七月が終る

昨日は突然の大夕立で、ベランダに干していた寝茣蓙やタオルケットを台無しにしてしまった。
さて、大変な事件のニュースが世界中を飛び回った7月が今日で終わろうとしている。
中でもウクライナ内戦によるマレーシア機の撃墜などは決してあってはいけないことである。
加えて墜落機の現場では親ロシア勢力の兵士が、調査を妨害し犠牲者の遺品を奪うなど人道的にも非難されてしかるべきだろう。
韓国のフェリー沈没は韓国国内の問題だが、この墜落事件は国際問題だけに、これ以上騒ぎが大きくならないよう祈らずにはいられない。
このようなことを考えているとのんびりと俳句を捻っていていいのかとも思うのだが、これ以上考えても仕方がない。
この問題が速く終結することを願いながら、自分は自分の時間を大切にし楽しむとしよう。

 七月の目を覆いたき事件かな  英世

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一句の風景

終便の渡船のデッキ月涼し

博多湾の沖に能古島がある。
この島は姪浜との間に一日何便もの渡船が通っており、観光客や福岡に通勤する客で一日中賑っている。
掲句は東京からの友人を交えて能古島に吟行に行った時の風景である。
真夏とは言え夜のデッキを吹き抜ける風は肌寒いほどで、見上げると晴れ渡った空に夏の月がこうこうと輝いていた。
その月にも涼しさを感じ賜った句である。
2012年(平成24年)7月「季題:月涼し(夏)」

愛莉と夏休

この夏休に初めて愛莉とデートを楽しんだ。
前々から夏休になったら行きたいねと言っていた「JR博多シティ学校」に参加することが決まり、付き添いでこのお爺ちゃんが行くことになったのである。付き添いで爺さんが行くことは珍しい。
JR博多シティ学校はいわば夏休の子ども野外教室の都市型版である。
博多駅ビルの複合商業施設「JR博多シティ]で開かれるこの教室は、幼児から小学6年生を4段階に分けて実施するもので、愛莉はもちろん1~3年生クラスである。
授業内容は1時限目:[体育] ヨガ教室、2時限目:[社会] JR博多シティ館内探検、3時限目:[音楽] たにけんの音楽教室とユニークな学科ばかりである。
愛莉はヨガで柔らかい体をくねらせ、館内探検では防災センターとかホールの照明・音響室の操作体験に喜々としていた。また、音楽教室ではNHK教育テレビでお馴染みのたにけん(谷本賢一郎)さんと壜の金属キャップを使った鈴を作り、それを使って大きな声を張り上げて歌っていた。私もつられてLOVEと手を上げ身体を捻っていた。
親子給食のカレーライスも美味しかったが、カレーライスを運動会座りで食べたのは初めてであった。
学校を離れたこのような野外学習も貴重な経験になるし、夏休日記の格好の材料になることは明らかであろう。

 夏休駅の体験授業かな  英世

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地図で山を巡る

昨日は温泉と山の話をしたが、今日は山の地図である。
私の本棚には関東と九州の山の地図がたくさん並んでいる。若い頃はこの地図を引っ張り出しては入念に準備をして高山に登ったものである。
その地図を見ているとどうしても昔登ったその山のことを想い出してしまう。
富士山、八甲田山、谷川岳、日光大山、筑波山、奥多摩の山々、そして九州では久住山をはじめとした九重連山、祖母山、阿蘇山、霧島、脊振山系、福智山、古処山系などがそれで、まだ若く元気に登っていた頃が懐かしい。
いまもこの地図を見ながら、この山のここでニッコーキスゲの群落に逢ったなとか、ここの湧水は旨かった、ここではヤマメ料理が美味しかったと懐かしさの尽きることはない。
もう高い山は駄目だろうとあきらめてはいるが、どこかもう一度だけ2000m級の山に登りたいものである。

