七月が終る

何と雨の多い七月だっただろうか。
台風は既に12号、そのうちの二つが日本に襲来している。梅雨明もここ北部九州では29日と、平年より大幅に遅くなった。
その割には稲を始め作物への悪影響が今のところ聞かれない。農家出身の私からすれば一安心といったところである。
そんな中で何と仕事に忙しい月であったろうか。特に最終週は6日連続の勤務で、現役時代でもめったに6日連続で仕事をしたことはない。8月に入っても三日連続の勤務だから、都合十日間で九日働くことになる。
このように忙しい仕事の合間に俳句そして愛莉との日常であったが、前にもお話ししたように愛莉に将棋遊びを教え愛莉が喜んでくれたことが嬉しい。
将棋遊びは一人ではできない。一人ではできないと言うことは相手がいると言うことで、そこに愛莉の成長を見ることができるかもしれない。
明日からはいよいよ八月である。猛暑の中、体調に気をつけ乗り切らねばなるまい。

 太陽の子に戻り来る夏休  英世

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一句の風景

赤米と札ある神の青田かな

故郷筑後の田園地帯を散策した時の句である。
7月の末ともなると田んぼの早場米は早くも穂を出してくる。この日もその美しい青田を見ながら歩いていると、氏神様の近くの田んぼに古代米の赤米の説明板が立っていた。
それによると、これは氏神様の田んぼつまり神田で昔ながらの赤米を育て神にささげると記してあった。
そう言えば私が子供の頃に父がこの神田を耕しており、その時育てたのもこの赤米であったことを思い出した。
青田の続く中にぽっかりと赤米の田んぼが浮かび、如何にも我が故郷にふさわしい風景であった。
2012年(平成24年)7月「季題:青田(夏)」

梅雨明

我が家の食卓にやっと鰻が乗った。仔細はともあれ季節のものとして美味しく頂いた。
さて、長く続いた梅雨がどうやら今日明日にでも明けそうである。
気象庁は梅雨明宣言と言っても断定する訳ではなく、梅雨明した模様であると曖昧に言う。何となくメリハリがなくお役所的発言だなと思うが、このところのすっきりしない天気からすればやむを得ないかもしれない。
それにしても今年の梅雨は長かった。明けそうだなと思ったら台風が来たりして、平年の7月19日より大幅に遅くなってしまった。それでも一番遅かったのが09年の8月4日だと言うからまだましである。
つまり、梅雨が約2ヶ月近く続いたことになるが、日本に梅雨がなければその夏の水不足は明白で、農産物への影響は計り知れない。そのようなことは分かり切っていてもやはり梅雨は早く上がるに越したことはない。
梅雨明が宣言されたら、また暑さに立ち向かって元気で頑張ろう。

 相輪の光耀き梅雨上がる  英世

すぐ気が変ってしまう

このところ暑さにめげずよく散歩をするが、その時々の気分の変化に戸惑っている。
まず、今日はどのあたりを散歩しようと決めて外に出たにもかかわらず、信号待ちをしているうちに気が変っていつしか別の方向に歩いている。
青になるのを待ち切れずつい別の方へ歩きだすのである。
公園に行くつもりが住宅街を歩いていたり、暑さに負けて急にバスに乗ってしまうこともある。バスに乗ったのでは散歩の目的が果たせないはずなのに。
散歩だから別に困る訳でもないので問題視することもないのだろうが、それがこのところ他のことでもそのようなことが目立つ。
例えば、今日のお昼はこれを食べようと決めていたはずなので、その場になると別のものに目が移ってしまう。つまり蕎麦がカレーライスに化けてしまうのである。
気の変り易い性格は今に始まった訳ではないが、このところ歳のせいか頓に気が短くなり、結果すぐ気分が変ってしまうような気がする。

