十一月が終る

初冬とは思えない暖かい日が続いていたと思えば、月末には一転して厳しい寒さに襲われた十一月が今日で終わる。
今年は秋がなく夏からいきなり冬に入ったような気がする。その十一月も俳句に旅にと腰痛を押して精力的に動き回った。
スケジュール表に全く予定のない日はたったの9日で、その予定のない日も里山や公園を歩くなど、長時間の散歩に充てたりしたので、ほとんど毎日外に出たことになる。それもまた私の生きがいなのだが。
十一月は私の誕生月であることはお話ししたが、この月は自動車免許証の更新時期でもありその更新を済ませた。
高齢者講習を受けていたので、更新手続きそのものは30分で済んだが、ここも待ち時間の方が圧倒的に長かった。
いよいよ明日から十二月である。インフルエンザの予防注射もしたことだし、十二月もまた一日一日を楽しむとしよう。

 週三日勤め勤労感謝の日  英世

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一句の風景

木枯や人工島にととろバス

今朝はパソコンのアップグレードに手間がかかり、そのまま出かけたのでアップが今になってしまいました。
さて、木枯一番が吹いた日、何を思ったのか玄界灘の波が見たくなり、私は志賀島方面へ車を走らせた。
途中、埋め立て中の荒涼とした土地が広がっているところに差しかかった。埋め立て途中と言うことで、建物も少なく工事車両が頻繁に行き来するばかりであった。
そこは地続きの埋立地のはずだが、私には人工島に思われて仕方がなかった。やがてここにも学校や病院などが建設され、大きな町が作りだされることであろう。
その人工島に通学用のスクールバスも走るだろうが、私は何故か園児が一杯乗ったととろバスを連想した。
2013年(平成25年)11月「季題:木枯(冬)」

九大医学部界隈吟行

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今回の渦潮句会吟行は、九大医学部キャンパスと黒田家の菩提寺「崇福寺」を巡るものであった。
九大医学部は他の学部がほとんど糸島市の伊都キャンパスに移転した中で、病院とともに唯一東区に残ったものである。
正門をくぐるとすぐ傍に医学部歴史資料館があり、そこにはこのブログでもお話しした三宅速とアインシュタインのことが写真入りで紹介されていた。
九大医学部のある場所はかつて箱崎浜と言って松林が連なっていたところであり、キャンパスには秀吉が茶会を開いた折に釜をかけたという「釜掛けの松」も残されている。
また、すぐ近くの崇福寺は福岡藩初代藩主黒田長政によってここに再建された臨済宗の名刹で、藩祖黒田如水・長政の墓もここにある。
山門は元々福岡城の本丸表御門、そして黒田墓所の唐門は名島城の遺構と言われている。
この日は時雨空のやや肌寒い天気であったが、全員元気に吟行を楽しんでいた。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 冬めくや釜掛け松の深みどり  英世

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冬将軍

昨日は私の誕生日だということで、家内といつものすし屋でさやかなお祝いをした。
お祝いと言っても特別な料理やお酒が出る訳でもなく、いつものお刺身に握りずし、家内は豪華な海鮮チラシと相も変らぬ内容である。
その食事中に急にばらばらと大きな音がしたので、慌てて外を見てみると真っ白な球が道路を転がっていた。霰である。
そういえば昨日の午前中はそう感じなかったのだが、シルバー人材センターの広報委員会が終わり、帰路に着く夕方はバス停でガタガタ震えていた。それが夜にはなおさら冷えて霰が降ったのだろう。
今朝の新聞を見ると、雲仙の妙見岳頂上では樹氷が見られた報じていた。
いよいよ冬将軍の到来である。風邪をひかないように気を付けるとしよう。

