九月が終る

8月から始まった異常気象による長雨は、9月になっても北海道を中心に大きな爪痕を残した。加えて神の山「御嶽山」が突然噴火するという天の怒りもあった。被災地の方々の一日でも早い復興を願わずにはいられない。
その9月も今日で終わるが、9月は仲秋の名月とスポーツでフィーバーした月でもあった。
スポーツでは我がジャイアンツが早々とセリーグの優勝を決めてくれた。そのことは日本シリーズが済んでゆっくりと総括するとして、ここはテニスの話をしよう。
テニスでは錦織選手が大活躍してくれた。
私は中学の頃に遊びでテニスを覚え、会社のテニス部に入り東公園などで毎週末に仲間と楽しんだ。ゴルフを始めてテニスは止めてしまったが、テニスのルールも分かるし世界のレベルがいかに高いかも知っている。
それだけに錦織選手の活躍には心から祝福しこれからも活躍して欲しいと願っている。
明日からいよいよ10月、一年のうちでも一番過ごし易い月である。大いに野に遊び句に勤しむとしよう。

 神々の怒れる山や九月尽  英世

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一句の風景

岬一つ覆ひ尽くして葛の花

かつて博多湾に突き出ていた荒津の岬は現在西公園となって、春は桜、秋は紅葉と市民の目を楽しませてくれる。
その西公園には2か所の展望台があるが、その展望台からは博多湾やそこに浮かぶ能古島や志賀島が手に取るように見える。
この日もその眺望を楽しもうと訪れると、足下に葛の花が見事に咲いており、あたかも岬を覆い尽くさんばかりの拡がりであった。
葛の花は単独では地味な花ではあるが、このように広く岬を覆って咲くと何とも美しく力強い。その姿に感動して賜った句である。
2012年(平成24年)9月「季題:葛の花(秋)」

愛莉と海釣り

素晴しい秋晴れの下、愛莉と父親の伸介と三人で室見川沖の防波堤に釣りに出かけた。
前々から息子に誘われていたもので、家内の反対を押し切ってやっと昨日実現した。愛莉はもちろんライフジャケットを付けてである。
朝7時に我が家に迎えに来てくれて、釣り始めたのが午前8時、竿を納めたのがお昼の11時であった。
私と愛莉は一本の竿で釣ることにし、えさの付け方から当りの取り方まで細かく教えたところすぐさま鯵子が喰いついてきた。その後も次々に釣れ、愛莉は釣れる度にキラキラと目を輝かせながら全身で喜びをあらわにしていた。
この日の二人共同での釣果は鯵子20匹、他にクロ、ママカリ等の雑魚が数匹であった。
一方息子はルアーで沖の大物を狙い、大きな鰆を2本釣り上げていた。
昔は趣味で釣りをしていたが、あまりにも遊びごとが多いと家内から注意され、一つぐらい減らそうと釣りを止めていた。これで元に戻らなければいいがと家内は内心にがにがしく思っているかもしれない。

 爽やかや波に釣り糸遊ばせて  英世

少林寺拳法

昨日の善光寺に続いて今日はずいぶん前に見た、奥田瑛二の我が心の聖地「カンフーの聖地・少林寺」についてお話しよう。
中国の内陸部に「天地の中央」と呼ばれた霊峰・嵩山(すうざん)の麓に、中国禅発祥の寺「少林寺」がある。
世界遺産になった少林寺は禅の発祥地だと言うことはもとより、世界最強の武術と言われる少林寺拳の発祥の地でもある。
禅と拳法というと一見相反するように見えるが、武僧たちの過酷な修行は自分の身体を鍛えることによって、真の禅の道を極めようとしているものである。
つまり敵に対するものではなく己自身の禅の修行のための武術で、その修行の過酷さは見ていた私も息を飲む激しで、人間の肉体がこんなにも可能性を秘めているのかと改めて認識させられた。
今まで見てきたジャッキーチェーンの拳の世界とは違う、中国文化の奥深さを感じた。

