二月が終る

昔から「チョロ二月」と言われるように、短い二月が今日で終わろうとしている。
この二月は天気変動の激しい月であった。ぽかぽか陽気の立春を迎えたかと思うといきなり春のどか雪、そして春一番の陽気、寒の戻りとまるで一月の三寒四温を引き摺っているようであった。
それにしても三浦知良はえらい。50歳になっても現役のJリーガーで実際に試合に出場するとは。えらい!見習わねば。
と言っても現実はそうはいかない。
この二月、思い切って髪を短く切った。
今まで若者ぶってセミロングにしていたが、このところ天辺がめっきり薄くなって来たし、白髪も目立て来たことから、髪を短くしてカモフラージュしようというものであった。
人がどう見るかはどうでもよいのだが、なんとなく頭が寒くて仕方がなかった。

  立春や髪を短く切りもして  英世

スポンサーサイト

一句の風景

南国の積むこともなき春の雪

雪は冬の季題であるが、春にも雪が降ることがある。つまり春の雪、春雪である。
春の雪は水分を含みふわふわとしたボタン雪となることが多いが、雪片の大きい割には積もらないで消えやすい、つまり淡雪となることが多い。
そのような春の雪だが、元来があまり雪に縁のない私たち南国の人間にはその春の雪が愛しくてならない。
そのような春の雪を思って詠んだ句である
2014年(平成26年)2月「季題:春の雪(春)」

大恩人の死

昨日の朝、一通のファックスが届きその文面に驚いた。大恩ある会社の先輩の死である。
昭和35年の初夏、高校三年だった私は突然校長室に呼ばれた。そこには端正なスーツを着た一人の男性が待っていた。会社の採用担当者で即ち亡くなった彼である。
校長とその男性は静かに会社の概要を説明し、私に採用試験を受けないかと持ち掛けてきた。
三菱とは名のあるものの、私はその会社のことを全く知らなかったが、この人と校長の勧めであれば間違いなかろうと早々に決めてしまった。
翌年の入社後、彼は一転私たちの私設教育係になった。
口の利き方、酒の飲み方など遊びを中心に社会人の一歩から教えてくれたのも彼で、私と同世代の社員で彼のお世話にならなかったものは一人もいないと言ってもいいだろう。
奥様に先立たれ淋しい思いをしていた彼が奥様のもとへ旅立ってしまった。確か90歳だったと思うが、何か一つの時代が終わったような気がする。
昨日の葬儀には何が何でも駆けつけなければならないところであったが、仕事に行くために着替えている最中の連絡ではどうしようもならなかった。
それだけが心残りで、お詫びをしつつご冥福を祈りたい。

  梅が香を纏ひて妻の待つ天へ  英世

ご無沙汰の「ひしむら」

一昨日、俳句仲間数人と割烹料亭「ひしむら」で一月遅れの新年会を楽しんだ。
このブログで「ひしむら」の話をよくするが、最近その店に行くことはほとんどなくなっていた。
別にその店が嫌いになった訳でもなく行きづらい訳でもない。
ただ、定年退職した男が現役時代の夢をいつまでも追い掛ける訳にはいかない。いい歳をした無職の男が夜な夜な中洲、春吉の高級な店に出歩くことを恥と考えたし、そんな金もないからである。
思い起こせば、その店は私の唯一の安らぎの場所であった。女将の笑顔に迎えられるとなぜか自分のホームグラウンドに帰ってきたような気がしていた。
この日も、有明海や玄界灘の魚類を中心にした大将の自慢の懐石料理に舌鼓を打ちながら、俳句の話から孫子の自慢など話の尽きることはなかった。
やはり花街界隈に馴染みの店が一軒ぐらいあっても良いかなと勝手に解釈しながら。

春の夜や女将と昔話など  英世

姪浜吟行

今回の渦潮句会の吟行地は西区の姪浜であった。
姪浜は旧唐津街道沿いの漁業を中心とした静かな町であったが、地下鉄が開通したことで大型商業施設のある福岡市のベッドタウンとして大いに発展した町である。
吟行は御多分に漏れず神社仏閣である。
前回もご紹介した 臨済宗の古刹「興徳寺」から旧唐津街道を抜け住吉神社を巡るコースであった。
中でも最後に訪れた住吉神社の起源は古く奈良時代にあると言われており、家内安全・海上安全・交通安全・開運・厄除け・災難除け・安産・商売繁盛とありとあらゆる御神徳があると言われている。
また、2005年にみのもんたの「クイズミリオネア」に菊池宮司が出演し、パーフェクトを達成し賞金一千万円を獲得したことは有名で、その賞金で福岡西方沖地震によって損壊した大鳥居や御神門・社務所や塀などの修復に役立てたという。
そのような縁起のよい住吉神社と先に行った興徳寺で詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  鳴り止まぬ宮の大鈴春浅し  英世