 思はざる霰となりし誕生日  英世

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誕生日

9月28日が娘の誕生日、10月9日が結婚記念日、そして今日11月26日が私の73回目の誕生日と、秋は何かと我が家の記念日が多い。
私の誕生日のことは毎年のように書いているので今さら書くこともないが、かと言って素通りもできない記念日でもある。
誕生日を機に今年一年、つまり72歳時の私の体調を考えてみた。
相対的に体力が落ちて来たことは明らかで、急な動きや階段などで慎重になることが多くなった。
腰も痛くなった。発症以来整形外科で治療していたが埒が明かず、昔通っていた整骨院を思い出し治療して貰ったところ幾分か落ち着いてきた。
風邪はここ5年ほど引いたことがなく、持病の憩室炎も徴候が出たらすばやく薬を飲むことで大事に至らなくなった。
まあ、思えば平々凡々の72歳の一年だったかも知れない。

 頼みたる神は留守なり誕生日  英世

皇帝ダリア

温泉に行く道すがら、民家の軒先に迫ろうかと言う大きな薄紫の花を見かけた。南国ムード漂う皇帝ダリアである。
実は数年前に珍しい花があると言うので、わざわざ友人の家まで見に行ったのがこの皇帝ダリアであった。それが今では其処此処でよく見かけるようになったのである。
この皇帝ダリアは木立(こだち)ダリアという菊の仲間だが、その立ち姿が大きく見事なことから皇帝ダリアとも呼ばれるようになった。
なぜこの皇帝ダリアが今年こんなにも多くみられるようになったのか気になった。
資料によると、皇帝ダリアはキク科だけに日が短くなるころに咲く花だが、本来南米原産で暖かい地方の花だけに寒い日本では咲かない年もあった。
それが、地球温暖化の影響で日本でもたくさん咲くようになり目に付くようになったという。
それが本当だとすれば、皇帝ダリアはいち早く地球の赤信号を知らせてくれる花かもしれない。

 軒先の皇帝ダリア冬温し  英世

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久しぶりの温泉

腰痛の治療も兼ねて久しぶりに行きつけの温泉「清滝」に行った。噂通りに韓国人や中国人が多く、何でもツアーバスで来るらしい。
その人たちの入浴マナーは決して褒められたものではない。海水パンツをはいていないだけまだましで、中には服を着たまま浴室を抜けて、露天風呂の周りをうろうろしてたばこを吸う場所を探している人もいる。
洞窟サウナでは覗くだけで入ろうとせずに、ドアを開けっぱなしで中の友人と話したり、サウナに入ることが目的ではなく、興味本位に一分間ほど入ってすぐに出ていく人も多い。
ツアーバスの中で掛かり湯やタオルの使い方など、日本の入浴マナーだけはきっちり教えておいて欲しいものである。
とは言え、韓国から来たという青年に塩サウナの入り方を教えたことから仲良くなった。話して見ると何と戦前に父が住んでいた木浦から来て、翌日飛行機でソウルに帰るという。
互いに母国語ではない拙い英語で話したが、なかなかの好青年だった。この青年と話して人種や国籍にあまり偏見を持ってはいけないと思い知らされた。
それにしても湯上りに食べた卵とチーズ入りの焼きカレー(700円)は美味しかった。

 露天湯の背の竹藪笹子鳴く  英世

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おでんの大根

先日、大根の兼題についてお話したが、秋が深まるとともに、晩酌のつまみにおでんが欲しくなる。
おでんは私の好きな食べ物の一つで、かつては屋台でまず最初に食べるのがこのおでんの大根であった。
あの白い金属製のおでん鍋に煮立っているネタを、今日はどれにしようかと目で探している瞬間が最高であった。ちなみに大根の次は白滝、厚揚と順序が決まっており、それは今でも変わらない。
最近はコンビニでおでんを買うことが多くなったが、買う時は出し汁をたっぷり入れてもらって、家で一焚きすることにしている。
先日ある新聞におでんの大根の一番売れる時期について報じていた。
おでんは一番寒い冬に売れそうな気がするが、実は秋のまだ暑さが残るころから売れだすらしい。どうやら寒いからというより、寒くなってきたなという変化を感じて温かいおでんが欲しくなるようである。

