十一月が終る

私の誕生月、11月が今日で終る。
と言う訳ではないが、昨日は行きつけの温泉にゆっくりと入り、昼からすき焼き(牛鍋風)をいただいた。入浴料とすき焼きのセットで2300円は得なんだろうか。
それよりこのところお肉料理が多かったので、そろそろいつもの粗食に戻り太らないように気をつけねばなるまい。
さて、他に特段変ったこともなかった11月だが、強いて言えば好天に恵まれるはずの中旬に猛烈な寒波に見舞われたことであった。
そんな中で持病も発症せず、山登りや飲みごとそして吟行にと充実した月であった。
ただ残念だったのは今年の九州場所も日本人力士の活躍がなかったことである。
優勝は既定路線の白鵬で決まり。
期待された遠藤は人気も実力も逸ノ城に取って代られた感がする。遠藤はこのまま行けば三役止まりの平凡な力士に終ってしまうかもしれない。
何が足りないのか考えながら稽古に精進し、私の予想を覆すような力士になって貰いたいものである。

 冬兆す博多の街にはね太鼓  英世

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一句の風景

時雨忌や足を頼りの旅心

時雨忌は俳聖芭蕉の忌日で陰暦10月12日に没したので、その季節にちなんで時雨忌と言うようになった。他にも桃青忌やそのものずばり芭蕉忌とも言う。
芭蕉は一生を旅に過ごした俳人で、数々の紀行本を残しているが、中でも有名なのがあの「おくのほそ道」である。
私も旅歩きが好きだが、旅は何と言っても足が頼りである。
元来山登りが好きで足には少々自信があるので、思わずその気持ちを素直に詠んだ句である。
2012年(平成24年)11月「季題:芭蕉忌(冬)」

東長寺界隈吟行

一昨日の誕生日に福岡市の名刹東長寺から聖福寺、円覚寺を巡って吟行し。
東長寺は前にもお話ししたが、真言宗の九州本山で空海が帰朝して建てた最初の寺、つまり一番古い寺ということである。
この日は降ったり止んだりの時雨そのものであった。もしかしたら初時雨かもしれない
まず境内を一廻りして本堂を拝し大仏の前に立った。この大仏は昭和63年に建立されたもので、高さ10.8メートルと木造坐像では日本一の大きさである。
その前に立つとありがたいと言うよりは圧倒されそうな迫力である。
大仏を拝した後は脇から胎内くぐりをするのが順路で、この日も無事幸運の鍵に触れることが出来た。
一歩境内には重厚な趣きの六角堂、冬日に輝く五重塔そして黒田家の歴代藩主の墓とその墓前に殉死者の墓が主君墓も守るように並んでいる。
聖福寺と円覚寺にも廻った。それらの寺を巡りながら句を詠むのも俳人としての楽しみである。
例によってかろうじて入選した私の句をご紹介しよう。

 忠臣の御霊鎮めて散る紅葉  英世

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72という数字

昨日の誕生日で72歳になった話をしたが、72と言う数字につい考えてみた。
自分の思い込みかもしれないが、偶数の72と言う数字は何となく柔らかい響きがして縁起が良いような気がする。
まず自分の干支の6周り目(12×6)で、もう一度回って来るかどうか微妙な数字である。人生72年説もあり、60歳(還暦)よりも72歳の誕生日を祝う国もあるという。
約数も1~72と12個もある。約数が多いと言うことはそれだけたくさんの仲間がいると言えるかもしれない。
九九では 8 の段で 8 × 9 = 72(ハック七十二)、9 の段で 9 × 8 = 72(くはしちじゅうに)と2通りの表し方がある。九九で2通りの表し方のある整数のうち最大の数である。九九に現れる数のうち唯一の70台の数でもある。
また、ゴルフのトーナメントでも4日間の72ホールと言うのが一般的である。
このように72と言う数字はまろやかで親しみやすい数字なのである。
この一年間72と言う数字と共に健康で有意義に過ごしたいと願っている。
もっとも小遣いだけは7万2千円と言う訳にはいかないが。