 柴折戸を押せば庭先登山口  英世

私の本棚「九州の温泉と山」

昨日このブログで血糖値が悪くなっていたとお話ししたところ、日頃俳句のご指導を頂いている先生から心配だのメールをいただいた。有り難いことである。
あのようにブログに書けば明日にでもダウンするかのように思われるかもしれないが、普通に節制、つまり服薬、食事制限、節酒(禁酒ではない)、運動、ストレス回避をすれば大丈夫ですのでご安心ください。
さて、私の本棚には山に関する本が多いが、その中で気楽に楽しめる本がこの「九州の温泉と山」である。
この本は九州のひなびた温泉と、そこを拠点にした近くの山を紹介するもので、その登山ルートやマップそれに温泉の泉質、名物料理など詳しく教えてくれる。
事実この本を頼りに何箇所の温泉を訪ねたことだろうか。
観光名所の温泉を除いた主だった温泉を上げてみると、名前がユニークな万年山の美人の湯、九重町の壁湯、阿蘇の垂水温泉、秘湯中の秘湯別府塚原温泉などがある。
時折この本を開きながら「あゝ、ここも行った、あそこにも行ったな」と思い出にふけりながら、この次はどこの温泉にしようかとページをめくるのも楽しみである。
もうあまり遠出は出来ないが、近場でも行ったことのない山の温泉はあるはずである。それを探して出して訪ねることにしよう。

 夏の星きらめく山の温泉宿かな  英世

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健康診断結果

7月17日に定期健康診断を受けていたが、手元に届いたその結果は驚くべきものであった。何と血糖値(ヘモグロビンa1c)が二年続きで悪化していたのである。
そう言えばこのところ飲みごとは多いは晩酌は欠かさぬはで気がつかぬうちにだんだん悪化していたのであろう。このブログでも「この日のビールのおいしかったこと」と何回書いたことだろうか。
最悪の数値ではないものの気になって仕方がないので昨日仕事の後で病院を訪ねたところ、数値表を見た先生の顔が一瞬ひきつったような気がした。
先生はおもむろに口を開き、「奥様の言い付けをあまり守らなかったようですね」と皮肉を込めてやんわりと注意された。
2年前に止めていた薬を再び貰うことになろうとは、何とも情けない懲りない男である。

 健診の結果にビール泡と消え  英世

簀子公民館

今日は休みでさて何をしようかなと思っていたら、急遽ピンチヒッターで朝から仕事に行くことになった。
さて、少し前のことだが鴻臚句会が簀子公民館で開かれた。
簀子と書いて「すのこ」と読む。簀の一字でもすのこと読むのでなんだか不思議な感じがする。
ふと、なぜこの町が簀子というのかが気になった。気になったらその謂れを調べればよい。
昔この辺りは遠浅の海辺で、その海の中に大きな石が立っていて潮の満ち引きを見る目安になっていた。今その石は行方不明だが、その石の名を簀子石といったことから簀子町と名付けられたと言う。
また一方では、その海岸の岩が波に洗われて簀子状になっていたからとも言う。
何れにしても海に関係があることから名づけられた町である。
この地区も都心の過疎化に見舞われ、土地の名を付けた簀子小学校も閉鎖され他の小学校と合併してしまった。
公民館は優しい女性館長で、これからはこの公民館で鴻臚句会を続けることになりそうなので、この簀子の字も度々使うようになるであろう。

 廃校の門そのままに夏休  英世

ベイサイドプレイス博多

今回の渦潮句会の吟行はベイサイドプレイス博多、つまり博多埠頭であった。
俳句の吟行ではなるべく神社仏閣から離れて欲しいとは思っているが、ベイサイドとはまた思い切った場所を選んだものである。
韓国や玄界灘の離島を結ぶ高速船やフェリーの出入りする港だが、いまは一大レジャースポットとして変身し都市型温泉まである。
一方この港は終戦時に海外から引き揚げてきた人々が日本の地を踏んだ最初の港でもあった。
彼らの中には喜びと共に故郷へ還る人、そのまま博多に止まり糊口をしのぐ人、あるいは悲しみの中に御魂だけで帰って来た人など様々な縮図が沁み込んでいる。
近くの波止場にはその引揚記念の碑も立っている。
その引揚を詠んだこの日の私の特選句をご紹介しよう。

 引揚の碑文に背の汗退けり  英世

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私の本棚「旅行英会話」

私の本棚で奇妙な本を見つけた。旅行英会話である。
こんな本が書棚に会った事さえ忘れていたが、発行日を見ると1991年とあるから最初にヨーロッパ旅行した時に買ったものだろう。
私は片言の挨拶程度の英会話はできるが、実際の海外旅行などで通用するものではない。
話す方はともかく聞く方が殆んど駄目で、早口でしゃべられたら何を言っているのかさっぱりわからない。
止むを得ず「please speak slowly and clearly」とお願いしてしまうこともしばしばであった。
今後海外に旅行することもなかろうが、勉強のためと言うよりは懐かしさのあまりこの本を久し振りに開いている。

