九月が終る

九月が終るということで、昨日はこの秋初めて油山に登って心身のリフレッシュを図った。その山の話は後日するとして、今日は九月尽と言う言葉について考えてみた。
ある本に、「俳句では、三月の最終日を三月尽あるいは弥生尽、九月の最終日を九月尽と呼んでいる。なぜ、三月尽と九月尽かと言えば、きっと春と秋の好季節が過ぎて行くのを惜しむ気持ちからであろう」とあった。
一部の歳時記にもそのように解説があるし、私もそのように教わってきた。
ところが、昨今二月尽、五月尽、八月尽など月の最後の日をそのように詠んでいる句が目立つ。
どれが正しいかはよくわからないが、私は伝統に従って三月と九月だけに尽を使って詠んでいきたいと思っている。

  明日からはどれを着ようか九月尽  英世

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一句の風景

秋の灯や蔵書に欲しき閻魔句集

秋は読書の秋である。
私の俳句の先師は河野静雲先生である。河野静雲は明治20年生まれの俳人で、高浜虚子に師事したホトトギス同人、その句風は人間味溢れる滑稽句が特徴であったと言う。
ところが私の書架には彼の句集「閻魔」が蔵書として置かれていない。
やむを得ず図書館でその句集「閻魔」をじっくりと読んだが、その句集「閻魔」が書架にないことに一種の恥ずかしさを感じた。
その時の恥ずかしさ虚しさを詠んだ句である
2014年(平成26年)9月「季題:秋の灯(秋)」

大濠公園吟行

昨日の渦潮句会はおなじみの大濠公園であった。
この日は朝から雨が降ったりやんだりのあいにくの天気であったが、その雨も吟行を楽しむ頃にはすっかり上がり、時折青空が覗く絶好の吟行日和であった。。
この時期、大濠公園はすっかり秋のたたずまいで、あれほどみずみずしかった樹々の緑もどことなく力が弱く終末を迎えつつある。
湖面を吹き抜ける風も秋の風そのもので、岸辺に立つ能楽堂の姿が雨に濡れて、なんとなく秋の風情にマッチしていた。
賑やかだった秋蝉や子供の声もなく、ボートも繋がれたままである。
外堀の蓮は破れて、北から鴨たちが飛んでくる。いわゆる初鴨である。そのうちこの濠も鴨や鴎の冬の鳥で埋め尽くされることであろう。
そのような雨の大濠公園の秋を詠んだこの日の一句をご紹介しよう。

  晩秋を引き寄せ湖の風渡る  英世

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迷惑メール

このところ女性と思わせる怪しげな携帯メールが頻繁に届く。本当は男かもしれないのだが。
その多くは「私を忘れたのですか」「思い出してくれましたか」「メールアドレス変更しました」と言った類である。
この手のメールは助兵衛の男を誘うメールか金銭詐欺であることは明らかである。
かつて私の家に投資を勧誘する詐欺郵便物が届き、危うくひっかかりそうになった経験がある。
当時60代で一応常識と経験がある私に対し、巧妙に仕掛けられた罠には驚くべきテクニックがあった。
それ以来疑わしきことには一切かかわり合わないことにしているが、今回の携帯メールだけはしつこいほどかかってくる。
今度かかって来た時に私の本当の年齢を返信したら、向うはどんなテクニックを使ってくるだろうかと興味もある。
だが、君子危うきには近寄らず、やはり何も返事しないで黙って削除することにしよう。

  名月や甘き言葉にご用心  英世

季題は生きながらえるか

昨日、長谷川櫂の「俳句の宇宙」と言う本を読んでいて、思い当たるふしがあった。
俳句の命は季題と切れ(間)だと言うことは誰でも知っていることであるが、櫂はその中でいま季題が危ないと言っている。
人間の生活が自然からだんだん遠ざかっていく時代に、果たして季題は生きていけるのだろうかと言うことである。
人間の生活の複雑化、自然現象の変化、そして人間を豊かにするはずの農業や科学技術の変化、消えて行く鳥獣や昆虫たちなどなどである。
そのうち、きっと人間の力は天候や季節さえも思いのままにするだろう。季題を季節の実感豊かな言葉として使ってきたことがいつまで続くだろうか。
私もこのブログで消えゆく季題としていくつかを取り上げてきたが、それは主として私たち人間の生活習慣の変化であった。
それが、これからは自然界にまで及んでいくような気がする。
今の子供たちに「リンゴは何時の食べ物か」と聞いても、「一年中」と言う返事が返ってくる時代なのだから。

