十月が終る

とうとう一年の10番目の月「十月」が今日で終る。
二つの台風、そしてジャイアンツの惨敗と私にとってはあまりいいイメージがなかっただけに、早く飛んで行ってしまえとやや乱暴な気分にもなろうというものである。
とは言え、冷静に考えてみるとこの十月もいつもと変わらぬ充実した月であった。
手帳を開いてみると、数回の吟行に国立博物館、温泉そして後で詳しくお話しする植物園、油山登山と我ながらによくもまあこんなに動きまわったものだと感心している。
なにしろ何にもしないで家でぼうっとしていたのは6日しかなかったのだから。そのうちの4日が月曜日である。
月曜日はなぜが句会も仕事の予定もなかったし、どこかに出かけようにも月曜日は図書館や植物園、美術館などの公共施設が殆んど休みだからかもしれない。
一斉に月曜日を休みにしなくてもよさそうなものなのに。
明日から十一月果たしてどのような月が待っているであろうか。

 神の留守妻は終日留守にせり  英世

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一句の風景

父祖の地の肥後は火の国水澄めり

熊本の江津湖に吟行した時の句である。
熊本は古くは肥後の国と呼ばれ、阿蘇の火山を崇めて火の国とも言う。
その阿蘇のふもとに肥後大津と言う集落があり、そこが私の父祖の地でありその地の名を苗字にしたと代々言い伝えられてきた。
その父祖の地を訪ねたことでつい懐かしくなり詠んだ句である。
時あたかも晩秋、江津湖の水はあくまでもきれいに澄み切っていた。
2012年(平成24年)10月「季題:水澄む(秋)」

合同句集「こうろ」

先週の土曜日に、合同句集「こうろ」の編集作業を実施し無事完成した。
この一年間に詠んだ句の中から会員全員に自慢の秀句10句を提出して貰い、それをパソコンで原稿に仕立て製本したもので、原稿から装丁迄会員の手作りである。
俳句を詠むのは全く初めて言う会員が殆んどで、手探りの中で立ち上げた鴻臚句会も今回で第8号の合同句集を発行するまでになった。継続が力なりの典型であろう。
それぞれ出来上がったばかりの句集を大事そうに持って帰る姿が微笑ましかった。
おそらく自分の句が活字になることへの満足感で一杯ではなかったろうか。
これからもこの句会を続け第10号の句集、ということは10周年記念日まで末永く続けて行きたいものである。

 秋天や墨の香薫る新句集  英世

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軍師官兵衛

NHKドラマ「軍師官兵衛」がいよいよ最終章となった。
実を言うとこのところのこのドラマには少し興味を欠いていた。
と言うのは信長が死んだ後はどうしても秀吉の出番で、その秀吉が主役の官兵衛を脇へ押しやってしまうからである。竹中直人の個性によるものも大きいが、歴史の舞台として仕方のないことであろう。
その官兵衛が再び脚光を浴び始めた。
秀吉の老いの野望がむき出しになるに従い、冷静沈着な官兵衛は巧みにその狂牙を避けて行く。
やがて、秀吉が死に関ヶ原の戦が始まりドラマは大きく動こうとしている。
この先、官兵衛がどのように知力を尽くして戦うのか、そして息子長政と共にどのような歴史の展開が待っているのか興味は尽きない。

 官兵衛の寓居の井とや秋の暮  英世

紅葉八幡宮吟行

紅葉八幡宮のことは幾度となくお話ししたので説明は避けるが、先日その八幡宮を吟行した。
八幡宮にはいつもはマイカーで行くのだが、今回は一旦市内に戻ってから句会をすると言うのでバスで行くことにした。幸い近くのバス停から直行バスが出ているのでそれに乗ることにした。
この日は雨風が強い予想であったが、予想に反した曇り空で快適な吟行日和であった。
少し高台にあるこの神社には海からの湿った風が吹き抜け、微かに潮の香りも漂って来た。その風に色づき始めた紅葉が早くもちらほらと散り始めていた。
途中かつての藩窯、高取焼窯元を見学することも出来た。陶器のことはよくわからないが、見ていると何となく心が落ち着くから不思議である。
俳人にとってこのような場所は見逃せない句材になる。
今年もそろそろ終わりが近づいてきた。少し早目だが八幡宮には今年の御礼と家族の幸せをお祈りして来た。
例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 行く秋や鎖でつなぐ賽の箱  英世