 プリーズとサンキューで通すリラの街  英世

百年句会

昨日北部九州の梅雨明けであった。
私的には1週間ほど前に上がっていたのではとも思われる晴れ間が続いていた。
そのような梅雨晴の中、今回の百年句会吟行は、篠栗札所で有名な南蔵院であった。
篠栗札所は福岡市の東部に位置する霊場で、私が子供の頃は両親が筑後からわざわざ一泊でお参りに入っていたことを覚えている。
その一帯で作られている真っ黒な小粒の胃薬は有名で、私は同類の陀羅尼助丸を胃痛や二日酔いの薬として今でも重宝している。もちろん今回も買ってきた。
ところで、真夏に南蔵院はあるまいとも思ったが決まったことは仕方がない。
山奥の南蔵院に着くと思った通り暑いのなんの、蒸し風呂の中に入るようであった。
それでも滝道の木陰を吹き抜ける風は涼しく快適に吟行することが出来た。
今回は肩に力が入りすぎて過去にもない散々な出来であったが、かろうじて点の入った一句をご紹介しよう。

 万緑といふ一色の世界かな  英世

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一句の風景

香水や女人高野の風に乗り

夏の暑い盛りに奈良県の室生寺を訪ねた。女人高野として有名な寺である。
境内は暑い盛りと言うのに、うっそうとした森に囲まれあえぎながら登ってきた身を癒してくれる。
どこからか香水の香りが漂って来た。
そうかここは女人高野、女性がたくさんお参りする寺であり、香水の香りもまた寺の存在意義の証かもしれない。
そのような寺と香水と言った両極端の対比を詠んだものである。
2010年(平成22年)7月「季題:香水(夏)」

ヨット

真青な海原に浮かぶ白い帆、颯爽と滑って行くヨットである。
そのヨットは夏の海に多いことから夏の季題となっているが、そのヨットが今回の兼題であった。
ヨットには懐かしい思い出がある。
息子が小学生の頃、あまり体の強くない息子のためにと福岡市郊外のヨット教室に通わせることにした。彼は今一乗りきではなかったのか体験教室の一週間だけで止めてしまったが、今でもそのヨットの話をするときは楽しそうな顔をする。
いま博多湾には無数の船が行き交って居り、その合間を縫ってヨットが沖に出ている。見た目には颯爽としているが、何とか事故の無いようにと思わずにはいられない。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 風もなく奔るヨットの自在かな  英世


駒繋

またまたややこしい季題が兼題に出た。駒繋(こまつなぎ)である。
駒繋と言う季題は知るには知っていたが、かつて一度も詠んだことのない兼題である。
駒繋と言う植物がどのようなものかと再度調べてみると、どうも萩に似た植物でどこかで見た記憶がある。でもどこで見たかは思い出せない。
それでもどこかにあると裏山を歩いていたら、それと思しき植物を見つけた。
地中深くに根を張り、馬をつなぐことが出来るほど強いと言うので、試しに引いてみるとなるほど強い。
これに間違いないと確信し、また一つ新しい季題を覚えたことに満足し一句詠みあげた。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 風に咲き風に抗ふ駒繋  英世

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「お・か・た・づ・け」

またまたサッカーと関わりのある話である。
常日頃は何かと強面のS/K新聞だが、時折心に爽やかな優しい記事を読ませてくれることがある。
その記事によると、先の東京オリンピックの時には、外国の客人にきれいな東京をお見せしようと、東京都中を清掃しようとの一大キャンペーンが住民側から自発的に始まった。
また、今回のワールドカップでは試合終了後日本のサポーターが殆んど全員でスタンドの清掃をし、それがインターネットで報じられると世界中から称賛の声が湧きあがったと言う。
これこそが日本人の精神ではなかろうか。
ところが、日本には「来た時よりも美しく」という標語があるというのに、その精神はどこへ行ったのか。
近郊の山に捨てられる大量の大型ごみ、街でのたばこや空き缶のポイ捨てなど、昨今の日本の汚染を見るにつけ、何とか山や街をそれぞれ自分の家のお座敷と思えないものかと感じている。
「おもてなし」からこの「おかたづけ」に広がって行くことも大事ではなかろうか。