 散歩道暑さに負けてバス拾ふ  英世

新日本風土記

いまNHKの「新日本風土記」にはまっている。
前々からたまには見ていたが、この番組にはまるきっかけになったのは、ミニ番組「もういちど、日本」を見てからである。毎日お昼前にBS放送でたった5分間流れる番組だが、日本の文化を再発見する素晴しい番組である。
その縁でこの「新日本風土記」も見るようになった。
番組案内に寄ると、「日本人なら誰もが持っている懐かしい風景。長い歴史の中で培ってきた豊かな文化。来る年の豊作や大漁を願って、神に祈りを捧げてきた日本人。新日本風土記は日本各地に残された美しい風土や祭り、暮しや人々の営みを描く本格的なドキュメント紀行番組。」と紹介されている。
見ていると自然と人間の魂が洗われる感じがする。
また、朝埼郁恵が唄うテーマ曲「あはがり」が素晴らしい。
奄美の島唄をアレンジしたその旋律は、低く高くそしてゆったりと聴く人の心に染みて来る。
ちなみに「あはがり」とは奄美の島言葉で「すべてが明るい」という意味である。

 夏果つや奄美島唄風に乗り  英世

横浜ランドマークタワー

今まで私が訪ねた印象に残っている所を定期的にお話しようと約束しながら、なかなか機会がなかったと言うよりさぼっていた。
と言うことで今日は横浜ランドマークタワーをご紹介しよう。
ある会合のあと会場の横浜ランドマークタワーを見学することができた。
70階建ての一見異様なスタイルのこのビルを一度はご覧になったことがあると思うが、今回はこのビルのショッピングモールなど表の顔ではなく、裏の構造そのものについてである。
係の人の説明ではこのビルは高層ビルでありながら地盤がしっかりしていることから、杭を打ち込むこともなく4本の柱で作った耐震性のビルを乗せているだけの構造だと言うことであった。
圧巻は当時勤めていた我が社製の日本一の高速エレベーターの快適さと、69階で見学させた貰った巨大な制震装置であった。
70階ともなると地震はもとより強風でも若干揺れると言う。その揺れを制御するのがこの装置である。
巨大ではあるが理屈はシンプルなもので、大きな振り子の反動を利用してコンピューター制御するものであった。
高層ビルの建設もさることながらこうした制震装置に、日本の誇る技術力の高さを見たような気がした。

 闊歩する港横浜夏の風  英世

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鰻と鯰(なまず)

昨日は土用の丑の日であったが、我が家の食卓に鰻が並ぶことはなかった。
家内がうっかりしたのか高値でわざとしたことかは分からない。それにしても便乗値上げと曲解されてもしかたのない鰻の高値である。
ところが、テレビで鰻の代替品として鯰が注目されていると報じていた。鯰独特の泥臭さをある大学が克服して鰻の代りに鯰を食べようと言うのである。
そう言えばアマゾン川流域では鯰が重要なタンパク源だと聞いている。
筑後で育った私たちには鯰はごく親しみのある魚で、海の魚がなかなか手に入らない中で当たり前の魚として食べていた。
鯰は綺麗な白身でかば焼きや甘辛く煮たり焼いたりして美味しく食べていた。
ホトトギスの季題にもなっているその鯰が、日本の食卓に当たり前のように並ぶようになるかもしれない。

 引き強く期待の外の鯰かな  英世

唐人町吟行

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今回の吟行地は福岡市中央区の唐人町界隈であった。町名の由来は不詳だが「筑前続風土記」(1703年)にはすでにその名が記載されている。
吟行の集合場所はその唐人町の河童親子像の前であった。ここに河童の像があるということは昔黒門川に河童の伝説でもあったのだろうか。それにしてもこの河童の像は家族愛を象徴した微笑ましい像である。父河童は酒徳利、母河童は魚、そして子供の河童は愛を持っていると言う。
吟行では河童の像から五重塔を有する大圓寺を訪れた。その大圓寺では住職が快く本堂を案内し、寺に残されている防塁の石の謂れなど詳しく説明してくれた。
思わぬ歴史教室となり歴史好きの私はその方に夢中になり句の成績は散々だったが、その中から例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 雨垂れを紡いで梅雨の鎖樋  英世

