三月が終る

今日で三月が終る。
この三月は何と言っても新横綱稀勢の里の逆転優勝であろう。
致命的な怪我を負いながらも逆転優勝を果たしたその精神力は見事と言うしかなく、私も見倣わねばなるまい。解説者もこの稀勢の里の優勝は、これから長く語り継がれていくだろうと述べていた。
それにしても今月も忙しく、私のスケジュール表は真黒であった。
俳句と仕事の合間の主な行事だけでも、勤務していた会社社長との会食、確定申告、シルバー人材センター会員のつどい、鈴花の卒業就職祝いと盛りだくさんであった。
また、昨年もお話ししたように、今年も会員のつどいの司会を務めたし、確定申告に時間が掛かることはどうしても納得がいかない。その疲れを癒すために整骨院で全身マッサージをしてもらったほどである。
とはいえ、文句ばかり言っても仕方がない。明日からは四月、春爛漫を謳歌するとしよう。

  強東風や今日の整体痛かつた  英世

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一句の風景

倒木となれど芽立ちの兆しかな

油山に登った時の句である。
3月になると私の山登りのシーズンである。山道を喘ぎながら登っていくと、時々登山道を塞ぐように倒木が横たわっている。
その倒木をくぐろうか越えようかとその木に手をかけた時のことである。
倒木すなわち、枯木と思っていた大きな木の枝先には確かに春の芽吹きがあった。やはり自然はたくましく正直なものだと感銘を受けて賜った句である。
2014年(平成26年)3月「季題:木の芽(春)」

修飾語は少なく

昨日紹介した天声人語と俳句の対談で、筆者の福島申二は603文字と限られた字数の中で、何を取り何を捨てるかは重要な問題だと述べている。
そういえば、天声人語に限らず他社のコラムも歯切れがよく、文字を極限まで切り捨てている。まさに17文字の俳句と相通ずるものがある。
対談の中で筆者は開高健の「文章は形容詞から腐ってくる」と言う言葉を紹介して、修飾語を少なくしたコラムの簡潔明瞭な書き方を紹介していた。
私もまさにその通りだと思っている。
例えば、「広い湖に美しくキラキラと輝く小さな波」と言った文章があったとする。
これは「湖のさざ波」と言う言葉に置き換えると、さざ波がすべてを取り込みそのほかの長ったらしい修飾語はいらないように思う。
私の文章は元々修飾語が少ない方だが、俳句も文章も突っ込みの甘さをぎらぎらした修飾語で胡麻化してはならないと自分に言い聞かせている。

  春の夜や言葉少なき人と居て  英世

天声人語と俳句

先日、月刊誌「俳句」の天声人語の先の筆者である福島申二と俳人の宇多喜代子との対談を興味深く読んだ。
筆者が替わっても天声人語にはよく俳句が引用される。特にコラムが季節の訪れに及ぶ場合にはこの俳句が威力を発揮する。
例えば、立春の過疎の村を紹介するのに、一茶の「雪とけて村いっぱいの子ども哉」をもって現在の少子化を指摘すると言った具合である。
また、日本列島が縦に長いことから、コラムで紹介する東京を中心とした季節感が、その他の地方では微妙に違うとの投書も多いとのこと。
例えば、桜の開花も北と南では一カ月以上も違うといった私たちが使っている歳時記と似たような問題が起きるのである。
私がこのブログで即興的に記事に合った迷句を詠むのも、あながち的外れではないかも知れない。

