹と間違われるが、真竹は5~10メートルと篠竹よりも丈が高く幹回りも太い。何れも筍を食用とするが、篠の子は孟宗竹の筍とは似ても似つかぬ細身で、煮つけやお吸い物として食べられる。
例によってこの日の私の特選句をご紹介しよう。

 篠の子や裏藪深く父祖の墓  英世

膝が痛い Ⅱ

今朝は昨日病院に行った所為か膝の痛みが少しやわらいだ。この分だと明日の吟行にはどうにか参加できそうである。
医者の診立てでは骨に異常はなく老化現象も全く見られない元気な骨である。痛みは単なる膝の疲れ(俗に言う油切れ)からで季節の変わり目に多い症状だとのことであった。
ビタミン剤を飲み消炎剤を塗布してしばらく様子を見ることにしたが、総合病院の老化現象だという診断は一体何だったのだろうか。
この日の整形外科医に言わせると、原因がはっきりしない場合は老化現象といっておけば当りさわりがないし、自然に治った時にも何とでも説明が効くからだと言う。
科学の万能の時代にそのようなことがあって良いのだろうか。
それにしても現代の医学技術の進歩には驚かされる。
この日も患部をレントゲン撮影したのだが、その映像はリアルタイムでパソコンに映し出され、医者はその画像を見ながら即時に症状を判断することが出来る。しかもその映像は鮮明であった。
やはり訳の分からない老化現象と言われるよりも、医者と一緒にパソコンの画像を見ながら症状の説明を受けると、何となく信用してしまうから不思議である。

  膝痛は老化にあらず風薫る  英世

膝が痛い

一週間ほど前の朝、起きたら何となく左ひざに違和感がある。
しまった、またまたひざ痛かと憂鬱な気分になっていると案の定だんだんと痛みが増してきた。
このひざの痛みは今に始まったことではなく、ここ2,3年定期的にやって来る。
最初のうちは怖くなってすぐ整形外科で診察を受けたが、その時の医師の言葉がショックだった。
「ああ、老化現象ですね」。何と怖いというか残酷な言葉だろうか。
医者から「歳ですよ」と言われるのが嫌で放っておいたところ、膝痛で入院した経験のある句友から甘く見ると危ないと注意された。
いやいやながら今日は近くの整形外科に行こうと思っている。果たしてどのような診断が下されるだろうか。

 老化とは酷な言ひ方若葉雨  英世

025_2014051607074268a.jpg 031_20140516070750bfd.jpg
035.jpg 038_20140516070800022.jpg

石と泥の建造物

今朝はパソコンのプログラム更新作業に手間取り、今になってしまった。
さて、先日某新聞のコラムに面白い記事が載っていた。
ある企業が最近逝去した有名な建築学者に、生前、数100年残り続けた建造物の特徴を調査して貰ったところ意外なことが分かった。
一つは大理石など盗難に遭い易い高価なものや、維持に手間がかかる最先端の技術は駄目で、石や泥などありふれた材料でしかも大きく作ること。
ピラミッドや古墳などがそれである。
もう一つは宗教建築のように長く人に守られるような建物、例えば日本では伊勢神宮や法隆寺などがそれである。
自然への畏敬の念、そこに込められた鎮魂の思いがなくては今後数百年も持続する建物や街並みはあり得ないのではないかと述べていた。
言われてみるとなるほどと思う。
日本に残っている大きな古墳や神社仏閣、お城の石垣も考えてみればその通りである。

 薫風や土塁に残る落城史  英世

010_20140515085352a9a.jpg 011_20140515085358e69.jpg
012_201405150854033c5.jpg 019_20140515085408e6e.jpg