 爽やかや少林拳の剣の舞  英世

善光寺

昨日の安国寺に続いてまたお寺の話をしよう。
テレビの「我が心の聖地」で長野善光寺のことを紹介していたので、つい懐かしくなり最後まで楽しんで観てしまった。
浄土宗と天台宗という二宗派の僧坊によって護持運営されている不思議な寺である。
私もこの善光寺には東京の単身赴任中にお参りしたことがあるが、その荘厳さに身の引き締まる思いをした。また、有名な戒壇めぐりでは真っ暗な中でご本尊の真下に掛けられている極楽の錠前に触れることも出来た。
「牛に惹かれて善光寺参り」ということわざがあるが、他人の誘いや思いがけない偶然で、よい方面に導かれることのたとえである。
長野の善光寺近くに住んでいた不信人で欲深い老婆が、さらしていた布を隣の家の牛が角に引っかけて走り出したのを見て、その牛を追っていくうちに善光寺にたどり着き、それがきっかけで度々善光寺に参詣するようになり、信仰の道に入ったという言い伝えである。
これからも折りに触れ、東京に単身赴任していた10年間に歩いて印象に残った思い出の場所を、自然や史跡を中心にご紹介するとしよう。

 秋風や新幹線で善光寺  英世

天神北吟行

昨日の渦潮句会は繁華街の天神から少し北に寄った天神北界隈と安国寺の吟行であった。
天神は勤務先の会社が天神ビルにあった関係で、長年親しんだ街で仕事も遊びも覚えた場所である。
その天神北の一画に安国寺と言う曹洞宗の古刹がある。この寺は大きな梵鐘で有名だがそこにあるのが女幽霊伝説である。
近所の飴屋に夜な夜な飴を買いに来る女がおり、不思議に思った店主が後をつけるとその女は安国寺の境内に消えて行った。境内には新しい卒塔婆が立っており、地中から赤子の泣き声が聞こえてきた。
寺の住職と墓を掘ってみると、亡くなった母親から生まれた赤ん坊がいた。乳も出ず、死ぬに死にきれぬ母親が幽霊となり、飴で我が子を育てようとしたのであろう。
また、この日はたまたま午前11時に時の鐘を打つ瞬間に出会わせ、鐘を打つ禅僧が九つの石を一つ一つ数えながら撞いたあと、大きな声で念誦し五体投地をする姿を興味深く見ることが出来た。
こうして余韻豊かな鐘の音と幽霊伝説を思い起こしながら、懐かしい天神北を吟行して回った。
例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 幽霊の墓標に飴と菊の花  英世

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家内と墓参り

昨日のお彼岸の中日に久し振りに大分の家内の両親のお墓参りをした。
めずらしく家内の方から言い出したもので、私も常々義父母の墓参りをしたいと願っていたので、渡りに船と喜んで一緒に行くことにした。
昔は高速道路がなく日田から湯布院を抜けて、曲がりくねった道を何時間もかけて里帰りしたものだが、今は高速道路でひとっ飛びである。台風接近中であったが、幸い大したことはなく快適に走ることが出来た。
途中ドライブインに寄り食事をしながら海の向うの大分市街を遠望すると、家内と結婚した40数年前のことが思い出され懐かしさが込み上げてきた。
家内の両親の墓は実家の近くの浄土寺にある。その寺には家康の孫で豊後に流された元福井藩主松平忠直卿のお墓があることでも有名である。
義父母のお墓に手を合わせ、今の幸せに感謝し家族の平穏をお祈りした。
久し振りの遠距離運転だったが、疲れもなく快適なドライブであった。ちなみにこの日の走行距離は350キロ、時間にして5時間の運転であった。