 おでん酒老いらくの恋咲くことも  英世

冬めく

今回の兼題は「冬めく」であった。
冬めくとは具体的にどのような気象現象と決まっているわけではなく、景色や気候が冬らしくなることを言う。
つまり、何をどう冬めくと感じるかは多分に主観的なものである。
風の冷たさ、雲の動き、日差しの乏しさ、街の変化など、実感、体感からくるものであろう。
はっきりと冬景色が整ったわけではないが、暖房の用意をしたり、冬の食べ物が食卓に上ったりと、家の内外、身辺が何かと冬らしくなり、長く寒い冬が始まったなとしみじみ感じさせるものでる。
そのような冬めく雰囲気を詠んだ句の中から、この日の特選句をご紹介しよう。

 冬めくや博多の街にはね太鼓  英世

今回の硯潮句会の兼題は「凩」と「冬めく」であった。
凩は木枯ともかく冬の季語で、初冬に吹く強い北風のことである。木の葉を吹き散らし、木を枯らさんばかりの強風であることから木枯と称されることになった。
その年の気象条件によって早かったり遅かったりするが、その年の最初の凩を木枯一号と称していよいよ冬が来たことを暗示している。
似たような気象現象に時雨があるが、時雨が初時雨と優雅に称しているのに対し、木枯は一号のことを初木枯と詠むことはない。
ところで、この凩の季語はなぜか海と対にした詠み方が多い。山口誓子の「海に出て木枯帰るところなし」の句がその代表であろう。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 凩や離散の村にかまど跡  英世

一句の風景

落葉掃く尼僧に長き竹箒

句友のお寺を訪ねた時の句である。
その句友は俗に言う坊守さんで、僧籍の女性つまり尼さんである。
折しも訪ねたのが落葉の季節で、境内一面に落葉が散っており、その落葉を檀家さんたちが掃き掃除の奉仕をしていた。
私は本堂を拝した後、庫裏の裏に回った。そこには坊守さんの住いがあったからである。訪ねてみるとその庫裏の裏庭を小柄な女性がせっせと掃き掃除をして落葉を集めていた。坊守さんである。
小柄な坊守さんには少し長過ぎる竹箒で、私にはその構図が印象深かった。
2013年(平成25年)11月「季題:落葉(冬)」

シルバー人材センター親睦旅行

昨日は、毎年恒例のシルバー人材センター秋の日帰り親睦旅行に参加した。
目的地は唐津市の歴史とうまかもんを訪ねる旅で、どちらも大好きな私にとっては格好の旅先であった。
実は、この日は東京から現役時代の上司が福岡に来て一席設けることになっていたが、前にもお話ししたようにシルバーの広報委員をしている関係で、機関誌に記事を書かねばならずこちらを優先したのである。
まず、うまかもん市場では唐津直産の農産物、次に唐津近海でとれた魚の干物工場見学とお買い物と買い物三昧であった。
歴史では秀吉が無謀な夢のために築いた名護屋城跡とその歴史博物館を見学した。この城のために当時の大名や民衆がいかに苦労したかが偲ばれる。
一日中時雨模様の天気だあったが、俳句の会「鴻臚」のメンバーやかつての同僚も多数参加し、和気あいあいとした楽しい旅であった。
もちろんお土産は魚の干物で、土産というより私の酒の肴になったことは当然である。

 テーブルをはみ出す秋の旅料理  英世

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菊まつり俳句大会

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恒例の太宰府天満宮菊まつり俳句大会に参加した。
実はこの日は月例の百年句会の日であったが、期日が重なったので百年句会のメンバーと共にこの菊まつり俳句大会に参加することにしたものである。
折しもこの日は七五三ということもあって、天満宮は朝から参拝客でごった返していたが、果たしてその中の何人の人が菊花展を鑑賞したことだろうか。
俳句大会はその菊花展をはじめ、利き酒、猿回しなど天満宮境内とその周辺の雰囲気を詠んだ当日嘱目三句が対象であった。
私も真剣に写生し投句したところ、そのうちの二句が入選し賞品に太宰府天満宮の梅酒をいただいた。
その中から入選の一句をご紹介しよう。

