母の十七回忌

先日、実家を継いでいる弟から突然電話がかかってきた。この歳になると目出度い話は少なく、また誰かの訃報かと思って電話に出たところ、7月10日に母の法事をすると言う電話であった。
母の法事と言うから十七回忌と言うことになる。その母のことを綴ったエッセイの一部を思い出した。
「母は平成12年8月16日、この秋初めてのつくつく法師と蟋蟀の寂しくも悲しい鳴き声に見送られて天国へと旅立ってしまった。享年81才であった。
母が亡くなったことについては、少なからず後悔にも似た気持ちを持っている。
貧しさと七人の子供、そしてきびしい農作業でさんざん苦労したあげくに、病院のベッドで縛られたも同然に横たわる母の姿を見ていて、正直言って早く楽にしてあげたいと思ったことである。それがたまたま二日後には現実となってしまったことである。」
その後だんだん母に対する思い出や悲しみも薄くなり、不謹慎にも俳句を作る時に無理やりに登場していただいているような次第である。
私自身、口ではいつ死んでもいいと言いながら、本音では母の分まで長生きしなければと思っている。
次の句は素人の私が初めて句を詠んで、俳句にのめり込むきっかけとなった母もの二句のうちの一句である。

 今一度つくつくぼふしや母の声  英世

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