三月が終る

寒暖の差が激しかった三月が今日で終る。
それにしてもこの三月は忙しかった。仕事の合間を縫って俳句の会や吟行そして暖かくなったと言っては油山などに野遊びに出かける。
我ながら少し張り切り過ぎではなかろうかと思ったほどである。
と言う訳ではないが、昨日は健康保険組合から訪問健康診断に来てくれた。
別段健康状態に変化はなかったが、やはり持病の憩室炎のことが気になった。
病気になると右下腹が痛み始め微熱が出るのですぐわかるが、そこではなく右わき腹の別の場所がチクリとしただけでももしやと疑ってしまうほどである。
この病気にかかるとほぼ一週間以上を無駄にするので、日常生活に十分気を配らねばならない。
明日から4月、これからも健康には十分気をつけるとしよう。

 三月や年度末てふ忙しさに  英世

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一句の風景

淡雪や緋色たたみしフラミンゴ

孫の愛莉と動物園に行った時の句である。
今日は寒いからまたにしようと言ったが、一旦行くと決めた愛莉が承知するはずがない。
懐炉を一杯詰め込んで、いつものように象やライオンを見て回り、二人は鳥舎の前に来た。
鴨などの水鳥が元気に水浴びしている傍で、緋色フラミンゴの群れが身じろぎひとつせずに一本足で立っていた。
折しも春の雪が落ちて来て、立ち尽くすフラミンゴはあたかもその緋色を翅にたたみ込んでいるかのようであった。
2012年(平成24年)3月「季題:淡雪(春)」

息子の文字

息子が私の留守中にパソコンの整備をしてくれていて、その後の注意事項を書いたメモを残しておいてくれた。
いつもながらの息子の配慮に感謝しながら、そのメモをしみじみと眺めていたところ、何となくその文字の一つ一つに親しみが湧いてきた。と言うのもその文字は私の文字とどことなくよく似ていたからである。
女文字に似た丸みを帯びた字体はまさに私とそっくりであった。
息子は私に似ず色が白く華奢な容姿で、それは母方の血を強く引いていることは明らかであるが、反面、涙もろいところや子供に甘い点などは私に似ていると思っていた。
ところが、まさか文字までが私に似ていたとは40年以上も一緒に暮らしていながら全く知らなかったのである。
それだけに新しい発見による親子の縁を強く感じたメモであった。

 うららかや親子を結ぶ置手紙  英世

花冷え

日本には季節毎の天気に梅や菜種などの花などを配した独特の美しい言い回しがある。
花冷えと言う言葉もその一つである。
桜の開花が宣言されて間もなく冬並みの寒気が南下し、北国では強風と雪に見舞われることが多い。
過去、福岡でも咲きかけた桜がうっすらと雪を被ったこともある。
今日は温かいので明日は花見に行こうと思い立った人に、まだまだだと待ったをかけているようなもので、花冷えと言う言葉は美しいが、何となく意地悪い花のような気もする。
今年の三月もまたこの花冷えに見舞われた。
その花冷えもやっと収まってもうすぐ麗らかな花の四月がやって来る。

 花冷や背を気にする伊達男  英世

西公園吟行Ⅱ

今回の吟行もまたまた西公園であった。
ところが今回の西公園は前回とは様相が一転していた。と言うのは快晴の青空に促され、桜がちらほらと咲き始めており、日射しの強い場所の桜は満開に近い咲き様であった。
西公園の桜は「日本のさくら百選」の選ばれたほどの名所で、季節になると大勢の花見客で賑います。
私が現役の頃も若いものに場所取りをして貰って花見の宴を楽しんだものである。
これではどうしても桜を詠まざるを得ない。
西公園一帯に咲く桜を丹念に観察しながら、手にとって花びらを観察したり匂いをかいだりして苦心惨憺の上数句を賜った。
と言うことで桜を詠んだ今日の特選句をご紹介しよう。