愛莉の夏休

孫娘の愛莉は小学三年生で、今夏休みである。
本来愛莉の夏休は7月21日からであるが、今年は連休の関係で17日が終業式で18日からが休みとなっていた。
ところがその三日長いはずの夏休も台風の関係で16日が終業式と休みがまた一日長くなった。
愛莉は都合でこのところ我が家で預かっており、そのまま夏休みに突入したことになる。
愛莉の遊び相手はもっぱら私の役割で、お風呂の時以外はぴたりと私に付いて離れない。
その愛莉とうどん屋や焼鳥屋に行ったり、コンビニに買い物に行ったり散歩したりとまるで同居しているような毎日である。
二人でトランプ遊びに飽いた頃愛莉に将棋の遊びを教えた。もちろん本将棋を教えるのにはまだ早過ぎるので、はさみ将棋、将棋すごろく、山崩しである。
愛莉はたちまちそのコツを覚え、はさみ将棋では狙われている自分の駒をどこに逃がすか本気になって考えていた。
これからはこの将棋遊びが二人の楽しみの一つになりそうである。


 夏休孫は将棋を覚えたり  英世

ミステリーバス乗車

ずいぶん前にグランドパス65でミステリーバスに乗ったら面白かろうとお話ししたが、先日ついにそれを実行した。
いきなり遠方に行くのはやや冒険過ぎるので、まず最寄りの駅から最初に来たバスに乗る。
そのバスで終点まで行ったらそこいらを散策して、また最初に来たバスに乗る。行き先などお構いなしである。だんだん我が家から離れて行くのが面白くて仕方がない。
だが、そればかりでは帰ることができなくなってしまうので、5回ほど乗り換えたところで福岡中心部行きのバスに乗ることにして、そこから無事我が家に辿りついた。
乗車時間約5時間。行く先々のバス停を写真に納め、帰ってからその写真を見ながら地図で路線を確認するのがまた楽しかった。
結構楽しいバス旅と言うか新しい遊びの発見であった。しばらくはこの手法で方々を廻るとしよう。
それにしても暑かった。

 汗かいて見知らぬ街のバスに乗る  英世

植物園吟行

今回の百年句会吟行は福岡市植物園であった。
植物園は我が家に近く月に2回ほどは訪れる馴染みの場所で、植物園全体の構図が頭に入っている。また福岡市在住の私は高齢者特典で入場料が無料と言うのもよく訪れる理由の一つである。
この日は台風も過ぎ去り、朝から太陽がさんさんと照りつける久し振りの青空であった。午後からは雷雨となったものの上々の吟行日和であった。
ところがこの時期の植物園はこれと言った花がない。夏の薔薇は暑さにくたびれ果てているし、色鮮やかなマリーゴールドなどは外来の花で季節感がなく情緒に欠けるような気がする。
むしろ歳時記で7月の花を丹念に調べて、その花が植物園の何処に植えてあるかを探した方が手っ取り早い。
そこでかろうじて見つけた花は薔薇や向日葵、芙蓉、キツネノカミソリなどであった。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 飛び石を渡る一歩の涼しかり  英世

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一句の風景

乗つてすぐ降りる渡船や夏つばめ

福岡市の西区に属する能古島は博多湾の中央に浮かぶ風光明美な島である。
かつては廻船業で栄えた島だが、時代とともに農業や漁業が中心の島となり、作家の檀一雄が愛し、晩年を過ごした島としても有名である。
近年は島中が観光地となり、春は菜の花、秋はコスモスと一年中花に彩られる島として訪れる人の目を楽しませてくれる。
能古島は大都会の福岡の近くにありながら、わずか10分のフェリーで行くことのできる静かな島で、この日は燕が矢のような速さでフェリーを追い越して行った。
2012年(平成24年)7月「季題:夏燕(夏)」