愛莉の五七五

先日来、孫の愛莉と遊んだ話ばかりしてきたが、その折びっくりしたと言うか嬉しい出来事があったのでご紹介しよう。
愛莉はいま小学2年生だが、その愛莉がじいちゃん五七五が出来たから聞いてと言う。
 おべんとういっぱいたべておいしいな  あいり
私は愛莉に特に俳句の話をしたことはない。ただ五七五の言葉遊びを教えたことはあるが、愛梨がいつの間にかそれを考えていたとは。
さらに中七の小さな「っ」は一文字に数えていいかと聞いてきた。こんなことまで口にするとは驚きである。
今の時期に難しいことを言っても仕方がないので、もちろんOKだよと言ってあげた。
これはいつ頃の季節を詠んだのかと尋ねると、お弁当だから春の遠足に来まっとるじゃんとはっきりと季節を意識している。彼女にとってお弁当は遠足であり遠足はお弁当なのである。
小学2年生の句はこれで良い。
もし愛莉がこれからも五七五に親しむようであれば、おいおい教えて行けばよいと思っている。

 遠足の子は弁当を意識せり  英世

033.jpg 006_20140514071816aff.jpg
030.jpg 036.jpg

樟若葉

いま樟の若葉がきれいな時期で、その樟若葉が今回の兼題であった。
樟は九州地方に多い大樹で太宰府天満宮や立花山、熊本城などが有名だが、とりわけ熊本城の樟はその大きさと数の多さで特筆される。
私の高校にも校庭の南隅に大きな樟の木があり、母校のシンボルとして親しまれていた。ちなみに高校の別名を樟南校と呼ばれていた。
樟は常緑樹だが、その葉の寿命は一年で夏には葉裏を赤く初めて散ってしまう。
と同時に樟は若葉を芽吹き始め、古い葉が散り終わる頃には一面黄橙色の若葉を付けて見事な明るさを演出してくれる。
その姿は実に雄大で、面映ゆい言い方だが九州男児を思わせる雄姿である。
例によってこの日の私の特選句をご紹介しよう。

 千年の森の語部樟若葉  英世

001_20140513072244415.jpg 002_20140513072249313.jpg
003_201405130722540c2.jpg 005_20140513072300041.jpg

新茶

「夏も近付く八十八夜・・・」の歌でお馴染みの八十八夜は立春から88日目で今年は新暦の5月2日であった。
この時期は諸々の種を播く農事の大事な時期であるが、一方では茶摘みの時期でもある。私の故郷近くの八女地方ではこの時期が一年中で一番忙しい時期になる。
その摘んだばかりの茶が新茶で、俳句でも重要な季題になっており、その新茶が今回の兼題であった。
新茶で思い出すのは、現役時代に東北を訪ねた折に母にお土産として送った南部鉄瓶で、その鉄瓶が今でも実家の床の間に飾ってある。
そのことを思い出し「床の間の南部鉄瓶新茶の香」と詠んだが、その一句は残念ながら入選しなかった。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 新茶汲み妻と昭和の話など  英世

028_20140512065803287.jpg 027.jpg
032_20140512065812105.jpg 029.jpg

一句の風景

祇王寺の若葉しづくや虚子の影

初夏の風と共に庭の水撒きが私の日課に戻って来た。とはいえ朝日を浴びながらの水撒きは結構気分の良いものである。
さて、今日の一句だがこの句は正直言って想像の句である。
常日頃このような想像の句は作るなと心に決めているのだが、虚子俳話を読んでいて、その中の「祇王寺の留守の扉や押せば開く」と言う句を読んでいるうちにイメージが広がったものである。
祇王寺とはどんな寺であろうか。いかにも静かに思えるその寺は、今は若葉の季節で折からの雨に美しく輝いているであろうと想像を膨らませて詠んだ句である。
ちなみに虚子の句は無季であるが、虚子自身は無季ではあるが捨てがたい句(詩)であると言って句帳に残している。
2012年(平成24年)5月「季題:若葉(夏)」

009_20140511063120ddd.jpg 014_2014051106312622a.jpg
015_201405110631324b5.jpg 018_20140511063137713.jpg

