余寒

今回の硯潮句会の兼題は「余寒」と「猫柳」であった。
まず余寒だが、歳時記によると寒が明けてからも残っている寒さである。
春寒と同じことであるが、寒の字が入っていることで寒の余波と言う感じが強く、語感に微妙な違いが感じられる。。
今年はまさにこの余寒の強い年であった。
寒明けてからの寒波襲来はよくあることだが、今年ほど強くしかも雪を伴って押し寄せる寒波に震え上がった年も珍しい。
その余寒を詠んだ今日の一句をご紹介しよう

  胸張れと吾が身たしなむ余寒かな  英世

梅一切

春浅しと一緒に出された兼題が「梅一切」であった。
句会ではよく「○○一切」といった兼題が出される。「花一切」「月一切」などがそれである。
ちなみに梅一切と言うからには梅に関する季題なら何でもいい訳で、白梅、紅梅などの梅そのものはもとより、観梅でも、梅林でも良い訳である。
福岡の梅の名所は本家本元の太宰府天満宮を始め、久留米の梅林寺、糸島の小富士梅林などが有名だが、私は近くの舞鶴城址の梅を訪ねることが多い。
梅の兼題が出されると、ころ合いを見計らって舞鶴城の梅林を訪ね、しばし句作にふけるのが常である。
ちなみに近く行われる百年句会もこの福岡城址の梅林吟行である。
その梅を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  梅一輪稀には早く咲くことも  英世

春浅し

今月のこうろ句会の兼題は「春浅し」と「梅一切」であった。
まず春浅しだが、立春は過ぎたもののまだ寒さの残る時期のことで、まさに昨日今日の春の寒さを言う。浅き春、春淡し、浅春とも詠まれる。
風も冷たく、 時には雪が降ったり、厳寒のころの気温に戻っ たりもする。
似たような季題に早春があるが、こちらは単に春になってまだ早い時期のことをいうもので、そこにはあまり感情がこもっていない。
そういう意味では、春浅しは早春よりも主観の入った季語 と言えそうで、その所をどう詠むかがカギである。
その春浅しを詠んだ今日の一句をご紹介しよう

  浅春の光の中を子ら駆ける  英世

一句の風景

春の風邪妻に代りて立つ厨

めったに風邪をひかない家内が風邪を引いた。つまり春の風邪である。
春の風邪と言えば何となく色っぽいものを感じるが、我が妻となるとそうとも言ってはおられない。それよりも今日の食事の心配が先である。
ということで、久しぶりに台所に立つ破目になった。
元来料理好きな私だが、家内は頑として台所には立たせてくれなかった。理由は私が作るだけ作って台所を汚した挙句、後始末は家内任せにするからであろう。
だが、この日だけは違っていた。
体が温まるようなものをといろいろ考えたが、結果的にはカレーライスとサラダだけになってしまった。
2015年(平成27年)2月「季題:春の風邪(春)」

植物園俳句

先日は春間近の植物園散策の話をしたが、今日はそこに展示されている俳句の話である。
植物園の休憩所には俳句募集のコーナーがあり、筆と短冊が添えられている。植物園の園長がどうも俳句が好きらしく、その発案によるものらしい。
そこに投稿された俳句は毎月一度更新され、園内の東屋に展示されている。
展示されている作品は小学生から私たちのような俳句愛好家や写真家、探鳥家など様々で、思い思いに植物園の風景を切り取っている。特に小学生の俳句は面白く、中にはこんな視点もあるのかとはっとすることがある。
また、私は参加していないが、毎月その名も「植物園句会」が開催されている。その先生の勧めで、私も時々写真入りの俳句を投稿するようになったのである。
その展示されている私の句を今日の一句としよう。

  やはらかき水より春の立ちにけり  英世

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