 若き日の妻よみがえる墓参かな  英世

秋の油山

度々お話ししているように油山は今では私の庭のようなもので、目をつぶっていても全てのルートが浮かんでくる。
その油山を久し振りに散策した。
油山には10コースほどのコースがあり、いつもなら管理事務所のそばに車を止め比較的に急峻なBルートという正面のルートから登るのだが、この日は麓の花畑園芸公園からのコースを登った。
ところが秋とは言えまだ汗の吹きだす暑さで、中腹の管理事務所まで登ったところでくたびれてしまった。病後の私はここで山頂に立つことを諦め、涼を求めてしばし水の森を鳥の声や木洩れ日を楽しみながら散策した。
70歳を越えると確かに足は重くなり息も切れて来るが、それはそれで歩き方を工夫すれば何歳になっても山歩きは出来る。
事実90才で山歩きしている方に何人もあったことがある。私も負けずに頑張らなければなるまいが、山は頂上に立つことだけではないことも頭に入れておこう。

 秋天の樹々の戦ぎを聞く水辺  英世

百年句会[太宰府吟行」

昨日の百年句会は太宰府吟行であった。
太宰府は吟行のメッカで、年に数回は吟行するが行けば行ったでまた新しい発見があるから不思議である。
いつものように天満宮に参拝してお石茶屋や池の端の句碑を巡り、光明寺の禅苑に遊ぶものであったが、その天満宮では秋祭の準備のために錦の御旗が掲げられ牛車等が浄められていた。また、禅苑では深みゆく秋の気配を微かな風と共に心静かに観賞することが出来た。
この百年句会の現在の世話役が私たちで、吟行地の選定や会場予約など何かと忙しく、この日は吟行に行く前に12月の会場予約を済ませてから追っかけて行った。
と言うのは、12月の会場に予定している赤煉瓦館の予約が三か月前の当日と決まっており、しかも先着順と言うことで朝早くから会場の前に並んで待っていたからである。
幸いにして会場予約は出来たものの、何となくあわただしい百年句会であった。
例によってかろうじて入選した私の句をご紹介しよう。

 禅林に秋の明暗ありにけり  英世

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一句の風景

秋風に軋む峠の水車かな

佐賀の吉野ヶ里遺跡の近くにある水車の里公園を訪ねた時の句である。
この一帯は脊振から流れ出る水に恵まれた田園地帯である。
その脊振の清流と佐賀平野で獲れる小麦で名産として生まれたのが神埼そうめんである。
その神埼そうめんの製粉に活躍したのがこの水車である。
いまでは動力が電気に変り水車が実際に活躍することは無くなったが、それでもこの水車の里では古を偲ぶかのように秋風の中でゆっくり回っていた。
2012年(平成24年)9月「季題:秋風(秋)」

秋鯖

硯潮句会で秋遍路と共に出された兼題が秋鯖であった。
と言うことで早速鯖のお刺身を買い求め、晩酌の当てとして美味しく頂いた。
秋は魚が美味しい季節で、特に鯖や鯵等の青ものはこの時期一番油が乗っておいしくなる。
秋鯖は嫁に食わすなと少し嫁いびりみたいな格言もあるが、鯖は大量に採れるので少々お嫁さんに食べさせても良いのではと思うのだが。
実際息子とアジ釣りに行った時にこの鯖の群れにぶち当たり大漁になったことがある。
一方、ずいぶん昔に「鯖二匹」と言う映画を見たことがある。当時から鰯や鯖は安い魚の代表とされていたが、それさえ買えない遺族の家の母親が、子供のために久し振りに鯖を二匹買い村人から好奇の目で見られる話である。
ネットで調べても詳しいことは分からなかったが、子供心にこの母親の心情が身にしみ涙して見た記憶がある。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 一本釣てふ秋鯖の目でありぬ  英世