 神の留守七十二歳の通過点  英世

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誕生日

今日は私の72歳の誕生日である。
思い起こせば体の弱かった少年時代からして、この年まで生きられるとは私自身思ってもいなかった。
こうなったらとことん生きてやろうと思うのは欲張りだろうか。
息子の伸介からお祝いは何が良いかと言ってきたので、少し上等のスニーカーをお願いした。まだ、お祝いは貰っていないが、届いたらそのスニーカーでこれからも野山を歩き回ろうと思っている。
話は変わるが不思議な話があればあるものである。
実は俳句の仲間のM・M女と話をしているうちに、いつしか誕生日の話になり彼女が私と同じ誕生日だと言うことが分かったのである。
もっとも彼女の方が一周り歳下だが、同じ午年の同じ11月26日の誕生日だとは思いもよらないことであった。
俳句の仲間で誕生日が同じだと聞いて何となく親しみを感じるのは当然であろう。

神無月句女子と同じ誕生日  英世

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ジャイアンツ総括

昨日ソフトバンクホークスの優勝パレードがあったことで、今年のプロ野球シーズンが終了した。
ということで今年の我がジャイアンツを総括して見ることにした。
今年のジャイアンツはペナントレースこそ制したものの、タイガーズに惨敗して日本シリーズに出場できなかった。その悔しさは終生古傷として残るであろう。
原因は何と言ってもジャイアンツの選手が年をとってきたことが上げられる。
阿部、高橋や外人も含めて主軸の選手はほとんど30代後半で、シーズンを通して好調を維持するどころか、怪我が多く途中休場する選手さえ出るほどであった。
一方若手は一向に育ってこなかった。
大田や橋本などはちょっと出て活躍しても、すぐ怪我をしたり相手に研究されたりして不振に陥ってしまうと言う悪循環であった。
怪我の多いのは歳と関係があるかもしれないが、選手の健康管理を球団として考えるべきではなかろうか。
来年のことを言えば鬼が笑うかも知れないが、もう少し若手を鍛えて活性化を計らねばなるまい。

 黄落や野球シーズン終了す  英世

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空也忌

俳句では著名人の忌日をよく季題にするが、その忌日の兼題として今回は空也忌が出された。
ところが、この空也忌だけには手を焼いた。
と言うのもこの空也上人のことを私が何にも知らなかったからである。それでも出された以上は一句ぐらいは詠まなければなるまい。
と言うことで空也上人のことを調べることにした。
調べてみると、空也上人は出自不詳の平安中期の僧で、空也念仏の祖とあるがこれだけではさっぱり分からない。
詳しく調べてみると、出家後諸国を遍歴し道路、橋、灌漑などの社会事業を行ったとある。どことなく弘法大師の再来を連想させる。
後年京都を中心に貴賎を問わない口称念仏、つまり空也踊りの布教を展開し市聖(いちのひじり)、阿弥陀聖とも称され鎌倉探題でお馴染みの六波羅蜜寺を開いた僧である。
これだけの資料で果たしてどのような句が出来上がっただろうか。この日の私の特選句をご紹介しよう。

 空也忌や京で求めし二重数珠  英世

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初霜

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その年に初めて降りる霜のことを初霜と言う。その初霜が今回の兼題であった。
霜はよく晴れた風のない朝に大気中の水蒸気が昇華して出来た針状の氷で、草の上とか橋の欄干などによく生じる。
つまり露が凍ったものだと思えば良い。夜明けの地上一面にうっすらと覆う霜の景は、身の引き締まる思いがするものである。
この霜が降りると草花も一挙に生気を失くし涸れて行く。つまり霜枯れだが、農作物にとってはこの霜害が時として深刻な問題を引き起こす。
山登りの時などに足もとでサクサクと音をなすのが霜柱で、日陰の山道などでは一日中解けずにいることもある。
なお人間の霜焼は霜とは直接関係ないが、この時期よく生じることから名づけられたのであろう。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。
写真は昨日の我が家の昼食です。