  赤線の目立つ歳時記秋灯下  英世

薬が減った

ちょっと嬉しいことがあった。
私はお酒の影響か遺伝なのか成人病のオンパレードで、高血圧、高血糖値、高尿酸、高コレステロールと少しではあるが高の字が続いており、よくぞこの年まで生きて来たなと思っている。
ところが、そのうちの一つの高の字がやっと消えたのである。
定例の診察でクリニックに行った時に、主治医にこの頃無性に昼寝がしたくなる。時には昼前から眠くなると話したところ、主治医はにやりと笑って「薬を減らしましょう」と言った。
眠くなるのは空腹時の低血糖の証拠で、今飲んでいる薬のうち血糖を下げる薬を中止しようというのであった。
主治医によるとこのところすべての数値がよくなっている。これは日ごろの運動と食生活改善の賜だと言ってくれた。
この先どうなるかはわからないが、食生活改善の賜だと言われるとそのことに気を使っている家内に感謝せざるをえまい。

  食欲の秋と言へども身のほどに  英世

私の好きな一句

をりとりてはらりとおもきすすきかな 蛇笏

飯田蛇笏の有名な句である。
秋も深まり枯れ始めた薄は重さなど感じないほど軽いものであるが、折り取って手にした瞬間、意外にもその重さを感じたというのである。
薄に対する作者の驚きと感動が素晴らしい句となったものである。
すべてを仮名書きにすることによって、すすきの軽さが表現されるとともにすすきの柔らかさ、作者の気持ちのやさしさを見て取ることができる。
薄は芒とも書くが、芒の字には何となくその軽さ哀れさが感じさせられる。

水澄む

硯潮句会のもう一つの兼題は「水澄む」であった。
秋はものみな澄みわたる季節であり、水もまた美しく澄む。季題の「水澄む」は水底まで見えるような湖や川の美しさをいうものであり、川の流れや湖・沼・池などの澄んだ水を眺めるのは快いものである。
秋は空気が澄んでいるので、水に映る空や山々も澄み切って見える。
また、川や湖ではなくとも、井戸や甕、盥などに貯めた水や台所の水まで、どことなく澄んだ感じがするものである。
なお、別の季題に冷え冷えと澄んだ感じの水を秋の水、秋水と総称して呼びこともあるが、兼題の「水澄む」とは別に区分けして詠むべきであろう。
その水澄むを詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  銭洗ふ百選の水澄みにけり  英世

蚯蚓鳴く

今回の硯潮句会兼題は「蚯蚓鳴く」と「水澄む」であった。
まず蚯蚓鳴くであるが、亀鳴くと同様に、一般常識として亀や蚯蚓が鳴くなど思っている人はいないであろう。その蚯蚓が鳴くというのだから、世の俳人どもはとてつもないへそ曲がりの集団かもしれない。
冗談はさて置き、俳句は古く和歌や漢詩の影響を受けた季題が多く、その中には蚯蚓鳴くや亀鳴くの様に空想的なものも多く含んでいる。
この蚯蚓鳴くも、秋の夜に何の虫かはわからないが、道端などでジーと鳴いている虫の音を聞き、その淋しい鳴き声を昔の人は、蚯蚓(みみず)が鳴くのだと思ったらしい。
実際には螻蛄(けら)の鳴き声であるとも言われているが、螻蛄鳴くと言われたら情緒も何もあったものではない。鳴けないものが鳴くから詩になるのである。
その蚯蚓鳴くを詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  蚯蚓鳴く根は百姓の我が家系  英世

