一句の風景

露けしや自分史にみる老の文字

自分史代わりに毎日ブログを書き、時折エッセイを書いたりしている。ブログは公開しており誰でも覗くことができるので、不謹慎なことを書く訳にはいかない。
ところが、このところそのブログやエッセイに「老」の字が多くなったような気がする。日常特別に自分が老いたとは思わないが、心の隅に老いの恐れが忍び寄っているのかもしれない。
古希を迎えた年の句である。
2013年(平成25年)9月「季題:露(秋)」

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コメント

Re: 老いは幾つから?

おはようございます。
明日辺りから秋雨前線が停滞し、一気に秋らしくなるようですね。涼しくなるのはありがたいのですが、ああ、もうすぐまた一年が経ってしまうのかと言った感じです。
自分は現在73歳で、精神的に老いを感じることはありませんが、山歩きをするとそれはてきめんです。
今まで1時間ほどで登っていた山が1時間半かかり、2回の休憩がこちらは倍に増えました。
今年も秋になりましたので山登りを再開しようと思っていますが、果たしてどのような山登りになるか、今から興味津々です。
どんな結果のなろうと、精神と体力は別だと割り切って、気持ち明けは老け込まないようにしようと思います。

老いは幾つから?

お早うございます。朝夕はそこはかとなくひんやりした空気が
流れて、心地よくなりました。水引草・白の曼珠沙華・ギボウシの花・桔梗などが小さなわが庭にも【秋ですよ】と告げているようです。
私の好きな江戸時代は、40過ぎると商家の主は息子に
店を譲り、根岸あたりの隠居所で俳諧や義太夫など趣味の
日々を送るというのが一般的だったようですね。
 15歳過ぎると女は嫁に行く、男は17,8歳で社会の中でも
一人前の主扱いされる・・・
 現代は長寿化して、20歳過ぎてもまだ精神的には幼かったり
親がかりだったりする人たちも多く、親も80歳は当たり前。
90歳100歳もざらですから。
さて、「老いは幾つから?」個人差が大きいような気がします。


 さてさて、老いは幾つから?昨今は個人差があるようですね。
ところで我が家、夫は昨年から、私は今年敬老会に招待されることとなりました。新入生(笑)です。敬老会を如何に楽しく【参加して良かった】と思っていただけるように、夫や役員・福祉のひまわりサン・組長さん・子供会のお母さんお父さんたち・・・と話し合いながら実行してきたのはついこの頃の様な気がするのですが、
招かれる側になるというのは・・・何だかなあ・・・
と言って世話役していた以上、欠席するわけにもいかないだろうし。「敬老会」という言葉に改めて【老いの中に入ったんだな】と
漠然と受け止めて入るのですが。

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