六月が終る

昨日は植物園に行って名残の薔薇を楽しんできた。
さて、今日で6月が終る。つまり早くも今年の半分が過ぎたことになる。
それにしても今年ほど過ごしやすい6月を経験したことはなかった。
五月晴とは言うものの、いつもなら空気はたっぷりと水分を含んで、太陽の光で熱せられて蒸し風呂状態の日も多いのに、今年はカラッとした天気が多かったのである。
そのお陰でこの6月も山歩きに散歩に吟行にと散々遊びまくった。蕎麦や海鮮丼などの美味しいものもたっぷり食べた。
そんな中で、珍しいことをした。
近所の家に毎年綺麗なモッコウバラが咲いているので、その薔薇の枝を分けて戴いて草取りをしてあげた娘の庭に挿し木したのである。何もない娘の庭にそろそろ花でもと考えての上である。
素人がしたことなので不安はあるが、無事に育ってくれればよいがと今から楽しみにしている。

  一株の木香薔薇にある未来  英世

2017062911330000 (002)
スポンサーサイト

筥崎宮吟行

今回の渦潮句会吟行は筥崎宮であった。
この日は朝からの雨も上がり、梅雨雲の垂れ込める中での吟行であったが、時折青空が覗く絶好の吟行日和であった。
筥崎神宮はたびたび吟行で訪れる場所で、参道沿いの花庭園が有名であるが、実は神社の裏にも広大なあじさい苑があり、季節になると一斉にきれいな花を咲かせてくれる。そのあじさい苑を訪ねるのが今日の目的であった。
この日はまず神社に参拝した後でさっそくあじさい苑に向った。
ところが、この紫陽花は俳句ではもう詠み尽くされているのではないかと思われるほどたくさんの例句がある。
あれを詠んでもこれを詠んでもどこかに似たような句、つまり類想句がありはしないかと気になって仕方がなかった。
藍、紫、青、白と咲き乱れる3500株の紫陽花を前に、何か今までにない感動はないかと沈思黙考したが、なかなか良い句は浮かばなかった。
また、そのあと訪ねた花庭園はこれまた百合の花に埋め尽くされ、むせ返るほどの香りが漂っていた。
例によって苦心惨憺して詠んだ句の中から今日の一句をご紹介しよう。

  色香にも進化てふもの七変化  英世

IMG_5058.jpg IMG_5059.jpg
IMG_5076.jpg IMG_5061.jpg

一句の風景

船足をしばし止めて花菖蒲

柳川の川下りを楽しんだ時の句である。
柳川は私の生まれた村にほど近く、昔から親しんできた町である。
子供の頃は今のように川下りは盛んではなく、雛祭や舟芝居の行事の時だけにぎわっていたような気がする。
どんこ舟と言う小さな川船で、城下や下町の川辺の風景を巡るのだが、ある一点で船頭が船を岸部に寄せて船足を緩めた。その眼の先にあったのが花菖蒲である。
船頭の説明ではある個人が植えた花菖蒲が観光名所となり、見頃にはこうして船を暫し止めるということであった。
舟遊びの後で名物の鰻をいただいたこともあって、この川下りが花菖蒲と共に強烈に印象に残っている。
2014年(平成26年)6月「季題:花菖蒲(春)」

私の好きな一句  隣に駐車場

おはようございます。
昨日はシステムのトラブルで更新できませんでした。改めて昨日予定していた原稿と共に掲載いたします。

私の好きな一句
谺して山ほととぎすほしいまゝ  久女
北九州在住の杉田久女が修験道の大道場であった福岡県の英彦山で詠んだ句である。
英彦山を訪れた久女はそこで時鳥の澄み渡る鳴き声を聞いた。
その美しく鋭い鳴き声は深い緑の山々にこだまして、久女はそれを「ほしいまゝ」と切り取ったのである。
久女は女性俳人の魁の一人で、当時ホトトギスに投句して虚子からも高い評価を得ていた。とは言えまだ男性中心の俳句の世界で、「ほしいまゝ」にふるまえない自分の境遇を時鳥に託したのかもしれない。
その後久女はホトトギスを破門され、精神に障害をきたすという不遇な晩年を送っている。