眼鏡美人誕生

少し前の話だが、孫の愛莉から携帯メールが届き、「めがねかったよ」とあった。
私は我が目を疑った。と言うのは愛莉が眼鏡を掛けなければならないほど近視状態だとは、全く知らなかったからである。
私の一族に眼鏡をかけた者は一人もいないので、私の家内か母方の血筋であることは間違いない。そういえば愛莉の父親もコンタクトレンズである。
それはともかく眼鏡の愛莉を見たくなって、学校の帰りに我が家に寄ってもらった。
すると愛莉は細長の薄い藍色の縁の眼鏡をかけていた。爺の眼を差し引いてもそれはよく似合ったおり、どことなく知的に見えた。
「よく似合うよ」と私が言うと、愛莉はにっこりと笑ってくれた。眼鏡美人の誕生である。
約束事なれば眼鏡美人の写真を公開できないのが残念であるが。

  秋晴や眼鏡の奥が笑つてゐる  英世

一句の風景

便りには書けざる虫の音色かな

俳句の季題では花鳥風月に続いて重要な季題にこの虫があるような気がする。
その虫の声を聞くと何かと心に染み入るように感じるのは、あの清少納言も同じではなかろうか。
ところが、ひとくくりに虫の声と言ってもさまざまである。
澄み切った高い声、あるいはガチャガチャと濁声で鳴くものがいる。またそれが同時に鳴く虫しぐれもあり、まさにあの童謡にある虫の声そのものである。
その虫の声、便りに書こうにも表し難い鳴き声である。
2014年(平成26年)9月「季題:虫(秋)」

敬老の日プレゼント

昨日は敬老の日と言うことで、息子より長崎カステラのプレゼントがあった。そのカステラには「いつまでもお元気で」と言うメッセージが表面に焼き付けてあった。
写真をと思った時はすでに遅くその文字もろとも食べてしまった後だった。
息子夫婦は何かの記念日には必ず何らかのプレゼントをしてくれる。
10年ほど前も私の好きな焼酎のためにと、クリスタルグラスをプレゼントしてくれた。
そこには「お父さんありがとう」と刻んであった。もちろん家内のグラスにも「お母さんありがとう」とあった。
もっともそのグラスは使うのがもったいないと、私の書棚に飾ったままになっているが。
確かに息子も優しいが、このようなことを忘れずにしてくれるのは息子の嫁さんに違いない。私も家内もそのことはよくわかっている。
そのような心配りの母を見倣って、孫の愛莉もそうなって欲しいと願わずにはいられかった。

  敬老の日嫁の気持ちに涙せり  英世

脊振小爪集落

私がよく登る脊振山系には福岡県側と佐賀県側からいくつものルートがあるが、そのうちの登ったことのないルートが小爪峠ルートである。
名の通り脊振尾根の小爪峠(椎原峠の西隣)に麓の椎原・小爪集落から直接アタックするルートだが、峠まで続く小爪川沿いを登るのでルートは厳しく荒れてると聞いて敬遠していた。
何時かは登りたいと思っていたルートなので、先日、登山口を下見してきた。
ところでその登山口の小爪集落だが、福岡市にもまだこのような農村風景があるのかと何となく懐かしくなった。小爪川の水を引いた棚田は間もなく稲刈りが始まることであろう。
10年ほど前になるが、実はこの集落には亡くなった高校の同級生が竹炭の工房を開いていたのでその時に訪ねたことがある。
ところが、その時とは集落の様相が一変していた。
明らかに耕作を放棄した田んぼや空き家が目立ち、あちこちに売地の立て札が立っていた。
都市化の波が押し寄せているのではなく、福岡市内と言うのに山間部は逆に過疎化している。
天神に通勤するにはバスの便は少なく時間もかかるので、若い人が都市部に出ていくのは致し方ないことであろうか。

