十月が終る

水不足が心配になるほどの好天が続いた十月が今日で終る。
また、十月はまさにスポーツの秋だったが、体力的に自分がプレイすることは適わなくなったので、野球、ゴルフとテレビ観戦を楽しんだ。
まずプロ野球だが、我が巨人軍はヤクルトに惨敗して今シーズンが終ってしまった。
一方、私自身は止めてしまったゴルフだが、印象に残ったのが日本女子オープンのプレイオフで久しぶりに面白く楽しませてもらった。
プレイオフは18番ホールを使ってのサドンデス方式で、結果的には韓国のチョン・インジがせり勝ったが、敗者の菊池との差は何だったのだろうか。
それはティーショットの精度だったような気がする。プロだから何万回も練習しているのだろうが、それでもショットが乱れた菊池に対しチョン・インジのそれは全くぶれることはなかった。
精神力もあるだろうが、どのような状況下でも練習通りの基本に忠実で正確なショットが打てるチョンに、勝利の女神がほほ笑んだのは当然のような気がする。
いよいよ明日から十一月、暦の上では冬になる訳だが、このところの好天を利用して山野を駆け巡るとしよう。

 ティーショットの乾きし音や秋惜む  英世

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一句の風景

またの世は月に住みたし花芒

後の月を郊外の早良野で観賞した時の句である。
美しく輝く月はかつての輝かしい月ではなく、どことなく静かで落ち着いた雰囲気があった。
その月を眺めていると、かぐや姫伝説を思い出した。かぐや姫は満月の空を見ては涙を流し、その後しばらくはほとんど寂しげな顔をばかりしていたと言う。
育ててくれた老夫婦との別れが近くなって老いることを悲しんだのであろう。
やがてかぐや姫は月からの迎えを受けて旅立つ訳だが、実際に帰った時の月はこの十三夜の月だったような気がする。
月を愛でながらそのようなことを考えて自分の月に行ってみたくなった。そこには美しい芒の穂が風になびいていた。
2013年(平成25年)10月「季題:芒(秋)」

家内の買い物

自慢話で申し訳ないが、年の瀬を前に家内が私の物をいろいろ買ってくれた。
家内から某デパートの紳士服売り場にいるのですぐ来て欲しいと言うメールが入った。何時もの家内のパターンである。
別に弱みがある訳ではないが家内の云うことに逆らう訳にはいかないので、仕事明けの疲れた体に鞭打ってその売場に出かけた。
すると、家内はあなたのパンツ(昔で言うズボン)にベーシックなものがないのでと、この紺系のパンツはどうかと言う。私は言われるままに頷き試着室でそのパンツに足を通した。
確かにそれまで持っていた黒のズボンが痛んで捨ててしまい、上着を合わせるのに苦労していただけに正直有り難いと思った。
それで終ると思っていたら、家内が毎日あなたの靴を見ているが相当くたびれているので、パンツに合うこの靴はどうかと言う。どうしたことだろうか。
食卓の買い物の時もお話したが、家内は時として大胆に買い物をする。この日の買い物は私のものだけで5万円は優に超えていた。一緒に買った家内の物の値段は知らないが、もしかしたら家内のものが相当高額で、その穴埋めをしたのかも知れない。
私に感謝の気持ちはあるが、このブログを見たら家内は今後何も買ってくれないだろう。

男とてパンツを買つて冬支度  英世

カレー大好き

ずいぶん前だが、地元西日本新聞のコラムに次のような記事が掲載されていた。
『子どものころに好きだったわが家のメニューは? 三菱電機エンジニアリングが社員230人に聞いた。トップはカレー。次いでハンバーグ、空揚げの順。中でもカレーは3分の1が「好きだった」と回答。男女別、年代別でもすべて1位だった』
この記事を読んで、カレー大好きという日本人がいかに多いか納得させられた。調査対象の社員だけではなく、全国的に日本人の大好きな食事の一つであろう。
カレーライスだけではなく、カレーうどんやカレーパンなどカレーを使用したものは多く、中にはイカ刺しのげそをカレー味でてんぷらにしたものまである。これから寒さに向かっていくのでますますカレーが美味しくなっていくであろう。
かく言う私もカレー大好き人間でである。