隣に駐車場
すでにお話ししたように、隣がコインパーキングになった。こんな閑静な住宅地で時間駐車する人がいるのだろうかとも思うが、私がとやかく言う問題ではない。
ところで、アパートが解体されて駐車場になったことで初めて気が付いたことがある。
まず、アパートが目隠しになって我が家の玄関先が目立たないようになっていたのが、玄関ドアを開けるたびに玄関の中が丸見えになってしまったのである。
結果、目隠し用と酔っぱらいの私が駐車場に落ちないようにと、簡単なフェンスを立てなければならない羽目になった。
更にはアパートが適当な日影を作ってくれていたのに、無くなったことで西日がまともに当たり、暑いのなんの耐えられたものではない。これではエアコンの電気代はうなぎ上りであろう。
古いアパートが立っている時は、やれ見栄えが悪いだの危ないだのと文句を言っていたくせに、いざ解体されてしまうとまた新たな文句を言う。
いやはや人間とはなんと我が侭な動物なのだろうか。

  新築の間取りの誤算大西日  英世

IMG_5013.jpg

IMG_5053.jpg

私の本棚「ホトトギス巻頭句集Ⅱ」

昨日は久しぶりに雨の中の散歩を楽しんだ。やはり梅雨には雨がよく似合う。
さて、ホトトギス巻頭句集の続きである。
この巻頭句集は明治41年から始まっているが、当初は私の愚脳ではなかなか理解できない難解な句が多かった。中には「ふくよかの花の香や火桶火や冬の小室に」(島村元)のように、あと数文字足せば短歌のような巻頭句もあった。
ところが、虚子の言う「有季定型」「客観写生」が浸透してきたのか、大正10年ごろからいま私たちが親しんでいる俳句の型が多くなってきた。
そこで登場してきたのが阿波野青畝、山口誓子、川端茅舎、水原秋櫻子の面々である。大正13年の9月から12月の四か月間はこの四人で巻頭句を分け合っている。
その後の俳句界をけん引していく彼等が切磋琢磨している姿に、虚子は眼を細めていたに違いない。
彼等に続きその後登場してくる著名な俳人の句を楽しむことができる巻頭句集であった。

 五月雨や一日紐解くホトトギス  英世

私の本棚「ホトトギス巻頭句集Ⅰ」

ずいぶん前に「ホトトギス巻頭句集」を読んだとお話ししたが、先日来その本をあらためて読み直してみた。
そこで気がついたのだが、ホトトギスでは当初は投句者の表示は俳号のみを記してきた。
ところが、大正5年5月号より地名をふり、大正13年8月号からは苗字と俳号を記すようになったのである。その後また地名と俳号だけの時期があったが、最終的には今の地名、名字俳号に落ち着いた。
どうしてそうなったのか考えてみたが、明確な解答は浮かばなかった。
選者の思い付きまたは何らかの意図があったのか、読者からの要望か、投句者からの要望かはっきりしない。
長年経つと似たような俳号の人、特に本名では全く同じ人が増えて何らかの区別をする必要に駆られたではなかろうか。
ちなみに私の所属する冬野も現在は、地名、名字俳号とそれに倣っている。

  紫陽花や我が俳号はEISEIさん  英世

蛇に出会った

俳句の夏の季題にもなっている蛇だが、このところトンと見ることが無くなった。その蛇を先日の糸島・立石山の山道で見たのである。黒い小さな蛇であった。
私もそうであるように蛇を好きだという人は少ないと思うが、子供の頃は毎日のように見る身近な動物であった。ところがその蛇を見ることが少なくなったのである。
街中にある家の周辺はともかく、昨年まであれほどいた油山でも今年は一度も出会ったことはなく、先ほどお話しした立石山の蛇が今年最初であった。
如何に嫌いな蛇とは言え、見ないとなると淋しいというか何となく心配になってくる。私の田舎では蛇を殺すと百代まで祟ると言われている。このように日本では蛇を駆除することはないと思うので、地球環境の変化と言うか、何か大きな原因があるような気がする。
いみじくも父が生前に言った「蛇も蛙も泥鰌もいなくなってしまった」と言う言葉をしみじみと思い出している。
 