 空高く鳶を誘ふ桜かな  英世

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会員のつどい

一昨日、所属しているシルバー人材センターの会員のつどいが開かれその司会を私が担当した。
このつどいは年に一回会員の親睦と交流を図る目的で開催されるもので、大勢の会員が参加した。
公式のかた苦しい議題のあとはこれも恒例のアトラクションで、今年は博多にはかと落語であった。
そのなかの博多にはかは所属する会員によるもので、その軽妙な語りや仕草で会場は大爆笑であった。会員の中にこのような才能の人がいるとはまさに驚きである。
また、落語はセミプロの笑っ亭風太郎さんの「長屋の花見」であった。お馴染みの沢庵をかまぼこと称し、番茶のお酒で酔った振りをする話などは何度聞いても面白いものである。
麗らかな一日久し振りに大口開けて笑ってしまった。

 うららかや大口開けて笑ふ婆  英世

春火桶

薔薇の芽と同時に出された兼題が春火桶であった。
火桶とは火鉢のことで、いまのようにエアコンが発達していなかった頃は炬燵とこの火鉢が主要な暖房器具であった。
当然季題としては冬になる訳だが、冬が終ったからと言ってすぐに引っ込んでしまう火鉢ではない。
春になってもしばらくは寒さが残るし、温かくなっても急に寒さが戻ってきたりする。そのようなときに活躍する火鉢のことを春火鉢と言って春の季題にしているのである。
春火鉢と言えば思い出すのが、先日行った柳川の川下りである。
まだ風の冷たい時期に川下りではこの火鉢、つまり春火桶が欠かせないからである。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 春火桶積んで出を待つどんこ舟  英世

薔薇の芽

諸々の花の芽が伸びる時期だが、その中で今回は薔薇の芽が兼題であった。
薔薇に関しては見るのは好きなもののその知識たるやお粗末な私である。
薔薇の芽の兼題にどうしたものかと迷っていた時に、偶然石橋文化センターの薔薇園でその薔薇の芽を見ることが出来た。
綺麗に刈りそろえられた薔薇の木には赤味を帯びた芽がぽつぽつと伸びていた。よく見るとその芽は真赤なもの、少し赤味を帯びたもの、やや黄色がかったものと様々な色をしていた。
おそらく咲く薔薇の色に合わせてすでに準備が整っているのであろう。
じっくりと薔薇の芽を観察して詠んだ句の中から今日の特選句をご紹介しよう。

 薔薇の芽の一雨ごとにほぐれけり  英世

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マザーコンプレックス

今日は家内のウン十何歳の誕生日である。
家内にプレゼントは何が良いかと尋ねたら国産の高級ステーキ肉が良いと言う。何とも元気旺盛な奥方である。
この日を迎えるとどうしても忘れられない思い出がある。
十年程前の話であるが、家内の誕生祝いの最中に酔いが回った息子が「お母さん生んでくれてありがとう」と言った。
私はちょっと待てよ、俺にも何かあるだろうと言ったところ、親父には感謝はするがやはり生んでくれたのはお母さんだと言う。家内が涙顔になったのは言うまでもない。
言われてみればその通りである。生き死の境で生んだのは家内であり、私は当然だと言わんばかりの顔をして待っていただけである。
生れた赤ん坊が始めて見る親の顔は母親であり決して父親ではない。
子供、特に男子はマザーコンプレッスだと言うが、考えてみるとこう言うことが原因かもしれない。
私の句に母がよく出て来るが、私もやはりマザーコンプレックスなのだろう。
そのマザーコンプレックスの一句をご紹介しよう。

