一句の風景

落城の語部なりし牡丹かな

福岡から車で約1時間半、佐賀県肥前町の切木(きりご)という長閑な集落を訪ねた。目的は一軒の民家の庭に咲く大牡丹である。この切木の牡丹は四月下旬に咲き始め一週間ほどで満開を迎える。
牡丹は中国北西部原産の落葉低木で、その花の豪華さから花王、花神とも呼ばれ古くから栽培され、日本には奈良時代の聖武天皇のころに渡来したとされている。
この切木牡丹には落城にまつわる悲しい話がある。戦国末期この地方の領主波多氏は豊臣秀吉によって関東の筑波山に流された。ある日荒れ果てた岸岳城を訪ねた旧家臣が、領主夫人が愛していた牡丹を見つけ、その一株を自宅に持ち帰り、大事に育て旧恩に報いたとある。その樹齢四百年の一株が今は二百数十本に増え、六百もの大輪を咲かせている。
歴史好きの私は、この牡丹にまつわる悲話に感動し、詠んだ句である。
2002年(平成14年)5月「季題:牡丹(夏)」

コメント

 落城の哀れを知るや牡丹花。というところでしょうか。歴史の裏話大好きなので、興味深く拝読。
 一輪の牡丹に秘められた落城の物語、それを受け継いで樹齢を重ね、
六百もの大輪を咲かせている、一度訪れてみたくなりました。
 物言わぬ花は、その命を繋ぐことで歴史を紡いで来たのですね。

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