 初霜や脳にひびく貨車の音  英世

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会社の先輩と

毎年この時期に東京から会社の大先輩が帰福し、共に飲むことになっている。
その飲み会が先日天神の割烹「吉田」で開催された。
会社は当時福岡市の天神ビルにあり、この先輩にその天神ビル時代にお世話になったものだけが集まることになっている。
私もこの先輩には仕事はもとより、昇格試験の勉強や世間の常識など当時会社生活に必要な知識を手に取って教えていただいた。結婚式にもご出席いただいた。
東京本社勤務時代も偶然同じ職場になり、公私ともに何かと面倒を見て頂き、今日こうして私があるのもこの先輩のお陰と言っても過言ではない。
この日は男性16名、女性7名と多くの仲間が集まり、往時を偲びながら楽しく過ごした。もちろん日本料理が美味しかったことは言うまでもない。
その先輩も昨年傘寿を迎えられ、仲間も相応の歳になったが、それはそれでまた話は尽きないものである。
この先輩がご健在な限りは、これからも毎年集まりましょうと言うことになった。
今日からしばらくは近所の紅葉をご紹介しよう。

 小春日や恩師は会社の大先輩  英世

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一句の風景

弓の弦切れし案山子の泣き黒子

福岡市も少し郊外の早良地区まで行くと、まだ広々とした田んぼや棚田が残っている。
稲刈りもとうに済んだその田んぼにはまだ何体かの案山子が立っていた。いわゆる捨て案山子であるが、良く見るとそのうちの一体の案山子が持っている弓が弦が切れて矢は足元に落ちている。
その弓矢を失ってしまった案山子は何となく威厳がなく、まるで泣き黒子があるように思えてならなかった。
その案山子の哀れさをややユーモアを込めて詠んだ句である。
2012年(平成24年)10月「季題:案山子(秋)」

慰安旅行

一昨日は所属している団体の慰安旅行で、会員と共に日田市とその周辺を観光した。いつも行くところではあるが団体旅行となるとまた別の楽しみがあるものである。
まずは「日田天領水の里」という農産物直売所である。いきなりお買い物とは変った企画である。途中の荷物になるので、あまり買う人はいなかったような気がするが、それでも両手に一杯下げている人がいた。この年代やはりお買い物が好きなようである。
次がサッポロビール見学。昨年がキリンビール見学だったので、これまたよくよくビール工場が好きと見える。
ホテルでの懇親会はご馳走とカラオケと何時もながらのことで別に書くこともないが、帰り路の柿狩りだけは楽しかった。
たわわに実った富有柿を捥いでその場で食べ、お土産に買っていくパターンはいつもながらであるが、子供心に帰ったようですこぶる楽しかった。
写真でその柿をおすそ分けしよう。

 白壁に影を揺らして冬の柿  英世

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インフルエンザ予防注射

懸りつけのクリニックでインフルエンザの予防注射をして貰った。高齢者ということで注射代も1200円と格安であった。
注射だけではやや不安があり、一緒にうがい薬も出して貰った。
考えてみると定年退職後10年以上にもなるが、その間ひどい風邪を引いたことがない。
原因の一つは毎年この時期予防注射を欠かさなかったこと、もう一つは夜更かしをしなくなったことが考えられる。
現役の頃は仕事という名目で少々風邪気味でも無理をして遊びまわり、マージャンに興じ酒を飲んでは風邪をこじらせていた。今そんな事をしたら取り返しのつかないことになるのは目に見えている。
これからも予防注射を欠かさず、健全な食事と規則正しい生活に心がけたいものである。

 医者なればこその手洗ひ流行風邪  英世

変った狛犬

昨日は西公園吟行の話をしたが、西公園の光雲(てるも)神社にある変った狛犬の話をしよう。
狛犬といえば神前に魔よけのために置かれる一対の獅子に似た獣の像であるが、この光雲神社の狛犬は両方とも首から上が後ろを向いている。
つまり一対が互いにそっぽを向いているような形になっているのである。
不思議に思って女性の宮司に尋ねたところ面白い話を聞かせてくれた。
光雲神社はいま話題の官兵衛とその子長政を祀っているが、その神となった主君二人は常に勇猛な家臣団が守ってくれている。
そこで主君の守りは家臣団にお願いするとして、狛犬は誰も守ってくれない民を守ろうと、広く城下に目を向けるために互いに反対を向くようになったと言うことである。
何となく官兵衛の人柄を思わせる、黒田家の子孫の考えそうなユーモラスな話しである。
光雲神社にお参りしたら、この狛犬とお賽銭を投げ入れたら鳴いてくれる謡鶴(うたいづる)、それに母里太兵像を拝するのも良いでしょう。