 謎多き母の一生雛飾る  英世

入学試験の思い出

昨日A新聞に103歳で現役の日野原医師が入学試験の思い出を語っていた。
天才肌の日野原医師が試験問題に苦戦したなどと語るはずもなく、受験票を忘れたことや何故合格した神戸一中に行かなかったかなどを語っていた。
翻って自分の高校入試のことを思い出した。
私は私立のK大学付設高校を受験したが、試験も無事終わり問題を振り返っていたところ、数学のある一問で私の答が間違っていたことに気が付いた。
私はこれでこの高校は不合格だなという妙な確信を持った。
その頃その高校は九州でも有名な進学校で、一問でも間違えば不合格になるほどレベルが高かったのである。
記憶に間違いがなければ、僅か100人の合格に1200人以上が受験していたような気がする。
幸いにも私は合格したが、そのことを父に告げると父は悲しそうな顔をして黙ってうつむいていた。
私はうすうす無理だなと感じていた大学進学と、将来医者になるという夢を即座に諦め、公立の商業高校に進路を切り変えた。
でもその判断に少しの未練も迷いもなかった。
当時は高校に行かせて貰えるだけでも有り難かったし、素晴しい仲間に恵まれたその高校生活に満足し今でも感謝している。

 人生の岐路に立ちたる大試験  英世

彼岸

今日は彼岸のお中日である。彼岸を迎えると必ず思い出すことがある。
私の実家の庭には小さな祠があり今でも弘法大師をお祀りしている。私たちは親しみを込めて「おこぼさん」と呼んでいた。たぶん弘法大師が訛ったものであろう。
そのおこぼさんに彼岸になるとたくさんのお遍路さんがお詣りに来て、私たちは家族総出でお茶やお菓子を出してお接待に追われた。
また逆に母に連れられて近くの村々にお遍路したこともあった。
私が小学生ぐらいの時でなぜお詣りするのか意味が分からず、途中できついとか喉が渇いたとか駄々をこねて母を困らせた記憶しかない。
いま思えば本当に罰当たりな少年であった。

 装ひに迷ひし彼岸詣でかな  英世

一句の風景

雉鳴いて右に逸れたるティーショット

ゴルフに熱中していた頃を思い出しての句である。
今では止めてしまったが、かつては何かに憑かれた様にゴルフにのめり込み、ホームコースはもとより各地のゴルフ場を転々としたものである。
ある日の大分のゴルフ場でのこと、遠くで雉の啼き声がした。
こんなゴルフ場で雉が啼くとは何とものどかなものだと思っていると、油断したのか私のティーショットは大きく右に逸れてしまった。
パーティーのメンバーの手前雉に油断したとも言えず、自分一人で苦笑していた時の思い出を詠んだ句である。
2012年(平成24年)3月「季題:雉(春)」

子規とベースボール

3月21日に始まる春の甲子園野球大会に21世紀枠で四国の松山東高校が出場する。実に82年ぶり2度目の快挙である。
四国大会では一回戦で敗退したが、他の運動部とグラウンドを共有するなどハンディがある中で成果を挙げたこと、学業と野球部活動を両立させていることなどを理由に選ばれたのである。
実はこの松山東高校は正岡子規や高浜虚子を始め幾多の俳人を輩出した、俳句界には切っても切れない所縁の学校で、夏目漱石が一時教鞭を執った学校でもある。
また、正岡子規が野球好きだったことも有名で、子規の幼名だった「升(のぼる)」にちなんで、「野球(のぼーる)」という雅号を用いたこともあると言う。
それほど子規が愛した野球で松山東が甲子園に出る。
果たして甲子園でどんな野球(のぼ~る)を見せてくれるだろうか、今から楽しみにしている。

 雲雀まで届け球児のホームラン  英世

西公園吟行

今回の百年句会は桜には少し早い西公園が吟行地であった。
西公園は太宰府や大濠公園と共に吟行でよく訪れる場所で、公園の何処に何があってどこにどのような碑が立っているか、季節によって何処にどのような花が咲いているかなど隅から隅まで頭に入っている。
今日の西公園は昨夜からの雨も上がり温かく絶好の吟行日和であった。
そのような日和の中で私は春の句材を見つけることにしたが、なかなか思うような光景に出会えることはなかった。
それでも辛抱して歩いていると、桜、椿、蒲公英、霞む海とよく探せば結構見つかるものである。
句会の成績は散々であったが、そのような中でかろうじて入選した一句をご紹介しよう。