 梅雨明やおかたづけしておもてなし  英世

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都心のオアシス・アクロスの植え込み

ブラジル

昨日ワールドカップが終った話をしたが、その開催国ブラジルには子供のころから関心があった。
と言うのは、私が中学生だった頃に父方の従兄弟がブラジル・サンパウロに移民したからである。移民船がサントス丸だったということも覚えている。
先の戦争が終った日本はまだ経済復興が緒についたばかりで、若者たちの働く場所がなかった。
特に農村の次男、三男は国の政策によってブラジルへと夢を広げて移民して行った。金の卵と中学生の集団就職がもてはやされる以前の話である。
その後、しばらく何の気も止めていなかったが、その後だんだんと彼の哀しい境遇がわかって来た。
本来農業をやるために渡ったのだが、与えられた土地は痩せた荒れ地で、到底日本式の農業が出来るような環境ではなかったらしい。
農業を諦めた彼は日本に帰るわけにもいかず、小さな雑貨店を開いて糊口をしのいだと聞いている。
今はその彼も彼の両親もなくなってしまったが、ブラジルでワールドカップがあると聞いてつい思い出してしまった。

 梅雨寒や地球の裏に日本人  英世

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二階から見た庭の芙蓉

ワールドカップが終る

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世界中を騒がせたワールドカップが終った。サッカーにあまり興味のない私にはやっと終わったかという感じである。
それにしてもこの熱狂ぶりは一体何だったのだろうか。
素晴しいプレーの陰で、まるでプロレス並みの噛みつくは引っ張り回すは蹴飛ばすはで、到底紳士のスポーツとは言い難い。サポーターのマナーの悪さも気に入らない。
常日頃革新派で鳴らしているA新聞も、この2ヶ月間はまったくのサッカー新聞に変身してしまった。
日本が負けるまでの夕刊などは紙面の半分以上がサッカーだと言うのだから、お金を払って購読いる自分が情けなくなってくる。
事前予約との関係だろうが、日本選手がいない試合に紙面を割き、テレビ画面を独占しているメディアが滑稽に思えてならなかった。
とにもかくにも終ってくれてほっとしていると言うのが正直な気持ちである。
写真は家内が撮った我が家の玄関先のアメリカ芙蓉。

 台風と共に去りたるブラジル熱  英世

山笠

山笠のホームページによれば、舁き山笠には追い山笠ならし、集団山見せそして本番の追い山笠などがある。
その中で、集団山見せは福岡市の要請で昭和37年から始まったもので、博多から福岡に入る唯一の山笠である。
当初は昭和通りで行なわれていたが、昭和58年からは明治通りの呉服町交差点~天神(福岡市役所)間約1.3kmが「舞台」となった。
この日に限り、知名士が台上がりを務め、棒さばき役の各流総務ともども舁き手を叱咤激励する。
この山見せには毎年地元名士や青い目の外交官、スポーツや芸能界の知名人などが乗ることになっており、今年は官兵衛にちなんで黒田家15大当主が上った。
そして今朝は本番の追い山笠であったが、情けないことに今年もテレビで見ることになってしまった。毎年今年こそはと思うのだが。
この博多祇園山笠も俳句のれっきとした季題で、今月の冬野誌課題集の兼題でもある。

 仙厓も見守る博多祇園山笠  英世

百合

夏の代表的な花、百合が今回の兼題であった。
百合にはたくさんの種類があり、先にお話しした筥崎宮の花園にもたくさんの百合が咲いていた。
調べてみると百合は日本の自生種だけで、山百合、姫百合、笹百合、鬼百合、透百合、車百合など15種以上もある。
中でも日本の白百合の仲間の鉄砲百合は、キリスト教の諸儀式や結婚式などヨーロッパで大いに式を盛り上げ飾っている。
私の好きな百合は山百合で、高原を列車で行く時もいつも車窓からこの山百合を探している。
目的の山のお花畑でこの山百合に出会うと、何か懐かしい人に会ったような気になり、しばらくはその花を眺めたりカメラに収めたりしながら、時間の立つのも忘れていることがある。
例によって今回の入選句をご紹介しよう。