 菊香る宰府に虚子碑年尾の碑  英世

木の葉髪

陰暦十月の木の葉髪と言う諺があるらしい。その木の葉髪が今回の兼題であった。
木の葉が落ちる頃のさびしい季節と、髪の毛が抜けることの寂しさを表したもので、この時期不思議と髪の抜けることに気がつき、沈みがちな気分になることが多い。
この木の葉髪は現実的に髪が抜けることではなく、その寂しさを表した観念的な季題として味わうのが良いかもしれない。
過去の名句にもそのように作られたものが多い。人生の淋しさ、孤独さ、はかなさを抜ける髪にたとえて、深層心理的に詠んだものである。
もっとも私には残り少ない髪が気になって仕方がないのだが。
そう言った意味ではこの木の葉髪はかなり難しい季題と言えるだろう。
その木の葉髪を詠んだ句の中からこの日の特選句をご紹介しよう。

 酒旨きうちは健康木の葉髪  英世

大根一切

冬の野菜の代表格がこの大根であろう。その大根一切が兼題であった。
大根一切と言うので大根であればなんでも良い。大根引、大根洗ふ、大根干す、懸大根等がそれだが、沢庵漬くや浅漬等の漬けものはどうであろうか。選者次第のような気もするが、まず無理だろう。
大根は私の大好きな野菜の一つで、おでんや、煮つけ、下ろし、また生でそのままと幅広く食べている。特におでんでぐつぐつ煮込んだ大根は冬の酒に最高である。
子供の頃は大根をたくあん漬けにするために、父と生産地の農家から大量に買ってリヤカーで引いて帰った記憶がある。
常日頃農作業で忙しかった父は私たちと遊んだり、話したり、勉強を見てやったりなどしたことはなかったが、この時だけはゆっくりと話をしたものである。
その大根の句の中から、この日の特選句をご紹介しよう。

 大根引く母の尻もち子の笑ふ  英世

MRJに乗りたい

国産初のジェット旅客機MRJの初飛行の様子をテレビで見た。流線型の美しい機体がふわりと浮いた瞬間には思わず歓声を上げたくなったほどである。
テスト飛行の機長が「車輪が浮き上がったらMRJが飛びたいと言っている」といった言葉が印象深かった。
MRJとは「Mitsubishi Regional Jet(三菱リージョナルジェット)」の略で、三菱航空機が広く国内の技術に働きかけて、2008年の開発決定から7年かけてやっと完成した夢のジェット旅客機である。
MRJは、かつて国家プロジェクトとして開発されたプロペラ機「YS-11」以来、半世紀ぶりの国産旅客機で、日本の航空機ファンにとっては特に感慨深く、期待も大きかった。
日本での就航は三年後にANAで予定されている。飛行機大好き、そして同じ三菱に縁があったものの一人として、どうしても乗りたい飛行機である。
果たして私はMRJに乗ることができるだろうか、いやぜひ乗りたいと思っている。

 小春日やMRJの初飛行  英世

○○賞の時だけ

このところのノーベル賞ブームが一段落したが、私にはどうしても腑に落ちなのがメディアの取り上げ方である。
ノーベル賞の時期だけにやたらと物理や医学などの科学問題を取り上げ、がやがやと騒いでお祭りムードにしているような気がする。
文学の直木賞、芥川賞の時も然りである。受賞の結果だけがやたらと大きく取り上げられ、書店には彼らの作品が一斉に店頭を占拠する。
受賞に至るまでには並々ならぬ努力や研究成果があったはずだが、メディアが受賞以前に彼らの功績を取り上げることは極めて少ない。
また、ノーベル賞の受賞は日本国民にとっても光栄なことではあるが、候補者は彼らだけではないはずである。
それらの受賞から外れた科学者や文学者を丹念に発掘し、紹介して行くのもメディアの役割ではなかろうか。

