官兵衛語り部 Ⅱ

官兵衛ゆかりの東長寺と崇福寺を訪ねた。
東長寺は黒田藩二代藩主忠之公の墓所のある寺で、いつ訪ねても五人の殉死者の墓が涙を誘う。木造では日本一の大仏も圧巻である。
一方崇福寺は山門に福岡城の本丸表門を戴く荘厳な寺で、ここには藩祖官兵衛や初代藩主長政公が眠っている。
最近までは墓所に入ることを許されなかったが、市に譲渡されたことで、今ではだれでも自由に拝観することが出来る。
崇福寺を出てバスは一路酒蔵開きのある杜の蔵酒造に向かったが、そのバスの中ではクイズ形式で官兵衛の生涯について解説をした。
少し紹介すると、秀吉は何故官兵衛に中津十二万石しか与えなかったのか。
(官兵衛に百万石も与えたら天下に号令するだろうと秀吉が案じたから。それを聞いた官兵衛は、これは大変、秀吉に殺されると即刻隠居した。)
節約家の官兵衛だったが、本当にそうだったのか。
(関ヶ原の戦いを予測し兵を集めるために大金を惜しまなかった。)
官兵衛は家臣によく物を売り付けたがそれはなぜか。
(ただ与えるだけだと貰えなかった者が不平不満を抱くから。)
隠居した官兵衛が家臣に辛く当ったのはなぜか。
(自分を嫌ったり避けたりすることで、藩主の長政に家臣が近づくよう仕向けた。)
等々、逸話を中心に軍師官兵衛と言うよりは人間官兵衛を中心にガイドを進め、バスはいつしか杜の蔵酒蔵に着いていた。

 霾や戦国の世はまさに乱  英世

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