秋遍路

昨日の硯潮句会の兼題は秋遍路であった。
昨日はヨーロッパの巡礼の話をしたが、俳句で遍路と言えば日本のお遍路さんのことである。ただ単に遍路と言えば春の遍路のことを指すので、秋の遍路には秋の文字を入れなければならない。
それはともかくとして、春の遍路は何となく浮いた感じがするが、秋の遍路は澄みきった青空のもとに清々しさとしみじみとした哀れさを感じる。
私も遍路とまではいかないまでもとく札所巡りをする。特に篠栗はよく訪れる霊場で札所巡りと共に近くの若杉山の登山を兼ねてのことが多い。
この篠栗も季節的にはこの秋が最高で、近くまたあの若杉山に登りたいものである。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 胸元の銀のクルスや秋遍路  英世


旧友と酌む

今まで私の高校同窓生は仲がいいと言うことを幾度もお話ししてきた。
その高校の同級生で今は千葉県に住む旧友が、姪御さんの慶事で福岡に来ると言うので、もう一人の同級生を誘って久し振りに黒田天狗で飲んだ。
航空会社に勤務していた彼はその関係で世界各国を歩き回ったと言う。中でも面白かった話はキリストの聖地スペインへの巡礼の道を、フランスからピレネー山脈を越えてその足で歩いたというすごい話であった。
何かと騒々しい世の中だが、旅の途中で会った様々な国の巡礼の人々は至ってみなやさしく、一人旅でも宿や食事に困ることはなかったと言う。それほど人々は親切だったと言うことである。
そのような彼のことだから定年退職後は悠々自適の生活を送っているものと信じていたのに、彼の口から出てきた言葉は意外なもので思わず私も絶句してしまった。
実は夫人を2年前に癌で亡くし、今は一人住まいだと言うのである。
一人住まいの虚しい生活ぶりを聞きながら、彼の言った言葉が今でも耳に残っている。
「どんなに喧嘩しようが、奥さんだけは大事にしろよ。一日でも先にお前が死ぬことだな。」

 旧友の涙話と秋の酒  英世

ふくおかまちづくり

福岡市の企画で「ふくおかまちづくりムービープロジェクト」なるものがあり、その趣旨のPRムービー作りにエキストラとして参加した。
実はこのことは全く知らなかったが、愛莉の母親がエキストラ参加に愛莉の名前で申し込んでいたところ幸運にも当選し、親子での参加歓迎とあったので父親の伸介と三人で参加することにしたのである。
ムービーは未来のまちづくりをイメージした明るいもので、撮影は地上カメラやラジコンヘリコプターなどを使って、福岡タワーを背景にももち浜の人工海浜で行われた。
総勢50人ほどが一斉に風船を空に飛ばすシーンの撮影が主であったが、その他に「家族で住みたい町」として福岡をPRする役に三世代で参加した私の一家が選ばれた。
三人そろっての短い台詞もあり、カットされなければ10月頃に福岡市のホームページで放映されるので是非見て貰いたい。

福岡の未来の空や鰯雲  英世

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愛莉の二学期

昨日は父親と一緒に愛莉が敬老日のお祝いと言って和菓子の詰め合わせを持ってきてくれた。嬉しいようなそうでないような複雑な気持ちだったが、愛莉の前では嬉しそうにして有り難く頂いた。
その愛莉も夏休みが終わり、我が家の前を毎朝元気に学校に通っている。二学期になって大きくなったのかランドセルがだんだん背中に馴染んできた。
愛莉の一学期の通知表を見せて貰った。
通知表によれば、愛莉は従姉の鈴花に似て絵や工作とかにやや偏ったもので、基本の国語、算数、理科、社会にはきれいに真ん中の列に○が並んでいる。両親はもう少し成績が良ければと心配しているが、私は決してそうとは思っていない。小学生時代の成績ほど当てにならないものはないと思っているからである。
先生を非難する訳ではないが、通知表に試験の点数が表示される訳でもなく、積極的に手を上げ発表する子が目立つのは当然である。
鈴花も私もそうであったが、小学四年生ごろから突如勉強に目覚めてくる。愛莉もきっとそうなるとと確信している。
ちなみに鈴花は現役で合格し今は地元福岡で花の大学二年生である。