泥鰌鍋

鮓と一緒に出された兼題が泥鰌鍋であった。
昔福岡の天神横丁に泥鰌屋があったが今でもあるのだろうか。
泥鰌鍋は小さな泥鰌をよく洗って出し汁と調味料でじっくりと煮込んだもので、私も東京の単身赴任中に訪ねて来た弟と有名な浅草駒形の泥鰌鍋を一緒に突いたことがある。
その時くしくも弟が言った言葉は「この泥鰌小さいね」と言うことであった。
実は私も最初にこの駒形の泥鰌鍋を食べた時にそのあまりの小ささに、可哀そうになって手をつけるのを躊躇ったほどである。
私の子供の頃は庭先の流れに泥鰌がたくさんいて、それを筌で取って食べたものであるが、それは大人の親指ほどの大きさで、長さが15センチほどもあった。
泥鰌の種類が違うのかもしれないが、私たちは泥鰌鍋にすることはなく鰻と同じ様にほとんど蒲焼で食べていた。
それでも兼題は泥鰌鍋である。泥鰌鍋を食べたことのない人はどうするのだろうと思いながら、浅草で食べた泥鰌鍋を詠んだ句の中から、この日の特選句をご紹介しよう。

 一周り違ふ弟や泥鰌鍋  英世

今回の硯潮句会の兼題は鮓と泥鰌鍋であったが、孫娘の愛莉の面倒を見なければならなくなり、残念ながら欠席し不在投句した。
寿司、鮨とも書く鮓は今では一年中食べられるが、俳句ではれっきとした夏の季題である。
歳時記によれば昔は馴れ鮓が主流で、夏にちょうどよく馴れて食べごろだったと言うことと、鮓に使う酢が防腐剤の役目を果たしているからなどの説がある。
何れにしても鮓は私の大好きな食べ物の一つで、昨日も愛莉と一緒にうどん屋でうどんと共にちらしずしを食べたほどである。
このブログでも近所の小笹寿司の話をよくするが、かと言って俳句に詠むとなるとこれがなかなか難しい。
今の鮓には夏の季節感があまり感じられず、むしろネタの魚の季節感が主となるからかもしれない。鮓屋の大将が今が旬ですよと言う場合はほとんどこの旬の魚のことを言っている。
このように苦労して詠んだ鮓の句の中から今回の特選句をご紹介しよう。

 鮒鮓や喰はずぎらいと言はれても  英世

日焼

鏡を見て自分の顔の黒さに唖然とした。手を見るとこれも先の方だけ真っ黒である。
このところの吟行や野遊びで、帽子はかぶっていたものの完全に日焼してしまったようだ。
かつてゴルフに凝っていた頃に日焼で苦い思いをしたことがある。
私は自分の好みからサンバイザーを愛用していた。サンバイザーは天井がないので汗が籠ることがなく快適だからである。
ところが夏が始まったばかりの五月のゴルフで、サンバイザーの頭は直射日光を受けて火傷(日焼)してしまった。頭の皮はぼろぼろ剥けるし、心なしか髪の毛まで焼け落ちてしまったような気がした。
それ以来、私のおつむは原状復帰することなく今日に至ってしまった。
孫からは爺ちゃんの頭穴があいてると言われるし、夏は爺ちゃんの頭暑かろうとか冬は寒かろうと心配してくれる。
今は日焼そのものを気にすることはなくなったが、直射日光で熱中症になるのが怖く俳句で言うところの夏帽子だけは手放せなくなってしまった。