 小春日や狛犬共にそつぽむき  英世

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百年句会「西公園」

今回私が当番だった昨日の百年句会吟行は、今月初めに別の句会で行った処と同じ西公園であった。
前にも言ったが、同じ場所でも行った日によって風景も天気も異なるので、それなりに新しい発見があろうと言うものである。
ただ、息の長いもみじの紅葉だけは前回と同じように美しかった。その冬紅葉を愛でようとその名も紅葉谷に下ってみた。
小さな四阿を包み込むかの様に茂ったもみじは、前の吟行時にはまだ色が浅かったが、この日は今を盛りと美しく輝いていた。
その紅葉を通して冬の日ざしが柔らかく付き抜ける様は、どのように句に詠めばいいのか迷ってしまうほどである。それほど見とれてしまったのである。
また別の場所に咲いていた十月桜(冬桜)や一重の山茶花の質素な美しさにもみとれてしまった。
例によってこの日の私の特選句をご紹介しよう。

 老いらくの恋にも似たり冬紅葉  英世

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夕焼の田んぼ道

農家の長男でありながらほとんど田んぼの手伝いをしなかった私だが、たまに手伝いをした帰りに見る故郷の風景、そしてきれいな夕焼だけは忘れない。
田植はもちろん稲刈りもあまりしたことがないが、脱穀といって機械で籾を稲穂から外す作業の手伝いをしたことはある。といっても刈り取った稲の束を機械のそばまで運ぶ作業であるが。
その後収穫した籾の袋をリヤカーに山積みして夕方のたんぼ道を帰るのだが、その帰り道が如何にも長閑であった。
母は夕飯の支度で私たちより早く家に帰るので、リヤカーを引くのは父の役、後押しをするのが子供の私たちであった。
ところが子供が代り代わりにリヤカーに飛び乗り遊びまくるのに、父は黙って何も言わなかった。
リヤカーを引く親父の大きな背中、西の空を真赤に染める夕焼、そしてその夕焼に溶け込まないように必死に飛び回る赤蜻蛉、私にもし詩心があれば童謡の一つも生まれそうな懐かしい風景である。

 赤蜻蛉茜の空に染まらざり  英世

山の数え方

三日続けて山の話である。
高い山を数える場合、一山、二山、三山と言わず一座、二座、三座と数えるが、これがずうっと気になっていた。
なぜ座と数えるのか調べてみると簡単なことであった。
古来秀麗な高い山は神様が住む神聖な場所、即ち神奈備山(かむなびやま)とされて来た。高山に対する畏敬の念がそうさせてきたのであろう。
その神様の坐す場所が座である。
そういったことから、神が宿るほどの高山をかぞえる数え方に「座」が当てられるようになったということである。
ちなみに里山などの低い山は座と言わず山と数え、有名な炭坑節の「ひとやま、ふたやま、みやま越え」のやまは鉱山(やま)であろう。

 神坐せばまこと秀麗冬の山  英世

山と岳

空気が澄んで来たこの季節は秋の山が本当に美しい。
その山のことで今頃になって急に気になって来たことがある。
山には○○山とか○○岳(嶽・丈)と言う言い方があるが、果たしてその違いはなんだろうか。疑問を感じたら調べるのが私の流儀である。
広辞苑によると、山とは「平地より高く隆起した地塊」とあり、岳とは「高くて大きい山」とある。分かったようで分かりにくい解説となっている。
でもそれはどうもおかしい。この解説からすれば岳の方が山より高そうな気がするが、日本一高い富士は「富士山」と山と言う表示を使い、比較的に低い九州の由布は「由布岳」と言っている。
昔は明確な違いがあったのだろうが、今はいつの間にか混同されてしまったのかもしれない。
自分流に考えると、岳は何となく修験者等が走りまわる神懸かりの峻険な山のような気がし、山は里山というように少し穏やかで親しみのある感じがするのだが。