 秋風に押され愛莉のランドセル  英世

秋の灯

虫一切と共に出された兼題が秋の灯であった。
灯とはもちろん人間の灯す明りのことで、春の何となく暖かく艶めかしい明りと違って、秋の灯は秋涼の寂しく澄んだ感じがする。
その秋の灯の下ではわいわいがやがや騒ぐよりも、一人静かにもの思いにふけるのにふさわしいのではなかろうか。
また、秋の灯は「灯火親しむ」として句に詠まれることが多く、夜も長くなり読書に親しむのにふさわしい灯りだと言うことである。
秋の夜の静かさ、爽やかさ、涼しさは本を読むのに最適で、単に秋の灯と言うよりも灯火親しとした方が人の心が通っているような気がする。
その秋の灯のこの日の特選句をご紹介しょう。

 秋の灯や心ときめく新書の香  英世

虫一切

今回の鴻臚句会の兼題は虫一切であった。一切と言うからには虫に関するものなら何を詠んでもよいし、もちろん蟋蟀や鈴虫等特定の虫を詠んでもよい。
ただし、虫といっても草むらなどで声を出して鳴く虫のことである。蝉やカブトムシ、クワガタなどはここで言う虫には当てはまらない。
秋に鳴く虫の音は昔から多くの人に愛されて来た。野原や公園などでしきりに鳴く虫時雨もよいが、都会の隅で静かに鳴く虫や昼の虫も落ち着いた情緒がある。
虫の傍題も多い。夜店などで時折見かける虫売り、虫の秋、虫の宿、虫の闇等虫を冠したものも多く、盛りを過ぎて鳴き細る虫をすがる虫、残る虫などと言い去りゆく秋を惜しむものもある。
例によってこの日の私の特選句をご紹介しよう。

 考を恋ひ妣を恋ふかにちちろ鳴く  英世

珍しい季題「白夜」

時折珍しい季題についてお話ししているが、今日は「白夜」である。
今日はその白夜が珍しいのではなく、何故この白夜が季題となっているのか、この辺りに疑問を感じたので感じたままにお話してみたい。
白夜とは主に北極圏に近い地域に見られる夜も明るい時期のことで、日本には見られない夏の現象である。私もイギリスで夜の10時過ぎまでゴルフをしたことがある。
では、何故これが季題として取り上げられたのだろうか、未だによくわからない。
これが採用された時代には海外旅行は夢のまた夢で、単にその海外旅行への憧れとして季題にしたとも思えない。
もしこの白夜を季題にするのであれば、海外のあらゆる気象現象を季題として採用しなければならなくなってしまう。例えば白夜の対義語の極夜や風雪のブリザードもそうである。
ただ、季題は誰かが句にしてそれがいつしか定着してこそ季題になる訳だから、やはり時の著名な俳人が北欧旅行の感動を句にしたものがいつしか季題として定着したのだろう。

午後十時ナイスショットの白夜かな  英世

老舗の蕎麦屋

先日、老舗の蕎麦屋で頂いた蕎麦が美味しかったので後日ブログに書くことを約束していたが、早く書かないと忘れてしまいそうなので今日書くことにした。
その蕎麦屋「多め勢」は地下鉄室見駅のすぐそばにあるが、もともとは天神横丁にあった老舗蕎麦屋である。
天神ビルに勤務先の会社があった頃に時々食べに行っていたが、いつの間にか閉店してこの室見に引っ越したのを知ったのはつい最近になってからである。
その店で私が注文したのは温かい「とじ蕎麦」と季節のかやく御飯であった。店の特徴や味のことをここでとやかく解説すると長くなるので省略するが、とにかく美味しかったことだけは間違いない。
蕎麦屋はちょうどお昼時で吟行に参加した9人がどっと押し掛けたが、お店は手際よく注文を受け付け私たちを長く待たせることはなかった。
ふと日本人の習性らしきものを垣間見た。一人がざるそばと言うと集団の半数は必ず私もと言うのである。いつどこに行ってもだいたいそうである。
人と違うものを注文する私の方が少し風変りなのだろうか。