 日焼するほどの若さでありにけり  英世

ざるそば

ずいぶん前に、「素うどん」か「かけうどん」かと下らないことをお話ししていたが、いつの間にか季節は移ってざるそばが美味しい季節となっていた。
先日も吟行の昼食で二味(ふたあじ)冷しそばなるものを食べたが、普通の蕎麦汁とくるみの汁の二味でこれがまた絶品であった。
福岡はうどん発祥の地で蕎麦の文化は薄いと言われているが、それでも蕎麦の名所や名店はたくさんある。
もちろん地元の蕎麦屋が主であるが、他の店かそば処の地で修行した人が開いたと思われるチェーン店もある。
私がよく行く三瀬峠は地元でそば街道と呼ばれる蕎麦屋の多いところでもある。
中でも店名が即「三瀬そば」と言う蕎麦屋は板そばで人気を博しているが、その板そばはどことなく山形の板そばを思わせる。
他にも東京の醬油味を基本とした「飛びうめ」や「多め勢」、出雲そばの流れの「加辺屋」、その名もズバリ「戸隠そば」など、居ながらにして全国のそばを嗜むことができる。
蕎麦一つとっても福岡は大都会だなと妙に実感させられた。

 ざる蕎麦のビールの後のうまさかな  英世

夏の日本庭園

私が住んでいる福岡市中央区には、友泉亭、大濠日本庭園、松風園と三つもの日本庭園がある。
私はこれらの日本庭園を巡ることが好きで、暇を見つけては四季の日本庭園を訪ねることにしている。
と言うことで、先日再び我が家から歩いて行ける友泉亭を訪ねた。夏の日本庭園とはどんなものかと興味を持ったからである。
春は花、秋は紅葉、冬は雪だとすれば夏は何だろうか。私は静寂だと思う。
訪ねて見ると確かに静かである。お昼前に行ったのだが鳥の声はおろか、松風さえもまったく聞こえてこない。時折鯉の跳ねる音が聞こえるが、それがまた静かさを助長し無限の静寂の世界が広がってくる。芭蕉の「古池や・・・」の句が浮かんで来た。
こうなると自分との戦いである。縁側に座り一人静かに瞑想し、暑さを忘れてただひたすらに無の境地を求める。
しばし自分の世界に浸った後で頂いたお抹茶は一服の清涼剤であった。

 一服の抹茶に涼しさ貰ひけり  英世

有り難いが…

有り難いが少し困っている話をしよう。
私は健康上糖分や塩分をなるべく控えめにしているが、このところ吟行や句会の度に私のバッグに飴玉やチョコレートが貯まるようになった。
もうお分かりと思うが、句友が自分のために持って来たものを私におすそ分けしてくれたり、全員に配ったりするからである。
呉れる人が善意であることは当然であるが、一々「私は糖分を控えているから」とう言うのも失礼だし、第一大げさで大人げない。
ならば頂いたものをそっくり持って帰れば良いじゃないかと言うことになるが、そうは行かないのが卑しい私の性である。一つぐらいはと口に入れるともうその魔力に負けてしまう。
決して志を否定している訳ではないので誤解しないで欲しいが、これからは極力持って帰ることをお許し願おう。

 梅雨晴や飴の先より金太郎  英世

博多祇園山笠

先日別の句会で吟行し、今月号の冬野「吟行あれこれ」でも詳しく紹介している博多山笠が今回の兼題だった。
吟行あれこれでは、「博多には一年を通して様々な祭があります。中でも博多三大祭と呼ばれるどんたく、山笠、放生会は、全国的にも有名で、博多っ子の心の拠り所となっています。その三大祭の中でも、特に博多祇園山笠は勇壮で賑やかな祭として親しまれています。
山笠の歴史は古く仁治二(一二四一)年、承天寺の聖一国師が疫病除去のために施餓鬼棚に祈祷水(甘露水)を撒いたのが始まりとされています。・・・・」の書き出しで紹介しているので、機会があればお読み頂きたい。
その山笠がいよいよ動き出し、15日の追い山でフィナーレを迎える。また街中が早朝から熱くなることであろう。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