またまた愛莉と遊ぶ

昨日お話ししたようにちょっとした訳があって、学校から帰って来た愛莉を面倒見ることになった。
愛莉は学校が終るとそのまま我が家に大きな声で「ただいま」と言って帰って来た。
手や顔を洗って宿題を済ませていよいよ二人の世界である。
私の部屋で30分ほどあやとりをして遊んだ後はおやつの時間。いつもならみたらし団子を食べに行くのだが、今日は買い置きの黒糖を一かけら美味しそうに食べていた。
夜は行きつけの寿司屋に行ったが、愛莉はいきなりいくらと飛び子を注文していた。いつの間にそんな味を覚えたのだろう。
実はこのところその「訳あり」が続き、2、3日前にも愛莉と家内の三人で食事に行ったばかりである。
この訳ありがちょくちょくやって来ればと思ったりもするのだがそううまくは行くまい。
それにしても楽しい夕べだった。

 デザートは苺にしてとおませな子  英世

020_20140510065411434.jpg 022.jpg
023_20140510065420375.jpg 024_20140510065424d11.jpg

記憶装置「メモリー」

春と共に頭の方も少しねじが緩んで来たらしい。
先日は玄関のカギをかけ忘れていたとしこたま家内から叱られた。反抗しようにも事実だからどうしようもない。
と言うことで記憶について考えてみた。
人間の脳には140億個の細胞(神経細胞)があり、その一部(と言ってもわずかだが)が記憶装置として働いており、それが常に記憶すべき情報を処理している。
しかも、私見だがそれは自動的に処理され永く留めておくもの、新しく記憶するもの、過去のものとして処分するものに分けているような気がする。
鍵をかけるといった動作も永く止めおく習慣的な記憶の一部だろう。
一方、パソコンにも似たような記憶装置つまりメモリーがあるが、これは人間とは全く仕組みが違う。
記憶そのものは半永久的に保存できるが、それはあくまでも人間の手により書き込まれたものに限る。自動的に新しい情報を取得できないし消すこともできない。
やはり人間の脳に勝る記憶装置はない。でも人間の脳は歳と共に衰え、本来の能力の何億分の1程度しか機能していないのではなかろうか
私の脳の記憶装置もたまには手入れをし、順調に働くように気をつけねばなるまい。
今日の夕方は訳ありで孫の愛莉を私が面倒みることになっている。果たしてどのようなことになるか、今から楽しみである。

 五月病壺中の夢をむさぼらむ  英世

004_20140509072011be3.jpg 026_201405090720264cf.jpg
016_20140509072020cb6.jpg 007_201405090720154cb.jpg

花と写真

山歩きや俳句の吟行が好きで、自然に接する機会が多い方だと思っている。
中でも季節の花を愛でるのが好きで、気が向けばぱちりぱちりとカメラに納めている。
昔は手にズシリと重たい一眼レフを駆使してマクロ写真も撮ってきたが、昨今はもっぱら手軽なオート式のデジタルカメラに頼りきりである。
確かに撮影ミスは少ないが、何となく物足らないと言うか味気ない気がする。
自然の中で花の撮影はやさしいようで難しい。
カメラのプロではないが撮影する時はその時の天気、特に風に惑わされることが多い。
マクロにしてチャンスを狙う訳だが、風はなかなか止んでくれず、花はこちらが思っているポーズを取ってくれない。
と言ってイライラしても仕方がない。気長に風の止むのを待ってイメージ通りの写真の撮れた時の喜びは、あたかも俳句が出来た時のように爽快なものである。
今日からしばらくは近所で撮った花の写真をご紹介しよう。写真はダブルクリックして、拡大してご覧になると嬉しいのだが。

 ファインダー越しに目の合ふ祭の子  英世

021_20140508064400708.jpg 017_201405080643575b5.jpg
013_20140508064354567.jpg 008_201405080643509d4.jpg

