私の本棚「子規三大随筆」

昨日の「子規の宇宙に」続き、子規の三大随筆「墨汁一滴」「病牀六尺」「仰臥漫録」を読んだ。
この随筆集はわずか35歳で亡くなった子規が、その死の間際までの二年間に書き残したものである。
肺病と言う不治の病に侵された子規が、6尺の病床の身辺からだけに見える、あるいは触れることのできる風物をつぶさに観察し、簡潔平明な文章で表している。
もちろん俳句論、歌論も見逃せないが、それよりも子規の「痛い、痛い」と言う感情を顕わにした飾らない性格と、文学へのあくなき探求心に敬意を表したい。
子規は身体を動かすことも難儀な状態でものを書くことだけしかできない。ただ書くことでしか生きている証を見いだせない病床6尺の人だったのである。
それでありながら食べ物に異常な執着を見せているのも子規の一面として面白い。
先日、テレビで国語学者の金田一家三代のドキュメントを見た。戦後、口語文を普及させ漢字を減らして簡略にした金田一京助に、改革を求める子規の面影がダブって仕方がなかった。
今日は自分の俳句ではなく、子規の三句をもってその晩年を偲ぶとしよう。

  糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
  をととひのへちまの水も取らざりき
  痰一斗糸瓜の水も間にあはず

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