青き目も山笠の漢となりにけり  英世

金亀子

夏の夜に何処からともなく舞い込んでくるのがこの金亀子(こがねむし)で黄金虫とも書く。羽音がぶんぶんと大きくうなるので、ぶんぶんとかかなぶんとも呼ばれている。
名のごとく黄金色した美しい虫であるが、この虫には面白い習性がある。
物にぶつかって落ちると死んだふりをして動かない。裏返しになるとなかなか起き上がれない。幼虫は作物の根を食べる。
また、この虫は「黄金虫は金持ちだ」と童謡にも歌われているが、その幼虫は実際は農作物を荒らす害虫である。土中から掘り起こされ丸く丸まった白い金亀子の幼虫を見ていると、こんな可愛い虫がいたずらをするのかとにわかには信じられない。
彼等も生きて行かなければならないのだからと言っても、農家は許すことができないのであろう。農家出身の私にはそれもよくわかる。
その金亀子が今回の兼題であった。例によってこの日の入選句をご紹介しよう。

 黄金虫ひつくり返して逃がしやる  英世

ベルトの穴

私の持っている数本のベルトのなかで、穴の開いたベルトが二本ある。主に山に登ったり散歩したりと行動的な時に使っている。
そのうちの一本のベルトには5個の穴があいているが、よく見るとそのうちの4個に使用した痕跡が残っている。
一番下がもちろん一番腹周りが小さい訳だが、その穴を使った時はおそらく何回か入院したりしてお腹がぺしゃんこになっていた時のものだろう。
また上から二番目の穴はまだ現役のころの不節制で、一番太っていた時に使っていた穴であることは間違いない。
ベルトの穴の間隔は約2.5センチだから、この20年ほどで7~8センチの変動があったと言うことになる。
今は下から二番目の穴を使っているが、先の健康診断でも申し上げたように、これからも節制してこの同じ穴を使い続けたいと願っている。

 夏料理ベルトゆるめることもなく  英世

一句の風景

噴煙を上げて夏山らしくなる

登山の季題が夏であるように山には夏の空が良く似合う。山好きの私にとっての山もまた夏である。
中でも夏の青空にそびえる阿蘇山はその象徴であろう。夏空高く吹き上げる噴煙は雄大で、雲の峰が広がる夏空に荒々しくそびえる。
なだらかなやさしい久住山が慈母とするならば、阿蘇山は猛々しい男神の山と言うべきであろう。
これこそ夏山と言った魅力たっぷりの阿蘇山に感動して賜った句である。
2012年(平成24年)7月「季題:夏山(夏)」

別の新聞

昨日の夜はある俳句の仲間と楽しく飲んだ。その仲間に元朝日新聞の記者と言う方がいて、その話は私の経験のない興味深いものであった。
私は父の代からその朝日新聞を愛読し続けているが、時折読む別の新聞に朝日新聞にない新鮮さを感じることがある。
自慢できることではないが、毎月一回近くのクリニックで診察を受け、薬を処方して貰っている。その病院で読む地方紙「西日本新聞」をいつしか心待ちにしていることに気が付いた。
朝日新聞に洗脳されているとは思わないが、毎日決まったパターンの新聞を読んでいるといつしかこのページはパスしようと思ってしまうこともある。
図書館に行けば殆んどの新聞が読める訳だが、病院の西日本新聞だけはこの次いつまた会えるかと思うとついつい隅から隅まで読んでしまう。
社説やコラムはその社の思惑がはっきりして興味深く読んでいる。
また、社会面は猫のくしゃみまでとは行かないものの、地方紙の小回りの良さで身近な出来事を丹念に報じているのが嬉しい。
今さら西日本新聞に変える気はないが、時折読むこの新聞を楽しみにしている。