ライラック

鶴の恩返しの話をしたお蔭かお腹は大事に至らず、今朝は快調ですっかり朝寝してしまった。とは言え、予定していた脊振山歩きを中止せざるを得なかったのは残念である。
さて、家内とよく歩く福岡市の浄水通りの並木道に、いまライラックの花がきれいに咲いている。
家内も私も花の名には詳しい方だと自負していたが、二人して同時に「この花は何だろう」と口にしてしまった。
家内が皮肉っぽく「パパはパソコンばかりしているから調べてよ」と言う。そうなれば調べない訳にはいかない。
早速調べてみると簡単にライラックであることが分かった。
だが、なんでこんな簡単な花の名が分からなかったのだろうかと自分で自分が情けなくなった。
でもよく考えてみると、私は桜や梅、藤、躑躅といった日本に馴染み深い花木にばかりに目が行き、ライラックをはじめアカシアやニセアカシア、ポプラ、花水木などの外来花木の知識に疎かった。
これでは片手落ちである。これから少し外来種にも目を向け勉強することにしよう。
ちなみにライラックはリラの花ともいう4月の季題であるが、五月に入ってからもきれいに咲いている時期の永い花である。

 妻と行くリラの花咲く並木道  英世

rairak5.jpg rairak.jpg

キツネの恩返し

昨日の昼過ぎから急にお腹の調子が悪くなり、さては持病の憩室炎かと用意の抗生剤を飲み夕食を抜いて絶食に入った。
今朝起きると何ともなく、もしかしたら単なる暴飲暴食の付けだったのかも知れない。多分大事には至らないだろうが、しばらく絶食と薬の服用で様子を見ることにしよう。
さて話は変るが、日本には鶴の恩返しを始め、舌切雀など動物の恩返しの物語が多い。
それほど里の動物と人間とが身近に暮らしていたと言うことであろう。
ふくおか歴史散歩という小冊子を読んでいたら、福岡にもそのような恩返しの話があった。
雁林町(今の大名一丁目あたり)に町の何と同じ雁林先生と言う御典医がいた。
若い頃京で医学をおさめて帰る途中に、不思議な病に取りつかれ高熱が何日も続いた。
その時どこからともなく水もしたたる若衆が現れ、かいがいしく看病するとさしもの高熱も下がり無事回復した。
先生が「何者ぞ」と問うと、先日のキツネでございますと答えコンと啼いて消えたと言う。
雁林先生は「されば旅先で子供たちにいじめられていたとき救ってやった子ギツネであったか」と気が付いたのである。
その時キツネが教えた熱さましの妙薬は大当たりし、病院は押すな押すなの大盛況だったとか。
私の病にもこのような恩返しがあると良いのだが。

 薫風や情けは人のためならず  英世

妻とランチ

五月連休の真最中であるが、私たち夫婦には関係なく全く普段の暮しと変わらない。
ところが、やはり連休で何となく浮かれ気分になったのか、家内がステーキを食べたいと言い出し、昨日は二人でランチを楽しむことにした。
高級なステーキハウスならぬファミリーレストラン風の一応名の知れたレストランにしたが、それでも結構リッチな気分になる。
お昼過ぎに行ったところ、今からどんたく見物にでも行くのか店内は家族連れで賑っており、しばらく待たされる羽目になったが、待った分期待に違わぬ美味しさであった。
ご存じとは思うが店内で一定のものを注文すると、スープ、サラダ、パンが食べ放題、もちろん御飯も食べられる。
日頃何かと健康にうるさい家内も、すっかりその気になって何回かこららのバーを行き来して健康のことは一時忘れていたようである。
かくして楽しいランチを済ませたが、うっかりして写真を取ることを忘れてしまうと言う浮かれぶりであった。

