二月が終る

予想していた通りあっと言う間に2月が終ってしまった。
特に大学受験生にとっては入試のことで頭が一杯になり、あっという間の2月だったのか、それともやたら長く感じたのかどっちだろう。
個人的にはこの2月も持病に見舞われることもなく平々凡々の月であった。
かつて私の座右の銘は「非凡なる凡人」だとお話ししたことがある。つまり「凡人であることは簡単なようで難しく、それだけにその凡人になるとう言うことは非凡である」と言った意味である。この平々凡々こそが一番の幸せかもしれない。
日もずいぶん長くなって空が明るくなってきた。
いよいよ山や野遊びの季節がやって来る。この調子で3月も大いに遊び、楽しむとしよう。

 塾もまばらになりて二月尽  英世

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一句の風景

祖母がゐて母在りし日の梅古木

巷は梅の盛りで梅の名所は何処も観梅客で賑っている。
ふと我が家の古い梅の木を思い出した。実はこの梅の木は家を新築する時に邪魔になるからと切り倒される運命にあった。その時母が「この梅の木だけは切らないでくれ。私が嫁に来た時にあった古木で、もう思い出はこの梅しか残っていない。」と訴えた。
母の思いを知りその白梅は別の庭に移し替えられ、母が亡くなった今でも毎年きれいな花を咲かせてくれている。
2012年(平成24年)2月「季題:梅(春)」

石橋文化センター吟行

今回の吟行は久留米市の石橋文化センターであった。
久留米市は私が育った町であり高校に通った町でもあることから、吟行に行く前から私の心は少々高ぶっていた。
この日の文化センターは曇り空ながらも、ものの芽の息吹が聞こえて来るほどの暖かさで絶好の吟行日和となった。
園内には創始者の石橋正二郎氏(学校の大先輩)が美術愛好家だったことから、坂本繁二郎画伯の旧アトリエが残されており、その周りでは梅が満開となっていた。
この公園は青春時代に遊んだ懐かしい場所であり、その頃を懐かしく思い出しながら吟行した。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

青春を過ごせし街や茂吉の忌  英世

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国公立前期試験

今日明日は国公立大学前期入学試験である。
私の働いている進学塾でも塾生のほとんどがこの試験に挑戦する。日頃の勉強の成果を十分に発揮して見事栄冠を勝ち得て欲しいと願うのみである。
ところが、一発勝負の入試には思わぬ落とし穴が待っている。
狙った問題とやや違った問題が出たり記入ミスなどもあろうが、最も怖いのはそれ以外のトラブルである。
肝心の時に風邪などで体調を壊すようなことがあっては、休むまでもなくとも実力を発揮するには至らないだろう。
また、新聞などでよく報道される交通機関のトラブルなどへの事前の準備が必要である。代替交通機関の調査や、試験会場になるべく近いホテルでの宿泊など準備を怠らないようにしなければならない。
繰り返すようだが、天の利地の利を活かしみごと突破して貰いたいものである。

 一生に一度にしたし大試験  英世

携帯電話

昨日迷子と携帯電話のお話をしたが、この携帯電話のお陰でずいぶん事故が減ったと新聞にあった。
例えば山で遭難した時にこの携帯が安全の確保にどれだけ役に立っているだろうか。先の御嶽山噴火でも証明された通りである。
また、児童の通学時の事故や老人の徘徊も問題となっている。
このような弱者にこそGPS機能としての携帯は不可欠であろう。仮に本人が会話できない場合でも推理小説なみに居場所を確定できることもある。
私の仲間でも束縛されたくないことを理由に、携帯を持たないことを自慢にしている人がいるが、私は安全確保の意味でも携帯だけは常時身につけて欲しいと思っている。
ちなみに小学2年の孫の愛莉は小学生向けの携帯を、訳あって学校の許可を貰って所持している。