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ゴルフクラブを処分

久し振りにゴルフ場を歩いたことで踏ん切りがつき、愛用のゴルフクラブを処分することにした。
ゴルフは止めると宣言したものの、クラブを処分するのにはやや淋しさがあってそのまま倉庫にしまっていたのだが、いつまで置いていても仕方がないと覚悟を決めた。まだ使ってくれる人がいるならそれもよかろうと手放すことにしたのである。
このクラブは35年間のゴルフ人生の中の4代目のクラブでこれが最後となってしまった。そのクラブは平成5年頃、東京秋葉原で会社の先輩の紹介で手に入れたもので、その後約10年間私に付き合ってくれた。結構値が張ったからかもしれないが、私とは相性が良かったようで、このクラブを使っている頃のスコアが一番安定していたように記憶している。
仕事がら偶には遠方の客先とゴルフをすることもあったが、このクラブはその都度北海道、箱根、京都、広島と全国をよく飛び回ってくれた。
いよいよ手放すと決めた前の日は、ご苦労さんと労いながら一本一本きれいに磨き上げた。
この次誰とお友達になるかは分からないが、仲良くするんだぞと言い聞かせながら。

 ゴルフともさようならする暮の秋  英世

バンカー

昨日久し振りにゴルフ場を歩いた話をしたが、コースにはところどころに砂場つまりバンカーが設けてある。
初めてゴルフを考案しコースを設計した人は、どのような意図でこのバンカーを配置したのだろうか。
ゴルフ場と言えばきれいに刈り込まれた芝のコースが思い浮かぶが、このコースにバンカーがなかったら、何ともつまらないプレーになる。
砂のバンカーに入れることによって数々のドラマが生まれる。そのドラマは何も悲劇的なものばかりではなく、起死回生のショットが生まれることもある。
このゴルフコースのバンカーを見ていると、なぜか人生の落とし穴のように思えてならなかった。
そのバンカーを避けたり克服して行くのも人生と言うことだろう。

 バンカーの靴跡深き秋の暮  英世

ゴルフ場

私がゴルフを止めてからもうすぐ10年になるというのに、今でも時々ゴルフの夢を見ることがある。この時期澄みきった青空に放物線を描く球の軌道が忘れられないからであろう。
と言うことで久し振りにゴルフ場を歩いてみることにした。
油山のふもとに9ホールの小さなゴルフ場がある。私がホームコースにしていた本格的なコースとは違うが、初心者や女性、高齢者などが楽しむには手ごろなコースである。
ハウスのレストランでお茶を飲んだあと少しだけコースを歩かせて貰った。もちろんプレーはしないが、久し振りに踏む芝の感触は昔と変わらぬ心地良いものであった。
あの青い芝の匂いと足の裏から伝わって来るふわふわ感は昔と少しも変わらい。
当時はゴルフを楽しんだ後によく温泉にも行った。
ならばとこの日も緑の芝を楽しんだ後でいつもの温泉でゆっくりと寛ぎ、身も心もすっきりとリフレッシュすることができた。

 秋空に放物線のゴルフかな  英世

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博多湾クルージング吟行

先日、俳句の会鴻臚の吟行で昼の博多湾クルージングを楽しんだ。
戦後まもなく海外在住者の引揚港として悲喜こもごものドラマがあった博多港は、今や観光船や大型フェリーの発着で一日中賑っている。
お昼の12時に博多埠頭を出発した船はゆっくりと沖合に向かい、海の中道から志賀島そして能古島の周辺へと進んで行った。島を海から見るなどは昼でなければ出来ないことであろう。
そのあと船は福岡の新しい観光スポットであるマリノアシティーやももち浜の福岡タワー、ヤフードームなどを巡りながら母港へ帰って来る。夜景で見る福岡の街並みも美しいが、昼に見るそれもなかなかのものである。
嬉しいことにこの企画はランチ付であった。
ゆっくりと海の景色を楽しみながらの豪華なランチそして美味しいワインと、私の気持ちは高ぶってしまい、俳句のことなどどこかへ飛んでしまっていた。
そのような中で詠み、かろうじて特選となった一句をご紹介しよう。