 どんたくや妻と二人のレストラン  英世

冬野五月号

ゴールデンウィークと共に冬野5月号が手許に届いた。例によって他の句会の入選句と共にご紹介しよう。
今月のエポックは先にお話ししたようにNHK俳句で入選し放映されたことで、冬野五月号にまで掲載して戴いた。
また、課題句では久々に3句共入選で、これを機にますます精進せねばなるまい。
冬野五月号
 初午や百の鳥居に寄進の名
 摘までおく地蔵の前の蕗の薹
 やはらかき雨をひかりに猫柳
 暖かや主宰の横が指定席
 慰めの言葉につまる余寒かな
 草餅や引揚げ寡婦の小さき店
 庭石は祖母の石臼梅古木
 梅園の奥の茶店が俄か句座
 薄氷の風より重きもの知らず
 春めくや七色競ふ花時計
 春の雪思はぬ嵩となりにけり
 四阿のしづく越しなる桜かな
 念願のスローライフや蜷の道
 ベランダの蜂に放水する女(NHK俳句入選)
冬野インターネット句会
 一匹が動けば蚪蚪のみな動く(主宰選)
 懸崖の一寺飛ばしてゆく遍路
 明るさをどこかに残し春の雪
俳句ステーション
 ぬるま湯の暮しに慣れて残る鴨
 淡雪や路面電車のきしむ音
愚陀佛庵インターネット句会
 倒木と言へど芽吹きの兆しかな(特選)
現代俳句インターネット句会
 永き日や悠々自適と言う無聊(高得点句)
 桜子と名乗る老女や花見酒
 遍路宿宅急便の旗揺るる

tokusen_04[1]

愛莉とみたらし団子

先日「愛莉とみたらし団子」という一文を認めたが、発表の機会を逃したのでここで発表するとしよう。
近くに住む孫の愛莉は小学二年生の女の子で、毎日我が家の前を元気に通学している。
愛莉とは時折温泉に行ったり、動植物園や近所の公園で遊んだりしているが、やはり彼女が一番嬉しそうな顔をするのは、何か美味しいものを食べている時で、その時だけは満面の笑顔になる。 
まさに花より団子の年頃で、私はその笑顔を見たくて、愛莉の休みになると時々近所の和菓子屋に誘うことにしている。
目的は菓子を買うことでもあるが、本当はそこで食べるお団子とカフェーオーレにある。
愛莉はいつも陳列ケースに並べられた綺麗なお菓子をしげしげと眺めて品定めをするが、最後は決まってみたらし団子に手を伸ばす。
店内のコーナーに陣取り、愛莉用に薄めたカフェーオーレを飲みながら、みたらし団子を櫛の端の方から頬張るが団子はなかなか櫛から離れてくれない。
そうこうしているうちに彼女の口の周りは団子の垂れでべたべたになってしまう。
それでもさすがは女の子で、服を汚さないように慎重に気を配りながら、汚れた口の周りを丁寧に拭き取ってしまう。
愛莉は食べ終わると必ず「お母さんにお土産を」と私に何がしかのお菓子を買わせる。
いつまでこの爺と遊んでくれるか分からないが、母親を思うその優しさだけは大事に持ち続けて欲しいと願っている。

 幼子の皮ごと食ぶる柏餅  英世

五月の花ごよみ

昨日は草取りを済ませて散歩をしていたら、近くの池にもう黄色い花菖蒲が咲いていた。
今日はその花ではないが、五月と言えば皐月の空の鯉のぼりであろう。
昨今は地域おこしとかで、温泉街の川に数千もの鯉のぼりを渡したしたりしているところもある。
そもそも、鯉のぼりは門松や雛人形と同じく、江戸時代中期の裕福な庶民の家庭で始まった習慣である。
五月の初午の日を祝う端午の節句は武士の節句であったが、大きな経済力を身につけながらも社会的には低く見られていた商人の家庭が、武士に対抗して豪華な五色の吹流しを華々しく飾るようになった。
さらに、吹流しを飾るだけでは芸がないと考えたのか、一部の家庭で「竜門」の故事にちなんで、吹流しに鯉の絵を描くようになったという。 現在の魚型のこいのぼりはそこから派生したものである。
若い頃団地住まいだった私は、長男に大きな鯉のぼりをと何度思ったことだろうか。

 我が家系女系の予感鯉のぼり  英世

001_20140502065427120.jpg 002_20140502065432ac1.jpg

 | BLOG TOP |  NEXT»»