迷走する傘

先日自分の傘のことで面白い出来事があった。
出かけるときは少し雨が降っていたので、折りたたみ傘を持って行こうかと思ったが、夕方から風が強くなるとの予報を見て急遽大きい傘を持って出た。
予報通り風は強くなったものの雨はすっかり上がり、折り畳み傘にすればよかったと後悔したが後の祭りであった。
仕事先からバスに乗ったが、そのバスは自宅直行のバスではなく途中で乗り換えなければならなかった。バス内で本を読むのに時折その大きい傘が邪魔になって仕方がない。
とあるバス停で先を行くバスが自宅直行であることに気が付き、私は迷わず次のバス停で駆け下り、先に停まっていた自宅行きのそのバスに乗り込んだ。
バスが動き出して今度は今までのバスに傘を忘れたことに気が付いた。慌てて次もバス停で降り、今度は先ほどまで乗っていたバスを待って乗り込むと、何と私の傘は座席の横でおとなしく待っていた。
面白いことがあればあるもので、私はその傘を迷走傘と名付けた。

  春時雨傘を差さうか差すまいか  英世

春はくしゃみの季節

俳句の季題の嚏(くさめ・くしゃみ)は風邪同様冬の季題であるが、今年の春はそのくしゃみが私を悩ませている。
風邪も治ってすっかりいい調子と思っていたある日、妙に鼻がむずむずしてくしゃみが抑えきらなくなった。
シーンと静まり返った塾の教室で、突然大きなくしゃみをするわけにもいかず、堪えるのに必死であった。
もしや花粉症?と思ったが、長年野山を駆け巡ってきた私には花粉症の過去はない。それでも時折くしゃみに襲われる。咳とは違う明らかな単発のくしゃみである。
友人のブログにPM2.5の飛来でくしゃみに困っているとあった。もしや私も花粉症ではなくこのPM2.5かもしれない。
今までこんなことはなかったのに。何とかしなければ、いや隣国に何とかしてもらわねば。

  教室に堪える春のくさめかな  英世

福岡城梅園吟行

今回の百年句会吟行は先日と同じ福岡城梅園から大濠公園のコースであった。
この日は抜けるような青空で、これ以上ない吟行日和であった。
梅園の梅は今を盛りと咲き乱れ、折しも日曜日と言うこともあって、家族連れやジョギング途中の人たちでにぎわっていた。
今まで意識しなかったが、この梅園の梅は老木ばかりで、しかも梅独特の龍が這っているかのような枝振りであった。
また、大濠公園はいつものように大勢のジョギングや散歩の人が、素晴らしい青空を楽しんでいた。
濠には今も鴨が残っていた。
このまま残るのか北へ帰るための最後の英気を養っているのか知らないが、それぞれに首を羽根に突っ込んで休んでいた。まるで春の鴨の浮き寝であった。
例によって梅を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  気高さは梅一輪の香りにも  英世

2017021910000001 (002) 2017021910030000 (002)
2017021910010000 (002) 2017021911090000 (002)

一句の風景

草餅や引揚げ寡婦の小さき店

博多港に終戦後に大陸から引き揚げてきた人を受け入れた港の碑が立っている。
その碑文を読んでいると、無謀な戦争による当時の人々の苦労がしのばれてならない。
現役のころ小さな屋台を営む引揚の夫婦と親しくなり、夜ごと通ってはその苦労話を聞いていた。子供はいないようだったが、産まなかったのか失くしたのかを聞くには忍びなかった。
突然の事故で夫を亡くしてしまった夫人は、屋台をたたみ近くにこじんまりした居酒屋を開いた。
その店で酒の合間に食べた草餅が妙に懐かしくて仕方がなかった。
2014年(平成26年)2月「季題:草餅(春)」