 踏青や師弟の会話弾みたる  英世

雲雀

春の鳥と言えばどうしても雲雀を外す訳にはいかない。その雲雀が今回の季題であった。
この兼題が出た時にどうしたものかと困ってしまった。と言うのは今時街中で雲雀の声を聞くなど到底不可能だからである。
とう言うことで早速雲雀の探索に出かけた。
福岡市から少し南西の早良地区に車を飛ばすと長閑な田園風景が広がっている。ここならばと何日か通っているうちについに懐かしい雲雀の声を聞くことができた。
ところが声はすれどもなかなか雲雀を見つけることができない。それでも辛抱しているとやっと雲間に見付けることができた。雲雀は思った以上に高い空にホバーしているものである。
このように苦心惨憺した探した雲雀の今日の特選句をご紹介しよう。

 妣許へ雲雀に託す便りかな  英世

春塵

春風とともに街中が埃っぽくなり、家の中でも埃を置くようになる。この埃のことを春の埃つまり春塵と言って春の季題になっている。
その春塵が今回の兼題であった。
現在のような高密度の家になっても埃はどこからともなく入って来る。
特にピアノやパソコンのような黒いものに目立つし、外でも黒塗りの自動車などに目立つことが多い。
私の愛車も黒塗りのセダンだが、悩みの種はこの埃による汚れである。その汚れを見るたびに黒塗りの車など買わねば良かったと反省しきりである。
ところで、春塵に似た現象に黄沙がある。広い意味では春塵に入るのかもしれないが、俳句の世界では黄沙はもっと大きな気象現象で、霾(つちふる・ばい)とも言って春の別季題になっているので注意しなければならない。
そのようなことを考えながら春の埃を憂える句を詠んだが、その中の特選一句をご紹介しよう。

 春塵や欠伸大きく骨董屋  英世

鴻臚句会百回

平成18年9月に発足した俳句の会「鴻臚」がこの3月で、定例句会100回目を無事迎え、昨日記念の句会を開催した。。
思えば、福岡市シルバー人材センターの理事を務めていた頃、センターに体育会系ではなく何か文化的なサークルをと考えていた私は、自分の趣味を生かして俳句の会「鴻臚」を立ち上げた。
企画を発表したものの果たして何人の賛同を得られるか不安でならなかったが、案ずるよりも生むがやすしで、15人ものメンバーが集まった。
その後入退会はあったものの今でも13人のメンバーで運営しており、そのうちの8人は発足当時からの会員である。
会では定例句会のほかに年二回の吟行を楽しみ、年一回の合同句集も発行している。
この句会がますます発展することを念じてやまない。

 春の道継続はこれ力なり  英世

池袋のパン屋

ずいぶん前の話だが、NHKの「にほん紀行」で放映された池袋のあるパン屋さんの話を思い出した。
池袋に小さなパン屋さんがあり店の奥さんが一人で切り盛りしていたが、その奥さんが突然がんで亡くなってしまった。
奥さんは死ぬ間際にパン作りのレシピを主人に託し、パンを作り続けてホームレスに食べさせて欲しいと言い残して亡くなった
主人はしばらく呆然として何も手につかなくなっていたが、しばらくして奥さんの遺言に従い、残されたレシピを見ながら見よう見まねでパンを作り始めた。
どうにかパンらしいものが出来たことでそのパンを遺言どおりホームレスにふるまったが、そのことがホームレスの人々に感謝と立ち直るきっかけになろうとは思いもよらなかったのであった。
何とパンづくりそのものをホームレスから立ち直った人たちが手伝い始めたのである。
口でボランティアと言うことは簡単であるが、口ではなく行動だと思い知らされた心温まる番組であった。