  花の下新聞を読む漢かな  英世

舞鶴公園吟行

俳句の会「鴻臚」では月例句会の他に年二回ほど吟行をしている。
俳句はそもそも見たものを詠むものだから吟行が基本なのだが、この「鴻臚」はシルバー人材センターの団体なので、平均年齢はゆうに70歳を超えているので、吟行場所の設定にも苦慮する。
遠出はもちろん、歩行が困難な山道や坂道はなるべく避けなければならない。
と言うことで、昨日は開花宣言がなされたばかりの舞鶴公園を訪ねた。実は吟行前に開花宣言がなされるか不安であったが、どうにか間に合ったものである。
まずは、先日工事が終わり再開園されたばかりの牡丹園を訪ね、そのあとは福岡城址の桜を見に行った。
福岡城の桜は咲き始めたばかりであったが、それでも花は花、やはり日本の桜である。福岡城は桜祭りの真っ最中で、潮見櫓や多聞櫓の内部が公開され、歴史好きの私も初めて見ることができた。
それらの句材を詠んだ後、10周年記念式典をした料亭で豪華弁当をいただきながら句会を開いた。
その吟行で詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  花の城はや雪洞を設へて  英世

俳句の形式

俳句の形式
俳句入門を読み直して、俳句の形式と言うものに改めて注目した。
上五の後に「や」から始まり名詞で締めるオーソドックスな韻文(リズム感)の形式を再確認し、自分の俳句は言わんとしている韻文に適っているかどうかを詳細に検証してみた。
勿論形式にはいくつもの方法がある訳だが、そのすべての始まりがこの上五に「や」を措置したものが俳句の基本の形式だと思う。上五に季題を入れるかどうかは問わない。
私はいつも言っているように、今まで詠んだ句を良いか悪いかは別にしてすべてパソコンに保存している。その数はゆうに万を超えているであろう。
その俳句を一句ずつ呼び出して、その句がこの形式に当てはまるかどうかを検証することにした。すると何といい加減な俳句を詠んでいたかに気付かされた。
これからいつまでかかるかはわからないが、私がこれでよいと思っていた句をもう一度検証し、少しでも完全なものに仕上げたいと思っている。

  韻文に適ふ俳句を花の句座  英世

私の本棚「俳句入門書」

私の本棚には俳句を始めたころに買い集めたいくつかの俳句入門書がある。
高浜虚子、稲畑汀子、藤田湘子の[俳句入門書]に加え、NHKの「俳句何でもQ&A」などを加えると20誌を下らない。
このほどその俳句入門書の中から藤田湘子の「新実作俳句入門」を読み直してみた。
そのきっかけは、俳句を始めて16年目を迎えたが、このところ自分が壁に突き当たっていることを実感しているからである。
毎月の冬野誌での投句でもなかなか目が出ず、不遜にも選者との句風の違いを口にしたり、ホトトギスに投句していないからだろうかと、とんでもない偏見を持ったり全く自分がいやになってしまうほどである。
それでも気を取り直して、湘子の言うように「これではいけない、初心に戻ろう」と俳句の基本を勉強し直そうと入門書を開くことにしたのである。
改めて目を覚まされたと言えば大げさだが、このことが何らかの反省と句作の転機になればいいのだが。

  うららかや俳句入門読み返す  英世

またまた室見川吟行

吟行句会では前月の句会の時に次の吟行地が発表されるが、その渦潮句会の発表を聞いて唖然とした。またまた室見川だったからである。それでも決まった以上は俳句を作らなければならない。
と言う訳ではないが、幹事さんの発案で今日のお昼は素魚の踊り食いにしようと、室見川河畔の料亭に行った。別においしいものではないが、春の風物を楽しむには十分の趣向であった。
前にもお話したが、一般的に白魚と言う小魚はこの室見川には棲んでいない。ここで獲れる白魚に似た別の種類のハゼ科の素魚を「しろうお」と呼んでいる。
川べりの素魚料亭に
  網の目に消ゆる思ひの白魚哉 虚子
の句碑が立っているが、虚子がこの室見川で詠んだとすれば厳密にいえば白魚ではないと言うことになる。
ところが、河畔の簗守小屋や河畔の割烹料亭は一同に「白魚」と表示している。ただしふりがなは「しらうお」ではなく「しろうお」である。
魚クンではないので、俳句の世界では素魚だ白魚だとあまり難しく考えないので良いのかもしれない。
いま室見川は素魚漁の最後で、来月の4月5日には簗を解いて仕舞うと言うことであったが、この日は穏やかな春の日和で、川には鴨の浮き寝、空にはが鴎が飛び交い、遠くの山並みは霞に包まれていた。
そのような美しい室見川の自然を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  白魚の升に溢るる量り売り  英世

