玄界灘Ⅱ

引き続き玄界灘の話だが、昨日は好天に恵まれ油山の山頂から美しい玄界灘の景色を堪能することができた。
玄界灘と言えば海、即ち古代海人の時代から漁業が中心と思われがちだが、番組では海と陸との共存の様子が興味深く報じられていた。
筥崎神宮の玉せせりのように、豊漁と豊作を占う神事が今でも至る所で繰り広げられている。
特に稲作が定着してからは、玄界灘の糸島の半島部と内陸の古代王朝のように、漁業と農業がはっきり分けられるようになった。
そこには古代からの協力関係があり、海のものと陸のものとを交換する市も日時を区切って度々開かれていたに違いない。
糸島を形成している海の志摩と陸の伊都との関連は、これからの調査でもしかしたら日本誕生の謎が解き明かされるかもしれない。

 麦秋や穀と魚を換ふる市  英世

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