 秋の暮カレーの匂ひに急ぐ足  英世

初めてのシルバーだより

シルバー人材センター(以下センターと称す)広報委員の仕事の一つとして、機関誌「シルバーだより」の編集に関わる話をしたが、このほどその最初の機関誌(10月号)が発行された。
この機関誌はセンターの活動状況や業績、安全関係、行事予定などと共に会員からの投稿やサークル活動などが紹介されている。
その中に「わが町の歴史散歩」と言うコラム欄があり、この歴史散歩を私が書かせて貰った。
私は中央区に住んでいるので、当然その町の歴史的なポイントを紹介する訳だが、これはシリーズとして何年も続いているので、過去に紹介した場所以外を書かなければならない。
と言うことで、今回は光雲神社や万葉歌碑、平野國臣像などの西公園の歴史について紹介した。
読んだ人からは分かりやすい記事だったとの言葉を頂き一安心しているとことである。

 秋風の荒津の岬に寄する波  英世

地域に密着した苗字

毎日のように新聞を読んでいると様々な苗字を目にする。歴史的に有名な藤原の流れから源平そして渡来系と思われる苗字まで様々である。
特権階級にだけにあった苗字が庶民に許されてから、人々はその地にちなんだ苗字をつけて来た。例えば山の中の人は山中、川の辺の人は川辺と言った具合である。中には村の名前をそのまま苗字にした人もいるが、それは簡単で甚だ分かりやすい。
私の故郷は筑後平野のど真ん中で、筑後川と言う大河の周りにたくさんの田んぼが広がっている。それだけに苗字も田中、原田、野田、西田、永田などと田の字を入れた苗字が多く、学校でも下の名前を言わないと誰が誰だかわからないほどである。
私の苗字の大津は熊本の大津町から来ているとお話ししたことがあるが、これは明らかに地名を苗字に表したもので、実家の周りを見渡せば大津ばかりである。
ちなみに大津の津の字は港などを表しているが、熊本の大津町は阿蘇の山裾で港はない。思うに大昔は川辺にあったのか、あるいは有明海が大きく入り込んでいたのかもしれない。
苗字一つとってもいろいろと想像を豊かにしてくれる。

 穭田や阿蘇にちなみし吾が苗字  英世

私の本棚「子規山脈」

料亭「ひしむら」の大女将であった故熊谷恭世先生から古い俳句関係の資料を沢山頂いた話をしたが、その中に「子規山脈」という小冊子があった。
これは30年ほど前にNHK市民大学講座の冊子版である。
読み返して見ると正岡子規の生い立ちから家族・一族、文学への目覚め、上京のこと、文学上の交遊、日本新聞社でのことなどが詳しく紹介されている。
子規の生涯は不治の病と闘いながらあらゆる分野の文学評論に情熱を傾け、そして近代の詩として俳句・短歌を再生させることであった。
その間、漱石を始め鳴雪、虚子、碧梧桐などとの交流あるいは師弟としての交わりが事細まかに語られている。
また、文学に情熱を傾ける傍ら素朴な草花を愛する子規の別の顔もあった。
この冊子の頁をめくっているうちに美人だった恭世先生が、栞代わりに手折ったと思われる折り目が何故か温かく懐かしく感じられた。

 子規の眼の熱き眼差し鶏頭花  英世

東京

少し前に横浜の話をしたので、今日は東京の話をしよう。
私が東京に単身赴任したのは平成元年の6月で勤務先は丸の内本社であった。
その東京で会社がワンルームマンションを世話しくれたのが墨田区の両国で、そこを拠点に私の東京探検が始まった。先ずは皇居を拝し、銀座、新宿、池袋と日を重ねて歩きまわり、その数は数え切れないほどである。
その地を一つ一つ説明しても仕方がないので俳句に関わるところをおはなししよう。
当時はまだ俳句のはの字も知らず、上京して来た料亭「ひしむら」の女将に案内されたのが、俳人鈴木真砂女の小料理屋「卯波」であった。偶然だがその真砂女の故郷鴨川にも観光で訪れたことがある。
また、偶々隅田川沿いを散歩していた時に目に入ったのが芭蕉庵跡であった。俳句は知らなくても芭蕉ぐらいは知っていたので、早速見学したが詳しいことは忘れてしまった。
ただ残念でならないのは子規旧居を訪ねなかったことである。
根岸神社には再三訪れていたので、もし俳句をしていたら間違いなく子規庵を訪ねたであろうと思うと残念でならない。
それにしても東京は私の性に合っている。身にしがらみがなければ今でも東京に住みたいと思っている。