 夫婦して受賞の笑顔菊香る  英世

腰痛

今年のお盆過ぎから俄かに腰痛に見舞われ、現在も痛みが続いている。
長く座って立ち上がった時に軽い痛みやふくらはぎのしびれに見舞われ、起居に難儀してる。ただし、歩くことにはあまり抵抗を感じないから不思議である。
常日頃からかなり運動量は多い方だと思っていたし、事実10年以上も腰痛に悩まされたことはなかったのに、一体どうしたことだろうか。何が原因だろうか。
すぐに治るだろうと高をくくって整形外科に通って治療したがらちがあかなかった。また、病院が出してくれる痛み止めの薬を飲むことにも抵抗を感じた。痛み止めは対処療法で根本的な解決にはならないと思ったからである。
ということでひと月ほど前から昔通ったことのある整骨院に転院した。
整骨院では姿勢の悪さからくる骨盤のゆがみで、左足が右より1.5センチほど短くなっている。つまり骨盤の捩れから痛みが生じているという診断であった。
その後定期的に骨盤のゆがみを矯正し、全身をマッサージすることで筋肉をほぐし血行を良くする治療をしてもらっている。
整骨院に通いだしてから徐々に痛みが軽くなってきたので、この分では近く完治するだろうという淡い希望が見えてきた今日この頃である。

 冬立つや腰痛やけに気にかかる  英世

古い道具

ずいぶん前に失われゆく季題の「飯櫃入(おはちいれ)」のお話しをしたが、詳しく調べるためにインターネットで探っていたところ昔の生活道具なるものを見つけ興味深く読んだ。
記事には昔の生活を食と暮らしに分類し整理してあり、中には私たちが子供のころまで使っていた懐かしい道具もあった。
例えば、衣で言えば蓑笠や炭火アイロン、食で言えば御飯を炊く羽釜や石臼、お櫃、住で言えばくど(竈)や火鉢、他にも砧、稲こぎなどの農機具がそれで、いずれも懐かしいものばかりであった。
これらの道具や農機具は使われなくなって久しいが、それらの多くは地方の歴史資料館などに展示されており、神事や祭りなどで根強く残っているものもある。
実は20年ほど前に実家を建て直した時に、蔵にあった多くの古い農具や漁具、陶器、刺股(武具)などの生活用具を弟は全て捨ててしまったと言う。
私が立ち会っておれば決してそのようなことはさせなかったろうにと、今思うと残念でならない。

 機織に精出す祖母や神の留守  英世

一句の風景

淡々と流るる時や神の留守

陰暦の10月は諸国の神々がことごとく出雲の国に旅立たれ、神々が留守と言うことで神無月または神の留守という。
この季節はたまたま野山が落葉して草も枯れる時期である。もちろん神社もどことなく寂しげな雰囲気になって来る。
神無月を迎えるともう今年も11月かと、つい残りの月日を数えるようになる。それでも自然の摂理が変る訳はなく、時は淡々と流れていくのである。
2012年(平成24年)11月「季題:神の留守(冬)」

ふくおか県民文化祭俳句大会

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ふくおか県民文化祭2015俳句大会が宗像市で開催され、句友と一緒に参加した。
この俳句大会は県内のすべての結社や、過去参加したことのある俳人に案内されるもので、俳句の系統や結社を問わぬ全くフリーな大会である。つまり、伝統俳句も現代俳句もOKというわけである。
私の所属する「冬野」でもバスを仕立てて大挙?参加した。
早朝福岡を発って会場の「宗像ユリックス」に着くまでに、宗像大社を吟行して回った。吟行では宗像大社の高宮という古代祭祀の跡を初めて訪ねることができ、歴史好きの私にまた新しい記憶遺産ができたような気がした。
大会は約400名参加と大盛況で、事前投句の部と当日句の部で入選句が発表されたが、私の成績はさんざんで、俳句の奥深さを感じさせられた大会でもあった。
でも、こんなことで挫ける訳にはいかない。自分は自分の俳句の道を突き進むだけである。
かろうじて入選した事前投句の一句をご紹介しよう。

 梅雨入や日本は橋の多い国  英世

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哀れな警察官舎

警察学校の隣に警察官舎がある。若い警察官の家族が住む言わば会社の社宅のようなものである。
築30年ほどの公団サイズ(多分2LDKか?)の4階建二棟で、50~60世帯分ぐらいはあるだろうか。
ところがその官舎には人が住んでいるという生活感がまったくない。つい半年ほど前までは3軒ほどが洗濯物を干していたし、数か所のベランダにはエアコンの室外機が見えていたが、今はその風景もなく駐車場には一台の車もなかった。
つまり今は完全な空き家になっているのである。入口には通行禁止のロープが張られており、たぶん近く解体されることであろう。
そう言えば我が街には昭和40年代に開発された福岡市でも有数の大きな団地があるが、その団地も今や老人の二人暮らしや独り暮らしばかりになってしまい、徐々に近代的なマンションやコンビニなどに変貌しつつある。
国家資産のこの警察官舎もいずれこのようになってしまうのではなかろうか。