 携帯の先に春呼ぶ孫の声  英世

老人の迷子

10年程前までは吟行や団体旅行で迷子になる人が多かった。
集合場所や時間を間違えたり単独行動で本当に道に迷ったりと様々であるが、一人や二人は必ず迷子が出てみんなで探しまわったりしたものである。
警察に依頼して探して貰ったところ、本人はさっさとタクシーで自宅に帰る途中を発見された人もいた。
この時ばかりは私も心の底から安堵して、気が抜けて思わず涙がこぼれそうになった。
ところが、このところその迷子がめっきり減ってきた。
決まられた時間に決められた場所に集合し、句会場にも誰ひとり遅刻することなく集合するようになった。
理由はもうお分かりだと思うが、大部分の人が携帯電話で連絡を取り合うようになったからである。
吟行も団体旅行もこの携帯のお陰で幹事がずいぶん楽になったことは言うまでもない。

 遅れ来る刀自待つ磴や春の寺  英世

君子蘭

この君子蘭も花の少ないこの時期によく出る題で、その君子蘭が今回の兼題であった。
君子蘭はヒガンバナ科の常緑多年草で、日本には明治時代に渡来した名の如く貴人の冠を思わせる花である。
葉の間から伸びた太い花茎の先に漏斗状の大きな花を咲かせる。色はふつう緋紅色で満開時には半球状に集まって美しく咲く花である。
この君子蘭は何故か病院の待合室などに多いが何か謂れでもあるのか、それとも単なる偶然なのだろうか。
例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 君子蘭活けて交番巡回中  英世

紅梅

今回の硯潮句会の兼題は鴻臚句会と同じ紅梅であった。
句会によって出題者が違うので、偶然同じ兼題になってしまうことはよくある話である。
紅梅そのものについては前回説明したので省略するが、この紅梅の句には虚子の有名な「紅梅の紅の通へる幹ならん」の句がある。
この句の通り紅梅の小枝は赤い色をしている。
虚子はそのことを知ってこの句を詠んだのだろうか、あるいは紅梅の幹には赤い樹液が流れているのではと想像して詠んだのだろうか。
私は虚子が「ならん」と詠んでいることから何となく後者のような気がする。
例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 紅梅の顔の高さに匂ひけり  英世

一句の風景

梅の宮親子で固く結ぶ絵馬

太宰府天満宮は学問の神様つまり文の宮であると共に梅の宮でもある。
社前には菅原道真公所縁の飛び梅が植えられており、それがほころび始めるころが受験シーズンで、全国からたくさんの親子が学業祈願に訪れる。
この日も女子中学生を連れた母親が、神前でご祈祷を受けた後に絵馬を書いて掛けていた。
合格の祈りを込めたその絵馬は親子でしっかりと結ばれていた。
2012年(平成24年)2月「季題:梅(春)」

ダウンハーフコート

春とは言えまだ防寒具のコートは欠かせない。
私は外出用のコートは用途に合わせて3着持っているが、何れもスーツやブレザーの上から着るオーソドックスなものばかりであった。
室内やちょっとした外出に着るダウンが欲しいなと思っていたところ、家内が例のショップで黒のダウンハーフコートなるものを買ってきてくれた。
家内は今流行りだと言ったが、そう言えば街中でもこのような黒いウェアを着ている人をよく見かける。
早速その薄っぺらなハーフコートに袖を通して見るとその軽さに驚かされた。
実はこんなに軽いもので温かいのかなと半信半疑だったが、いざ着てみると意外と温かい。
今まで室内で着ていたダウンはぶかぶかしていて、如何にも防寒着そのものに見えただけに変われば変わるものである。
かつてウン万円出して買ったダウンに申し訳ないが、半分以下の値段でこの暖かさである。
妙なことで科学の進歩こそ日本の生きる道だと思った。

 薄っぺらな春のコートに包まれて 英世

福岡城址吟行

今回の百年句会吟行は福岡城址の梅園であった。
梅と言えば太宰府であるが、太宰府は先日の梅まつりでも行ったことだし、近くの梅の名所を訪ねようと福岡城址にしたものである。
福岡城は初代藩主黒田長政が築いた平城で、広大な敷地には三つの天守台と数多くの櫓が配され、現在は多聞櫓(重要文化財)と大手門、潮見櫓などが残っている。
その二の丸跡に梅園があり350本の梅が一斉に咲きほころび、早春の風に乗って心地よい香りを放っていた。
この日は天気も上々で、吟行ではまず大手門に集合し、この梅園から名島門、大濠公園を巡る比較的長いコースであった。
なお、この百年句会は当番幹事が持ち回りで担当しており、この2月で私たちの半年の担当が終った。何かと気をもむことも多かったが、ともあれ無事終わって肩の荷が下りた感じがする。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 紅梅や色香てふもの男にも  英世