 秋の夜や江戸の話をしみじみと  英世

手作りの遊び道具

先日愛莉の家を訪ねたら、部屋中に玩具が散らばっていた。人形やままごとセットからお絵かきセット、もちろん流行の妖怪ウォッチもある。
よくみるとそれはみな市販のものばかりで自分で作ったものなど何もない。
ふと私たちの子供の頃の遊び道具を思い出した。
玩具を買ってもらえるような家などどこにもなく、親や近所の先輩から教わって作るしかなかった。
先日お話した柳の刀を始め、竹笛、ゴム鉄砲(パチンコ)、水鉄砲、船など数え上げたらきりがない。
長男の伸介が小学生の頃、田舎に帰った折に愛用の肥後の守(ナイフ)で竹笛を一緒に作ったことがある。
伸介はものを作る楽しさを知ったこと、竹笛の音色の美しかったことを覚えているとよく話してくれる。
手作りには量産にはない温かみがある。

 竹笛の奏でる秋の調べかな  英世

回鍋肉おにぎり

日本のファーストフードと言えば何と言ってもおにぎりだろう。私もおにぎり大好き人間で山に登る時も殆んどおにぎりを持って行く。
昔はおにぎりと言えば塩か味噌のおにぎりだったが、最近はおにぎりの具にも工夫がみられ、定番のしゃけ、おかか、明太子、若布、昆布などが良く食べられる。
そんな中で私が大好きなおにぎりが回鍋肉(ほいこうろう)の海苔巻きおにぎりである。
やや大きめなおにぎりに回鍋肉と卵焼き、昆布の佃煮を芯に海苔巻きにしたものでボリュームたっぷりで、一個食べればお昼ご飯の代わりになる。
値段はその日によって違うが平均216円とやや高くなるが、それだけの価値はあると思う。
仕事帰りなどこれからも重宝するであろう。

 秋の山おにぎり二つあれば足る  英世

一句の風景

月に酌む刈干切唄聴きながら

後の月(十三夜)を詠んだ句である。
月を愛でることの好きな日本人が名月と称しているのは陰暦8月15日の十五夜であるが、これに対して陰暦9月13日の月を後の月つまり十三夜と称している。
季節は既に肌寒を感じる頃で、田んぼではすでに稲刈りも終っている。
その後の月を愛でながら、ふと小中学同級生の民謡歌手・藤堂輝明の刈干切り唄が浮かんで来た。
刈干切り唄は宮崎県の民謡で、この唄の全国大会が開かれるほど有名な民謡である。
私もこの刈干切り唄が大好きで、月を愛でながらその一節を口ずさんだ時の句である。
2012年(平成24年)10月「季題:月(秋)」

太宰府吟行

昨日の百年句会吟行はまたまた大宰府であった。
この時期の大宰府は神々が出雲へ旅立つ準備をしている時期である。
と言う訳でもなかろうが、天満宮境内は何となくざわざわしている。よく見ると朝から中国、韓国の観光客の声が飛び交っていた。もっとも何を言っているのかはさっぱり分からない。
そんな喧噪の天満宮はそこそこに、菖蒲池から国立博物館の方へ廻った。博物館の入口手前には少しばかり開けた場所があり、何となく草深い古い太宰府のイメージが残っている。
さらにいつもの光明禅寺に足を伸ばすと、そこはまた静寂の別世界で紅葉がちらほらと色づき初めていた。
紅葉の盛りは一月ほど後であろうが、それはその時の吟行で楽しむとして、この日はその薄紅葉を堪能して句をひねった。
そのような中から、この日の特選句をご紹介しよう。

 蒼天に縺れ消え入る秋の蝶  英世

冬野俳句大会

昨日、所属している俳句結社「冬野」の年一回の俳句大会が福岡市で開かれ、私も大会のお世話をしながら参加した。
俳句誌「冬野」は全国各地に会員を有しているが、この俳句大会でも遠く山形からの投句があったり、島原から直接参加された会員もあった。
また、冬野俳句大会は「平成27年度福岡市民芸術祭」参加として認定され、福岡市の支援を受けての大会で、何となく格式が高くなったような気がした。
大会は例年のように事前投句の部と、当日吟行句の二部門に分かれて催されたが、会ではどうしても当日句の互選並びに選者選に注目が寄せられる。
肝心の私の成績だが、事前投句1句、当日句3句が入選した。
その中の1句をご紹介しよう。