  過疎の里採る者も無き柿熟るる  英世

台風

台風は南九州の方を通過し福岡には直接影響はなさそうだが、それでも朝から大粒の雨が降っている。
実は今日は百年句会吟行の予定であったが、台風接近と言うことで早々に中止と決まっていた。仕事先の進学塾も臨時休校となった。
そんなに早く中止を決めず、もう少し様子を見てからと言う思いもあったが、幹事からすればそんな悠長なことを言ってはいられなかったのであろう。
句会場や食事のキャンセル期限もあったろうし、やむを得ないことことだと思っている。
ところでこの台風、昔は何と呼んでいただろうかと言うのが気になった。気になったら調べるのが私の流儀である。
俳句の季題に野分があり、これが台風ではないかと言う人もいるが、どうも少しニュアンスが違うようである。
昔は混同して使われたこともあるようだが、今日では野分は雨を伴わずただ野を吹き荒らす秋の疾風として、台風とはっきり区別している。
ふと、農業を営んでいた父が台風のことを「大風・おおかぜ」呼んでいたことを思い出した。江戸時代以前の記録にも大風とある。しかもこの大風、読みようによっては「たいふう」と読める。
もしかしたらこの大風が台風のことではなかろうか。

  明日あたり台風圏か夜の静か  英世

私の本棚「長谷川櫂:海と竪琴」

昨日は少し涼しくなったので、久しぶりに植物園の花たちに会いに行った。くしくも白い花たちばかりであった。
さて、私が席を置いているホトトギス系とは少し肌色の違う俳人、長谷川櫂の俳句評論集「海と竪琴」を読んだ
この評論集は人間探求派と言われた石田波郷、中村草田男、加藤楸邨、そしてそれに続く飯田龍太、平井照敏、飴山實、川崎展宏の七人の俳人についての俳句評論を収録したものである。
取り上げられた個々の俳人の代表句を通じて、その句の解説や作者の人柄、俳句に対する考え方、人生観などが多方面にわたって紹介されている。
この「海と竪琴」を読んで、俳句は作るのも大事だが解釈する姿勢も大事だということを学んだ。
例えば、俳句の解釈では17文字の裏に隠されている作者の思い、それはその作者の生きて来た時代背景(例えば楸邨と戦争)やその上に立った人生観、そしてそれらに基づく作句理念等を総合的に解しないといけないということであった。
ただ問題は、現在の幾万と言う俳句愛好家の作品を、作者の個々、固有の立場に立って解釈するのは無理と言うものではなかろうか。

 秋灯下片つ端から読む俳書  英世

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お茶が届いた

ずいぶん前に、伊藤園の「お~いお茶新俳句大賞」(応募総数187万句)で佳作特別賞に入選したというお話をしたが、私の入選句を印刷したお茶のボトル24本が届いた。
先に入選したことのある友人から、お茶は忘れたころに届きますよと聞いていたが全くその通りであった。
さっそく確認するとボトルの側面に確かに私の入選句が印刷したる。ところが、その俳句は虫眼鏡で見ないとわからないほど小さいのである
どうにか写真に収めたものの、ズームアップしなければ分からないほどであった。も少しは大きいと思っていただけに、友人に配ってもがっかりされはしないかと心配である。とは言え貰えるものは何でも有り難い。
と言うことで、もう一度その入選句をご紹介しよう。

  唱歌ほどには団栗の転がらず  英世

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太極拳

中国で始まった太極拳は、健康・長寿に良いとされているため健康法として、日本でも多くの愛好者がいる。
シルバー人材センターのサークル活動に、その太極拳の「すこやかクラブ」なるものがある。
私は「シルバーだより」という機関誌の編集委員をしているので、その太極拳を取材したいと会場を訪ねてみた。
会場では10人ほどの会員が先生の指導の下に、呼吸を整えゆったりとした動きで手足を存分に伸ばしていた。かつて上海の公園で見た朝の太極拳運動と全く同じであった。
シルバーの年代になると、人それぞれに健康のことが気になる。
彼らも太極拳で技を極めるということよりも、自分の健康のために楽しみながら演じているようであった。
私が取材したことで記事になり、もっと多くの会員が参加し永く続いて行くことを期待している。

  秋天や太極拳のしなやかに  英世

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私の好きな一句

父が附けし吾名立子や月を仰ぐ  立子

星野立子の代表句の一つである。
立子は高浜虚子の次女で、中村汀女、橋本多佳子、三橋鷹女とともに四Tと称された。若年より虚子に師事した『ホトトギス』の代表的女流俳人で、昭和5年に女性を対象にした俳誌『玉藻』を創刊し主宰となった才女でもある。。
虚子がつけてくれた自分の名前に誇りを抱くことの爽やかさと、父への敬愛の念を率直に表現した句である。
綺麗な月を眺めながら、父がつけてくれた立子の名前に掛けて、あの名月のように凛とした人生を生きていこうという気概が感じ取れる。
私も父がつけてくれた英世と言う名前に誇りを持っている。