   打ちもせぬ吾を恐れて蛇逃ぐる  英世


太宰府天満宮吟行

今回の百年句会は久しぶりに太宰府天満宮であった。
この日は抜けるような青空で、このまま空梅雨になるのではと心配されるような天気であった。そのような好天のもとに、絵馬堂に集合し本殿に参拝した後は東神苑の菖蒲池に向かった。
菖蒲池には約55種3万本が咲き誇り、白、うす紫、紫の花々が水面に映る姿は、太宰府天満宮の菖蒲池ならではの見所となっている。またその池中には高浜年尾の句碑も立って、池のほとりには紫陽花が今を盛りと咲いていた。
その菖蒲池のあとはいつものように博物館横の湿地を散策し、苔寺として有名な光明禅寺へ向かった。この光明禅寺は観光客のあまりの無法ぶりに拝観禁止の措置を取っているが、句友のつてでこの日は特別に拝観可能となったものである。
久しぶりに見る苔の庭はまばゆいばかりの美しさで、果たしてこの美しさが句に詠めるだろうかと不安になったほどである。
そのような中で詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  空梅雨の予感は風の軽さにも  英世

IMG_5031.jpg IMG_5032.jpg
IMG_5033.jpg IMG_5037.jpg

一句の風景

薫風や所を得たる三師の碑

師の池田昭雄先生の句碑建立の時に賜った句である。
実は句碑建立の当日にはまだこの句は出来ておらず、俳句大会にも投句しなかった。
俳句大会での成績があまりにも無残だったので、後で再び句碑を訪れ詠んだものである。
昭雄先生の句碑は天神の水鏡天満宮に、師系の稲畑汀子先生、小原菁々子先生の句碑と共に建てられている。
三代句碑が香しい薫風の下に所を得て調和しており、その様子に感激して賜った句である。
2014年(平成26年)6月「季題:薫風(夏)」

夏暖簾

この夏暖簾は字のごとく夏の暖簾で、この時期よく詠まれる季題である。
新日本大歳時記によると、「軒先に張って日除けにする暖簾であるが、夏季になると涼しい柄をあしらったものに改める」とある。
ところが私の知っている暖簾は、日除けの意味よりもむしろ店と街中を仕切るためのものであり、その短い暖簾をくぐることで人が客になる門のようなものである。
私の行きつけの割烹「ひしむら」でも、夏になると麻暖簾に替えて涼しさを演出しているし、同時に女将も一重の涼しそうな着物を装ってくる。
また、博多と言えば屋台が有名だが、その屋台も冬の風を遮る手段が暖簾であり、夏に風通しを良くするのもこの暖簾である。
その夏暖簾を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  北斎の波を染め抜き夏暖簾  英世

黐の花

今月の硯潮句会の兼題は「黐の花」と「夏暖簾」であった。
まずややこしい字の黐の花だが、「もちの花」と詠む。子供の頃親しんだ鳥もちの原料の木である。
ところがこの兼題が出てハタと困った。黐の花にはほとんど馴染みがないからである。
そこは困った時の頼みの綱の植物園である。兼題が発表になってすぐの5月2日に植物園を訪ね、顔見知りの職員に黐の木のあるなしを訪ねたところ、係員も参考資料を見ないとわからないほどの目立たない樹木であった。
係員も自分の勉強になるからとわざわざ連れて行ってもらって黐の木を見に行ったが、何と花は散ってしまい早くも青い実がついていた。
歳時記では黐の花は6月の季題になっている。花の兼題が出るといつも私が参考にしているインターネットの「季節の花300」でも黐の花の撮影日は4月4日で、青い実の撮影日は4月26日になっていた。別の資料でも花はソメイヨシノの頃咲くとなっていた。
さてこのややこしい季題をどう処理したらいいものだろうか。ここはクロガネモチで詠むしかあるまいと詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  棄て墓に日がな雨降り黐の花  英世

