軍師「山本勘助」

NHK大河ドラマ「風林火山」で山本勘助がいよいよ軍師となった。
この風林火山が始まった時にも書いたが、軍師とは戦時下において君主に代わり軍機を司り、巧みに策略をめぐらすもので、中国・周の時代の呂尚(太公望とも言う)がその始まりといわれている。
歴史上もっとも有名な軍師は、漢の劉備が三顧の礼をもって迎えた三国志の諸葛孔明であろう。天文、地理に明るく人の気持ちをうまく操るその采配はまさに天才である。また主人劉備の死後もその忠節を曲げなかった忠義の士としても有名である。
甲斐武田の軍師として山本勘助がいよいよ登場する。信玄の野望達成のために獅子奮迅の働きをするわけであるが、その基本理念は孫子の言うところの「戦わずして勝つ、屍を築くことだけが戦ではない」と言うところにある。いわば調略と言う説得、寝返りなど外交を得意とした戦略であった。
この後、信濃の村上義清との戦いから上杉謙信との川中島の戦いへと突き進んでいくわけであるが、勘助がどのような戦略を立てどのような活躍を見せるのか今から楽しみである。
ちなみに、越後長岡出身の連合艦隊司令長官・山本五十六もこの山本勘助と同族だとする説もある。

  人馬消す川中島や霧の夜   英世

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