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私の好きな一句

梅咲いて庭中に青鮫が来ている 金子兜太

現代俳句の旗頭金子兜太の代表句である。
この句は自分ではなかなか解説できないので、角川書店の名句鑑賞辞典に答えを求めることにした。
「海の鮫が庭に上ってくるはずもないが、紅葉を見て紅い犀を思い、秩父の郷に狼を思う作者である。梅が咲き草の萌えかかる庭に鮫を想像しても不思議ではない。」
私は伝統俳句を目指しているので、この金子兜太の句にはなかなかなじめないが、それでもこの句は好きである。
句を読んでいると日本昔話の因幡の白兎の鮫の群れを想像してしまう。
白兎ならぬ金子兜太に騙されて、青鮫どもが庭にやって来たのではなかろうか。

馴染みのない季題「治聾酒」

今日は春の季題、治聾酒(じろうしゅ)についての話である。
治聾酒とは立春から5番目の戌 (いぬ) の日に、土地の神様に供える酒、またはこの日に飲む酒のことで、この日に酒を飲むと耳の障害が治るという。
治聾酒と言う特別の名の酒がある訳ではない。
日ごろ馴染みのないこの治聾酒をなぜ取り上げたかと言うと、最近私の耳が少し遠くなって来たことを自覚しているからである。
進学塾で仕事をしているが、教室は場所柄シーンと静まり返っており、塾生も蚊の鳴くような小さな声で話しかけて来る。それがよく聞き取れず何度も聞き返すことが多くなってきたのである。もっとも私だけではなく同年代の同僚は皆そうだが。
健康診断でも「耳に異常あり、専門医の診察を」との注意書きがあったが、通常生活に支障はないからとそのままにしている。老化からくる現象であることは明らかで、専門医に行けばもっともな病名を上げて、補聴器を付けろの何のといろいろ言うに決まっている。
と言うことでこの治聾酒のことを思い出し、社日の今夜はこの治聾酒を飲んでみようと思っているが、果たして本当に効くのだろうか。毎日のように飲んでいる私には多分効果はないだろう。

  治聾酒も日ごろの酒と変はりなく   英世

室見川吟行

百年句会吟行はこれから半年間、私と外2名が当番であり、その最初の当番で選んだ吟行地が室見川河畔であった。
室見川は市内の西区を流れる市民によく親しまれている川で、その源は遠く脊振の山に及んでいる。
この川は息子が小学生のころ二人で小鮒を釣って楽しんだ思い出の川でもある。
この季節川には素魚の簗が仕掛けられ春の風物詩となっている。この日は丁度上潮時になり、実際に素魚を汲んでいる場面を見る幸運に恵まれた。
春の室見川を吟行した後は、割烹寿司店の美味しいランチを戴きながら、そのお店で句会を開いた。
その室見川の素魚を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  脊振嶺の風が呼びたる素魚かな  英世

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一句の風景

草餅のうすき焼印老舗茶屋

太宰府名物に私の大好きな梅が枝餅がある。
いつもは白い餅に小豆の潰し餡が入っているのだが、この時期だけ特別に草餅の梅が枝餅が売り出される。
吟行のついでによくその鶯色の梅が枝餅を食べるのだが、よく見るとそこには可愛らしい梅の花の図柄が焼き付けられていた。
なんとなくほのぼのとした気分を句にしたものである。
2014年(平成26年)3月「季題:草餅(春)」