お酒の日

昨日はお酒の日ではないかと思うような出来事があった。
今から仕事と気が焦っていた時に、玄関に宅配便が来た。
出てみると、句友の女性からウィスキーが届いたのである。それも銘酒ばかり3本である。
先日の飲み会で、家に誰も飲んでくれないウィスキーがウインドウの飾りなってるという話を聞いて、冗談半分にそれなら私が飲んであげますよと言ったところ、本当に贈って来たのである。
実はその前日、句友の女性から新潟のお土産だと、銘酒「菊水」を貰い美味しくいただいたばかりだというのに。
早速二人にお礼のメールを入れたが、ことはそれだけでは済まなかった。
昨日仕事を終えて家に帰ると、今度はエビスビールがワンケース届いていた。息子からの父の日のプレゼントであった。
いくら私が呑み助だとは言え、こんなことがあるだろうか。
これに甘えて一挙に飲んでしまったら私の体はきっと壊れてしまうに違いない。
有り難いことだが、ここは一杯毎に頭を下げながらペースをわきまえてゆっくり頂くとしよう。

  戴きし酒の封切る梅雨の夜  英世

世界の金言名言

昨日お話しした「男の常識」の中の世界の「金言名言集」を読んだ。
世界の思想家や芸術家、小説家はいろいろな金言名言を残している。
例えば今話題の夏目漱石は「言葉を用いるのは人の見識次第」と言っている。かのカントは「人は義務を果たすために生きている」と説いている。いずれも政治家に聞かせたいと思う言葉である。
ヨーロッパの金言は比較的長く説明的であり、一方中国のそれは詩の形をとって短くして人々を納得させるものが多い。
その中で目に付いたのがわが日本の親鸞聖人の言葉であった。
「明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」
この歌は私が中学時代に弁論大会で引用した言葉であり、それだけに懐かしく読んだものである。
当時この歌の意味をどこまで理解していたかは疑わしいが、その後の私の人生で「非凡なる凡人」と共に、一つの教訓として実践に努めてきた言葉である。

  凡々の暮しの中を青嵐  英世

私の本棚「男の常識」

本棚を整理していたら「男の常識」と言う小さな文庫本が出てきた。
1985年と言うから相当なもので、その頃の男の常識が今に通用するかどうか疑わしいものだが一応読んでみることにした。
コンテンツは「常用漢字辞典」「外来語用例集」「世界の金言名言集」「ビジネスマンの常識集」等々であるが、今日はその中の「外来語」、明日は「金言名言」についてお話しよう。
この本には約500の外来語が収められているが、それの全てに目を通したところ、その9割は理解できるものと言うか、当時日常的に使っているものであった。
それに外来語は英語ばかりではなく、カルテットはフランス、カリスマはギリシャなどと様々な国の言葉が今や日本語化していることにも興味がそそられた。
美しい日本語を旨としている私が、いつの間にかこれらの外来語の坩堝の中にどっぷりとつかっていることに愕然たる思いであったが、この時世使わずに生きていくことは難しいだろう。
これからますます新しい外来語が増えていくのは仕方のないことだと思う。

  五月雨をメイのレインと言ふべきや  英世


私の好きな一句

紫は水に映らず花菖蒲  年尾

この句の碑が太宰府天満宮の菖蒲池に立っている。
太宰府は私たち福岡在住の俳人には吟行のメッカと言った場所で、この菖蒲池もそのスポットの一つである。
東神苑の菖蒲池には約55種3万本が咲き誇り、白、うす紫、紫の花々が水面に映る姿は、太宰府天満宮の菖蒲池ならではの見所となっている。
その菖蒲池にこの句碑は立っている。
高浜年尾は虚子の子で、ホトトギスの第二代主宰である。
句の意味は言わずもがなで、少しどんよりとした梅雨空の下では、水に映る花菖蒲の紫は濁った水に吸収されて映っていないというのである。