 元寇の海を巡りて秋惜しむ  英世

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冬野俳句大会

毎年一回この時期に冬野俳句大会が開催されるが、今年は先週の土曜日に福岡市の大濠公園近くで開催された。
この大会には私も事務局として参加し、半年前に会場の予約をし当日は会場設営からカメラマンと様々な役割をこなした。
当初は披講も担当する予定であったが、やや風邪気味で折角の美声?を披露することは出来なかった。
また、今回の冬野大会では大きな人事が発表された。
主宰が池田昭雄先生から阿比留初見先生へと交替になったのである。池田先生が高齢と言うことからすれば順当な主宰交代ではなかろうか。
私は二人とも親しくさせていただいているのであまり唐突には感じなかったが、事情を知らない会員には驚きであったろう。
これから阿比留新主宰を中心に冬野誌のさらなる発展と、池田前主宰のご健康とご長寿を祈りたいものである。
この日の私の入選句をご紹介しよう。
事前投句入選
 身に入むや共に冬野を語りしに
 雲浮かべ百選の水澄みにけり
 故郷の考の匂ひや青田風
当日句入選
 妻恋の歌碑に秋思を重ねけり  英世

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一句の風景

妻恋ひの歌碑に手向けの野菊かな

この句も先日ご紹介した葛の花同様西公園で詠んだ句である。
その西公園の中央展望台には「神さぶる荒津の崎に寄する波 間なくや妹にこひわたりなむ」と言う妻恋の万葉歌碑が建っている。
この句碑をしみじみと読んでいると、ふと傍らに一叢の野菊が咲いていた。
私は思わずその野菊を手折り妻恋歌碑に手向けた。
その時のことを句にしたもので、直接的には表現していないが、作者の心情を慮って賜った句である。
2012年(平成24年)10月「季題:野菊(秋)」

またまた秋思

先の鴻臚句会に続いて硯潮句会でも秋思の兼題が出された。
それほど日本人は秋にもの思いにふけることが多いと言うことだろうか。あるいは秋思と言う言葉の響きに郷愁を感じるのだろうか。
ともあれ兼題として出された以上は前回の秋思とは違う秋思を詠まねばならない。
ところがこの秋思、伝統俳句で言うところの客観写生とは少し違う。つまり人の心というある意味では人事句で、その読み取り方は人によって様々である。
この日の句会でも一人住まいの寂しさから募る秋思、親や妻子を思う秋思、草花など自然を思う秋思、動物に対する秋思、神仏に対する秋思等、私の思いつかないようなたくさんの秋思が詠まれた。
例によってこの日の私の特選句をご紹介しよう。

 時の鐘撞いて秋思を断ちにけり  英世

橡の実

先日植物園で橡の実を拾った話をしたが、その橡の実が今回の兼題であった。
橡の木は東日本を中心に分布する落葉高木で、木材としても利用されるが多くはその実を食料として利用される。
橡の実はまるで栗の実そっくりで落ちた当初は黒い色をしているが、日にちがたつと茶色く変色しまさに栗そのものである。
東北地方ではこれを餅にしたり団子にしたりして食べるらしいが私は食べたことはない。
日頃橡の実になじみが薄かっただけに、偶然音をたてて落ちてきたその実に出会ったことは本当に幸運であった。
ということで拾った橡の実を句会場に持ち込み、実物を見ながら橡の実の句を詠むことにした。
例によってこの日の私の特選句をご紹介しよう。

 橡の実や音の鳴らざる鈴に似て  英世

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タニタ食堂

故宮博物院を観に行く前に昼食をということになり、今話題の「タニタ食堂」に寄った。今時「食堂」の名の付くことが嬉しい。
この食堂は家内のお気に入りで、健康に良いからと前々から勧められていたものである。
タニタ食堂のモットーは「一食たったの500KCal前後で満腹に。野菜たっぷり、塩分控えめ。ヘルシーでバランスのとれたメニュー。」とある。
この日のメニューは「豚肉のビネガー風味定食」で、牛蒡と青野菜のごま和え、こんにゃくと油揚の煮もの、茸のすまし汁、御飯は自由であったがやや少なめにした。
味付けは私にはやや物足らないものであったが、健康のためにはこの方が良いのかもしれない。
毎日タニタ食堂のようにという訳にはいかないが、家庭でもなるべくヘルシーな食事を作ると家内にくぎを刺された。
濃厚な味が好きな私にとっては迷惑な話だが、作るのは家内なので文句を言っても仕方があるまい。

