犬塚村の由来

昨日は私の生まれ故郷が三瀦郡犬塚村だとご紹介したが、村には玉満と言う大字の下に犬塚と言う小字が今でも残っている。大犬塚、小犬塚、下小犬塚がそれで私はその下小犬塚で生まれ育った。
正式には「いぬづか」だが、私たちは訛って「いんつか」と言っていた。
そのいんつかの名の由来についてむかし古老(今は私が古老だが)から聞いた話をしよう。
古老の話によると、大昔に朝鮮半島の戦から帰還して来た中央の身分の高い人(名前は不詳)の犬がここで亡くなり、葬ったその塚を犬の宮と名付けた。同様に訛って「いんのみや」と言っていたが、それが元でのちに犬塚村になったと言う。
実は大犬塚の東端に犬の宮と言う小さな古墳があり、当時小さな横穴が残っていた。
その古墳には松の木の大木があって、当時、佐賀、筑後地方だけに住む鵲(かささぎ)が巣を作っていた。その卵を見ようと悪ガキどもとその松によじ登って、近くの大人から「この罰当たりが」と大目玉を食らったことがある。
村名の由来の真偽のほどは分からないが、今は住宅地と化したその犬の宮で、大木によじ登って遊んだ子供の頃が懐かしく思えてならない。

  鵲の勝つ勝つ勝つと鳴きにけり  英世

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