 白百合の香に気だるさを覚へけり  英世

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今回の兼題は扇であった。
この扇は白扇、絵扇を問わず数多く詠まれている。その中で使い古し馴染みのある扇のことを特別に古扇という。
冷房が効いた現在の建物でも外から入って来たばかりとか、バスや電車の中で扇を使っている人をよく見かける。
私の愛用している扇は博多山笠の絵柄の扇で、これと同じものをヨーロッパ旅行した時に友人に土産として持って行ったこともある。
この夏の涼しさを演出する扇であるが、他にも扇の出番はある。
私の友人が舞う日本舞踊には舞扇が欠かせない。もちろん落語では小道具の代わりとして上手に使われるし、講談師にはかわいそうに卓をバンバンたたかれる。
ただし、俳句で詠む場合の扇は芸の道具としての扇ではなく、純然と風を送る扇を詠むべきであろう。
例によって今回の入選句をご紹介しよう。

 海渡る子に持たせたる扇かな  英世

古の小径

昨日の朝は今年初めてクマゼミの鳴き声を聞いたし、夕べは梅雨の月が美しく輝いていた。
いよいよ夏本番である。
さて、大都会となった福岡の街を歩いていると、突然大きく曲がった道路やその大きな道に遮られた路地、大道を巻くように残っている小径など、古の道と思われるものが多数残っている。そのまま山道につながっているものもある。
中でも一番印象に残っているのが、いつぞやお話した南公園の飢人地蔵である。
その昔、飢饉で飢えた農民が食べ物を求めてお城を目指して歩いてきたが、ここで大勢の人が力尽きて倒れたと言う場所である。
その小径は今は人の通ることもないが、かつては主要な道路だったという証拠であろう。
昨今、庶民の生活を垣間見ることが出来る旧町名を残そうとか、旧町名に復そうとかいう意見も多いと聴く。
先日お話した雁林町もその隣の養巴(ようは)町もそれである。
小径のそれぞれに○○通りとか、生活の匂いの染みついた名前の径もまた良いのではなかろうか。

 梅雨の月旧町名の路地を行く  英世

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びなを食べる

行きつけの寿司屋で駄弁りながら飲んでいると、大将がびながあるから食べないかと勧めてくれた。
もちろん酒の肴として大好きな貝の一つだから喜んで頂いた。
びなと言っても分からない人が多いと思うが、びなは九州の方言で正式には蜷と言う巻貝の一種である。
あの蜷の道の蜷と言ったらお分かりになるだろう。
びなには川びなと海びながある。どちらも塩茹でしておやつか酒のつまみにするのだが、その食べ方は全く違う。
川びなは尖った貝の先端(尻と思えば良い)を五円玉などの穴のあいた硬貨の穴に先端をねじ込んでぽきっと折ってそのまま中身を吸い出して食べる。
一方、昨日頂いた海びなは、貝の蓋の縁から妻楊枝などを突っ込んで中身を引き出して食べるのだが、要領よくしないとまったく取れなくなってしまう。
びなの懐かしい味にビールが進んだことは言うまでもない。

 茹でびなの磯の香りや生ビール  英世

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一句の風景

日傘して女の小さき砦かな

心配していた台風の直撃は無かったが、今朝はその余波でどんよりとした曇り空である。
さて今日の一句の風景だが、今回は日傘である。強い日差しの中日傘は女性にとってなくてはならぬもの。
昔から「夜目、遠目、笠の内」と言われているように、日傘の女性は何となく謎めいて色っぽいものである。
ところが女性にとってその日傘は日を遮るものであると共に、自分の顔を隠し、男性の気を引きつける砦のように思えてならない。
そのような思いを日傘に託して賜った句である。
2010年(平成22年)7月「季題:日傘(夏)」