絶景の立石山

一昨日の12日はまたまた何もない月曜日だということで急に海を見たくなった。私の頭には海と言えば糸島半島から見る海しかない。
と言うことで糸島を訪ねることにしたが、せっかく海を見るのであれば高いところからと、里山の立石山に登ることにした。
立石山は糸島の北西部(芥屋)に位置する標高209mの低山で、簡単に登られて晴れた日には糸島の美しい海岸線や丘陵地の絶景を見ることができると聞いていたのに、まだ登ったことがなかったからである。
さっそく車を飛ばして芥屋の海水浴駐車場から登山口へ向かった。
登山口から約30分で頂上に立った。山歩きそのものは汗かくこともなく簡単であったが、立石山と言うように巨岩、奇岩の連続で、小規模ながら岩登りの醍醐味は十分であった。
頂上から眺める360度の絶景は筆舌に尽くし難く、遠く広い玄界灘を見ているとまるで2000m級の山に登っているような感じであった。
低山だが立石山に登って本当に良かったと思っている。
また、帰りに近くのJF(漁協)直売所「志摩の四季」でいただいた海鮮丼は、ボリュームたっぷりでことのほか美味しかった。

  絶景と戴く初夏の海鮮丼  英世

IMG_5023.jpg IMG_5020.jpg
IMG_5022.jpg IMG_5029.jpg

蝸牛

ややこしい字だが「かたつむり」または「かぎゅう」と読む。つまりでんでんむしのことである。
半透明の渦巻き型の殻を背負い、頭に二対の角を持ちその角は出し入れが自由になっている。長い方の角の先に目があるが視力は弱く明暗を見分けるぐらいだという。
愛嬌ある形や動きで子供たちに親しまれているが、その実態は木の葉や野菜などを啄む害虫である。
太古は水中で暮らしていた貝の仲間であろうか、今でも湿気を好み雨後や夜間に活動し、天気の良い日は石の下や葉の影に隠れている。
最近めっきり少なくなったが、吟行で鎮守の森などを巡りこの蝸牛を見つけると何となくホッとして子供心に戻ってしまう。
その蝸牛を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  急ぐこと何もなき身やかたつむり  英世

短夜

今回の鴻臚句会の兼題は「短夜」と「蝸牛」であった。
今年の夏至は6月21日で、この日夜が一番短く昼が長くなる。俳句で言う短夜とはそのような気象学上の事実を言うのではない。
まだ眠りも覚めぬうちにすっかり明るくなってしまう、短くはかない夜の感じを言うのもので、明け易しともいうようにどちらかと言えば短夜よりも明け易しの感情に重きを置いているようである。
この短夜を寝足りないと言ってまた寝るか、折角のことだからと動き出すかは本人の心がけ次第であろう。ちなみに私は子供のころから朝型で、夜が白々と明けたら起きる習性が身についている。
なお、俳句では季節の進み方に敏感で、実際の現象とは少し違う場合がある。例えば「日永」とか「日暮遅し」は春の季題であるように。
その短夜を読んだ今日の一句をご紹介しよう。

  明易や今も昔も朝型で  英世

思い出の旅「新緑の青森」

私のブログに、時々思い出の地や思い出の旅を紹介すると宣言しておきながら、しばらく遠のいていた。今日はその思い出の旅の話である。
新緑の時期になると東北青森の旅を思い出す。
東京に住んでいた頃、仙台市に住む友人から青森の旅に誘われた。
青森空港で出迎えを受け一路「三内丸山遺跡」へ向かった。歴史好きの私には縄文遺跡の貴重な出土品や復元された集落の様子に心は縄文人そのものであった。
青森市内の民謡酒場で本場の津軽三味線を聞き、翌日は雪中行軍で有名な八甲田山から酸ヶ湯温泉を抜け、十和田湖更には奥入瀬渓谷へと向かった。
八甲田山では高倉健の映画のシーンを思い浮かべ、十和田湖では神秘的な湖の美しさにしばし時を忘れて見入っていた。
圧巻は奥入瀬渓谷であった。本来は秋の紅葉が売りであるが、友人の説明ではこの奥入瀬の新緑はそれに勝るとも劣らない景観だということであった。
太陽の光りにキラキラと輝く新緑に目を瞬かせながら、渓流の心地よい調べに沿ってゆっくりと歩いた渓谷の素晴らしさは今でも忘れることができない。
最後は秋田県に入り、名物の「いぶりがっこ」と秋田の銘酒をいただいたことは言うまでもない。