 新蕎麦や卵は博多の地鳥てふ  英世

一句の風景

子の描く西瓜いづれも種ばかり

入選したインターネット句会の選者は「最近は種なし西瓜が大部分だから、種のある西瓜は珍しい。子等は種がないと絵にならないからと種を書いたのだろう」と評してくれた。
子供の描く絵は極端に一つの物を強調する傾向にある。
この西瓜の絵も半分に割った西瓜に黒の粒々をたくさん書くとによって、西瓜の絵だとうことを強調したかったのだろう。
子供たちの得意満面の笑顔に心癒されながら賜った句である。
2012年(平成24年)8月「季題:西瓜(秋)」

地球

昨日は一日中錦織の大活躍に世の中がフィーバーしていた。昔テニスをしていた私としては嬉しい限りである。
さて、昨日は仲秋の名月の話をしたが、先日バスの中で小学高学年と思われる子供たちが、地球について話し合っているのを耳にした。
「地球は丸いから地球って言うんだよね」の話の後で、「地球が丸いと知らなかった昔の人は地球を何て呼んでいたのだろう」とつぶやいた。
なるほど、私も今まであまり気にしなかったが、言われてみればその通りである。
そもそも日本人が地球を丸いと知ったのは戦国時代のことで、ヨーロッパの宣教師から初めて教わったと言われている。ドラマの中で信長が地球儀を見ながら「日本は小さい。もっと広い世界を見たい」と言っていたのを思い出す。
調べてみると、昔の日本人は地球のことを「地」と称し、日常は地面とか大地と言っていたようである。広々と永遠に続く地、大地と呼んでいたのだろう。
月に着陸した宇宙飛行士が、月平線から地球が上ったと言うより大地が上ったと言った方が少しロマンチックなような気もするのだが。

 名月や子供は偉大なる科学者  英世

名月

昨日8日は仲秋の名月で、まるで合わせたかのように天気が回復し、久し振りにお月見としゃれこみ近くの公園で美しい月を愛でることが出来た。
従来から仲秋の名月は旧暦の8月15日とされて来たが、今年の名月は満月ではなく実際の満月は今日9日の夜である。このように満月と十五夜が重ならない月は往々にしてある。
仲秋の名月は古来より一年中で一番月の美しい時だとされ幾多もの名句が詠まれて来た。
芭蕉の「名月や池を巡りて夜もすがら」の名句は、あまりの月の美しさに一晩中でも池の周囲を歩いていたいという心情が詠み込まれている。池に映る名月はさほどに美しかったと言うことであろう。
ところが、今や月に人が立つ時代である。その人たちの目に月は本当に美しかったのだろうか。それとも失望してしまったのだろうか。やはり月というものは遠くで眺めてこそ美しくロマンチックなものではなかろうか。
ちなみに月平線から上る地球は美しかったと言う。地球の一番美しい時つまり名地球は一体いつだろうか。一度でいいからその名地球とやらを見たいものである。

 ことさらに募る帰心や今日の月  英世

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河童の恩返し

昨日、学校の先輩の書く河童の話をしたが、福岡にも似たような河童の話はある。
そのなかで、今日はふくおか歴史散歩に載っていた河童の恩返しの話をしよう。
西公園下の伊崎は今も良好な漁港であるが、その伊崎に漁師の嘉兵衛と言う大漢がいた。
これがまたとんでもない酒飲みで、漁に出るときはいつも舟に一升瓶を持ち込みちびりちびりと楽しんでいた。
ある日河童が浮いてきて、酒をくれとせがんだが嘉兵衛はお前にやる酒などないとつれなく断った。
ところがその日はどうしたことか魚が全然取れず、つい深酒をして寝込んでしまった。眼がさめると何と河童が舟で嘉兵衛の酒を飲み青い顔を真っ赤にして眼むっているではないか。
嘉兵衛は烈火のごとく怒り竿で河童を打とうとしたが、あまりにも河童が謝るので許してやった。それ以来嘉兵衛が不漁の時は河童が何匹も魚を舟に投げ込んでくれた。
また、月のきれいな晩には「地行の河童の松」の下で、この酒好きの河童がよく酒を飲んで寝転んでいたと言う何ともユーモラスな話である。