 山と岳思い廻らす冬の山  英世

にっぽん百名山

いま秋の登山シーズン最盛期であるが、少し前にテレビで「にっぽん百名山」の特集番組を見た。
日本百名山とは作家で登山家の深田久弥が選んだ日本の名山のことで、百名山を選ぶ条件として、山の品格、歴史、個性を重要視したという。
人に人格があるように山にも山格と言うものがあるというのだが、何となくわかるような気がする。
番組で私が今まで登った山の中で一番好きな谷川岳が出て来た時は、自分がいま一緒に登っているような気分にとらわれた。
九州では阿蘇、久住、祖母、霧島、開聞、宮之浦が選ばれている。
私も宮之浦岳を除いてその他の山は登っているが、にっぽん百名山と言うだけに何れも素晴らしい山である。
体力の問題もあるが、これらの山々にもう一度登りたいという気持ちが再び湧いてきた。

 小春日の山に品格ありにけり  英世

龍(大蛇)と河童

日本列島は今年も幾多の台風と大雨に見舞われ、各地に被害をもたらした。
その台風シーズンも終わり、どうにか災害の心配もなくなった様である。
今は気象学も発達し台風の予測や大雨情報が居間に居ても分かるようになって来たが、その昔は天気の予報も難しく、山の端の雲の色や形を見、海に吹く風にその根拠を求めたものである。
当然予想は外れ突然の風雨に被害は大きくなるばかりであった。
先人はそれを魔物のせいにして来た。その代表が龍(大蛇)と河童ではなかろうか。
山奥の沼に住む龍が突然暴れ出し、天に昇って大雨を降らせる。増水した川では河童が人を引きずりこむ。龍と河童にすれば迷惑な話である。
ただし、旱の時に雨を降らせてくれるのはこの龍であり、乾いた田畑に水を張るのも河童であることを先人は忘れていない。
ここにきてやっと龍と河童が静かに休める時が来たようである。その証拠に昨日はさわやかな小春日和であった。

 やうやくに大蛇も穴に入りけり  英世

一句の風景

紅葉観に来て海ばかり見てをりぬ

紅葉を見ようと西公園を訪ねた時の句である。
西公園は桜の名所であるとともに、もみじ谷と言う場所があるように紅葉の名所でもある。
その紅葉が目的であるはずなのに、なぜか私の目は何時しか海ばかり眺めていた。博多湾沖に浮かぶ能古島、志賀島その間に小さく浮かぶ玄界灘を見ていると何故か晩秋の海の美しさに魅入られてしまったのである。
空にはトンビの群れが行きゆく秋を惜しむかのように大きな輪を描いていた。
2012年(平成24年)10月「季題:紅葉(秋)」

穭と書いて「ひつじ」と読むれっきとした冬の季題である。
穭とは稲刈りをしたあとの切り株にしばらくすると青い新芽が立つが、それが穭でその穭の立った田んぼのことを穭田と言う。
田舎育ちの私はしいら籾のついた穭をよく知っているが、都会の俳句仲間にはなかなかピンと来なかったようである。
そこで女性行動派のK.Nさんがわざわざ穭を写真に撮ってきてくれて、みんなで珍しそうに見ながら観察していた。
一面に穭が立った広い田んぼはどこか淋しさの中に新鮮さを感じる。
晩秋の夕焼の中に田んぼ中が緑に輝くのもこの時期の美しい光景で、いよいよ冬がやって来るのだなと思わされる。
二期作、三期作の東南アジアでは成長して稲になるが、寒い日本では仮に穂が出たとしても実ることはなく、そのまま霜に枯れて行く哀れな稲である。
その穭が今回の兼題であった。
例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 穭立ついづれ実らぬ身なれども  英世

秋惜む

秋惜むとは秋も終りに近づく頃の物悲しさを感じる心を表した秋の季題である。一般的には秋惜しむと書くが、ホトトギスでは何故か惜むと「し」を省略する。
本来であれば行秋や暮の秋と同様に10月の終りに詠むべき季題であるが、その秋惜むが何故か11月の鴻臚句会の兼題であった。
秋惜しむは秋を惜む心であると言ってしまえばそれまであるが、秋思の時も言ったように日本人にはひときわ秋に対する思い入れが強いようである。それだけに秋を惜む思いも強いのであろう。
歳時記の例句でも故郷に秋惜む、旅にいて秋惜む、山、川、雲、鳥、草花にと、全ての自然に秋を惜む気持ちが詠まれている。
この日の秋を惜む気持を詠んだ私の特選句をご紹介しよう。