 一穢なき岬の空や薄紅葉  英世

椎の実

野菊と同時に出された兼題が椎の実であった。
椎の木は古くから日本に多く存在するブナの仲間で、主に関東から西に分布している。
果実の椎の実は、縄文時代には重要な食料であったと言われ、近年では子供のおやつに用いられた。現在でも博多の放生会や八幡製鉄(北九州市)の起業祭といったお祭りでは炒った椎の実が夜店で売られている。
私たちの子供の頃は鎮守の森に必ずと言っていいほどこの椎の木があり、秋になるとその黒くて細長い実を拾って生でかじったり、たき火をして焼いて食べたものである。
最近の子は菓子類の普及で、椎の実など野生のものを食べた経験のある子は少なくなっているようだが、その野性的で素朴な味を味わってみるのも良いのではなかろうか。
例によって椎の実の特選句をご紹介しよう。

 縄文の塚に椎の実食みし跡  英世

野菊

今回の硯潮句会の兼題は野菊と椎の実であった。
野菊は野性の菊の総称で、別に野菊と名付けられた菊がある訳ではない。野菊の種類は多くその花の色も紫からその濃淡そして白色と数多く、いずれも可憐な花である。
脊振山系の山裾に小さな廃村があり、訪ねた当時竈の跡など人の温もりが残っていたが、その竈のそばに揺れる野菊の可憐さが忘れられない。
野菊と言えば伊藤左千夫の「野菊の墓」を思い出す。私も東京の頃わざわざ江戸川の矢切りのわたしに乗って小説の舞台を訪ねたことがある。
その時この小説の花は野菊でなければならないと強く思ったものである。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 首なしの地蔵に風の野菊かな

インディアン水車

少し前の話だが、北海道の方が今年も無事鮭が遡上してくれたと感慨深げに話しているニュースを見た。
九州育ちの私にとって鮭は馴染みの薄い魚であったが、現役の頃北海道を旅した折に、この鮭の遡上を見て一挙に親しみ深い魚となった。
私が鮭の遡上を見たのは千歳川であった。その千歳川の辺には当時鮭の孵化場があり、産卵用の鮭を捕獲するための水車(インディアン水車)が設置されていた。
川の一部を堰き止めそこから水路を引いて捕獲用の水車に鮭を誘導するもので、その歴史は明治時代に孵化場の技師が、アメリカコロラド州で実際に見た捕獲用の水車を参考にして設置したものである。インディアン水車の名もそこに由来している。
川を全部堰き止めて根こそぎ取るのではなく、一部だけを堰き止めることで鮭の種を確保し、また産卵用の鮭を傷つけずに捕獲すると言った自然保護思想の先端でもあった。
その夜、北酒場で頂いた鮭尽くしの料理の味は今でも忘れられない。

 鮭を獲るアメリカ式の水車かな  英世

飛蝗によく似た昆虫の蝗(いなご)が今回の兼題であった。
蝗は飛蝗によく似ているはずで、飛蝗科に属している稲の害虫として知られている昆虫である。
蝗と飛蝗の違いは素人には見分けにくい。頭と胴体が緑色で羽がアブラゼミのようにしていることから、殿さま飛蝗とよく間違えやすいが、最近はじっくりと見たことがないので何とも言えない。蝗の方が飛蝗より少し小さいような気もする。
一説によると胸に喉仏のあるものが蝗、ないものが飛蝗だと言うが本当だろうか。捕まえて調べてみたいが、実は農薬の関係で蝗が極端に減り今や絶滅しかけているので調べようがない。
子供の頃はこの蝗を袋一杯とって、祖母が佃煮状にしてくれた。何となく気味が悪くて殆んど口にしなかったが、記憶では何となく香ばしい感じはするものの、なかなか呑み込めなかったことを覚えている。
今や幻となった蝗だが、記憶を頼りに詠んだ句の中からこの日の特選句をご紹介しよう。

