話し言葉も俳句調に

このところ家内から注意されることに私の話し方がある。
家内によれば「あなたは俳句を始めるようになってから、言っている意味は何となくわかるが、細部がよくわからないことが多い」と言うのである。
つまり、話をする時に相手も分かっているだろうと、目的を省略し助詞など最低必要な言葉まで省いてしまうことが多いらしい。
例えば、どこそこに吟行に行くと言ったきり「誰と行くのか、日帰りなのか泊りなのか、何時に家を出て、何時に帰って来るのか、弁当は要るのか要らないのか」など、以前は言ってくれていたことを全く言わなくなったというのである。
また、車で行くというのは良いが、車にもマイカーとタクシーがある。はっきり自分の車かタクシーか言って欲しいというのである。車庫に車がなく心配して携帯を掛けてきたこともある。
そう言えば、以前は山に登るときなどは細やかなスケジュール表を作り、必ず家内に渡していた。
山に登ると言えば俳句ではどこの山か連想させれば良いが、実生活ではどこの山に登るかぐらいは家内に言うべきではなかろうかと思い直している。
このことを家内は俳句のせいにするのだが、果たしてそうだろうか。
私は単なる夫婦の馴れのような気がするのだが。

 炉話や舌切雀も俳句調  英世

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