虫一切

昨日は吉野ケ里遺跡の彼岸花が盛りだと聞いて、見損なってはいけないと早良平野に車を飛ばしたが、途中の道筋も含めて彼岸花は全く咲いていなかった。少し早すぎたようである。
さて、兼題の虫一切の季題だが、単に虫と言えば虫の音のことで、秋に鳴く虫の音は古く万葉の時代から人々に愛され親しんできた。
従って、鳴かない蟷螂や鳴き声を楽しまい類はこの虫の範疇には入らないようである。
今回の兼題が虫一切と言うからには、秋の虫に関連するものは何でもいい訳で、虫として総称的に詠んでもいいし、螽斯、馬追、轡虫、蟋蟀、松虫、鈴虫と個々の虫を詠んでもいい。
様々な虫が合わせ鳴くことを虫時雨と言い、ほかにも夜店などかつて夜店などでよく見られた虫売りや虫籠もこの季題である。
他にも虫の秋、虫の宿、虫の闇、虫の夜、昼の虫、すがる虫、残る虫など、状況に応じて詠み分けることが重要であろう。
その虫を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

 虫の音や心の窓を開けて聞く  英世

今回の俳句の会「鴻臚」の兼題は、秋の代表的な季題の一つである「露」と「虫一切」であった。
まず露だが、秋になり気温が下がってくると地面や草や木の葉などに凝結する水滴のことで、風がなく晴れた日の夜から翌朝にかけてしばしば発生する。
秋の夜の更けゆくわびしい感じを露けしと言い、そこに結ぶ露を夜露と呼ぶ。また、おびただしい朝霧が草木から流れるさまは、時雨の降る感じにも似ていることから露時雨と言う。
他にも晩秋の肌寒い感じを露寒と呼び、霜に変わる寸前を露霜と言ったりと、その時の条件によってさまざまな呼び方がある。
また、日が上ればたちまち消滅することから、人の世の移り変わりを露の世と言って儚きものの例えにもする。
そのような儚い露を詠んだ中から、今日の一句をご紹介しよう。

  絶句碑に浄き露置く仏心寺  英世

一句の風景

考を恋ひ妣を恋ふかにちちろ鳴く

昨日、福岡城のお堀端を歩いていたら、柳の梢で法師蝉が鳴き下の叢では昼の虫がチリリリーと鳴いていた。もうそんな季節になったのですね。
さて、少し感傷的な句で読者によっては何の感動もない平凡な句と思われるかもしれないが、男とはとかくこのような句を詠みたがるものです。
お盆も過ぎて秋の色が濃くなり、庭先に今年も蟋蟀がきれいな声で鳴いていた。
蟋蟀は生れた時から両親を知らない。それだけにその鳴き声はあたかもその両親を恋いるかのように聞こた。私たち人間が父母を恋うかのように。
2014年(平成26年)9月「季題:蟋蟀(秋)」

写真の撮り方

少し写真に凝っていた頃、マニュアルの一眼レフを駆使して主に自然の風景や草花、孫たちなどを撮っていた。
その時は被写体や構図に凝って時間をかけていたのだが、このところそのようなことが全くなくなってしまった。
このブログにも撮り貯めていた一枚を載せたり、そのために写真を撮りに行ったりしているが、全く不満足なものばかりである。
と言うのも今の写真は小さなデジカメか携帯で撮るのが当たり前で、そこまで凝りはしないのである。
デジカメは素早くとらねばならぬかのように手当たり次第にバチバチやっている。焼き付け代がいらないのでついそうなってしまう。
これではいけないことは分かっている。
これからは構図や天気に気を配り、時間をかけて満足のいく一枚に心がけたいものである。