 しみじみと語る余生や秋惜む  英世

西公園吟行

今回のたんたん句会は福岡市の西公園吟行であった。
西公園や大濠公園は我々俳人にとっては馴染みの吟行地で、年に4~5回は訪れる場所である。
この日はくしくも立冬であったが、立冬とは思えない青空と温かさであった。
この時期の西公園はまだ色は浅いがもみじが美しい。つまり冬紅葉である。
いつかもお話ししたように俳句の季題は概ね京都を中心に作られているので、北と南では時期がずれて来る。
この時期北国では雪が降り始めるが、南の九州では紅葉の始まりなのである。
先生によっては歳時記に忠実に、冬の季題は冬にと言われるが境目の時期はこれがなかなか難しい。
個人的には兼題で詠む場合を除いて、目の前にあるものは季節感を少し超えて詠んでも良いのではと思っている。
ということでこの西公園の紅葉を詠むことにしたが、幸いにして紅葉には冬紅葉と言う相応しい季題があるので早速それを使わせて貰った。
その紅葉の句ではないが、例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 初恋の出会ひの如く冬桜  英世

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冬支度

面白い冬支度の話を聞いた。
いつぞやもお話した26歳で大学受験資格を得て挑戦している青年の話だが、最近その青年が見事な髭を蓄えている。
この夏までは真っ青な髭そり跡であったのに、あっという間に見事な髭になっていた。
私は「ずいぶん伸びたね」と冷やかし半分に話しかけたところ、彼は「冬支度です」と答えて来た。
私は思わず吹き出しそうになるのを堪えるのがやっとだった。
確かに冬支度である。
殆んどの動物は冬毛と夏毛がはっきりしていて、いま時分は冬毛に変る最中である。
ということは人間も冬毛に変ることがあっても良いかもしれない。
彼は彼なりに髭を蓄えることで自分の冬支度しているのであろう。

 髭伸ばすことも紳士の冬支度  英世

冬野十一月号

めっきり冷え込むようになって来た朝、決まった日の決まった時間に冬野11月号が届いた。
今月号の私の出来は最低でがっかりさせられたが、没になった句をよく読んで見ると少し力が入り過ぎていたような気がする。
例によって私の冬野入選句と他の句会の入選句も併せてご紹介しよう。
冬野11月号
 法師蝉妣の呼ぶ声したやうな
 記念碑に残る祖父の名村祭
 温泉の宿の客も総出の踊かな
 ことさらに秋立つ川の風の音
 草市や駆け引き上手き行商女
 布衣の身のぷいと種吐く西瓜かな
 秋鯖や禁酒の誓ひとうに捨て
 石庭に秋の明暗ありにけり
冬野インターネット句会
 鏑矢の風切る音や天高し
 この秋思歳のせゐとは思はねど
 稲雀腹ふつくらと見えにけり
 たばこ屋も湯屋も路地裏暮の秋
 消しゴムに文字吸はれゆく秋思かな
俳句ステーション
 アルプスの嶺より生るる秋の風
 爽やかや朝餉も常の如く食べ
愚陀佛庵インターネット句会
 歳下の子と組まさるゝ宮相撲
 門火焚く浄土のはなし聞きたくて
現代俳句インターネット句会
 草の実に我がありばいの崩れけり
 うどん好きなれど新蕎麦だけは別
 秋の夜の留守電の声くぐもれり

愛莉とお茶会

一昨日3日の文化の日に大濠公園の日本庭園や美術館、護国神社などで福岡市合同大茶会が開催され、お呼ばれしたので家内と孫娘の愛莉の三人でお邪魔した。
お茶になじみがない私たちはどの流派というこだわりもなく、子供体験お茶教室が開かれている護国神社に行くことにした。
まずは子供体験お茶教室で、愛莉にお茶の体験をして貰うことにした。
お茶は初めての愛莉はお作法を教わりながら、神妙に茶菓子とお抹茶を頂いていた。
続いてお手前の勉強で、愛莉は慣れない手つきで茶筅をかき回して家内にお茶をたててくれた。
続いて本番のお茶会に移り、三人で本職の先生方が野立て方式で立ててくれた茶を美味しく頂いた。
愛莉にとってこのような体験は大きくなって必ず生きて来るであろう。その証拠に帰りに寄ったレストランでは、作法通りにきれいにお箸を揃え行儀よく料理やお茶を頂いていた。
まさに文化の日にふさわしいひと時であった。