 朝刊を開けば梅雨の晴間かな  英世

夏山

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七月と言えば夏山の最盛期であるが、古希を迎えてからは7~8月の夏山には登らないことにしている。いくら山好きとは言え体力には限界があり、この暑さや突然の天候の変化に耐えられるか自信がなくなったからである。
私は基本的には単独で山登りをする。
それは自分の体力に合わせてマイペースで登ることができるからで、これがもし誰かと一緒だと自分の体力が限界に近付いていてもついつい無理をしてしまい、結果的に同行者に迷惑をかけかねないからである。
特に夏山は暑さと突然の天候変化で体力の消耗が激しく危険である。そう言った意味では登山の途中でも自分の判断でさっさと下山できる単独行の方にメリットがある。
単独だと道に迷ったりして危険な目に遭わないかと心配してくれる人もいるが、私はそう心配はしていない。
過信している訳ではないが、今さら新しい危険な高山に挑戦する訳でもなく、歩き慣れたしかも登山者の多い低山に限定しているからである。
秋の気候がよくなるまで山は封印することにしよう。

 登山口同行なしと書き記す  英世

カーテンを買い換えた

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先日家内と少し遠出してショッピングモールまで買い物に出かけた。
家庭用品専門のその店ではキッチン用品からインテリア商品まで、よくもまあこれだけ沢山の品揃えをしたものだと感心させられた。
その買い物の一つに私の部屋のカーテンがあった。
実は私の部屋には今までオーダーメイドの白いレースのカーテンがかかっていたのだが、ある日私が迂闊にも洗濯機に掛けてずたずたにしてしまった。
家内は烈火のごとく怒り、しばらく破れたカーテンを毎日見ながら反省しなさいと命じた。その怒りも解けてようやく買い直してくれたのである。
カーテンにもいろいろの種類があることが分かった。遮熱、透光、遮像、UVカットと様々な効能が示されているが、正直言って私にはあまりよくわからない。
家内は迷わず遮熱型を選んだ。僅かでも冷房代の節約になればと思ったのであろう。私にはそう効果があるとは思えないのだが。
それにしてもカーテンとはいえ新しいものは涼しさが感ぜられて気持ちが良い。

 カーテンを替へて涼しさ募りけり  英世

愛莉のCMデビュー

孫娘の愛莉から明太工場の見学に行ったのでとお土産を貰った。
お土産は二つで一つはマグロを明太でまぶしたその名も「明太ツナ」と言う缶詰である。これは明太工場見学に行ったのだから当然だが、もう一つの土産は何故かカルビーのポテトチップスであった。
何れもビールのつまみには最適なのだが、それにしても何故ポテトチップスがお土産なのかと疑問に思っていたところ、話を聞いてその謎がやっと解けた。
その「サッポロポテトバーベQあじ」と言う商品のパッケージには、数人の子供の顔写真が載っており、その中の一人が愛莉だと言うことである。
全国的に募集した中から30人の小学生が選ばれ、パッケージにその笑顔が印刷されたと言う。
そう言えば娘の加緒利もその娘の鈴花もCMに登場したことがあるが、これで愛莉も福岡市の広報に続いて民間のCMにデビューしたことになる。
写真の中からどの子が愛莉かお分かりになるであろうか。
左上から三番目のピンクの服を着て大きな帽子を被っている娘が愛莉です。
将来どのような展開になるかは分からないが、土産に貰った明太ツナで飲んだビールはことのほか美味しかった。

 お土産のツナにビールの美味さかな  英世

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冬野七月号

手許に冬野七月号が届いた。
いつも自分の句がどの位置にあるのか気になるところだが、このところ安定してほぼ指定席に掲載されている。
ただ、今回冬野インターネット俳句会ではかろうじて一得点のみであった。少し俳句を甘く見ていたのではと反省している。
例によって冬野7月号並びにその他の句会の入選句をご紹介しよう。
なお、毎月執筆している「吟行あれこれ」は、季節がら博多祇園山笠を紹介しているので機会があればご覧いただきたい。

