私の好きな一句

雀の子そこのけそこのけ御馬が通る  一茶

小学生でも知っている一茶の代表句である。
大名行列の前で雀が遊んでいる雀を見た一茶は、思わず「そこのけそこのけ」と大名行列の声をまねて雀に注意したのではなかろうか。
農耕馬だとか子供のお馬遊びだとか、いろんな解釈ができる句ではあるが、私はこの大名業行列の仰々しさと雀の可憐さを対比した解釈が好きである。
そこのけという言葉に大名行列に対する迷惑と言うか批判的な目を見ることもできる。
一茶は私の学んでいる伝統俳句とは少し違った、庶民の生活や遊びの句が多いが、それがまた彼のよさであろう。

好きな一句

降る雪や明治は遠くなりにけり 中村草田男

今の私たちが昭和を懐かしむように、草田男もしみじみと明治を懐かしんでいるのである。
その懐かしむ心中が降る雪やという言葉に込められており、最後の「なりにけり」で心の内を言い切っている。深々と降る雪の中で、傘を差しただぼうっと立ち尽している作者の景が浮かんでくる。
草田男はどのような気持ちで明治を懐かしがっていたのだろうか。老いていく自分、先立つ友人を母校の小学校の前に立って偲んでいるとも思える。
なお、この句は典型的な「や、けり」であるが、抱え助詞の「は」がそれを救っていることを初めて知った句でもある。
また、この句は必ずしも名句とは言えないとか、盗作ではないかと言う評論家もいるが、それは別にして私の好きな一句である。

好きな一句

目出度さもちう位也おらが春  小林一茶

「めでたさも中くらいなりおらが春」、正月と言うとまず私の頭の中に最初に浮かんでくるのがこの一茶の句である。
この句の面目は何と言っても中くらいなりである。中くらいと言っても成績の中くらいと言った順位や程度ではなく、信濃の方言で、あやふやとかいい加減とかどっちつかずといった意味で使われている。
では何があやふやかと言うと、一茶は「ことしの春もあなた任せになんむかえける」と言っている。
つまり、一茶は阿弥陀様に向って今の一茶は「あなた任せの」吹けば飛ぶような暮らしぶりで、そのありのままで正月を迎えている。だから目出度いのかどうかあいまいな自分の正月であると語っている。
正月を迎えるたびにすぐ口にする私の好きな一句、第一号である。

今年の十大ニュース

今年も残り少なくなった。
今年を振り返ってみたが相も変らぬ平々凡々とした一年であった。そのような中で恒例の今年の私の十大ニュースを考えてみた。
⑴ 一年間風邪もひかず健康で過ごせたこと
⑵ 家族全員が健康で無事であったこと
⑶ ブログを書き始めて十年を迎えたこと
⑷ 俳句の会鴻臚が十周年を迎え記念式典を行ったこと
⑸ 高校の親友松田正也君を亡くしたこと
⑹ 進学塾の仕事を無事に続けられたこと
⑺ 俳句の会鴻臚で選者になったこと
⑻ 足の指のけがで山を断念したこと
⑼ 月二回の図書館通いを欠かさなかったこと
⑽ 地震を機に部屋の断捨離を実行し模様替えしたこと

    指折りて様々想ふ師走かな  英世

博多埠頭吟行
今回の百年句会吟行は珍しく晴れ渡った博多埠頭であった。
実は、この博多埠頭のことは一年ほど前に、俳誌「冬野」に「吟行あれこれ」として執筆し紹介したことがある。
博多埠頭は博多と玄界灘に浮かぶ島々や韓国を結ぶターミナルであるが、その博多埠頭は二つの顔を持っている。
一つは終戦当時海外から139万人もの人が引き揚げてきた港ということである。悲惨な戦争で苦心惨憺して引き揚げてきた人たちの眼に、やっと着いた博多埠頭や遠く日本の山並はどのように映っただろうか。引揚記念碑を見ながら非戦の誓いをあらためて強めて行った。
もう一つは、ベイサイドプレースやポートタワーと言った娯楽施設で、大きな水槽に泳ぐ様々な魚を鑑賞したり、レストランやショッピングモールを備え親子ずれや旅行客で一年中にぎわっている。そのレストランでお昼にいただいた海鮮丼の美味しかったこと。
例によってその博多埠頭を詠んだこの日の一句をご紹介しよう。

  引揚の語部なりし冬港  英世

2016121810170000 (002) 2016121809490000 (002)
2016121809380000 (002) 2016121811160000 (002)

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