春泥

春泥とはその字のごとく春の泥で、春の土とは違う。
どこが違うかと言えば、春の土は乾いていようがぬかるんでいようが一般的な土のことだが、春泥は春のぬかるみのみを指して言う言葉である。
土の道路やグラウンドなどでは雨が降ったりすると一年中ぬかるみになるのだが、春泥は春に限って言うものである。
春の雪や遅霜などで凍てついていた土が、春の雨や雪解けなどで緩み始め、歩くことに難儀することも多くなる。
他の季節のぬかるみとは違った特別の思いや情感を句に込めなければならない。
その春泥を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  春泥を跳ぶ先生の若さかな  英世

春の山

今回の硯潮句会の兼題は「春の山」と「春泥」であった。
まず、私の大好きな春の山だが、まさにこの時期生気を取り戻した山のことである。
春になると残っていた雪も融け、山の樹々が一斉に芽吹き、花も咲き始めて山に明るさが戻って来る。里に下りていた鳥たちも次第に山に戻ってくる。
その様子を山笑ふとも言うが、山笑ふが芽吹きの喜びを称えたものに対し、春の山はその芽吹きに加えて、そこに遊ぶ人や働く人まで含めたもっと幅広い季題のような気がする。
山登りが趣味の私もこの春の山が行動開始の場なのである。
その春の山を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  これよりは牛の領域春の山  英世

植物園の春

鴻巣山散策の翌日は時雨空の中植物園に行った。目的は二月の花ごよみでご紹介した「山茱萸の花」を見るためであった。
その山茱萸の花は植物園に入ってすぐ右手に可憐な黄色い花をつけていた。
花が咲いているというよりも、花をつけていると言った方が相応しいような気がした。
その花を見た後植物園も散策すると、まさに春の花のオンパレードであった。残りの梅に早咲きの桜、辛夷に木蓮、菜の花にボケの花、ポピー、すみれと言った具合である。
また花はまだ先だが、剪定したばかりの薔薇は棘の合間合間に早くも小さな葉っぱを付けていたし、牡丹も可愛い芽を出していた。
時雨空でやや肌寒い日であったが、私の胸の内は春の花で一杯になり温かいものがあった。

  デジカメで切り取る春の花園かな  英世

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久しぶりの山歩き

一昨日、あまりの暖かさに誘われて裏山の鴻巣山を散策した。四月からの本格的な山登りに備えてのトレーニングも兼ねてである。
やはり山は良い。山頂から福岡市内を眺めていると、ちっぽけなことは何もかも忘れてしまう壮観さがある。
それにしても天気が良かった。マテバシイの樹林を抜けて日当たりのいい場所に出ると、そこにはもう蓮華草、蒲公英、菜の花などの春の花が咲き誇り、私の目を楽しませてくれた。
途中のお地蔵さんにもご挨拶して、上り下りの山道を歩くこと約2時間、微かに汗をかきながら全身に心地よい疲労が残った。
と言うことで、帰りに行きつけの精骨院で全身マッサージをしてもらった。これがまた本当に気持ちよかった。
来月は四月。いよいよ私の山が始まる。

  急登にがくがくの膝山笑ふ   英世

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春炬燵

もう一つの兼題の春炬燵は春になってもまだ仕舞わず、そのままにしている炬燵のことである。
春になって日常使うことはないが、急に冷え込んで再度火を入れることがある。
春炬燵の季題ではその仄かな暖かさを詠む場合や、なんとなく仕舞い遅れている感じを詠んだりする。
他にも似たような季題に春暖炉、春の炉、春火鉢などがあるが、やはり春炬燵が家族の暖かさを感じるものとしてこの時期一番ふさわしいような気がする。
ただ、何かと暖房施設が完備した現代の家では、炬燵も無用の長物になりつつある。
事実我が家には炬燵がなく、思い出で詠まざるを得なかった。
その春炬燵を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  のつそりと猫の這ひ出す春炬燵  英世