 パン一つ焼いて公園暖かし  英世

太極拳

ずいぶん前に少林寺のお話をしたが、番組では奥田瑛二が嵩山に続いてもう一つの世界遺産、聖地「武当山」に脚を伸ばしていた。
武当山は中国古来の宗教・道教の名山で武当太極拳の発祥の地である。
道教は日本では気功や風水などでよく知られている。
その武当山には明王朝によって築かれたもう一つの紫禁城と言う豪華な建物があるが、これは明の三代君主永楽帝が自己の権威のために築いたもので、ここも少林寺同様修行の場である。
元の時代に少林寺で武術を会得した張三豊が、この武当山に入り新たな道を探って修業を始めた。その張三豊が編み出したのが太極拳のルーツだという。
太極拳は今や健康体操としての意味合いが強いが本来はやはりこれも武術で、張三豊の名が伝説の不老長寿の仙人と同じであることから、仙人の域に達するための修行だともいえる。事実、武当山には20年以上も洞窟で暮らしている仙人もいた。
私個人としては上海で見た太極拳や、友人(女性)が太極拳を楽しんでいることなどから、何となく少林拳よりも太極拳に親しみを感じている。

 春風や太極拳のしなやかに  英世

冬野吟行バス

所属している俳誌冬野では、しばらく途絶えていた俳諧バスが近郊を吟行する冬野吟行バスとして再出発することになり、昨日私も参加した。
企画が発表された当初は参加しようとは思ってはいなかったが、行先が私の故郷に近い柳川であることから、懐かしさのあまり思わず手を上げてしまったと言うのが本音である。
吟行バスは柳川さげもん巡りと酒蔵見学と言ういつものパターンであったが、それもまたわが故郷と思えば楽しいものである。
この日は前日の小雪交じりの凍て返る天気とはうって変り、やや寒いながらも青空の広がる穏やかな日和であった。
吟行バスと言うからには美味しい食事を頂いた後で当然句会がある。
ゆったりとした柳川の風景と、きらびやかなさげもんを詠んだ句の中からこの日の入選句をご紹介しよう。

 やはらかな日射しの水辺雛飾る  英世

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一句の風景

ベランダの蜂に放水する女

昨年、NHK俳句で入選し放映された思い出の句で、選者は小澤實先生であった。
我が家の庭に一本の木苺があり、春になると毎年のように足長蜂が巣をつくり、それを駆除するのが私の役目であった。
ところがその年の木苺にはあるはずの蜂の巣がなく、やっとあきらめてくれたかと思っていたがそうではなかった
二階のベランダで妻の奇声がするので駈け上がってみると、妻がホースでジェットシャワーのように蜂に水をかけていた。見るとエアコンの室外機の底に大きな巣があるではないか。
蜂嫌いの妻がその鉢に放水するのを見て詠んだ句である。
2014年(平成26年)3月「季題:蜂(春)」

昨日油山で振る舞いの豚汁を食べたからかもしれないが、帰り路ではやたらと猪の痕跡が気になった。
山道を少し外れたところには蚯蚓でも探したのか、猪が牙や鼻で掘り起こした跡があり、窪地にはぬた場と言う泥浴びをする場所が水溜りとして残っていた。
また、山中には猪を捕るための罠も仕掛けられていた。
油山に住む友人は夜な夜な猪が田畑を荒らし、本当に困っていると言っていた。猪は夜行性のために登山中に会うことはめったにないが、それでも突然現れたらどうしようと少し薄気味悪くなった。
猪は地方によっては特産品としてよく食べられているが、都会などではまだ一般的な食材ではない。
料理法などを研究して、この猪の肉が広く食べられるようになると一石二鳥にも三鳥にもなるような気がするのだが。

