西行

芭蕉は深川の庵で日々俳諧に親しみながらも、他人の評や添削に明け暮れている生き方に疑問を持っていた。
自分の一生はこれでいいのか、このままではただの俳諧宗匠に終わってしまうと危惧していたのである。
そのような時に意識したのが西行であった。
ということで、荘子と同様にその芭蕉が憧れていた西行について少し勉強してみた。
資料によると「本名は佐藤義清(のりきよ)。生命を深く見つめ、花や月をこよなく愛した平安末期の大歌人で、『新古今和歌集』には最多の94首が入選している」とある。
平安末期に藤原氏の血を引く俵藤太秀郷の裔に生まれ、当時エリートと呼ばれていた北面の武士として仕えていながら、失恋から(?)辞して出家したと言われている。若干二十歳とも二十三歳だったとも。
当時、出家そのものは珍しくないが、彼が名門の出で北面の武士であった上に、妻子を捨てての出家に世間は驚いたという。
出家後、西行は旅の歌人、花の歌人となっていく。そのことはここでくどくどと申し上げることもないが、「心なき身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮れ」の歌は身につまされるものがある
芭蕉もまた西行の道をたどり歌枕を訪ねることで、あの奥の細道へたどり着くことになるのである。

 西行を慕ふ翁や時雨笠  英世

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コメント

Re: あけましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。
こちらこそよろしくお願い申し上げます。
今日は午後から初句会です。

あけましておめでとうございます

英世さま、ブログ、元旦から拝見していました。
私は、相変わらずだらだらとのんびり更新になっています。
ですが、マイペースでもこれからも続けていければと思っています。

今年もどうぞよろしくお願い致します。

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