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永遠のゼロ


先日、三日連続でテレビドラマ「永遠のゼロ」を見た。
数年前にこの原作を読んでいたところ、ある大学受験生から「良い本を読んでますね」と声を掛けられたことがある。
今時の若い人にこのような本に関心を持つ人がいたとはと、一種のアンバランスを感じたが悪い気はしなかった。
岡田純一主演の映画を見損なっていただけに、テレビでドラマ化され放映があると言うことに飛び付いた。
ストーリーはすでにご承知と思うので省略するが、無理編に拳骨の軍隊の中で一人の人間として生き抜いた一ゼロ戦パイロット宮部久蔵の愛と信念のドラマに、またまた涙腺が緩んでしまったことは言うまでもない。
ただ、あれほど家族思いだった彼が何故特攻を志願したのかは最後まで明らかにされていないが、やはりその時代と彼の責任感の強さ、高潔さ、償いからではなかろうかと私は思っている。

 早春の南の空に散りし人  英世

紅梅


今回の鴻臚句会の兼題は春の風邪と共に紅梅であった。
梅は普通花の色によって白梅と紅梅に分けられるが、紅梅は白梅よりやや遅れて艶やかにそして暖かく咲く梅の花である。
紅梅は文字通り紅色系統の品種で蘂が長く妖艶な趣があり、その趣の故か俳句では主に白梅を指す梅とは違う独立した季題になっている。
白梅が散りかけた頃、世代交代とばかり咲く紅梅を愛で、日一日と春めく雰囲気を観賞するのも良いものである。
例によってその紅梅の入選句をご紹介しよう。

 紅梅の雫に色を滲ませて  英世

春の風邪

インフルエンザが一段落しても風邪そのものがなくなった訳ではない。
暖かくなったと油断している春先にもよく風邪をひくことがある。いわゆる春の風邪でその春の風邪が紅梅と共に今回の兼題であった。
春の風邪はそんなにひどくはないが、長引くことが多い。それはあまりひどくないことから軽視して薄着したり夜遊びをしたりして長引かせるのであろう。
美人の春の風邪は何となく艶めかしいものがあるが、老人のそれは見られたものではない。
肺炎と風邪は直接的にはあまり関係ないと言われているが、老人の春の風邪を見ていると肺炎にならなければよいがとつい思ってしまう。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 肺炎の気になる齢春の風邪  英世

時計の分解掃除


少し前の話になるが、愛用の時計が狂い出したので市内デパートの時計クリニックで電池を交換して貰った。料金は3780円也。何となく少し高いような気がした。
天神には三つの有名デパートがあるが、最初に行ったデパートでは自店で電池交換ができないのでメーカーに頼むことになり、そうすれば10日ほど日にちがかかり料金は5千円程度だと言うことであった。
幸い2軒目のデパートで交換できたからいいものの、最初のデパートでなぜ交換できないのかと何となく納得いかなかった。
確かに私の時計は某スイス有名メーカーの時計であるが、メンテナンスと言うかサービスにどうも料金が高すぎるような気がする。
電池交換したデパートで、そろそろ分解掃除の時期が来ていますよと言われたので、ちなみにメンテナンス期間と費用を訪ねると、期間は1ヶ月で費用は4万円程度だと言われた。
いまどき時計に1ヶ月と4万円もかけてメンテナンスする価値があるのだろうか。その時期が来たら考えるとしよう。