 鶯やぬた場に残る獣の毛  英世

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油山まつり

あまりの天気の良さに急に油山に登ることにした。
花畑園芸公園から山道に入り、中腹の油山管理事務所の広場に着いたところ「油山まつり」なるものが実施されていた。
全く知らずに行ったので、どのようなものかと興味を持って見ていたところ、油山の謂れともなっている椿油絞りの実演や、木の枝や根などを使った小物作りなどがボランティアの人の指導で行われていた。
良く見ると12時から豚汁の無料試食会があると張り紙がしてあった。
時計を見ると11時40分、ラッキーである。少し早いがと並んでいるとそれを見た人が一斉に並び出しあっという間に長蛇の列になった。
昼飯にと持ち合わせたおにぎりと一緒に食べたが、その豚汁はボリュームたっぷりで鶯の初音)と、山の澄んだ空気と相まって見事な味であった。

 豚汁の振る舞ひ受けて初音かな 英世

蓬の香

先日のA新聞声欄に「ヨモギの香に感じる春の到来」と言った小文が寄せられていた。
読んで見ると私が蓬に抱いているイメージと全く同じであった。
薬草としての蓬や蓬餅にして美味しかったことなどは、孫の鈴花のお友達の擦り傷に蓬を揉んで付けて上げたことなどを例に挙げて、かつてこのブログでもお話ししたことがある。
と言うことで、その日の室見川吟行では意識して蓬を探してみた。ところが探すまでもなく土手一面に蓬が生えている。
その美しい薄緑は投稿にあった通りまさに春の到来を知らせるものであった。
私は懐かしくなり思わず手に摘んで見たり揉んだりしてみたが、同行の句友から見ればなんと奇妙なことをする人だろうと思われたに違いない。
それでも私は良かった。その柔らかい蓬に触れることで本当に春が来たのだなと実感したからである。

 柔らかき日射しの岸辺蓬摘む  英世

室見川吟行

素魚漁の簗が見られると言うことで室見川を吟行した。
前にもお話ししたことがあるが、博多の素魚(しろうお)は俳句で言うところの白魚(しらうお)とは全く別のものである。
それだけに素魚は季題ではないと言う説もあるが、姿形や漁期、食べ方などがほぼ同じことから、昔から殆んど同質のものとして詠まれて来た。私は季題として詠んでいいと思うのだが。
この日の室見川はその素魚漁の最盛期であった。
川をせき止めるように仕掛けられた魚簗に遡上してくる素魚を巧みに誘いこみ、すくい網で捕獲する伝統漁法である。
ただ、問題はその素魚の漁獲量が極端に減ってきたことである。漁獲高や時期を制限しているものの根本的な解決には至っていないようである。
そのような事を考えながら川辺を吟行して廻った。例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 素魚の漁のおこぼれ待つ鴎  英世

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冬野三月号

早いものでもう三月、春真っ盛りとなった。
先日届いた冬野3月号をめくってみると、稲畑廣太郎先生の「息吹」に春の訪れを感じることができる。
また今月の「吟行あれこれ」では水鏡天満宮の師弟句碑について書かさせていただいた。機会があればぜひ水鏡天満宮を訪ねて貰いたい。
例によって冬野3月号の入選句ならびにその他の句会の入選句をご紹介しよう。

冬野三月号
 北風荒るる夜や予備校のうす明り
 時雨るるや徐々に染みゆく博多塀
 博多座の飾り提灯暮早し
 神々と示し合わせて山眠る
 教会は島のシンボル冬ぬくし
 おでん屋の同じ時間に同じ客
 遠き日の藁葺き屋根や隙間風
 手袋のままに手焙る蜑の小屋
 玉に魂入れて競り合ふ玉せせり
 ちとばかりの句のほのぼのと静雲忌
 昨夜髪を染めたる妻の初鏡
 冬凪やかつては浜の愛宕下
 角隠しめける藁苞冬牡丹
冬野インターネット俳句
 凍解や靴に貼りつく火山灰
 新しき絵馬風に鳴る梅の宮
 早春の光となりて鳥語飛ぶ
 苞ひとつひとつが我が家冬牡丹
 春時雨見送る人に見送られ
俳句ステーション
 悴みて背中に隙の生れけり
 おみくじを親子で開く宮の春
 春を待つ花見小路の薄明り
 喜びを共に分かちて初電話
現代俳句インターネット句会
 本棚の古き歳時記黄水仙
 紅引いて祓ひ待つ子や梅三分
NHK俳句
 雪うさぎ仕上げは父の眼鏡借り(3月号佳作)
 ねんねこに足のはみ出す日和かな(2月号佳作)