万歩計

台風が接近中だが、逸れろと言えば通過する地方に悪い。何とか被害がないといいのだが。
さて、別に私が頼んだわけではないが、半年ほど前に家内が万歩計を買ってくれた。
常日頃歩きまわっている私にとっては必要ないと思っていたのだが、せっかく買って貰ったのだからと常時身につけることにしている。
ところが、万歩計という科学兵器で計ってみると、思った以上に歩数が少ないことに驚いた。
何もせず家でごろごろしていた日は2000歩、仕事で歩いた日は5000歩、散歩に出かけた日は8000歩、そして吟行や山歩きをした日がどうにか1万歩以上と言う少なさである。
万歩計は正確に動いているのだろうかと疑心暗鬼になり、表示を見ながら歩いてみると確かに一歩は「1」と正確に動いている。どうしても万歩計の所為にはできない正確さである。
これまで相当歩いていると思っていた私の認識を改め、万歩計を手に入れたのを機に、これからは積極的に動き回り、少なくとも1日に1万歩以上は歩くようしたいものである。

 台風や音なく刻む万歩計  英世

鯨の刺身

少し前の話だが、久し振りに鯨の刺身を食べた。
実は気候も暑くなり蟹のシーズンも終わると言うことで、家内や俳句仲間のご家族と近所の蟹専門店に行った時に、何気なしにメニューを観ていた一人の女性が、鯨の刺身を食べたいと言い出した。
蟹はコースで頼んでいるので鯨はお酒と一緒で追加料金となるのだが、人数も多いことだし少しならばと注文した。
出てきたのが写真の鯨の赤身であった。
みんなで数切れずつ頂いたが、久し振りだけに美味しさと共に懐かしさが込み上げてきた。
子供のころは弁当によく塩鯨が入っており、当時鯨は私たちに欠かすことのできない蛋白源であった。
この鯨いつまで食べられるかは分からない。
乱獲さえしなければ少しは捕ってもいいのではとも思うのだが。

懐かしき鯨の臭み夏料理  英世

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飾り山

今年も飾り山が街の各所に立ち夏の博多を賑やかにしているが、最近は博多の街に限らず昨日行ったホークスタウンにまで山笠が立っている。
この飾り山が立つと博多の街に夏が来て、追い山がすむと梅雨明けになると昔から言われてきた。
もともと山笠に舁き山と飾り山の区別はなく、昔は今でいう飾り山をそのまま舁いていたが、街中に電線が張り巡らされるようになりその高さが災いとなった。
そこで従来の山は街の路地に飾られたままになり、代りにやや小さい舁き山が出来たのである。
豪華絢爛な飾り山にもよく見ると明確な違いがある。あるものは豪壮なもの、あるものは優美なものに分かれている。
どうしてだろうと調べてみると、飾り山には山別に番号が付けられ、奇数番の山を差し山と言い豪壮な飾り、偶数番の山笠を堂山と言って優美な飾りとするのがしきたりと言うことである。
他にもさまざまな決まりごとがこの山笠にはありそうで、一度調べてみる価値があるかもしれない。

 飾り山少し離れて見上げけり  英世

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愛莉と夜店に行く

愛莉と妹の菜々美に会いたくて、二人の好物のフルーツゼリーを持って愛莉の家を訪ねた。しばらくして、愛莉は夕方から福岡タワーのあるももち浜で七夕まつりがあり、夜店が出るので一緒に行こうと言いだした。
もちろん私に断る理由はない。
行ってみるとまだ日が高かったせいか夜店の雰囲気とはほど遠かったが、愛莉は喜々として露店を覗きまくっていた。
この日の愛莉は母親から千円のお小遣いを貰っており、金魚すくいや駄菓子、ゲームなどで思い切り楽しんでいた。自分でお金を払いそれを楽しむ姿はやはり小学二年生そのものであった。
その後、父親と私の財布から焼鳥と空揚げ、そして家内へのお土産にと梅が枝餅を買い、我が家に帰ってから愛梨はそれらをお腹は大丈夫かなと思うくらい食べまくっていた。
もちろん私と息子は思いきり飲んだことは言うまでもない。
愛莉のお陰で久し振りにお祭り気分と息子とのお酒を楽しませて貰った。

 いつの間に子ら一杯の夜店かな  英世

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                  愛莉とパパ
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冬野七月号

今朝は久し振りに朝寝坊してしまった。
さて、冬野七月号が通常より一日遅れで手許に届いた。例によってその入選句と他の句会の入選句をご紹介しよう。
今月は嬉しいことに伝統俳句系のインターネット俳句会「俳句ステーション」の互選の部で最高得点を頂いた。
また、NHK俳句の佳作に入選したので、合せてその句もご紹介しよう。