春浅し

春浅しとはその名の如く立春間もない春のことで、おおよそ二月までの間だと思っている。
立春をもって暦の上では春とするのだが、体感的にはまだ冬の感じが強い。そんな中でも春一番が吹き、わずかに春らしい雰囲気が漂ってくることを表す季題である。
気を付けてみれば風や雨には春の温かさと匂いがするし、野辺には蕗の薹や土筆が芽を出し、木の芽も勢いを増している。
寒さの中にも確実に春は生れているのである。
なお傍題に浅春そして似たような季題に早春があるが、これらの季題は語感が強く私は春浅しの方が柔らかく感じられて好きである。
その春浅しを詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  春浅し二人で拾ふ日のかけら  英世

またまた春時雨

このところ寒いせいか早起きのはずの私がなかなか床を離れられなかったが、今朝は朝から仕事と言うこともあって思い切って早起きした。
さて、今月の硯潮句会の兼題は春時雨と春浅しであった。
いつも言っているように句会が異なっても時々同じ兼題が出ることがあるが、それが今回は春時雨であった。
俳句の重要な季題である時雨は本来冬のものであるが、春にも秋にも時雨は降る。
その春時雨は冬の時雨と違った明るさ、艶やかさがある。
菜の花が咲き乱れ土筆が立ち始めた野原や川岸を歩いて時雨に会うと思はず手を差し伸べてその温かさを感じ取ろうとするものである。
その春時雨に対する詠嘆を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  托鉢の僧と目の合ふ春時雨  英世

バスの中で新聞

またまた、新聞の話である。
先日の朝、久しぶりにバスの中で新聞を読んでいる若い女性を見た。しかも日経新聞である。スーツ姿だったのでどこかに勤めているのだろう。
それにしてもバスの中で新聞を読んでいる姿が、奇妙に思えるようになったのはいつごろからだろうか。
私の現役のころは満員電車の中でも新聞を小さく折りたたんで、周りに気を使いながら読んでいたものだが、今やその光景を見ることはない。
ただ一心不乱に指を動かし、スマートフォンをいじっている人ばかりである。そのうちの何人がスマートフォンでニュースにアクセスしているのか知れたものではない。何となくゲームに夢中になっているのでは思ってしまう。
世の中変われば変わったものである。

  四つ折りに畳む朝刊春のバス  英世

新聞休刊日

昨日は新聞の読み方の話をしたが、今日は新聞休刊日の話である。
今週の月曜日は新聞休刊日だった。
日刊新聞は月に一度新聞休刊日がある。ところが、その日に限って「新聞は?」と思ってしまう。
今日が新聞休刊日ぐらいは、前日の新聞を丹念に読んでいれば分かりそうなものなのについ忘れてしまう。
しかし、新聞が休みと言うことは何とも寂しいものだろうか。特に自分の好きな選手が活躍した時などは、スポーツ欄を逸早く開きたいのにそれができない。
その日はなぜか夕刊が来るまでテレビやパソコンで情報を得たりしながら、満ち足りない日を過ごしている。
新聞とは言えやはりそこに働いている人も労働者。
月に一度ぐらいの休みは当然と分かっていながらも、「今日の新聞は?」と言う気持ちについなってしまう。

  春雨や手持無沙汰の休刊日  英世

新聞の読み方

ずいぶん昔の話だが、ある新聞のコラムを何気なしに読んでいると、新聞の読み方にも硬派と軟派があるらしいと紹介していた。
まず一面を読むのはどちらも変わりないが、硬派は二面、三面へと経済や国際問題から読んでいく。
一方、軟派は一面を読んだらひっくり返してテレビ欄から社会面へと読んでいく人のことを言うらしい。
私はと言うと、一面の次はスポーツ蘭それから1ページずつ捲って最後のテレビ欄を読んだらやおら政治面に戻る。中間派とでもいうのだろうか。
そんなことを考えながら今朝もいつもの通りの順序で新聞を読んだが、考えてみるとそんなことはどうでもいいような気がする。
何にでも理屈付けしなければ気が済まない、偉ぶっている人の方が問題だと思えてきた。

  朝刊を捲れば雪のニュースかな  英世

春時雨

寒明と共に出された兼題が春時雨であった。
歳時記によると春時雨はしっとりと暖かく降り続く春の時雨とある。
歳時記によっては春時雨と春雨、春の雨を同じとしているものがあるが、私の師事しているホトトギスでは別の季題として取り扱っている。つまり春時雨は二月、春雨は三月の季題として区別しているのである。
月を分けるほどその春の雨の降り様は違うということで、その違いを如何に詠むかに苦心した。
その春時雨を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  春時雨零れ落ち来る日のかけら  英世