春塵

今回の鴻臚句会の兼題は「春塵」と「春炬燵」であった。
まず春塵であるが、字のごとく春の埃である。
春になって地表が乾いてくると、疾風に砂塵が舞いやすくなる。
また、中国北部の黄土地帯の砂塵は風に乗って日本にも飛んでくる。これも春の埃とみてよいであろう。
それらの春の埃が家の奥深くまで入り込み、調度品や床などが誇りっぽくなってくる。
季題の春塵はこの埃にも春の訪れ、つまり季節の情緒をくみ取ろうという俳句独特の表現である。
その春塵を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  黒塗りの愛車恨めし春の塵  英世

鈴花の卒業・就職祝

両親と一緒に我が家の隣に住む孫の鈴花が無事大学を卒業し就職するというので、昨日はささやかなお祝の宴を開いた。場所は彼女の希望で蟹専門店であった。
鈴花は正月の慌ただしさがやっと治まった1月9日の早朝に誕生した。
私にとっては待望の初孫と言うこともあって、心浮き浮きしながらさっそく会いに行った。
新生児室にすやすや眠っている鈴花をみた時に、思わず涙があふれてきたことを記憶している。
母親の長女は「可愛かろ、色が白かろ」とさっそく親バカぶりを発揮していたが、私も負けずに「うん、可愛いか、色が白か」とデレデレの爺バカぶりであった。
その後鈴花は何の面倒をかけることもなく順調に成長し今日を迎えた。
これからは社会人として、幸せな自分の道を歩いてもらいたいと願わずにはいられなかった。
鈴花にメールを送った。「鈴花、卒業おめでとう。そして今日はありがとう。パパとママをいつまでも大事に。爺より。」
このブログ見たら、涙もろい鈴花の親父は泣くだろうな。

   卒業やおんぶだつこのあの子がね  英世

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季題の梅と桜

間もなく桜の季節を迎えるが、先日ある歳時記のあとがきを読んでいて、おもしろいことに気が付いた。
数ある花樹の季題の中でも桜と梅は実ではなくそれだけで花を表す季題だということであった。なんとなくそのように使ってきたが、言われてみればその通りである。
確かに桜と言えば桜の花であり、梅と言えば梅の花である。その実を言う場合は桜の実かサクランボそして梅の実または実梅と言わなければならない。
逆に桃と言えば桃の実、柿と言えば柿の実のことであり、花を言う場合はそれぞれ桃の花、柿の花と言わなければならない。
一般の人は不思議に思うだろうが、これは季題の約束事であり守らなければならない。
その約束事も単に便宜的に決められたのではなく、四季の運行に係りそれを評価してきた人間の生活であり歴史であるとあとがきでは述べていた。

  初花と詠みしは昨日までのこと  英世

一句の風景

念願のスローライフや蜷の道

太宰府の都府楼址の小川に無数の蜷の道が走っていた。つまり蜷が歩き廻った跡である。
私たちの子供の頃は蜷(私たちはビナと呼んでいた)がたくさんいて、手の平一杯に持ち帰っては茹でて中身をすすったものである。
小河の底の蜷の道をよく見ると、その先端に小さな蜷が身をよじって這っている。さらにその姿をよく見ると、まるでスローライフを楽しんでいるかのようであった。
さながら定年後の私の人生のように。
2014年(平成26年)3月「季題:蜷(春)」

俳句は解釈次第で

昨日は小沢正一の句集の話をしたが、その中で彼は週刊誌の俳句投稿欄の一句に目を止め感銘を受けたと述べている。
  「朝顔が今日も咲いたよ婆さんや」
この句をどう解釈するかである。
小沢正一は、「字面だけでは朝、庭に出た爺さんが台所辺りに入る婆さんに、朝顔が咲いたと告げているだけのように思われる。だが、私はハナからこれは連れ合いを亡くした爺さんの句、死んだ婆さんに以前二人で親しんでいた朝顔の開花の報告をしている心境ととらえ、ジーンと心に差し込んできた」と述べている。
私も彼と同じ解釈である。
生きている婆さんへの報告では句にならない。死んだ婆さんだからこそ心に沁みるものがある。
このように俳句は解釈次第で名句にもなれば駄句にもなる。その心の内を推量するのも俳句の面白さではなかろうか。