冬野七月号
 遠足の一人走ればみな走る
 終便のドラ打つ船のおぼろかな
 桜散る今年限りの学舎に
 草餅のうすき焼印老舗茶屋
 うららかや老々席を譲り合ひ
 恩師にも先師のありて句座ぬくし
 山吹の黄を揺らしゐる山湖かな
 笑へざる事の次第に四月馬鹿
 篠の子や裏藪深く父祖の墓
 稜線を越え果樹園に薫る風
 薫風や天に気を吐く力士像
冬野インターネット俳句
 空梅雨や河童の像に注ぐ神酒
 えつ漁と言ふも小網を流すのみ
 古書店の主にも黴の生えさうな
 植えしはずなけれど庭の花南瓜
俳句ステーション
 背中より老ゆる男や更衣(互選最高得点句)
 風にもう止めてくれろと踊子草
 卯波立つ海女の手桶の浮き沈み(写真吟行・天賞)
 走り茶や妻と昭和の話など
 遠足の縮みて止まる警報機(6月号補追)
現代俳句インターネット句会
 紳士てふ男の美学更衣
 薫風や乙女はすでに女の眼
NHK俳句7月号佳作
 妻の居ることしみじみと新茶古茶

虚子の曾孫

月刊俳誌「俳句界」の7月号で、高濱虚子の曾孫三人の対談を読んだのでそのお話をしよう。
俳句結社には虚子の起した「ホトトギス」、星野家の「玉藻」、坊城家の「花鳥」と言う伝統俳句の三大結社がある。
それぞれ虚子の孫の時代には女性が主宰として活躍していたが、このほどその結社の主宰を虚子の曾孫三人、それも働き盛りの男性が引き継ぐことになったのである。
ホトトギスは稲畑廣太郎氏、玉藻は星野高士氏、花鳥は坊城俊樹氏である。
長く続いた女性の時代から男性に変ったこともあり、これからの伝統俳句も少し流れが変わるのではなかろうか。
具体的にはまだよくわからないが、伝統俳句を基本に置きながらも現代的要素も柔軟に取り込んでいくのではなかろうかと言う予感がする。
これからはこの三人の虚子曾孫に注目し期待している。

 俳諧も世代交代風薫る  英世

七月の花ごよみ「月見草」

夕方野辺を歩いていると一般的には月見草と言われている、ほのかに黄色い可憐な花をよく見かける。
暗くなりかけた頃この花に出会うと何故か心が落ち着いてくる。
ところが、本来の月見草は別種の白い花で、江戸時代まで栽培された記録はあるが、今では殆んど見ることが出来なくなり、代りのこの黄色い花を月見草と呼ぶようになったらしい。
この黄色い月見草は正式には待宵草あるいは大待宵草と呼ばれるもので、太宰治が「富士には月見草がよく似合う」と言った本来の月見草はこの大待宵草かもしれない。
夕方早くに咲き始めるこの花を見ると、さすがに月見草だなと優雅な気分させられてしまう。
現在の俳句にこの大待宵草が月見草として詠まれるのも致し方のないことであろう。

 宵闇に微かに揺るる月見草  英世

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池田主宰句碑建立

いつもお話ししているように俳誌「冬野」の主宰は池田昭雄先生で、その池田主宰の句碑が天神の水鏡天満宮境内に建てられ、先月29日にその除幕式と記念句会が大勢の参加者によって盛大に行われた。
句碑には「一雨の木の芽動かしゐる力」の御句が墨跡も鮮やかに刻まれている。
この境内には稲畑汀子先生の句碑や先師小原菁々子先生の句碑もあり、そう言った意味では師弟句碑ということになる。
私も主宰の一弟子として参加し、カメラマンとしてのお手伝いもさせていただいた。
また、除幕式の後で記念句会がアクロス福岡で開催され、私も参加し互選の披講も担当した。
この日は梅雨最中と思えぬ五月晴れで、その五月晴れと句碑開きを称えた句もたくさんあった。
なお、句碑建立工事から句碑開きそして記念句会までをカメラに納め、小さなアルバムにして池田主宰に贈呈する。主宰に喜んで頂けると有り難いのだが。
句碑開き記念句会の成績はあまりぱっとしなかったが、その中の私の選者選入選句をご紹介しよう。

 三師の碑並ぶ天神風薫る  英世

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