  奥入瀬の新緑に身を包まれて  英世

yjimage2_201706110657501f3.jpg yjimage_20170611065748a46.jpg

一句の風景

全身で吸ふて吐き出す新樹の香

我がジャイアンツがやっと勝った。これでチームの暗いムードを一掃してくれるといいのだが。
さて、山を愛する私はこの新樹の時期が大好きである。
山にはいくつもの顔がある。草千里のような広大な草原やごつごつとした溶岩原、きれいな花の湿原、豪快な岩場そして鬱蒼とした樹林帯がある。
この時期の樹林帯を歩くと他の季節とは全く違う息吹を感じる。
広葉樹や針葉樹の下の山道は、薄緑の樹々が木洩れ日にきらきらと煌いているが、実はそれが曲者で、樹の下は湿気が高く目をしばたたかせながら歩かねばならない。
つまり、新樹が全身で呼吸をして、その呼吸が水分となって私の目をしばたたかせるのである。
それもまた山歩きの楽しみと言うものであろうと賜った句である。
2014年(平成26年)6月「季題:新樹(夏)」

2017FUKUOKA広告フェア

昨日の午後、健康診断を終えてぶらりとアクロスを訪ねたところ、「2017FUKUOKA広告フェア」なるのものが開催されていた。
現役のころは企業イメージアップのイベントやCMなどにも多少は関わっていたので、その頃は広告にも関心が深かったが、退職してからは全く興味がわかなくなっていた。テレビでCMになるとチャンネルを変えたりするほどだった。
だがこのフェアを見て、改めて広告の力と言うものに気付かされた。
企業広告は別にして、このフェアでは自然を中心とした九州各県のPRや移住の勧めのポスターや映像が、今の置かれた九州の現状を訴えているようで何となく胸に響くものがあった。
また、各県の知事が実際に7キロの重さのお腹が膨らんだ服を着て、厨房や街中でいろんな体験をする姿は男性に妊婦の大変さを訴えて、地域の連携、男女共同参画社会の実現を問うものであった。
広告は単に企業だけのものではなく、地域社会の問題点や復興に寄与する大きな力があるということを気づかされたフェアであった。

  麦秋や村に人呼ぶ広告塔  英世

2017060815550001 (002)

久しぶりの温泉と蕎麦

昨日お話ししたように、久しぶりに佐賀県富士町の熊の川温泉に行った。
この近くには有名な古湯温泉があり、熊の川温泉はあまり目立たない存在だが、私はなぜかこの温泉が好きである。
熊の川温泉の元湯はぬるい温泉で、湯温はなんと31℃と夏でも冷たいくらいである。ところが、このぬるい温泉が何とも心地よい。湯温が低いので必然的に長い時間浸ることになるが、渓谷の新緑を楽しみながらのんびりと過ごす時間も、これもまた心身のリラックスに最高なのである。
二時間ほど温泉でくつろいだ後は、久しぶりに冷たい蕎麦が食べたくなった。
山中なのでどこかに蕎麦屋ぐらいはあるだろうと当てもなく車を走らせていると、神崎町の岩屋うどんに辿り着いた。
神崎町は全国的にも有名な神崎ソーメンの産地で、それならばこの店も間違いなかろうと寄ることにした。
この店はすぐそばに渓谷と滝を見ることができるのが特徴で、渓谷に張り出すように作られた外の席で食べることもできる。
新緑の渓谷と滝を見ながら、外の席で食べたざる蕎麦はことのほか美味しかった。