  髭面の我に優しく春の水  英世

私の本棚「変哲半生記」

タレントの小沢正一の俳句で綴る「変哲半生記」なるものを読んだ。この本は指導いただいている句会の先生からお借りしたものである。
風天の寅の時にもお話したが、ラジオ番組の「小沢正一的こころ」でお馴染みの小沢正一も長年芸能界の仲間と俳句を楽しんできた。
この句集は「変哲」と号した彼の生涯全句を句集にしたものだが、その句の大半は芸能界や下町、花街を中心とした人事句で、有季定型とは程遠い金子兜太張りの即物的、即人的で豪快なものである。
その表現は現代では到底受け入れられない言葉や俗語も多い。
ところが俳句歴20年ほどたった平成元年ごろから彼の句が明らかに変わっている。
稲畑汀子との交流があったからかもしれないが、写生句がかなり多くなっているのである。
俳句云々というよりも雑誌として楽しく読むには結構面白い句集である。彼の詠んだ句の中から私の好きな句で対照的な二句をご紹介しよう。
ちなみに夏の蝶の句は彼の絶句と思われる。

  オイそこはガラスじゃないか夏の蝶
  寒釣や同じ顔ぶれ同じ場所  小澤変哲(正一)

私の好きな一句

雀の子そこのけそこのけ御馬が通る  一茶

小学生でも知っている一茶の代表句である。
大名行列の前で雀が遊んでいる雀を見た一茶は、思わず「そこのけそこのけ」と大名行列の声をまねて雀に注意したのではなかろうか。
農耕馬だとか子供のお馬遊びだとか、いろんな解釈ができる句ではあるが、私はこの大名業行列の仰々しさと雀の可憐さを対比した解釈が好きである。
そこのけという言葉に大名行列に対する迷惑と言うか批判的な目を見ることもできる。
一茶は私の学んでいる伝統俳句とは少し違った、庶民の生活や遊びの句が多いが、それがまた彼のよさであろう。

雛祭吟行

今回のたんたん句会吟行は、櫛田神社から博多町家ふるさと館を巡るコースであった。
まず櫛田神社だが、この季節早咲きの河津桜や寒緋桜が満開で、約一月早く花見ができた。他にも馬酔木や沈丁花などが香しい香りを放ちまさに春爛漫であった。
また、折しもこの日は雛祭で、博多町家ふるさと館に展示の雛人形を見るのももう一つの目的であった。
櫛田神社に参拝のあと、すぐそばのふるさと館に行くとそこには見事な雛壇が飾ってあった
博多旧家の豪華な七段飾りから、ポピュラーな内裏雛そして鄙びた手作りの雛人形(博多ではおきあげと言う)と、様々な雛人形が私たちの目を楽しませてくれた。
その雛人形を詠んだ句の中から今日の一句をご紹介しよう。

  男雛とてまこと平安朝の顔  英世

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冬野三月号

冬野三月号が手元に届いた。
このところどういうわけか成績が急に安定し、今月は私の句に主宰と選者の句評をいただいた。
俳句は自分のためだと口にしながらも句評をいただくと嬉しいし、また頑張ろうという気にもなる。
例によって、その冬野三月号と他の句会の入選句をご紹介しよう。
冬野三月号
 年の瀬や新聞斜め読みの癖
 山茶花の散らねばならぬかに散りぬ
 モノクロの世界織りなす冬木立
 山霊に男一礼山眠る
 著ぶくれてまろき人柄そのままに
 未来へと冬芽は黙を通しけり
 石組みを残す窯跡山眠る
 姉は花妹は猫の毛布かな
 一人居の冬至の部屋の虚ろかな
 この子らの未来よかれと屠蘇を注ぐ
 師の句碑に遅き御慶を申しけり
 うるはしき巫女の言の葉春近し
冬野インターネット俳句会
 草萌や生温かき山羊の乳
 冬野より消えし友の名春寒し
 大いなる母の匂ひや春の土
俳句ステーション
 松島の松になだるる冬夕焼(特選一席)
 春著着て妻は女となりにけり(特選三席)
 凍滝と言へど幽かに水の音
 初夢の覚めて会へざる母と知る
NHK俳句入選
 風花や明るき海を吹き渡り

