厄介な漢字

俳句を嗜んでいるものに取って漢字は重要で気を使うところである。
日頃パソコンに慣れ親しんでいると、変換ミスに気づかず恥ずかしい思いをすることもあるが、今日はそのミスではなく漢字の使い分けの話である。
一つは太宰府と大宰府、もう一つは玄界と玄海である。
最初の「だざいふ」はもともと大宰府であったらしいが、奈良時代以降の文書には太宰府の表示が多く見られるようになった。
そこで近世では地名や天満宮などの固有名詞には「太宰府」、それ以外には大宰府と表記するようになった。太宰府市、太宰府天満宮、大宰府政庁などがそれである。
一方「げんかい」は玄界灘のことを略して玄海とも呼び海の字を当てる。これは玄界灘の省略で、海を意味する漢字が二つ表記されている「玄海灘」は誤記であるとされている。したがって、玄海の名は玄界灘という地理上の固有名詞を言うのではなく、広く九州北部の海といった意味だろうか。
古くは「玄海洋」とも書かれ、略して玄洋という呼び方もあった。それが今も福岡の玄洋社として残されている。
俳句を詠む場合は正確な表示に気を使わなければならないが、この二つの漢字も時代と共に混同されているような気がする。

 初夏や歌は十八番の無法松  英世

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://hideyo.blog69.fc2.com/tb.php/740-066291eb

 | BLOG TOP |