  デジカメと背の弁当秋の山  英世

俳句の花

またまた俳句と花の話である。
先日来、虚子の「俳句への道」を読んでいて、俳句と日本の自然、特に季節の花鳥風月に親しむ大切さを教わった。
立秋も過ぎ、これから秋の様々な花が咲き始めるが、その俳句の花について考えてみた。
俳句の季題の花については一通り勉強したつもりだが、どうも何かが物足らない。それは花を育てるという実体感がないからである。私にできるのはその花をただ俳句の対象として詳しく描写することだけである。
確かに桔梗や女郎花などの秋の七草に触れることは出来る。だが、何か物足らない。それはどうも我が家の庭にそれらの花樹がなく、育てるという実体感がないからであろう。
花に水や肥料をやり、季節になっても切り取って供華にすることはない。当然落葉や散り敷いた花びらを掃くこともないし焚き火もしない。句作上やむを得ずそのつもりになって詠んでいることがあまりにも多すぎ、私自身罪悪感に苛まれている。
そういった意味では、少し前にお話しした西公園そばにお住いの俳人の庭には、季節の花がいつも咲き乱れ、次の花が時期を待っている。
俳人すべからくこうありたいものだが、庭が狭い上に洋花好きの家内殿が許すはずはなかろう。
稲畑汀子先生の「俳句を通じて自然から何を学ぶか」と言う言葉を思い出した。

  桔梗に君の心を聞きもして  英世

お酒は外で飲む

秋は名月の季節で、煌々と輝く月を愛でながらの一杯は呑み助にはこたえられない。
そのお酒の話だが、信じられないという御方もおられようが、私の部屋にはお酒のボトルは一本も置いていない。普通は書棚の隅に一本ぐらいは置くものだが、正真正銘置いていないのである。
この習慣は東京での単身赴任生活から身につけている。
理由は簡単で、止める相手がいない自分一人の部屋で飲みだせばきりがなく飲むだろう(実際は一回も飲んだことがない)と、飲むなら外でと決めて実行してきただけである。
外で飲むということは自然とお金と時間に制約される。つまりお金なければ飲めないということになる。
この部屋にお酒を置かない習慣は福岡に戻って来てからも続けることにした。
今も部屋にはボトルがなく、掃除、洗濯など自分のことは自分でする習慣と共に良いことだと思っている。

  満ち足りし月を相手に手酌酒  英世

思い出の旅「初秋の北海道」

北海道は現役時代によく訪ねた地である。
九州生まれの私には雪の北海道もいいがそれよりも秋の北海道が大好きである。その初秋の北海道の思い出をお話ししよう。
社の北海道本部には同期入社で、本社時代に机を並べたことのある友人がいた。その友人が秋の北海道を案内するというので、厚意に甘えることにしたのである。
初日は定番の札幌ビール園からクラーク博士像、大倉山展望台を始め諸々の市内の観光地を巡った。大倉山シャンツェではスタート台に立ちその高低差に肝が冷える思いがした。
夜は北海道の名物を食べたはずだが、ビールと蟹、鮭のルイべ、ホタテ以外はあまり覚えていない。
二日目は山が好きな私のために羊蹄山の見えるニセコに連れて行っってくれた。少し紅葉の始まったニセコの雄大な景色に、当時東京のごみごみした下町に住んでいた私にはまさに命の洗濯であった。
中でも印象に残っているのは、ニセコの山頂近くの鄙びた温泉で、のんびりと湯につかりながら見上げていると、なぜか天井近くの窓ガラスが割れ青空が覗いていたことと、お昼に戴いたきのこ汁が最高においしかったことである。
その友人も東京に戻ってしまい、私も福岡に戻ってもう二人で北海道を訪ねることはあるまい。

  美しき北の山河やきのこ汁  英世

冬野九月号

冬野九月号が手許に届いた。
下降線をたどっていた成績が、いよいよどうしようもないぐらいみじめになってきた。
このところ、俳句に少し飽きと言うか熱心さを欠いて雑になっていることが、そのまま成績となって表れているのであろう。大いに反省しなければなるまい。
例によって冬野並びにその他の句会の入選句をご紹介しよう。
冬野九月号
 紫陽花の藍は雨より出でにけり
 たはむれに恩師の句碑の草むしる
 時鳥聞いてそれより耳聡く
 束の間の日差楽しも梅雨の蝶
 農協と名のある考の夏帽子
 紫陽花や心変はりし人なれど
 子を愛し孫をあやしてさくらんぼ
 短夜やなかなか慣れぬ旅枕
 水中花馴染みのバーのカウンター
 蓮咲くやかつて市電の走る街
 城堀の風の通ひ路蓮の花
冬野インターネット俳句
 墓参り済ませし人と父のこと
俳句ステーション
 他人の子の育つ早さや星まつり
 神さぶる白神山地夏の霧
 炎昼やバス停三つ乗り過ごす
愚陀仏庵インターネット句会
 宛先は言はぬが花よ落し文