 薄味と低塩分の食の秋  英世

故宮博物院展

太宰府の九州国立博物館で開催中の「台北国立故宮博物院展」を観てきた。
中国の歴史が大好きな私にとって是非観たいと思っていた故宮博物院であったが、機会がなくとうとう観ないままで終るのかとやや諦めかけていたところ、その故宮博物院展があると言うので是非ということになったのである。
当初は11月の誕生日頃に自分へのプレゼントとして行こうかと思っていたが、展示品の目玉「肉形石」が20日までの公開と知り、急遽予定を早めて観に行ったものである。
展示品は私の期待を裏切るものではなかった。
翡翠に彫刻した虫が止まった白菜「翠玉白菜」こそなかったものの、何れも素晴らしいお宝ばかりでとてもこのブログで全容を書けるものではない。
機会があればぜひご覧になることをお勧めしたい。
また、帰りには家内が久し振りだと言うので、観世音寺から戒壇院、都府楼祉を巡って帰った。やや寒かったが夕暮れの都府楼祉もなかなかロマンチックである。

 故宮院の至宝に列の神無月  英世

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私の本棚「俳句の鳥」

私の本棚に「俳句の鳥」と言う本がある。
この「俳句の鳥」は俳句を嗜む私にとって貴重な一冊で、その鳥の姿や特徴が簡単に入手でき、大歳時記などとは違い小さく携帯にも便利であった。
俳句を始める前の私は鳥と言えば鴉や雀、鳩といったいわば季題にもならない身近なものばかりであった。
俳句では兼題によくその時期の鳥が取り上げられ、春は鶯や雲雀、夏は時鳥に郭公と今までなじみが薄かった鳥が突如登場して私を混乱させるばかりであった。
それでも地道に勉強して、今では名前を聞けばほとんどどのような鳥か頭に浮かんでくるようになった。
今では電子辞書に鳥の写真から鳴き声まで収録されて、それを重宝するあまりこの本「俳句の鳥」もほとんど見なくなってしまった。
何となくさびしい気がしてならない。

 カラオケの北の旅人鳥渡る  英世

小鳥

秋思と共に出された兼題が小鳥であった
俳句で小鳥と言えば何々の鳥と固定して言うのではなく、総称して小鳥と呼び小鳥来るとも言う。
秋になるといろんな種類の鳥が日本に渡って来るが、鴨などの大型の鳥と違って澄みきった青空を群れをなして飛ぶ小鳥の姿は爽快である。
中には僅かな時間だけ日本に滞在し羽を休めすぐに南へ渡って行く小鳥もいるが、そのまま留まり庭木や公園などに来る小鳥は美しく可憐である。
似たような季題に色鳥があるが、これはいろんな鳥が渡って来ると言う意味と翅の色が美しいという意味に使われる。
なお、間違っても小鳥に子という字を使ってはならない。子鳥はあくまでも鳥の雛のことで春の季題だからである。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 小鳥来る雲間に光浴びながら  英世

秋思

台風が去って爽やかな朝を迎えることが出来た。
さて、今月の鴻臚句会の兼題は秋思、秋思ふであった。
歳時記によると「秋思とは秋の頃もの思いにふけることで秋の情懐をいう」とある。
日本人の心の底には「もののあはれは秋こそ…」といった特殊な感情があるようである。人生のしみじみとした哀しさ寂しさを言う観念的な季題であろう。
似たような季題に秋意があるが、これは自然の中にある秋の気配、秋の風情を感じ取る客観的な意味がある。
また秋愁と言う言葉があるが、春愁と違ってこれは季題にはない。これも歳時記によると秋と愁いがあまりにも付き過ぎているからである。
例によってこの日の私の特選句をご紹介しよう。