 子の刻の鐘の余韻や春浅し  英世

パソコン故障

ずいぶん前からパソコンの故障に悩んでいる。
故障内容はマウスとUSBが反応しないというものである。USBが反応しないと言うことはデジカメの画像も取り込めないということでこれらは全て関連する故障である。
いまのところインターネットを始めワードやエクセル、メール、プリンターなどは通常通りに機能するので不便ではあるがタッチパッドで操作している。
メーカーに電話し遠隔審査で調べて貰ったところ、完全な故障で修理すれば基板交換などで2万5千円ほどかかると言う。
買ってから5年以上経つパソコンなので、ここで修理してもいつまで持つか保証はできないと言うことでもあった。
買い直せば簡単であるが、私はこのパソコンに少なからず愛着がある。
修理はせず、バックアップはCD、デジカメは家内のパソコンに取り込みメールで送ってもらうか、携帯電話のカメラなどを駆使して、寿命が来るまで騙し騙しして使い続けるつもりである。

 パソコンも気分次第や春の雷  英世

楽天の湯

先日今年初めて油山に登った話をしたが、その帰りに初めての湯屋に入って見た。
温泉と言わず湯屋と言ったのはそれが天然温泉ではなく人工の炭酸泉だからである。ざっと言えばラムネ温泉とでも言えば良いのだろうか。
正式には「高濃度人工炭酸泉」と言うらしいが、効能書には高血圧、筋肉痛、切り傷など通常の温泉と同じように万病に効くと書いてある。
真偽のほどはともかく、実際に入って見るとつるつると言うかぬるぬると言うか、何とも肌触りのいい湯であった。サウナや露天風呂、休憩室なども完備されており、規模こそ小さいものの満足すべき温泉である。
それよりも何よりも入浴料が480円と銭湯並みだと言うのが気に入った。
我が家からも近くどうもここが新しい私の温泉になりそうな予感がする。

 春風や肌にやさしき炭酸泉  英世

一句の風景

初午や百の鳥居に寄進の名

太宰府に吟行した時の句である。
太宰府天満宮の奥には天開稲荷神社が祀られている。
この天開稲荷神社には鎌倉末期に京都の伏見稲荷神社からの御分霊が祀られており、生命の根源である食べ物、とくに稲の生長を守護する神様して広く信仰されている。
この天開稲荷まで足を伸ばす参拝者は少なく日頃は静かなお稲荷さんである。
そのお稲荷さんに寄進されたたくさんの赤い鳥居には一基ごとに寄進者の名が記されていた。
折しも初午の時期で、その鳥居の美しさと寄進者の信仰心の深さを感じ賜った句である。
2014年(平成26年)2月「季題:初午(春)」

新聞休刊日

一昨日の話だが、新聞を開いてみると突然朝日俳壇の頁が目に飛び込んできた。
時々友人の入選句もあるこの朝日俳壇は確か月曜日のはずだが、と思って表を返して見ると確かに8日(日曜日)とあった。
そうか明日は新聞休刊日だったのか、それで朝日俳壇は日を繰り上げて発表したのかと、お粗末ながら気が付いた次第である。
長年起きてすぐ朝刊を読む習慣になっているだけに、新聞が来なかった昨日は何故か正月二日の朝のような気がしてならなかった。
幸い早朝から仕事だったのでさして気にも留めずに出かけたが、これが一日中ぼうっとしている暇な日なら、新聞がないことにはたして耐えられただろうか。
とは言え新聞人も人間である。偶の休みぐらいは許してあげねばなるまい。

 春寒や休刊日てふ床の中  英世

梅まつり俳句大会


毎年この時期に太宰府天満宮梅まつり俳句大会が開かれる。
今年も昨日8日に開かれ案内を受けて参加した。
太宰府天満宮はこれからが梅の盛りで、この時期は梅見の観光客で賑う傍ら、合格祈願に訪れる親子連れも多い。
中には親子で固く絵馬を結び付けている光景を見ることもあった。
この日の太宰府は寒の戻りの厳いし寒さであったが、俳人たるもの吟行となると寒さも気にならないらしく、みなそれぞれに梅林に散って行った。
その寒い日和の中で私も梅園を吟行し規定の3句を投句したが、結果はまずまずの満足すべき成績であった。
賞品に梅茶漬けを頂いたが、帰りの喫茶店(西郷隆盛ゆかりの宿)で友人が飲兵衛の私を気遣って上位賞品の梅酒と交換してくれた。
例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 絵馬に絵馬重ね祈願の梅の宮  英世