 故郷の蝗の貌も忘れがち  英世

晩秋の海

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昨日、行くところがないとぼやいているうちに、無性に糸島の海を見たくなった。
ゴルフを楽しんでいた頃は芥屋ゴルフクラブを始め糸島周辺のコースでよくプレイしたものだが、そこには必ずと言っていいほど海が広がっていた。
ゴルフを楽しんだ帰りはその海岸線をドライブするのがいつもの習慣であったが、その糸島の海をしばらく見ていない。
と言うことで愛車を飛ばして糸島半島を一周することにした。
どうせ行くなら日本の夕日百選に選ばれているサンセットロードと「二見ヶ浦の夫婦岩」の夕日を見たいと時間を見計らって出掛けた。
この日は素晴しい晴天で、糸島の海に沈む夕日は筆舌に尽くしがたいほどの素晴らしさで、夕日が完全に海に沈み込んでしまうまでじっくりと腰かけて見とれていた。是非添付の写真で楽しんで頂きたい。
糸島海岸のベストシーズンは海水浴の真夏だが、人気の少ないこの時期もまた良いものである。
まさに晩秋の海であるが、何故か挽歌の挽の文字を当てても良いような気がした。

 晩秋の夕日に染まる夫婦岩  英世

つまらない10月13日

今朝少し遅く起きて、さて今日の予定はとスケジュール表を見たが、見事に何にもない。5日ぶりの休である。
ところが、素晴しい天気に恵まれたと言うのに巷の連休明けのこの日は、私にとってはとんでもない休みになった。
毎朝の習慣になっている新聞早読みがまず休刊、図書館も動植物園も一斉に休園、この分ではよく訪れる油山市民の森も休園かもしれない。何も一斉に休まなくてもよさそうなものなのに。
家内殿も仕事で留守だし、言い付けもない。まるで行くところがないではないか。
山に行きたくても腰の痛みがまだ引かず自重しなければならない。それではただ当てもなく散歩するか、しばらく見ていない糸島の海を見に行くか、このブログを書きながら思案中である。
後日、この日の行動をどのようにお知られ出来るか、妙に興味が湧いてきた。

 秋晴や休日と言ふ退屈と  英世

秋の風

十月も半ばになると秋風がしみじみと身に染みて来る。その秋の風が今回の兼題であった。
秋の風と言っても具体的にこのような風という決まりはなく、北からか西からかあるいは強いのか弱いのか様々ではっきりしない。
ところが、四季の風の中でも古来より詩歌に多く詠まれて来たのがこの秋の風である。
秋から冬への季節の移り目で、冷気も日増しに加わり、草木も枯れて行くので日本人にとっては自然と秋風が身に染みるようになるのであろう。
傍題にある爽籟は秋風の爽やかな響きを言い、金風もまた美しい秋の風のことである。
その秋の風を詠んだこの日の特選句をご紹介しよう。

 秋風や我が家女系となる予感  英世

地域生活安全キャンペーン

一昨日は福岡中央警察署の地域安全キャンペーンパレードに参加した。
この地域安全運動は期間を決めて、警察が防犯協会などの関連団体と更なる連携強化を深め、地域安全活動を強化しその効果を最大限に上げて一層の浸透と定着化を計り、誰もが安心して安全に暮らせる地域社会の実現を目的としている。
主なテーマは①子供の防犯対策 ②女性の防犯対策 ③ニセ電話詐欺対策 ④自転車・バイク盗の防犯対策である。
キャンペーンでは長浜公園に各団体が集合し、防犯対策の説明を受けた後、全員で警固公園まで「安心安全な町を創ろう」とシュピレヒコールを繰り返しながら歩いた。
このような行事に参加するのは久し振りだが、声を張り上げ歩いているうちに孫たちの顔が浮かんで来て、より安心安全な街にしなければとの思いが募った。

 秋晴や地域安全高らかに  英世

一句の風景



紅葉狩世界遺産の弥陀拝す


私が最後に海外旅行したのは韓国であった。
親しい友人6人でたまには旅行でもしようと思い立ち、そのうちの韓国に詳しい一人に案内して貰って訪ねたのである。
空路釜山につき、市内観光の翌日私たちは韓国で古い歴史を持つ慶州を訪ねた。目的は世界遺産(文化遺産)に登録された、仏教遺跡「石窟庵」の阿閦(あしゅく)如来座像を拝することである。
期待にたがわずその如来像は素晴しく、花崗岩を掘った大きな座像は全体的にやや褐色気味の白い色をしていた。その額には硝子が埋め込まれ、それが太陽に反射してより輝きを増す仕組みになっている。
その如来像に家族の安全と幸せを祈願し、目を移すとそこは見事な紅葉があった。
2012年(平成24年)9月「季題:紅葉(秋)」

