天神ビル

昨日お話ししたように、何となくと言う感じで三菱系の会社に就職した。
勤務地は幸運にも地元福岡となり、その勤務先があったのが昭和35年に再建されたばかりの天神ビルであった。
全館茶色のタイル張りでクラッシックな雰囲気がありながら、空調設備やエレベーターは最先端技術を誇っていた。福岡大地震の時も、向いのFビルのガラスが割れて落ちたのに対し、天神ビルはびくともしなかった。
再建された11階建ての天神ビルは、当時は福岡で最も美しいビルで、そこで働くことに少なからず喜びと言うか、誇りのようなものを感じていた。
以来、地元の関連会社へ出向するまでの20年以上、ここで仕事をしながら病院や散髪に行き、酒を飲んだり遊びに興じたりしたのものである。
何とも危なっかしく懐かしい青春の思い出であるが、それだけに今でも天神に行けば、何するというでもなくいつしか天神ビルに足の向くことが多い。
事実、先日のシルバー人材センター総会の後も、天神ビルのキリンレストランで同僚と食事をし昼からビールをあおっていた。

  懐かしき天神ビルのビアホール  英世

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コメント

Re: 昭和30年代の天神。

ととろさま

高卒でしかも田舎育ちの何もかもが戸惑うことばかりでした。
社会人としての常識、マナーなど大西さんと前田さんにずいぶん教えられました。
一番苦労したのがやはり方言でした。
やっと地区五弁が治ったと思ったら博多弁になっていました。

昭和30年代の天神。

大津様の文章拝見すると若き日が思いだされてついコメント市tくなります。私は33年に社会人。少し年上。天神ビルが建ち始めたのも良く知っています。チョコレート色の素敵なビルでした。お互いに天神あたりですれ違っていたかも。

その頃はまだビルの屋上から博多の海がきれいに見え、夕暮れのラベンダー色がきれいでした。高3の6月ごろだったか就職が決まって卒業を待つだけ、楽しい最後の学生生活でした。
お陰様で、走馬灯のようにアレコレ思いだした今朝でした。
今に比べると貧しい時代でしたが、良い青春でした。

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