寒明

今月の鴻臚句会は会場をお借りしている公民館の都合で、いつもの第二土曜日ではなく翌日の日曜日となった。
その鴻臚句会の兼題は寒明と春時雨であった。
寒明とはつまり立春のことであるが、その思いは自ずと異なってくる。
寒明が長い冬に別れを告げたなと言う安どの気持ちに対し、立春は明らかに待ち望んでいた春を歓迎する気持ちである。
その違いをどう読むかに苦労したが、結局は大した違いも見つからず、どっちつかずの句になってしまった。
どうにか先日来の寒波も緩み、寒明らしい朝を迎えた今日の一句をご紹介しよう。

  寒明やバスに大きな荷の老婆  英世

マフラー

春であるが冬の季題のマフラーの話をしよう。
生れてこの方マフラーと言うものを使ったことはなかった私が、このところマフラーが離せなくなっている。
このマフラーは息子が古希の祝いにと贈ってくれたものであるが、つい最近まで元気な俺を馬鹿にするなと全く使ったことはなかった。
ところが、雪が降り出したある日、あまりの寒さについ「寒い!」と家内に愚痴をこぼしたところ、家内がそんなに寒いならば息子のくれたマフラーを巻いたらと助言してくた。
その言葉に誘われて人生で初めてマフラーと言うものを巻いてしまったのである。
丸い輪になったそのマフラーを見た時、私はこのマフラーをどのように巻けばいいのか解らなかった。
家内の指導で二重に巻いてみるとそのマフラーは首筋をやさしく包み、心まで暖かくなったような気がした。
年を取ったせいとは思うが、息子のくれたこのマフラーが私の寿命を永くしてくれそうな気がする。
これからは誰はばかることもなく、このマフラーを息子からのプレゼントだと自慢しながら愛用することになるであろう。

  春の雪首筋守ることにして  英世

日永と夜長

今朝もまた新しい雪が積もっていた。明日までは降りそうである。
さて、立春を過ぎて日一日と日が長く感じられるようになってきた。そのようなことを言う春の季題に「日永」があるが、その日永の「永」について考えてみた。
実は同じような秋の季題に「夜長」があるが、こちらは「長」の字が使われている。この永と長の違いが気になって仕方がない。
文字を書くことを趣味としている身で、その違いが分からぬ訳ではないが、日永はどう見ても「日長」と書くべきではないかと思うのである。
ところが、どの歳時記を見ても日永は日永である。
永遠とか永久の意味の永を此処に持ってくる意味は何だろうかと考えていたところ、ある資料にいずれも物理的な時間の長短を表すもので、どちらを使ってもいいし、単なる好みや慣習であると書いてあった。
そういえば日永と書いた方が柔らかくて暖かい春のイメージに添うような気がするし、夜長の方は文字から来るイメージが硬く、秋の静かな長い夜を連想させてくれる。
                                                                                                                                                     
  眠り猫突如欠伸の日永かな  英世

一句の風景

主恋ふ梅とし香り千余年

記録的な大雪の恐れの中で、ここ福岡市も雪が積もり、今も降り続いている。今夜は仕事の予定だが果たしてどうなることやら。
さて、二月と言えば梅、梅と言えば大宰府天満宮でその飛梅伝説は全国的に有名である。
菅原道真と言う悲運の主人を慕っ梅が、一夜にして京都から飛んできたことから飛梅に
と名付けられたという。
その伝説を思い浮かべていると、神前の飛梅が愛しく思えてならなかった。
今の飛梅が何代目かは知らないが、私には千年の昔から主人に仕えて咲き続けているような気がした。
その主人思いの飛梅を称えて句にしたものである。
2014年(平成26年)2月「季題:梅(春)」

春は名のみの

また寒波がぶり返してきた。
立春を過ぎれば暦の上では春のはずだが、実体感としてはまだまだ冬で「春は名のみの風の寒さよ」という歌が思わず口に出る。
それにしても今年の春の訪れは遅そうである。庭や植物園の花たちはまだ眠っており鳥の声もあまり聞こえてこない。
そもそも立春をもって春、立秋をもって秋とする東洋の二十四節季の設定が、実際の気候とはかなりかけ離れているような気がする。
西洋では春は春分から夏至の前日まで、秋は秋分から冬至の前日までとなっているが、東洋ではそれよりかなり早くなっている。
そう言いながらも古くから「暑さ寒さも彼岸まで」と言う言葉がある。
昔の日本人もこの四季の設定に疑問を感じていたのではなかろうか。