 空部屋の続く官舎や初時雨  英世

警察学校

私の家のそばに警察学校があり、毎日のように元気な生徒の訓練の掛け声が聞こえて来る。
先日鴻巣山散歩の帰りに警察学校の傍を通ったところ、偶々拳銃を捧げた隊列の訓練をしているところを見ることができた。
生徒は40人ぐらいが二列横隊になり、教官の指示に従って拳銃を捧げて整列している。
教官は二人(一人は女性教官)で、それぞれの隊を指導していたが、よく見ると整列した時の姿勢、目線、服装の乱れ、拳銃の持ち方などを細かく指導していた。
生徒は真剣そのもので、教官の指摘に大きな声で返事をして乱れを糺している。その態度は真剣そのもので、今時の生意気な若者の面影など微塵もない。
やがて彼らが一人前の警官になり、市民の安全を守ってくれるのかと思うと何となく頼もしく思えてきた。

 交番の机上に白き菊の花  英世

動植物園吟行

今回のたんたん句会の吟行は福岡市動植物園であった。この日は平日であったが、好天に恵まれたことから朝から子供たちが遠足に来て園内を走り回っていた。
動物園では相変わらず象の花子が大人気で、花子も鼻を大きく振り応えていた。
植物園へは動物園からスロープカーで直行できる。
植物園はいまコスモスが真っ盛りで、その奥には秋のバラが盛りであった。秋のバラは花は小さく数も少ないが、香りが強くその楚々とした咲きっぷりが奥ゆかしい。
またバラ園への途中には珍しい十月桜が咲いていた。11月に十月桜とは変な気もするが、それもまたよいのではなかろうか。
吟行では秋のバラをはじめそれらの花を愛でながら句を拾った。
例によってこの日の特選句をご紹介しよう。

 十一月に咲いて十月ざくらかな  英世

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冬野十一月号

朝夕めっきり寒くなった郵便ポストに冬野十一月号が届いていた。少々薄くなったことが気になるが、それでも毎月楽しみにしている。
例によって、冬野をはじめ他の句会での入選句をご紹介しよう。
なお今月の吟行あれこれは「紅葉・市民の森油山」であった。
冬野十一月号
 星一つ風に逆らひ流れけり
 夏帽を脇に黙禱原爆忌
 蜩や開かずの門に尼の影
 俗名の友と語りし墓参かな
 口にせぬビルマの話生身魂
 盆僧の笑みを湛へて考のこと
 銀漢や宇宙の果ての果て見たし
 だれ一人逢はぬ故郷秋暑し
 秋の灯や学徒の小さき単語帳
 芳しき主基の穂波や鵙高音
 園庭の順路といふは萩の路
冬野インターネット句会
 秋の灯に膝折り祈る老女かな
 秋天にキリンの首の突き刺さる
 蜻蛉の池中の石にこだはりぬ
愚陀仏庵インターネット句会
 曖昧な妻の相槌秋暑し

傘に名前

先日の新聞コラムに最近傘に名前をつける人がほとんどいなくなったという記事が載っていた。傘が布からビニールが主になり、今や傘は使い捨ての時代になってしまったからかもしれない。
確かに小学校に上がる時に傘を買って貰い、それに真新しい名札を付けてさも大事そうにしている光景を見るが、それはあくまで子供の傘であって大人の傘に名前があるのはめったにない。
ビニール傘は手軽で重宝しているが、それは総じて小さく大雨の時などはさほど役目を果たしてはくれない。
それに反し、大きな傘は雨の日の吟行などで大いに機能を発揮する。
私は大きな傘と折り畳み傘、数本の白いビニール傘を持っているが、大きい傘にはきちんと名前と付けているもののビニール傘には何も印をつけていない。
やはりビニール傘は使い捨てなのだろうか。