 思惟仏の横顔に見る秋思かな  英世

鷹の渡り

台風の直撃は避けられそうだが、暴風域にあり今日は雨で一日中部屋に籠ることになりそうである。
さて、一昨日は温泉に行った帰りに油山の片江展望台に寄ってみた。
数年前にもこのブログで紹介したが、油山の片江展望台では主に鷹の仲間のハチクマの渡りを見ることが出来、愛好家による「ハチクマウォッチング」活動がなされている。
この日も20名ほどのメンバーが双眼鏡やカメラを構えて鷹の渡りを今か今かと待ちかまえていた。
私も鷹を見たいと思いベテランらしい人に肉眼でも見えるかと聞いたところ、晴れた日で目の良い人なら見えると言うことであった。
ところが、鷹の渡りもそろそろ終わりに近付いているのか、この日の渡りは少なく私は一羽も見つけることが出来なかった。
ちなみに記録によると10月8日現在の鷹の渡り数は、累計で「ハチクマ5231羽、その他の鷹550羽」とあった。
鷹の渡りは見られなかったが、大空を眺めながら遅めの昼食のおにぎりを食べていると何とも爽やかな気分になり、気持ちのいい一日を過ごすことが出来た。

 鷹渡る上昇気流に乗りながら  英世

一流の紳士は

昨日は久しぶりに西の空一面に広がる美しい夕焼を見た。俳句で言うところの秋夕焼である。
さて、少し前の話だがある俳句結社の主宰挨拶から「一流の紳士はお腹が出ていない」と言う話しを聞いた。いや聞いたと言うのは間違いでそのレポート記事を読んだ。
なるほどと納得しながら、ダイエット食品のテレビコマーシャルを思い出した。
そう言えばこの種コマーシャルが蔓延するほど、いまの日本人は飽食でお腹が出ている人が多いようである。
肥満は万病のもとと言うのは高度成長の後ずっと言われて来たことだが、笛吹けど踊らずと言った感である。
欧米ではお腹の出た男(女も?)は採用するなと言う話しもあると聞く。
私は幸いにして、ウエスト81cm、上から見てもお腹が出ていると言った感じはない。むしろ体重の軽さの方が気になっている。
親父もこのような体型だったので、それに倣い何とかこのままのお腹を維持したいと思っている。

 食の秋やはり気になる腹周り  英世

新米

今日は新米の思い出をお話しよう。
このところ全国的に新米の収穫が早まり8月には店頭に出回っているようだが、私の子どもの頃の米の収穫は10月が中心で、8~9月に取れる米は早場米と言われていた。つまり早稲米で品種が違っていたのかもしれない。
小学生の頃は時期になると1週間ほどの農繁期休暇があったが、手伝いはそっちのけで遊びまくっていた記憶しか残っていない。身体の弱かった私を母はあまり田んぼに連れて行くのを渋っていたようである。
その後成人して家を出た私はしばらく父の新米を食べることはなかったが、結婚して再びその新米を食べるようになった。
新米が取れると父は必ず一俵を袋詰めで送ってきた。その米がなくなると今度は私の方から車で貰いに行った。当然のことと思っていたのか父にお礼を言った記憶もない。
その父が亡くなると新米も届かなくなった。実家を継ぐ弟は何時でも取りに来ていいよと言ってくれるが、父の時のようにはいかない。
新米が出るといつもこのようなことを思い出す。

 新米の一粒ごとに父の顔  英世

一句の風景

水澄むや渡船消えたる筑後川

故郷久留米を流れる筑後川を吟行した時の句である。
筑後川は古くは千歳川として母校の校歌にも歌われ、その雄大さから筑紫次郎ともよばれている川である。
私たちは学業の傍らこの筑後川でボートに乗り、魚釣りをしたり花火を見て友と語ったりしてよく遊んだものである。
その筑後川にはその頃まだ大きな橋がなく、友人の何人かは渡船に自転車ともに乗って通学していた。
その後橋がかかり渡船は無くなってしまった。その懐かしい渡船のことを思い賜った句である。
2012年(平成24年)10月「季題:水澄む(秋)」