  春立つや植物園はがらんどう  英世

タイ料理

先日お話ししたように、福岡城址の梅林吟行の折に久しぶりにタイ料理を食べた。
久しぶりというのは20年ほど前に仕事でタイのバンコックに行った折に、現地の友人の案内でこのタイ料理を食べたことがあるからである。
タイ料理と言えばトムヤンクン。
実はタイで食べた料理もこのトムヤンクンしかほとんど覚えていない。
この日、赤坂のタイ料理店「ミス・サイアム」で食べたランチコースは、揚げ物とサラダ、トムヤンクン、メインの鶏肉のカシューナッツ炒めであったが、その辛さが半端ではない。とにかく辛い。体内で春雷が暴れまわったいるようであった。
タイビールを一杯戴いたからかもしれないが、汗をかきながら顔中真っ赤にして食べたほどである。
ところがどうも現地で食べたタイ料理の辛さとは少し違うような気がしてきた。
辛さは人によって好みがあるので、この店では現地タイ並み、日本人好み、その中間とチョイスできるようになっており、私は迷わず現地並みの辛さを注文した。
それでもタイで食べたものよりもこの店のトムヤンクンの方が辛いような気がした。
思うにタイで食べたトムヤンクンは、友人が私に何も聞かずに辛さを日本人並みにしていたのかもしれない。
それにしても汗をかきかき食べたタイ料理の後味はすっきりしたものだった。
またいつか食べたいと思う癖になりそうな料理あった。

 口中に走る春雷トムヤンクン  英世

好きな一句

<span style="font-size:large;">今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子

昨日立春の植物園の話をしたが、立春を迎えるとすぐこの句が浮かんでくる。
この句は言わずもがなであるが私が学んでいる伝統俳句の統帥、稲畑汀子の立春の代表句である。まだ20歳と若かった作者が「今日何もかもなにもかも」と弾むような調子で詠んでいる。
春らしく(春めく)の季題に待ちに待った若き汀子の気持ちが込められている。もしかしたら句友または女学校の友達と野原を歩き春の訪れをすなおに喜んでいたのかもしれない。
詠まれた年代は違うかもしれないが、「三三が九三三が九」と共に若さあふれる句である。

植物園は春

一昨日の土曜日は久しぶりの完全休養日だったので、例によって植物園を散策した。
暖かい立春となったこの日は、家族づれや若いカップルでにぎわっており、遠く韓国やインドからの来園者もあった。
よく見ると、植物園は今まさに春シーズンの準備で職人さんたちが忙しそうに働いていた。
まず、入口正面には菜の花が満開で、早くもミツバチの姿を見ることができたし、その菜の花のフォトスポットでは子供たちが思い思いにポーズをとっていた。
自慢の薔薇園は冬薔薇が完全に刈り込まれ、幾何学模様の通路をはっきりと見ることできた。春から夏の薔薇のシーズンに向けての作業であろう。
また、牡丹園そばの四阿には子供からベテラン俳人の俳句が展示されて文学的な雰囲気を醸し出している。
私も筥崎で詠んだ冬牡丹の句を写真入りで投句してきた。果たして展示していただけるだろうか。

  角隠しめく藁苞の冬牡丹  英世

冬野二月号

どうにか風邪も治まり、気分を良くしていたところに冬野二月号が届いた。
実は一月号のところでご紹介すべきところを失念してしまったので、改めてご紹介するが、冬野に古賀勝氏の北部九州の伝説紀行文が掲載されている。
彼は高校の先輩でお互いに物書きが好きで、黒田天狗で飲んだ時から親しくさせていただいていた。
例によって冬野二月号とその他の句会の入選句をご紹介しよう。
冬野二月号
 望東尼の深き眼差し紅葉散る
 吾の一歩妻の一歩に散る紅葉
 山門に座禅の案内達磨の忌
 茶の花の垣を廻らせ高祖の碑
 寂光の寺苑の静寂冬紅葉
 縁側に猫の爪切る小春かな
 鷹渡る子らの歓声浴びながら
 里山に別れ惜しみて鷹渡る
 寒禽の闇を切り裂く鋭声かな
 引揚の語部なりし冬港
冬野インターネット俳句
 山と句と酒が生き甲斐老の春
俳句ステーション
 くさめして写楽の顔の歪みかな
 鯉に彩重ねて林泉の冬紅葉
 夫婦岩海の寒さを寄り添へり
 単身に東京駅の冬の風(一月分補追)
 袴著や大横綱の力石(一月分補追)
 