三月の花ごよみ「ものの芽」

まだ肌寒さの残る二月が終り三月になると野山が一気に活気づいてくる。
草木の芽も一斉に伸び、そのことを俳句では「ものの芽」と言う。
ものの芽とは特定の木や草の芽のことではなく、春に萌え出でて来るいろいろな植物の芽の総称であるが、木の芽よりも草の芽を言う場合が多いようである。
いろんなものの芽に会うが、俳句では特に名のある草の芽には菊の芽や萩の芽などと名前を付けて表現することが多い。
野辺を歩いていると、草や木の芽の他にも野菜の芽を見ることができる。菜の花や芹、大根なども芽を出し、小さいうちに摘んでそれ等をおしたしにすることもある。
天気のいい日を選んで、散歩がてらに植物園に展示されている私の俳句を見て、その足でものの芽を探しに行くとしよう。

  何の芽であらむと起こす電子辞書  英世

久しぶりに現役モード。

昨日は旧友の社長と食事をした話をしたが、その時わくわくする出来事があった。
と言うのは、勤めていた電機メーカーのお得意先対象の「暮らしと設備の総合展」と言う催しが福岡国際センターで開催され、その会場に私も顔を出しその熱気に当てられたからである。
彼もその総合展のために来福したのだが、一緒に会場に入る否やその熱気むんむんする雰囲気に、かつてこの種の展示会を責任者として取り仕切っていた頃を思い出し、私の気分は一気に現役モードに戻ったのである。
もちろん当時とは雲泥の差で、映像機器など近未来を先取りした製品に驚いたこともあるが、実際はそればかりではなかった。
全国各地の工場や関連会社から来てくれた担当者の中に、私が東京本社勤時代に親しく交流のあった当時の社員がたくさんいたことこともある。
多くは私が現役のころの若手有望社員で、彼らが今やこの会社を引っ張っているのかと思うと頼もしく感慨深いものがあった。

  春風や新入社員と過去の人  英世

友東京より来たる

30年近くも前になるだろうか、ある将来有望な青年と東京本社で机を並べて仕事をしていたことがある。
その青年が私が定年後に転籍してお世話になった関連会社の社長になったことは知っていた。
その社長が来福するので一緒にお昼をどうかと誘いを受けた。会うとすれば20年ぶりぐらいになるが、彼も懐かしくなって会いたくなったのだろう。
勿論私に異存はなく、言われるままに会場にお邪魔した。
相手は社長とは言え私の後輩で友人である。そこはそれ垣根を取っ払って食事をしながら懐かしい思い出話や、社長としての苦労話など話は尽きることがなかった。
こうして会社時代のことを忘れず定年後にも誘ってくれる後輩がいるとはうれしいものである。
本当にいい会社と同僚にお世話になったものだとしみじみ思っている。

  東風に乗り友は東京より来る  英世

梅まつり俳句大会

先月の26日(日)に太宰府天満宮で梅まつり俳句大会が開催され私も参加した。
この日は薄曇りながらも時折日の差す絶好の梅日和で、曲水の宴の準備も進められており、まさに春本番と言う雰囲気であった。
この俳句大会は梅とゆかりの深い太宰府天満宮が毎年開いているもので、そのお世話を私の所属している「冬野」が担当してきた。
そういうこともあって、私も何がしかの役割を与えられお世話することになったのである。
かと言ってもお世話だけが主目的ではない。あくまでも句会に参加することが目的なので、俳句を作らなければならない。
と言うことで、天満宮に少し早めに行って境内の梅や年尾句碑などを見て3句詠むことができた。
結果は散々であったがその中でかろうじて入選した一句をご紹介しよう。

  梅が香や如水閑居のたたずまひ  英世

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