夜の吟行

先日吟行と散策の違いをお話ししたが、その吟行そのものを考えてみた。
一般的に吟行は昼間が多く、早朝や夜の吟行は殆どない。私の経験からしても9割以上は昼の吟行である。
ところが、歳時記の例句を読んでいるとその早朝や夜の句がたくさんある。早朝や夜でなければ発見できない事象が多いからであろう。
一般的に吟行ではほとんど詠まれない夜の句が、私の参加する吟行句会では結構詠まれている。
いずれも自分の思い出で詠んだのだろうが、吟行で思い出を詠むのはどうだろうか。
月や星を詠む場合は実際にそれを見なければなかなか詠めないと思うのだが、中には本当に夜の空を見たのだろうかと言う句も見受けられる。
そもそも吟行はその場で見たものを感じ取って詠むものであろう。自分の眼でしっかり見たものを詠むべきだと思うのだが。

  妻と見る月の表面野分かな 英世

姪浜吟行

何時ぞやもお話したが、たんたん句会の吟行はある街に集合し、行き当たりばったりに吟行することが多い。それが今回は姪浜でくしくも二百十日の9月1日であった。
姪浜は福岡市営地下鉄の終点でJR唐津線と直結している場所である。かつては小さな漁村であったが、今や福岡市のベッドタウンとして拡大し続けている。
また、その街は旧唐津街道の面影を今も色濃く残しており、歴史好きの多い私たち俳人にはもってこいの吟行地である。
この日も同じように旧唐津街道から住吉神社を巡り、最後はお決まりの臨済宗・興徳寺であった。この寺は姪浜地区では比較的大きな寺で、境内には竹林や池がめぐらされ、古刹の雰囲気が漂っていた。
二百十日とは思えない爽やかな秋風の下で詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  禅林の竹美しき厄日かな  英世

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初秋の花ごよみ「竹の花」

秋は竹が活発な成長を遂げる時期で、このことを歳時記では「竹の春」と呼んでいる。また、歳時記をよく見るとそのすぐそばに「竹の実」という季題がある。ところがなぜかホトトギス歳時記に「竹の花」と言う季題はない。
竹の実と言っても一般の方にはおよそ馴染みはないだろう。なぜならば、竹は花が咲くのに数十年を要するしその実を見ることも滅多にないからである。
私はその竹の実になる前の花を父に教えられて見たことがある。
前にもお話ししたが、子供の頃は近くに我が家の竹藪があり、そのすぐそばを通って学校に行っていたし、そこは私たちの探検ごっこの遊び場でもあった。
ある日その竹藪全体が白っぽくなっていた。父にその話をすると、それは竹の花で今に実になると教えてくれた。
父は花が咲くと竹藪が死んでしまうと心配していたが、その後涸れてしまうようなことはなかったと記憶している。

  追ひかけて近道を行く竹の春  英世

九月に入る

今日から九月で、やっと九月に入ったという感じである。
歳時記によると、「いよいよ秋の到来を感じさせる季節である。上旬は台風に襲われがちで、中旬ごろから残暑もやわらぐ。彼岸が過ぎると爽やかさを感じるようになる」とある。
八月はお盆の行事や何やらで句会の中止も多かったが、それも九月になると復活してくる。
いま、俳句を詠むことにやや消極的になっているが、過ごしやすいこの時期にまた気合を入れなおすとしよう。
また、いよいよ秋の山のシーズンである。いつもの脊振や油山など近くの山を歩き廻ることも楽しみである。

  川筋のままに吹かるる秋の蝶  英世

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