福岡城址梅林吟行

今月のたんたん句会の吟行は福岡城址の梅見であった。
舞鶴公園内にある福岡城址はとなりの大濠公園と共に福岡市民の憩いの場であり、観光の目玉でもある。
その福岡城址は桜や梅、牡丹など一年中季節の花に恵まれているが、その中で今回の吟行は梅を見に行こうというものであった。
この日は先月からの寒波も和らぎ、抜けるような寒晴でこれ以上ない吟行日和であった。梅林に一歩足を踏み入れると、そこには紅白の梅が三分咲き程度であったが、清楚な白梅が見事に青空とマッチしていた。
梅林を堪能した後は、近くのタイ料理店に行って有名なトムヤンクンのランチを食べたが、そのせいかその夜は妙に気が高ぶって寝つきの良いはずの私がなかなか寝付かれなかった。
その超ピリ辛のタイ料理の美味しかった話は後日するとしよう。
例によってこの日の一句をご紹介しよう。

  梅三分あと四五日の待ち遠し  英世

2017020311260000 (002) 2017020310340000 (002)
2017020310300000 (002) 2017020310200000 (002)

言葉の省略

このところ家内が「あなたは俳句を始めてから言葉の省略が多すぎる」とクレームをつけてきた。と言うのは、先日次のようなことがあったからである。
朝9時半ごろ、植物園に行ってくると家を出たが、10分ほどして私はいったん家に戻り部屋で新聞を読み直していた。
それに気が付いた家内が植物園には行かなかったのと聞いてきたので、私は「クリーニング屋が開いていなかったから」と答えた。
すると家内があなたの言っている意味が分からないし、第一答えになっていないと猛烈な剣幕で怒り出した。
私は植物園に行くついでにクリーニングを出そうと思って家を出たが、クリーニング屋が10時開店で、まだ開いていなかったので一旦家に帰り、10時になったら再度家を出ようとしただけである。
クリーニングと言っただけで「植物園に行く途中でクリーニングに出すつもりだったのか」と何故推測できないのだろうか。
この会話何かおかしいだろうか。やはり言葉の省略しすぎなのだろうか。

  ちぐはぐな妻との会話春浅し  英世

二月の花ごよみ「山茱萸の花」

ややこしい字だが「さんしゅゆのはな」と読む。
あまりなじみのない花で、私も植物園で見ない限りほとんど目にしたことはない花である。
資料によると、中国、朝鮮原産で江戸時代に伝わった花木で、まれに20メートルにも達することがある。早春に葉が出る前にたくさんの黄色い花を小枝の先に球状に集まって付け、遠くからは樹全体に真っ黄色に見える。秋の赤い実も美しく庭園などに好まれる花とある。
ところで、私の好きな民謡の「ひえつき節」に「庭のさんしゅうの木・・・」と言う歌詞があるが、これはどうもこの山茱萸の木ではなく、蜜柑の仲間の山椒の木が本当だと言う説がある。さんしょうの木がさんしゅうの木に訛ったものだと言う。
理由は源平の時代の歌なのだから、江戸時代に渡来した山茱萸があるはずはないと言うのである。
一応もっともらしいが、時代を超えて歌にするのは世の常だから、もしかしたら山茱萸かもしれない。その証拠に山椒の木はせいぜい2、3メートル止まりで山茱萸のように10メートル以上になることはなく、枝も小さく鈴をかけるにはふさわしくないと思うからである。
いずれの木であったとしてもこの歌が大好きである。

  山茱萸の花の目に染む黄色かな  英世

sansyu4.jpg sansyu3.jpg

二月に入る

一月に引いた風邪もどうにか治まり、元気一杯に二月を迎えた。
二月と言えば梅見の句会のオンパレードである。福岡城址にある梅林に二回の吟行予定があり、26日には太宰府天満宮の梅まつり俳句大会も予定されている。
また、仕事先の進学塾では大学入試の真っ盛りで、中旬以降には合格者の名前が貼り出される。
進学と相撲を一緒にして申し訳ないが、相撲界には「強い力士が大関になり、運のいい奴が横綱になる」という格言があるとか。
塾生も是非その運をつかみ取り、希望の大学へ一人でも多く合格することを願ってやまない。
不運にも希望がかなわなかった塾生も力はある訳だから、来年度こそは運をつかんでもらいたいものである。

  国語だけ入試問題試みる  英世

 | BLOG TOP |