 初時雨社務所に借りる忘れ傘  英世

美しい日本を愛したアインシュタイン

ずいぶん昔になるが、比企寿美子著の「アインシュタインからの墓碑銘」を読み、このブログでも紹介したことがある。それが先日テレビドキュメンタリーとして放映された。
出版社の招待で日本に航行中のアインシュタインは船上で急病に見舞われ、その時たまたま乗り合わせた徳島出身で福岡にもゆかりのある医師三宅速(はやり)に助けられた。そのことが縁で二人は終生の友となったのである。
アインシュタインの目を通して見た日本を縦糸に、そして三宅との信頼と友情を横糸にした素晴らしい番組であった。
特にアインシュタインが見た日本の美しい風景や、そこから生まれた日本人の寛容さ従順さなどが語られているが、一方その従順さ故に時勢に流されていく危険性も鋭く感じ取っていた。それが現実のものになろうとは、彼も予想していなかったのではなかろうか。
戦争によってもてあそばれた二人の友情、そして岡山空襲で妻を抱きながら死んでいった速のくだりは目頭が熱くなってしまった。
その三宅夫妻の墓にはアインシュタインからの墓碑銘が刻まれている。

 戦争に割かれし二人初時雨  英世

「こうろ」合同句集

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今年も俳句の会鴻臚の合同句集「こうろ」第9号が出来上がった。
俳句は初めてと言う人がほとんどで、おっかなびっくりで始めた句会であったが、何とか9号が出来上がった。
句会もいよいよ10年目を迎えることになるので、こうろ創刊号と今回の句集を読み比べて見た。
創刊号では一応俳句の形はなしているものの、妙に肩に力が入った句や、口語調や話し言葉が随所に見られた。
それが第9号では見事に伝統俳句の形になっている。
花鳥風詠、客観写生と別に意識した訳ではなかろうが、そこには見たものを素直に詠んだ俳句が多くなっていた。
来年は10周年の行事も待っている。それまで全員何事もなく健康でいて欲しいものである。

 九号の句集を照らす秋日かな  英世

初冬の花ごよみ「落葉」

東京に住んでいた頃、武蔵の面影を残す里山を散策したことがある。目的は秋の終りに丘陵に降る広葉樹の落葉を踏むことであった。
武蔵野と言ってもいま東京にその面影はなく、埼玉県の丘陵を歩いたが、そこには期待にたがわず大量の落葉が堆積しており、踏む度にサクサクと心地良い音を奏でてくれた。
時折吹く風にその落葉は舞い上げられからからと音を立てながら窪地へと流れていく。たぶん風の吹きだまりであろう。
期待していた人が現れた。落葉を集めて籠に詰め込んでいる人である。話を聴くと、その落葉を発酵させて堆肥を作るという、昔ながらの農作業であった。
落葉は言うまでもなく冬の季題である。
武蔵野の面影を詠むこともできないが、せめて風に舞う落葉ぐらいは詠みたいものである。

 落葉掃く尼僧に長き箒かな  英世

十一月に入る

先日からパソコンの調子が悪く、遂にDELLに買い替えた。まだ要領がわからずもたもたしている。
ところで、朝夕はめっきり冷え込んで来た。それもそのはずで今日から十一月である。
俳句の世界では陰暦で句を詠むことが常識となっているが、その陰暦で言うと十一月は半分が九月そして残りの半分が十月と言うことになる。
つまり、神々が出雲に旅立たれるのは新暦の十一月十三日からと言うことになる。それまでは神はまだ地元におられるので、神の留守で句を詠むのはおかしいことになる。
その神無月が私の生まれ月でもある。
母は私を生む時に多分神様に無事出産をお願いしたと思うが、その時神は留守だったのだから、神頼りなしに生れて来たことになる。
思えば滑稽な話だが願いは遠く出雲まで届いていたのであろう。
とにかく無事生まれて来たことに感謝し、今月も元気で過ごさねばなるまい。

 神無月すなはち吾の生れ月  英世

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