親指と小指

昨夜は一献傾けながら皆既月食と言う天体ショーを楽しんだ。
さて、くどいようだがまたまた親と子の話である。
人間の親指と小指だけを垂直に上に立ててみると、親指は自然と小指の方を向き小指はあらぬ方を向いている。この2本がくっつくことは永遠にない。それが親子の関係だと言った人がいる。
親が精一杯愛情を注いでいるのに、子供はその愛情の意味するところが分からないと言うことだろうか。
ところが、私が思うに手の指を5本とも開いてみると親指と小指は残りの3本の指の下で簡単にくっつけることが出来る。つまり親と子は心の奥底では固いきずなで結ばれているのである。
残りの3本の指は固くくっついた親指と小指を優しく上から覆ってくれる。まるで世間の温かい風のように。
お話ししてきたこの母子の場合全く逆で、子供が親を見て親の方が子供を見ていないと言うことになるが、心の奥底では硬いきずなで結ばれていると信じてやまない。

 親は子を子は親思ひ焼藷割る  英世

スマートフォン中毒

昨日の子供と母親の話の続きである。
本屋から出てきた母親は子供に話しかけるでもなく手をつなぐでもなく、左手には手提げ袋、右手ではスマートフォンを操作している。
その目はスマフォに夢中で、前を通る人にぶつかりそうになっても平気である。相手が避けてくれるものとでも思っているかのように。
やがて母親は私の隣の椅子に座ったがそのままスマートフォンをいじり続け、そばの子供に全く構わない。
子供は所在なさそうに私の顔を見たり、また屑かごを覗きこんだりしている。折角我が子と一緒に座っているのだから、子供の顔を見て子供の話を聞いたり話し掛けたりすればよいものをと思った。
子供はこの日の母親との外出を楽しみにしていたろうに、子供の心には一体何が残ったのだろうか。
この母親の態度は何だと思うとますます腹が立ってその場を離れてしまった。

 親は子を子は親思ふ暮の秋  英世

子供から目を離すな

私がよく利用する駅のコンコースには休憩用の椅子が用意されている。
先日句集を読みながら時間をつぶしていると、突然3歳ぐらいの男の子が靴のまま椅子に上がって来た。私は注意しようかと思ったが子供のことだからと見過ごした。
私はこの子に興味を覚えしばらく観察して見ることにした。
するとその子は一人で椅子によじ登ったり、椅子の下や屑かごを覗きこんだり、近くのモスバーガーやコンビニの中を走りまわったりと一時もじっとしていない。
ふと私はこの子の親のことが気になり、そばに来たのを機に「お母さんは」と聞いてみた。
その子は知らない人に声を掛けられても返事をするなと言われているのか、私をしばらく見つめると黙って目の前の本屋に入って行った。
しばらくすると、その子はスマートフォンを見ながら歩いて来る母親と思しき女性の後ろに付いて本屋から出てきた。
この間約20分、母親は子供を一人にして何をしていたのだろうか。本の立ち読みで子供のことなど眼中になかったのだろうか。この子にもし事故でも起きたらと思わなかったのだろうか。
子供が被害者となるいやな事件が続いているだけに、そんなことで母親が務まるのかと少々腹立たしい気分になった。

 親と子の狭間にそよと秋の風  英世

如己堂(にょこどう)

昨日冬野十月号の話をしたが、その雑詠欄に恩師古賀伸治先生の「如己堂は二畳一間や天高し」という句があった。
如己堂と言う余人が気付かないような場所や難しい言葉を句に詠むのがこの先生の特徴で、私はこの句の真意を知るには如己堂のことをもう少し詳しく知る必要があると思った。
後日インターネットで調べようと思っていたところ、何と翌日の朝日新聞の読者投稿欄に祖父と孫娘が長崎旅行でこの如己堂を訪ね、孫娘が涙したと言う記事があった。
何という偶然であろうか。人生には往々にしてこのように偶然が重なることがある。
ちなみに調べてみると、「如己堂は長崎県長崎市にある永井隆 が白血病の療養をしていた建物である。長崎の被爆から約3年後の1948年3月、長崎市浦上の人達やカトリック教会の協力により建てられた。この二畳一間の部屋で、永井隆の著名な作品の数々が生まれた。」と説明があった。名前の由来は「己の如く人を愛せよ」である。
俳句は句の素晴しさを観賞することもさることながら、私にはこのように詠まれた場所や事柄を詳しく勉強するきっかけにもなる。