  渓谷と滝を背(そびら)に冷し蕎麦  英世

IMG_5015.jpg IMG_5014.jpg
IMG_5018.jpg


久しぶりの里帰り
九州地方は昨日梅雨に入ったらしい。しばらく旱が続いたので歓迎する農家も多いのではなかろうか。
さて、一昨日は急に思い立って久留米市の実家を訪ねた。
いつものようにさっそく仏様を拝みお墓にお参りした。おおよそ一年半ぶりぐらいになるであろうか。
ところが、実家を訪ねてみると弟は不在で、聞けば麦の収穫に行っているということであった。
しかも自分の田んぼではなく、他人の田んぼを農協に勤めていたことのある弟を中心に、有志が団体を組んで収穫しているということである。つまり会社組織に似た農業の未来形と言うか、結い(私の田舎ではもやいと言っていた)の名残と言ったところだろうか。
久留米市に合併した実家の周辺は、筑後平野のど真ん中で農業が中心と思っていたら、今や農業は経験のある老人の共同作業だということである。
つまり、若者は街に働きに出て専業で農業をやっている人はほとんどおらず、弟のような老人の経験者の結いに頼るしかない。つまり人はいるけど農業過疎地なのである。
村の変貌に驚きつつも、帰りには佐賀の熊野川温泉のぬるい元湯にのんびりと浸かり英気を養った。その後に食べた蕎麦もことのほか美味しかった。

麦刈の埃の中を里帰り  英世

九州は俳句王国

毎週月曜日の朝日新聞「朝日俳壇」を楽しみにしているが、昨日の朝日俳壇を見てびっくり仰天であった。
我が師系の稲畑汀子先生の選に入選した10人中、何と5人が九州の俳人であった。
そのうちの4人とは直接、間接的に顔見知りであり、その中の一人には毎月の吟行句会で直接ご指導いただいている才女である。
いずれも全国的にも一応名の通った俳人ばかりで、その先生方が真剣勝負の新聞俳句に投句し鍛錬しておられる姿に感銘を受けた。
常日頃遊び半分に俳句を楽しんでいるわけではないが、私は新聞俳句に投句したことはない。
理由は別にないが、今の実力ではと先に思い込んでいるからかもしれない。この先どうするかしばらく考えるとしよう。

  酒と句に酔ひしれつつも登る山  英世

冬野六月号

相変わらず好天の続くなか冬野六月号が手元に届いた。
近々冬野の表紙絵が変ると聞いた。亡き鶴内恵先生の干支の表紙を見るのも長くはあるまい。
その冬野入選句とその他の句会の入選句をご紹介しよう。
冬野六月号
 訪ね来し甲斐あり城の初桜
 春泥に歩幅の合はぬ親子かな
 さざ波の綺羅も取り込む素魚簗
 素魚の躍る命の透けにけり
 色白の雛は百年幼な顔
 手を上ぐるだけの会釈も暖かし
 遠き日の田舎暮らしや慈姑掘る
 残雪の富士を仰ぎて赴任地へ
 はらからは遠くにありて桃の花
 ぼうたんにため息深き漢かな
 城垣や戦火の如くつつじ燃ゆ
冬野インターネット句会
 園丁の去りて崩るる牡丹かな
 葉桜や宗派の違ふ寺拝す
俳句ステーション
 今もってパパと呼ぶ妻うららかに
 何はさて花嫁見ての花見船
 うら若き母を自慢に桃の花
愚陀仏庵インターネット句会
 恋猫や悪い女に引つ掛かる