結婚記念日

今日は二人の結婚記念日だが、都合があって先日二人だけで行きつけの寿司屋でささやかなお祝いをした。
昭和44年に26歳で結婚したのだから、もう46年になる。我ながら辛抱強かったのか諦めがよかったのか、よくもまあここまで持ったものだと感心している。(多分家内もそう思っているであろう)
結婚後二人の子供に恵まれ孫も三人いる。計算上は日本の人口増加に全く貢献していないが、それはそれでいいのではなかろうか。
ただ問題は孫が三人とも女だと言うことである。
死後のことまで気にすることはないのかもしれないが、将来誰が家をそして故郷にある私たちの墓(まだ空)を誰が面倒見てくれるのだろうか。
気にしても仕方がないので、せめて祖先から受け継いできた故郷の浄土宗の寺に、生きているうちに永代供養を頼んでおこうかとも思っている。
何れ長男とゆっくり話をしなければなるまい。

 秋風や我が家女系となる予感  英世

絵画と俳句

先日ある美術番組を見ていて、興味深い話があった。
その画家は「見えないところ、隠されているところを描きなさい」と言っていた。
見えないところ隠されている所を描くとはどういうことだろうかと考えてみた。
それは対象をよく見てその物が本来持っている姿を描き出せと言っているようであった。見えている絵の部分から見えない部分を、絵で連想させよとでも言うことだろうか。
その手法として色彩の濃淡、遠近、陰影等が用いられるのであろう。
このブログでもよく絵画と俳句の共通点をお話しするが、この話しもその延長線上にある。
対象物をよく見てその感動を画布に描きだす手法は俳句そのものであろう。
画家の必需品がスケッチブックだとすれば、俳人のそれはさしずめ俳句手帳ではなろうか。

 錦秋やスケッチブックに芭蕉の句  英世

美の番組

私は元来絵画や書道が苦手で、自分の俳句も短冊や色紙に書いたことがない。
その反動だろうか美術館で絵画を観賞したり、テレビで美の番組を見るのが大好きで、先日も友人の絵画展に行ったばかりである。
テレビの美の番組でよく見るのが「日曜美術館」「美の壺」「ぶらぶら美術・博物館」などで、都合がつく限り見ることにしている。
まず、NHKの日曜美術館は長く続いている元祖美術番組で、オーソドックスな語りで美術品を詳細に紹介してくれる教育的な落ち着いた番組である。
同じ放送局の美の壺はどちらかといえばドラマ風の仕立てになっている。草刈正雄のコミカルな演技で、書や絵画に限らず庭園や彫刻、工芸品に至るまで広く紹介してくれる肩の凝らない番組である。
また、ぶらぶら美術館は一転して今流行りのトークやトラベル風に作られている。山田五郎の軽妙な語りによる案内で、見ているものをついその場に立っているような感覚にさせてしまう。
何れにしても現物を見る機会の少ない地方に住んでいる私にとって、美の世界に触れることができる絶好の機会であることには違いない。

 秋風や句風彩る美の世界  英世

広報委員

所属している福岡市シルバー人材センターでは二カ月に一回「シルバーだより」という機関誌の発行と、随時ホームページのメンテナンスを行っている。
このほどそれらを担当する広報委員を仰せつかり、先日その月例編集会議に出席した。
かつて経験したことがある上に、もともと書くことが好きで写真などにも興味があることから再登板を推薦された様である。
広報委員になると言うことはただ与えられたテーマで記事を書くことではない。新聞記者のように各方面の取材をし、シルバー人材センターの殆んどすべての行事に顔を出さねばならない。
他の仕事を持ちながら俳句のこともあるのでやや心配だが、何とかなるだろうと引き受けてしまった。
引き受けた以上は責任を持って真剣に取り組まねばならず、自ずと私的な俳句の方にしわ寄せがいくかもしれない。