愛莉の誕生会


愛莉はこの2月で8歳になり4月には小学3年生になる。
昨日はその愛莉の誕生会に呼ばれた。
このところ何かと都合があって爺婆を呼んでの誕生会をして上げられなかったのでと、愛莉の両親が企画してくれたものである。
会には母方の祖父母も来てくれて一族揃っての賑やかな会となった。
美味しいご馳走やケーキを頂きながら、愛莉が生まれた時のことや二人で映画を観に行ったことなど、これまでの思い出が走馬灯のように浮かんで来た。
ふと妙な事に気が付いた。
愛莉は2月生まれだが成人式は1月である。果たして愛莉は同学年の友達と同じ成人式をするのであろうか、それとも一年遅れの成人式を迎えるのであろうか。
どうでもいいことのようだが、出来れば友達と一緒に成人式を迎えさせてあげたい。
とにかくそれまでは私も何とか元気でいたいものである。

 立春に巡り合はせの誕生日  英世

またまた筥崎宮


今回の句会はまたまた筥崎宮吟行で、今年三回目である。
吟行には度々出かけるが、同じ場所に立て続けて三回も行くのは珍しい。
と言うのも、複数の句会に参加しているので、当番幹事の企画によってはこのような事が起こっても仕方がない。なにしろ季節によっては行く場所が限定されてしまうのだから。
ところが困ったことが起きた。この時期花庭園の主役は何と言っても冬牡丹、確かに冬牡丹はまだ咲いているが、季節的にはもう立春を過ぎている。
春の牡丹と詠んだ句などは聞いたことがない。
しかし、つい二日前に立春が過ぎたばかりと言うことで、今回は特別の冬牡丹や福寿草で詠むことを可として貰った。
その冬牡丹を詠んだ中からこの日の特選句をご紹介しよう。

 薄ら日に苞を抜け出す冬牡丹  英世

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札幌雪まつり

新聞やテレビでいま札幌雪まつりのことを伝えていた。
現役の頃にはよく全国を飛び回っていたので、時おりその思い出の地をご紹介しようと約束していたが、今回はその雪まつりの札幌である。
南国育ちの私は雪の北海道を知らないので、一度でも良いからその季節に訪ねたいと思っていたところ、偶然この雪まつりの時期にチャンスが訪れた。
千歳空港に着いてまず用意したのが滑り止め、と言っても普段の靴に滑り止めの器具を取りつける簡易滑り止めである。
ところが雪道に歩き慣れない私はこの器具をつけてもおっかなびっくりで、ゆっくりゆっくり歩いたことを覚えている。
訪ねた日は雪まつりの前日で、札幌大通にはすでに大きな雪像が立っていた。大きな人物像やアニメ、白く輝くキャッスルと本番そのものであった。
雪まつりの賑やかさを味わうことはできなかったが、その雪像の見事さだけは今でも目に焼き付いている。

 雪まつり特急北斗星消ゆる  英世

冬野二月号

冬野二月号が手許に届いた。
このところ届くのを心待ちにするようになったのは、毎月執筆している「吟行あれこれ」の記事をいち早く見たいからである。
今月は梅の太宰府を紹介しているので、多くの人に読んで貰いたいものである。
例によって冬野やその他の句会の入選句をご紹介しよう。

冬野二月号
 立冬の岬宮にある昼の黙
 しみじみと語る余生や冬温し
 枯萩の手荒く刈られしまひけり
 花石蕗や名もなき武士の墓許に
 妣を詠む度に字余り冬ぬくし
 東京の葱の白さに慣れもして
 出来悪き大根ながらも干すことに
 冬めくや博多の街にふれ太鼓
 鮟鱇の肝恐々と食ぶる妻
 着膨れも様になりたる笑顔かな
冬野インターネット俳句
 まろまろと神馬の背の寒雀
 笹鳴に小さき幸せ貰ひけり
 笹鳴を待つ恋人を待つやうに
 故郷の空に一礼初御空
俳句ステーション
 餅搗の杵に振らるる園児かな
 謎秘めし出雲の国の小春かな
 小春日や五重塔のゆるぎなく
現代俳句インターネット句会
 白髪の美しき老女や冬銀河

