一句の風景

薫風や所を得たる三師の碑

師の池田昭雄先生の句碑建立の時に賜った句である。
実は句碑建立の当日にはまだこの句は出来ておらず、俳句大会にも投句しなかった。
俳句大会での成績があまりにも無残だったので、後で再び句碑を訪れ詠んだものである。
昭雄先生の句碑は天神の水鏡天満宮に、師系の稲畑汀子先生、小原菁々子先生の句碑と共に建てられている。
三代句碑が香しい薫風の下に所を得て調和しており、その様子に感激して賜った句である。
2014年(平成26年)6月「季題:薫風(夏)」

夏暖簾

この夏暖簾は字のごとく夏の暖簾で、この時期よく詠まれる季題である。
新日本大歳時記によると、「軒先に張って日除けにする暖簾であるが、夏季になると涼しい柄をあしらったものに改める」とある。
ところが私の知っている暖簾は、日除けの意味よりもむしろ店と街中を仕切るためのものであり、その短い暖簾をくぐることで人が客になる門のようなものである。
私の行きつけの割烹「ひしむら」でも、夏になると麻暖簾に替えて涼しさを演出しているし、同時に女将も一重の涼しそうな着物を装ってくる。
また、博多と言えば屋台が有名だが、その屋台も冬の風を遮る手段が暖簾であり、夏に風通しを良くするのもこの暖簾である。
その夏暖簾を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  北斎の波を染め抜き夏暖簾  英世

黐の花

今月の硯潮句会の兼題は「黐の花」と「夏暖簾」であった。
まずややこしい字の黐の花だが、「もちの花」と詠む。子供の頃親しんだ鳥もちの原料の木である。
ところがこの兼題が出てハタと困った。黐の花にはほとんど馴染みがないからである。
そこは困った時の頼みの綱の植物園である。兼題が発表になってすぐの5月2日に植物園を訪ね、顔見知りの職員に黐の木のあるなしを訪ねたところ、係員も参考資料を見ないとわからないほどの目立たない樹木であった。
係員も自分の勉強になるからとわざわざ連れて行ってもらって黐の木を見に行ったが、何と花は散ってしまい早くも青い実がついていた。
歳時記では黐の花は6月の季題になっている。花の兼題が出るといつも私が参考にしているインターネットの「季節の花300」でも黐の花の撮影日は4月4日で、青い実の撮影日は4月26日になっていた。別の資料でも花はソメイヨシノの頃咲くとなっていた。
さてこのややこしい季題をどう処理したらいいものだろうか。ここはクロガネモチで詠むしかあるまいと詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  棄て墓に日がな雨降り黐の花  英世

私の好きな一句

紫は水に映らず花菖蒲  年尾

この句の碑が太宰府天満宮の菖蒲池に立っている。
太宰府は私たち福岡在住の俳人には吟行のメッカと言った場所で、この菖蒲池もそのスポットの一つである。
東神苑の菖蒲池には約55種3万本が咲き誇り、白、うす紫、紫の花々が水面に映る姿は、太宰府天満宮の菖蒲池ならではの見所となっている。
その菖蒲池にこの句碑は立っている。
高浜年尾は虚子の子で、ホトトギスの第二代主宰である。
句の意味は言わずもがなで、少しどんよりとした梅雨空の下では、水に映る花菖蒲の紫は濁った水に吸収されて映っていないというのである。

蝸牛

ややこしい字だが「かたつむり」または「かぎゅう」と読む。つまりでんでんむしのことである。
半透明の渦巻き型の殻を背負い、頭に二対の角を持ちその角は出し入れが自由になっている。長い方の角の先に目があるが視力は弱く明暗を見分けるぐらいだという。
愛嬌ある形や動きで子供たちに親しまれているが、その実態は木の葉や野菜などを啄む害虫である。
太古は水中で暮らしていた貝の仲間であろうか、今でも湿気を好み雨後や夜間に活動し、天気の良い日は石の下や葉の影に隠れている。
最近めっきり少なくなったが、吟行で鎮守の森などを巡りこの蝸牛を見つけると何となくホッとして子供心に戻ってしまう。
その蝸牛を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  急ぐこと何もなき身やかたつむり  英世

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