冬野七月号
 放流の稚魚いきいきと春の川
 蜜啜る暇もあらずせせる蝶
 ある無しの天守論議や花の雲
 鈴の音をこの世に残し老遍路
 若草にリュック預けて散る子かな
 ドクターを夢見しことも春の月
 下町の暮しにも慣れ浅蜊汁
 杣人の蜂も恐れぬ剛毅かな
 手の平に軽く弾ませ繍毬花
 身震ひし犬の水切る薄暑かな
冬野インターネット俳句会
 足掻くほど狂ふ人生蟻地獄
俳句ステーション
 初めての嬰の寝返り柏餅
 ハイビスカス翳し花嫁出来上がる
 人一人逢はざる峡の余花に会ふ(特選二席)
愚陀佛庵インターネット句会
 水筒を傾け仰ぐ夏の雲(特選)
 茶畑の尽きたるところ日本海

博多山笠吟行

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この時期の吟行に欠かされないのが何と言っても博多祇園山笠巡りである。
と言うことで、昨日は櫛田神社から川端商店街を抜けて天神の水鏡天満宮まで吟行した。
山笠のクライマックスは15日の追い山であるが、山笠ではその前にもいくつもの行事がある。
6月初めに山笠スタートの各種神事が執り行われ、7月1日からは街角の飾り山も公開される。今回の吟行はその飾り山を見ようと言うものであった。
まず櫛田神社に参拝し川端ぜんざいで有名な川端商店街、そして博多リバレーン前の飾り山と見て回った。
何れも伝統的な題材を博多人形師が丹精込めて作り上げた見事なものであった。
その博多山笠を詠んだ吟行句の中からこの日の特選句をご紹介しよう。

 飾山笠ドローン禁止の貼り紙も  英世

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誰も気付いてくれない

一昨日は7月1日と言うことで私の部屋中の大掃除をした。家内が手伝ってくれてと言うより叱咤されながらである。
ベッド、箪笥、本箱、机そしてクロークの下と動かせるものはすべて動かして掃除をしたが、こんなにも埃が貯まっていたとは我ながらお驚きである。綺麗好きと自負していたが、それは表面だけのことであったのかと反省しきりであった。
さて、先日髪を短くカットしたとお話ししたが、今日はその後日談である。
髪を短くカットし涼しい顔で勤務先の進学塾に出勤したのに、同僚はおろか塾生の誰一人として振り向いてくれない。(実際は女性社員の一人気が付いてくれたが)
他人はそんなものかと半ば諦めていたところ、さらに追い打ちをかける出来事があった。
たまたま会った隣に住む娘夫婦や訪ねてきた長男一家、特に可愛がっている愛莉でさえも気付いてくれなかったのである。
年寄りの爺の髪形や部屋がきれいになったことなど誰も関心は無いのだなと半ば諦めていたところ、さすがに我が家内だけは気が付いていた。
その言たるや「前の長い髪の方が格好良かった」だって。

 梅雨最中さつぱり髪を切りにけり  英世

七月の花ごよみ「百合」

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この百合の花については何度もお話ししたと思うが、どうしても忘れられない百合の花の話をしよう。それは百合の仲間のニッコウキスゲである。
夏の山にはたくさんの種類の百合が咲くが、中でも有名なのがニッコウキスゲであろう。東京単身赴任の折、独り暮らしの気楽さから休日になると関東一円の観光地や山を訪ねるのが私の日課になっていた。
この時も奥日光の霧降高原から丸山(1689m)に登ろうと、いつものように一眼レフをぶら下げて気楽に出かけた。
浅草から東武鉄道に乗り日光駅に着くと、すぐに駅のホームのニッコウキスゲの植え込みが目に入った。
実は今回の目的はこのニッコウキスゲを観ることであった。
霧降高原に到着するとそこにはその名もキスゲ平と言う草原があり、その周辺は期待にたがわずニッコウキスゲの大群落であった。
一面真黄色の平原が時折風に波打つ姿はまさに壮観であった。
その花を満喫して丸山から大山を登っての帰り道、なぜかもうここには二度と来ることはないような気がした。
福岡への故郷人事が決まる一年前のことであった。

 黄菅咲く単身赴任も九年目  英世

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