舞鶴公園吟行

今回のたんたん句会吟行は、桜の時期に飽きるほど行った福岡城のある舞鶴公園であった。
その舞鶴公園が夏の訪れと共に花が変ってきた。
桜や藤、牡丹、芍薬に代わって、睡蓮、花菖蒲、紫陽花などのいわゆる夏の花に代わって来たのである。ただ期待していた楝の花はすでに散っていた。
この日も大手門に集合したが、集合場所の前の池には睡蓮が可憐な花を咲かせ、葉陰では鯉や亀がゆったりと泳いでいた。
大手門を抜けて牡丹園の新緑を楽しんだ後は菖蒲園から首洗池を訪ねた。
首洗池とはその名の通り、戦で勝ち取った敵将の首を、城を守る女性たちがきれいに洗った池とされているが、福岡城は戦火にまみれたことがなく実際は使われなかったようである。
その呪われた首洗池を浄めるかのような可憐な睡蓮の花が咲いていた。
吟行のあとは行きつけの料亭「しばこ」で、美味しい箱弁当の夏料理と昼のビールをいただきながら句会を行った。
舞鶴公園を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  黄睡蓮地獄の池を浄めけり  英世

IMG_5001.jpg IMG_5002.jpg
IMG_5005.jpg IMG_5012.jpg

夏のおでん

おでん大好きの私は時々無性に食べたくなっておでん屋に行く。
おでん屋と言ってもそこはうどん屋でメインのうどん、蕎麦の他におでんと酒を売っているからである。
昔はおでんと言えば居酒屋の定番で、ジュラルミンのおでん鍋がカウンター越しに備えられ、その鍋で酒のお燗もできるようになっていた。
女将がそのおでん鍋から皿に取り分けてくれ、お酒の燗の温度を手で確かめて注いでくれたものである。
ところが、うどん屋のおでんは客自身が皿に取り、食べた後で何個食べたと申告する仕組になっている。おでんの値段は一個100円、この安さでは先ほどの女将並みの気配りを期待するのは無理であろう。
それでも、嬉しいことがあった。
おでんは俳句で冬の季題となっているように、一般的には寒い時期の食べ物であるが、このうどん屋では一年中、つまり暑い夏もおでんを出すという。
この夏は汗をかきながら、大根、厚揚げ、こんにゃくと大好きなおでんを肴に生ビールをぐいぐいとあおりたいものである。

  うどん屋で食ぶる真夏のおでんかな  英世

六月の花ごよみ「柿の花」

むかし、田舎の実家の庭に大きな柿の木があった。当時にしては珍しいゴマの入った甘柿で、季節になるとおやつに弟たちと食べたものである。
ただ、柿の木は枝が裂けやすいので、決して上ってはならぬと父からきつく言われていた。
その柿の木が6月になると白い花をつける。
四角形をした白い可憐な花は強い香りがあり、時期が過ぎるとぽろぽろと零れ落ちて来る。落ちてくる花は役目を終えた雄花で、それが坂道などを転がる様はメルヘンチックである。
この柿の花が咲くと夏はもう目の前である。

   柿の花風にころころ転げけり  英世

kaki0026.jpg kaki009.jpg

六月に入る

今日から六月である。
六月と言えば梅雨と思いがちだが、梅雨と言うのは実際は旧暦六月のことで、新暦六月の前半は梅雨の晴れ間の五月晴の日が多い。
その五月晴を楽しむにはと考えたが、やはり親から貰った二本の脚に頼るしかないようである。
私は同年代の人よりたくさん歩いている方だと思う。実際五月は毎週のように山を歩き、家の周りや裏山の鴻巣山、植物園、日本庭園などを歩き廻っている。
西公園に吟行に行った時も、前方に私を見つけた句友が、追いつこうと速足で追い掛けたが、なかなか追いつかなかったとこぼしていた。どうもせっかちな所為か私は人より速足のようである。
速足で思い出すのは東京に転勤したとこのことである。ゆったりと歩くことに慣れていた私は、東京の人ごみの中では邪魔者扱いであった。
その邪魔者が次第に人の流れに慣れ、何時しか速足になったのであろう。
この六月も自慢の二本の脚で、野山を駆け巡り五月晴を楽しむとしよう。

  血圧は高め安定五月晴  英世

 | BLOG TOP |