 物書きに魅力たつぷり秋灯  英世

冬野十月号

昨日は腰痛のリハビリも兼ねて秋真っ盛りの植物園を散策した。園内はコスモスなどの秋の花々が折からの秋風になびいていた。
さて、先日冬野十月号が届いた。例によってその他の句会と共に入選句をご紹介しよう。
なお執筆中の吟行あれこれは、炭都を偲ぶ「石炭・歴史博物館」でした。
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冬野十月号
 朝刊を開けば梅雨の明けてをり
 師弟句碑拝す心に草を引く
 虹遠く日照雨の道となりにけり
 一村を水に浸して青田風
 静雲の墓は裏口道をしへ
 偽物と承知の上で買ふ夜店
 ソーダ水ストロー二本所望せり
 水羊羹つるり冷りと喉滑る
 忘れ物せしかに残暑ぶり返す
 新墓碑に縋り哭きゐる秋の蟬
冬野インターネット句会
 月白や逝きし友の名呼んで見る
 とんばうの吾が鼻先を反転す
 島よりの月従へて渡船着く
 白無垢の秋日に映ゆる宮居かな
俳句ステーション
 攻め上る雲の疾さや青嵐(特選天賞)
 まづ語りかけて小さき墓洗ふ(特選地賞)
愚陀佛庵インターネット句会
 曖昧な妻の相槌秋暑し
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貝塚駅周辺吟行

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一昨日、金曜日のたんたん句会吟行は絶好の秋晴に恵まれての東区の貝塚であった。
貝塚と名が残っていると言うことは、ここに古代人の貝塚があったことは間違いないだろうが、今はその面影もなく団地や商店などが密集した住宅地となっている。
吟行の集合場所は、地下鉄箱崎線・西鉄貝塚線相互間の乗り継ぎ駅でもある貝塚駅で、駅を出て周辺を散策する目的のない吟行である。
周辺には特別の名所がある訳でもなく、せいぜいかつての競輪場跡地にできた貝塚公園ぐらいである。そこには昔懐かしいSLとブルートレインが展示してあった。
まさに出たとこ勝負の行き当たりばったりで、このような吟行もまたよいのではと思った。
天気に恵まれたこの日の特選句をご紹介しよう。

 ブルトレに漂ふ秋の旅愁かな  英世

魚沼産コシヒカリ

先日、敬老の日のお祝いに息子夫婦から魚沼産コシヒカリ5㎏を頂いた話をしたが、やっとそのお米を口にした。
実は頂いてすぐ食べたかったのだが、買い置きの米が残っていたのでつい遅くなってしまったのである。
炊きたてのご飯を茶碗に盛って貰うと香ばしい香りが漂って来た。まさに美味しい御飯の香りそのものである。
口にするとまたこれがふっくらとして何とも言えない美味しさであった。息子夫婦がくれたと言う感情的な面があるかもしれないが、本当においしい御飯であった。
家内は食べ過ぎるのが怖いと言っていたが、さもあらんと思うほどの美味しさである。
農家に育った私は米には少なからずうるさい。
父が良く言っていた言葉を思い出した。米には稲の背が低く収穫量は多いが大雑把な味の品種と、収穫量は少ないが背の高い美味しい品種がある。どちらかを植えるかは農協の指導、または農家の考え方一つだと言うことであった。
魚沼産コシヒカリはもしかしたら父の云う後者の米かもしれない。

 故郷へ心回帰の稲の秋  英世


晩秋の花ごよみ「茱茰」

今月は花ではなく果実である。
歳時記をめくっていたら十月に「茱茰」と言うのがあった。
待てよ、茱茰は確か梅雨時の私たちのおやつだったはずだがと調べてみると、茱茰には夏茱茰と秋茱茰があることが分かった。歳時記では秋の茱茰を季題としているのである。
私の子供の頃の庭には、先祖伝来の柿と梅、石榴、そして父が植えてくれたのがいちじくと枇杷、茱茰であった。
茱茰の木は一株の根元から何本にも幹が分かれて茂り、その一本一本にたくさんの実をつけていた。私たちは笊一杯に茱茰をちぎり、兄弟みんなで我先にと争って食べた。一度にたくさん食べるとお腹を壊すぞと注意されたほどである。
久し振りにその茱茰を賞味したくなったが、今の都会地に茱茰を植えている家等見当たらなくなってしまった。

遠き日の茱茰の渋さもほの甘く  英世

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