 名月を皿に映せる河童かな  英世

河童はやさしい動物

筑後川流域の歴史や伝承を研究している作家で、高校の先輩のブログを読んでいる。
彼とは行きつけの焼鳥屋「黒田天狗」で2,3度お会いしただけだがその知識の深さと研究熱心さには敬服している。
中でも彼は河童の話が得意である。
人間に悪さをすると言われて来た河童も、彼の話では実際は陰で人間を支えるやさしい動物だ(今は生存していないとすれば、だったと言うべきか)と言うことである。
たとえば、子供を川に引き摺り込んで溺れさせると言う話しも、実際は人間の子どもたちが危ない場所で泳いだり遊んだりした結果であり、河童が助けようとしても間に合わなかったとも話している。
また、旱の時には川から水を運び田畑を潤すこともあり、そのお礼にきゅうりを少しばかりいただくこともあった。
そのように河童は優しい動物だと彼は言っている。
この河童の話、思いあがった人間界に対する警告と言うべきではなかろうか。

 秋霖や河童の皿も水浸し  英世

たんたん句会「室見川吟行」

今回で2回目の参加となるたんたん句会はしろうお漁でお馴染みの室見川吟行であった。
その句会の傾向も少しずつ分かったような気もするが、自分は自分なりの句に徹し選者におもねるような句を詠むことはないであろう。
ところで、私たち一家は35年ほど前まで近くの星の原団地に住んでいた関係で、この室見川やその支流の金屑川には特に親しみがあった。
当時息子はまだ小学一年生であったが、よく二人でこの室見川に子ブナ釣りに行ったものである。その室見川を吟行するとは、当時は思いもしなかったことである。
この日の室見川は久し振りに日射しが戻り空一面に鰯雲が広がっていた。川面を吹く秋風は心地良く絶好の吟行日和であった。
お昼に戴いた老舗の蕎麦も美味しかったが、そのことは後日機会があったらお話しするとしよう。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

水切りのこつも忘れて秋の川  英世

冬野九月号

9月になっても雨が降り続き、いつになったらすっきりとした青空が望めるのやら。
中旬以降は持ち直すと言っているが、今度は強烈な残暑が予想されている。天気ほど人間の思い通りにならないものはない。
さて、冬野九月号が手許に届いたので、例によってその他の句会入選句と共に私の入選句をご紹介しよう。
冬野九月号
 新緑の息吹眼に染む山路かな
 笛の音の神を誘ふ夏神楽
 空梅雨や北の大地は大荒に
 咲き満ちて四葩に色の翳りかな
 舟足をしばし止めて花菖蒲
 久々に泊まる実家や明け易し
 高塚の風の湿りや苔の花
 目玉剥く十二神将青嵐
 風なくも奔るヨットの自在かな
 万緑と言ふ一色の世界かな
 引揚の碑文に背の汗退けり
冬野インターネット句会
 終戦日何していたと孫の聞く
 神水の育む英彦の新豆腐
俳句ステーション
 夏痩せてますます考に似て来たる
 汗拭いて江戸の名残の街歩く
 海渡る子に手土産の扇子かな
現代俳句インターネット句会
 我を通す妻に手を焼く残暑かな
 故郷は今も役場と赤蜻蛉
 丸顔の家系の姉妹西瓜食ぶ