人生は駅伝


今日が立春と言うことで、昨日は今年初めての油山登山を楽しんだ。
喘ぎながら登っているうちに、河童好きの先輩のブログの中の「人生はリレーだ。誰が第一走者でもなければアンカーでもない」という言葉を思い出した。
これは今までもよく言われてきた言葉で、リレーに替えて駅伝に例えられることが多い。
人間は自分一人で生れて来たわけではなく、また自分一人では生きてはいけない。
この世に生を受けたからには、両親はもとよりご先祖より延々と引き継いできた命を、次世代へ確実に引き継がなければならない役目を追っている。
しかもその役目は単に生命だけではなく、引き継ぐ襷に生きて行くための知恵や約束事がたくさん結び付けられている。
駅伝ではアンカーがテープを切れば終わりであるが、人生に終わりはない。
襷を渡す者はその襷に結びつけるものを厳選し充実させていかねばなるまい。
私もこれまでの経験を襷に結んで、孫や子に託さなければならない時期に来ているのかもしれない。

 子福者の父を誇りに根深汁  英世

二月の花ごよみ「黄水仙」

寒い冬に真白で清楚な姿を見せてくれる花に水仙がある。
俳句の世界ではたんに水仙と言えば冬の季題で二月の花ではなくなってしまうが、よくしたもので春には水仙によく似た黄水仙がある。
この黄水仙は水仙とは別の春の季題となっている
資料によれば、この黄水仙は彼岸花科で厳密に言えば日本水仙とは別属別種の花であるが、見た目はどうしても水仙そのものである。
日本には江戸時代に渡来し切り花用として栽培されてきた。黄水仙には強い香気がありスイセン香水はこの香りである。
それにしても黄水仙といい紅梅といい、時期的に白より少し遅く咲くのは偶然なのだろうか。

 卓上に古き歳時記黄水仙  英世

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筥崎宮吟行


少し遅くなったが、先月末の筥崎宮吟行のお話をしよう。
筥崎宮については先日玉せせり俳句大会の事をお話ししたが、今回の句会もその筥崎宮を吟行することであった。
正月にあの賑いを見せた筥崎宮もこの日は人出が少なく、園児らが鳩を追い掛けるいつもながらの風景であった。
吟行ではまず本殿にお参りし、その足で境内を巡り吟行スポット「筥崎宮神苑花庭園」を訪ねた。
この花庭園は周遊式の庭園で、今は藁苞を被った冬牡丹が真っ盛りである。
その冬牡丹は本来初夏に咲く牡丹を人工的にこの冬の時期に咲かせたもので、自然に寒の時期に咲く突然変異の寒牡丹とは全く別の種である。
その冬牡丹をじっくりと観察し句に詠んだ。その中の私の特選句をご紹介しよう。

 角隠しめける藁苞冬牡丹  英世

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二月に入る

あっという間にもう二月で、3日は節分4日は早くも立春である。まだまだ寒さは続くが、日一日と日脚が伸びて来るのがよくわかる。
ところでこの二月が何故普通の月より短いのかが気になった。
調べてみると科学的根拠はほとんどなく、ローマ皇帝カエサル(シーザー)が当時年度末だった二月を勝手に短くし、調整用のうるう年もこの二月にしたとあった。
真偽のほどは定かでないが、当時のローマ皇帝は暦さえも自由にするのかとその権力の偉大さに驚かされた。
それにしても二月は短い。ぼやぼやしているとあっという間に逃げ去ってしまう。母はこの逃げ去ってしまう二月のことを「ちょろ二月」と呼んでいたのを覚えている。
とは言え春はもうそこまで来ている。万事計画的に行動しそろそろ庭の手入れなどもしなければなるまい。

 歳時記の最も薄き二月かな  英世

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