 爽やかや如己堂と言ふ名の由来  英世

冬野十月号

冬野十月号が手許に届いた。
今月の冬野には秋から年末にかけての各種俳句大会の案内が掲載されている。
仕事の関係もあるので全ての句会に出席する訳にはいかない。どの句会に出席するかはじっくりと検討することにしよう。
例によって冬野をはじめ各句会の私の入選句をご紹介しよう。
冬野十月号
 薫風に所を得たる三師の碑
 百合の香や鎮魂の鐘鳴り止まず
 全身をくねらせ毛虫焼かれけり
 左頬だけが日焼の寝釈迦かな
 軒下に面干しゐる夏神楽
 冷奴今日は器を替へてみる
 満を持し一点見据ゆる山笠漢
 山笠法被羽織る老舗の提灯屋
冬野インターネット句会
 ペン走る音のかすかに秋燈下(池田昭雄主宰選)
 便りには書けざる虫の音色かな
 考を恋ひ妣を恋ふかにちちろ鳴く
俳句ステーション
 父ちゃんと父を呼ぶ母墓洗ふ(特選3席)
 浜名湖の鏡めきたる今日の秋
 好きな子に線香花火灯しやる
NHK俳句佳作
 七夕や宇宙遊泳夢見る子(小澤實選)

東公園吟行

昨日のたんたん句会吟行は福岡市の東公園であった。
東公園は今は県庁所在地として行政の中心となっているが、その昔は広々とした市民の憩いの場であった。
この公園の特徴は何と言っても日蓮上人と亀山上皇と言う国を思う二人の銅像である。
共に元寇による国難を憂い日本国の安泰を祈願した人として、元寇の戦場となったこの地に記念碑として建てられたものである。
静かに敵国降伏を神に祈る上皇、法衣をひるがえして説法する日蓮と対照的な二人の像は今でも広く市民に親しまれている。
また、今はなくなってしまったがこの東公園はスポーツの広場でもあった。私も若い頃毎週末にここでテニスや草野球に興じていた。そう言った意味では私にとっても親しみ深い公園である。
この日の吟行は絶好の秋晴れの下で、二人の銅像を拝し園内をくまなく散策して句作りを楽しんだ。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 反転の蜻蛉に何の思案かな  英世

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何ともやりきれない事件

少し前の話だがまたまたやり切れない事件が起きた。
神戸市で小学一年生の少女が惨殺された事件である。同世代の孫娘を持つ私としては他人事では済まされない問題である。
犯人は中年の男性で、犯行の内容が明らかになるにつれ常人とは思えない彼の行動が浮き彫りになって来た。
この事件に限らず残酷な殺人事件には犯人の日常の行動に、常人とは思えない複雑で不思議な行動が多い。ごみ問題や騒音、駐車、動物虐待などで隣り近所とトラブルになることも多いとか。
つまり、自己中心で社会に溶け込めない性格が彼らを犯罪に走らせているのであろう。
薬物、酒、ネット社会、虐待、いじめ、孤立、宗教、ギャンブルなど様々な要因があるだろうが、基本的にその人間の育ってきた過程に問題があるような気がする。
思い遣りのある性格を育む家庭でのしつけや、学校、地域社会での道徳教育そして小まめなケアが必要ではなかろうか。

 子供らの笑顔のかたち秋の雲  英世

晩秋の花ごよみ「桔梗」

昨年のこの日も桔梗のことを書いたが、またまたその話になってしまった。
秋の野山に咲き乱れる七草の中でも、桔梗の青紫はひときわ目立つ割には静かな落ち着きを放っている。
今話題のペンタゴン、つまり端正な五角形の花の色は、ふつう青紫色だが他にも白、青、紫、桃色などがある。
昔は桔梗を「きちこう」と呼んでいたが、いつのまにか「ききょう」に転化したと言われ、俳句では今でも「きちこう」と詠まれることがある。
実はこの桔梗、昔から愛されて来た花ではあるが何とも不思議な花である。
というのも万葉集には載っていないし、平安の頃にやっと桔梗の名が見られるようになった。秋の七草でも古くは朝顔と言われた花が実はこの桔梗だと言う説もある。
ちなみに織田信長を討った明智光秀の家紋がこの桔梗紋で、以後謀叛人の家紋と呼ばれるなど少し気の毒な花でもある。

 淋しさの募る紫桔梗かな  英世

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