カブトムシを買う

地方新聞N紙のコラム欄に、夏休みの思い出に息子が「カブトムシを買う」と言うので息子と共に悪戦苦闘したという記事が載っていた。
でもこの記事少しおかしくはないだろうか。
息子は確かに「カブトムシを買う」と日記に書いたかもしれないが、とうの父親は能古島にカブトムシを探しに行ったのである。
つまり、息子は「買う」と言ったのに父親は「飼う」と思い込んだのである。
カブトムシを買うのであれば街中のショップに行ったはずなのに、父親は能古島に行った。
幸いにして親切な島の住民にカブトムシの居る場所を教えて貰い、後日無事確保したものの何となくこの記事全体に違和感を感じた。
それにしても子供たちの口から素直に「カブトムシを飼う」と言う字が日記に書けるようになって欲しいものである。

兜虫島中探しまくれども  英世

別の虫

いよいよ秋本番で時々虫の声が聞こえるようになった。
鈴虫を始め蟋蟀、鉦叩きなど澄みきった美しい鳴き声は、それでなくとも物思いにふけりがちな秋の夜をさらに増幅させてくれる。
ところがその虫でない虫が人間界にいる。
一月ほど前の話だが、韓国でも問題になった常日頃強面のS新聞のコラム欄に、次のような記述があった。
「人間の心ほど不思議なものはない。昔の人は人間の心のなかに、感情をたかぶらせたり、病気の原因を作り出す虫が棲(す)んでいると考えた。虫がいい、虫の知らせ、腹の虫などと、虫が付いた言葉が多い理由でもある。」
この夏、高校同級生殺害事件など凄惨な事件が頻発した。単に虫の居所が悪かっただけでは済まされまい。
今後の事件防止のためにも少女の深層心理の解明と、クラスメイトの心のケアが必要ではなかろうか。もちろん親の責任もである。

 便りには書けざる虫の音色かな  英世

九月の花ごよみ「葛の花」

昨年も兼題の「葛の花」で右往左往した記憶があるが、今回は9月の花の代表の一つとして再びその葛の花に注目してみよう。
日本全土に自生するマメ科の蔓性多年草で、郊外に足を延ばすことなく街中でも古い屋敷や少し樹木が茂った所ならよく見かけることがある。
紅紫色の蝶々がたむろしたような花、風に翻る白い葉裏を見ていると本当に秋が来たのだなと実感させられる花である。
この葛、花も美しいのだがそれ以上に私たちの生活に密着しているものがある。
根から採れる豊富な澱粉は葛粉として爽やかな味わいの和菓子や、とろみを利かした料理に重宝されている。
あの風邪薬の葛根湯もこの葛が原料であるが、なるべくお世話にはなりたくないものだと思っている。

 農小屋の荒るるに任せ葛の花  英世

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九月に入る

何とも奇妙な天気の8月が終り、今日からもう9月である。
例年なら一滴も降らない夏空が続き、猛烈な暑さを凌ぐのに四苦八苦するはずなのに、8月になって降り始めた雨は、全国的に被害をもたらしながらとうとう8月の終りまで続く長雨となってしまった。
このような夏の長雨を俳句では夏時雨と言うなどと洒落てみたが、そのような情緒ある雨ではなく立秋を過ぎてそのまま秋霖に入ったような降り方であった。
大雨の翌日、太宰府に住む高校時代の友人に見舞いのメールを送ったところ、「雷と大雨の音で怖くて一晩中眠れなかった。近所では避難した人もいた。」と返事をくれるほどの凄まじさであった。
その豪雨で広島を始め各地に甚大な被害をもたらし大変なことになったと言うのに、首相はのんびりとゴルフとは何たる国だろうか。
この長雨による日照不足と低温で、稲作を始め農家の野菜の出来がどうなるのか気になって仕方がない。
何とかこの9月に日照を得て盛り返して欲しいものだが。

 秋霖や農家の嘆き聞こえ来る  英世

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