ドライ納豆

俳句の先生(女性)から珍しいものが手に入ったからとドライ納豆なるものを頂いた。
濡れ納豆は東京に勤務していた頃幾度となく味わったが、ドライ納豆は始めてであった。
見た目はピーナッツに似ているので酒の肴に良いのではと早速頂いたところこれがまたいける。
ポリポリと噛んでいるうちに納豆本来の香りがしてくる。さらに噛んでいるとだんだん口の中に粘りが出て来る。まさに納豆である。
納豆は白御飯にかけると美味しいので試しにかけてみたがこれは失敗であった。時間をかければ変わるかもしれないが、乾いた納豆はどうも酒の肴にしか向かないようであった。
とは言え、珍しいものをプレゼントしてくれた彼女に感謝感激である。

 納豆の香り仄かに春の膳  英世

合格発表

センター試験や国公立前期入試も終り私大の合格発表が行われ始めた。
勤務している進学塾の壁には大きく合格者の名前を貼り出すのがしきたりで、今年もその準備がなされた。まだ合格者の名前は少ないが、間もなく壁一面に貼り出されることであろう。
毎日、真面目に通って来たあの子はどうだっただろうか、ふざけているようで案外しっかりしていた子はと気になって仕方がない。
その中に知った名前を見つけ心からおめでとうと声をかけるのが何よりうれし。反面落ちた子にどう話しかけたらいいものかと言葉に悩むものである。
公立大学の発表はこれからであるが、何れこちらも悲喜こもごもの舞台が待っている。
知った名前を何人見つけられるか今から楽しみである。

 桜咲く前の合格通知かな  英世

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地域の文化祭

俳句の会「鴻臚」は毎月一回簀子公民館をお借りして開催しているが、その公民館より地域の文化祭への作品提供を求められた。
この文化祭は3月1日に開催され、地域住民の手による定番の絵や書を始め様々な作品が展示された。
その一つとして鴻臚句会の俳句をお願いされたものであり、常日頃お世話になっていることもあってあえて断る理由は何もない。
と言うことで各自今まで詠んだ俳句の中で一番気に入っている句を短冊にして展示した。
地域の大勢の人が会場に駆け付け観賞してくれたが、自分の句が短冊になって展示されると言うことは少なからず嬉しいものである。

 墨跡の匂へる春の文化祭  英世

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三月の花ごよみ(チューリップ)

三月の花としてチューリップを欠かす訳にはいかない。
チューリップは小アジア原産の百合科の多年草で、薔薇と共に世界中で最も愛されている花の一つかもしれない。
日本にはオランダから江戸時代の末期に伝来したとあるが、当初はあまり人気がなく明治期になって急速に普及したと言われている。
その後様々な品種や色が開発され、素人ではどれが原種かさえ分からなくなってしまった。
チューリップを見ていると、その可愛らしい花の様子から小学生が好きな理由が何となくわかるような気がする。
チューリップの見所は富山県の砺波市が有名で、九州でもハウステンポスなどで見ることが出来るが、手ごろな所で能古島、海の中道、花畑園芸公園などで楽しむことが出来る。
今はまだ芽が出たばかりだが、三月下旬ごろには見ごろとなるので、その時期が来たら孫の愛莉と見に行くことにしよう。

 チューリップこんなに色のあったとは  英世

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