八月の花ごよみ「花火」

納涼花火大会真っ盛りである。
もともと花火はその年に亡くなった人の霊を慰めるためにお盆の時期に行われた。それが何時しか夏の風物詩として、ますます盛んになっていったのである。
と言うことで、昨日は大濠公園の花火大会を見に行った。
大濠公園のすぐそばのマンションに住む句友から、部屋から居ながらにして花火が見物できるからとお誘いを受けていたものである。
都合句友6人が集い、それぞれに自慢の料理を持ち寄って大宴会をしながらの花火見物である。
ビール、酒に焼酎、お寿司にお漬物と豪華なメニューで、さすがはベテランの主婦ぞろいである。
それにしても花火の迫力の凄いこと。ド~ンと言う音に窓ガラスはビリビリと揺れるし、私の心にもずしんと響いてきた。
幾つになっても花火は楽しいものである。

  大濠の窓越しに見る大花火  英世

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八月に入る

九州北部豪雨の復興の目途も立たぬうちに八月を迎えてしまった。
長期予報によると今年の八月も猛暑が続くという。7日は立秋だと言うのにいまだに秋の気配は感じられない。
だが、昨日はもうつくつくぼうしが鳴いていた。やはり秋はそこまでやって来ている。
本当に暑いのはこれからなのに、熱中症にならなければよいが、病気が流行らなければいいが、食べ物は、水は、住まいはと被災地の人のことが思いやられてならない。
話は変わるが、子供たちはその暑さにも負けず夏休を満喫している。その夏休みを縮小しようと言う動きがあるらしい。
私の子供の頃はこの夏休みが待ち遠しくて仕方がなかった。宿題は一週間ほどでさっさとかたづけてしまい、後は釣りに泳ぎにと堀や川で悪餓鬼どもと遊びまくったものである。
夏休みの縮小も理屈のあることだろうが、先生方の都合ばかりでなく親や子供たちの意見も聞いてみたらどうだろうか。

  夏休昨日も今日も海の中  英世

七月が終る

とんでもない七月が今日でやっと終わる。
一発の雷鳴と共に天から槍が降ってきたような大雨、川は瞬く間にその許容量を越え田畑や民家を押し流してしまった。溜池の水もその役割を果たさず、溜池そのものが崩壊してしまった。
逃げ惑う人々、それをあざ笑うかのように濁流は流木を伴って襲い掛かってくる。
特に美林と言われた日田杉はもろくも倒れ押し流されてしまった。杉や檜を山一面に植林したにもかかわらず、その樹木は地中深く根を張ることはなく山を守ることは出来なかったのである。
被災者は命からがらやっと避難所に駆けこんでも、真夏の暑さの中でただ茫然と佇むほかはなかった。
とにかく被災地の早期復興を願わずにはいられない。

  七月や村の慟哭聞こへくる  英世

寝茣蓙

近くのホームセンターで、寝茣蓙を買った。あの藺草の寝茣蓙である。
私の田舎は藺草の産地なので、寝茣蓙や花茣蓙は身近なもので、亡くなった伯母は花茣蓙織りの伝統技術保持者であった。
実は私は全くの婆ちゃん子で、遠足や学習参観などの付き添いはもとより、寝る時も祖母と同じ布団で寝ていた。
ところが、寝苦しい夏に使うのが寝茣蓙のはずだが、祖母は真冬でも寝茣蓙を使っていた。理由はよくわからないが、決して温く柔らかい敷布団で寝ようとはしなかった。
明治生まれの祖母は温かい布団に寝る習慣などなかったのかもしれない。
必然的に私も寝茣蓙で寝る訳だが、長年の習慣で抵抗は全くなかったが、祖母と別に寝るようになって、そんな習慣は途切れてしまった。
寝茣蓙を買って妙に祖母との暮しを思い出し懐かしくなった。

  泥の香の匂ふ寝茣蓙や祖母の夢  英世

でんすけ西瓜

家内の友人から珍しい西瓜を送っていただいた。北海道産の「でんすけ西瓜」である。
それは私たちが知っている縞模様の西瓜ではなく、外は真黒で中身は西瓜特有のおいしそうな赤身であった。しかも馬鹿でかい西瓜で量ってみると約9キロもあった。
現役のころ北海道旭川に出張した折に、同じく真黒の「爆弾」と言う西瓜を母に送ったことがあるが、多分その西瓜と同じ種類のものだろう。
あまり大きすぎて家内と二人では食べきれず、息子と孫の愛莉に来てもらい四つ切にして持って帰らせた。
さすがに北海道の名産と言うことだけあって、味は抜群でその甘さも上品なものであった。
俳句では西瓜は初秋の季題になっているが、本当に美味しいのは汗だくで食べる夏の今頃ではなかろうか。
なぜ初秋の季題になったのだろうと考えてみたが、もしかしたらお盆に仏さまに供えることから来ているのかもしれない。それにしても美味しい西瓜だった。

 でんすけてふでかい西瓜に奮闘す  英世

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