 お茶の湯の子供教室文化の日  英世

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油山登山

植物園に続いていつもの油山に登った。
前回は病み上がりということもあって頂上は極めず中腹の散策に徹したが、今回はきっちりと山頂に登ってきた。
この日は抜けるような素晴しい秋空で、博多湾から出て行く大型船や能古島渡船の航跡が油山山頂からも見ることが出来た。それを見ているだけでも頂上に立った価値があろうと言うものである。
天気が良かったことで女性の登山客つまり山ガールが目立った。油山が市民の森として定着してきた証拠だろう。
紅葉も急速に進んでいるようで、楓の一種などはすでに落葉となって山道を埋め尽くし、踏む度に心地良い音を立ててくれた。
私は何となく素足で歩いて見たくなり、登山靴をぶら下げて20メートルほど歩いてみたところ、ちくちくとした何とも言えない心地よい感触であった。しばらくすると全山真赤に紅葉することであろう。
その時はまた訪れてみたいと今から楽しみにしている。

 秋天や行き交ふ船の水脈白し  英世

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植物園散歩

そろそろ秋も終りの先日、抜けるような青空に誘われて植物園に行った。いつもお話ししているように植物園は私の家から歩いて20分ほどの近さである。
この日の植物園は秋の薔薇祭の最中で、イベントホールでは薔薇の展示会が開かれていた。愛好家の手に寄る素晴しい薔薇に包まれ気分は最高であった。
園内を巡ると目の前にコスモスの群落が広がり、奥にはこれまた薔薇園が今を盛りと妍を競っていた。
そのベンチで持参のサンドイッチ(私が作った)を頬張りながら、流れゆく雲を見ているとさながら去り行く秋を惜しんでいる詩人のようであった。
植物園の後は動物園を抜け、野村望東尼の庵「平尾山荘」そして平尾大池を散策しながらとうとう家まで歩き通してしまった。

 抜けるよな青き大空秋惜しむ  英世

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十一月の花ごよみ「芒」

芒は秋の季題だが実際は今の時期が一番美しい。
だが、立冬が過ぎれば「枯芒」と言う冬の季題になり、何となくさびしい芒の光景が浮かんでくる。
昭和に生きた人なら「船頭小唄」の歌詞を諳んじている人も多いだろうが、私は芒と言えばどうしてもえびの高原の風になびく芒を思い出す。
この時期青く輝いていた芒の穂は徐々に赤味を帯び、やがて明るい銀色に変身して行く。古人はこの銀色を「えび色」と称し、その銀色の芒が靡く高原をえびの高原と名付けた。
えびの高原のある霧島には天の逆鉾で有名な天孫降臨の高千穂の峰などがあり、坂本龍馬とおりょうの新婚旅行の地とされている。
花の少なくなってきたこの時期に、山と温泉、そして美味しい食べ物を探して霧島山系からこのえびの高原を訪ねてみるのもいいだろう。

 輝きをまだ存分に枯芒  英世

十一月に入る

今日から十一月そして7日は立冬、いよいよ冬に入ることになる。
一年のうちでは何となく二月の存在が薄いような気がするが、それに次ぐのがこの十一月ではなかろうか。
その十一月に私は生まれたのだから何という巡り合わせだろうか。私が生まれた朝は霜が降りていたと母から聞いている。
とは言え、一年のうちであまり暑くもなく寒くもないのがこの十一月で、旅行には最適の月である。私の所属している団体の慰安旅行も例年この十一月に行われ、今年も18日に予定されている。
また、十一月は文化の月でもある。
いつもお話ししていることだが、私は一応俳句、エッセイを趣味とした文系を自任しているので、そう言った意味ではこの十一月はいつも以上に張りきらねばならないだろう。
今月も大いに野や山に遊び吟行に力を入れるとしよう。

 霜月の日ざしまぶしく荒津岬  英世

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