講談を楽しむ

少し前の話だが、シルバー人材センター女性会員のつどいのアトラクションで日本の伝統話芸「講談」を聞いた。
講談師は神田紅の下で、ただいま修行中の女性門下生四人で、お馴染みの世話物の他に二人で演じる「鍋島化猫騒動」など三席を楽しく聞かせてもらった。
さらにこの企画で面白かったのは、「講談を知ろう」というもので、会場の観客に実際に講談の声色を演じてもらうことであった。
まず、講釈師が模範を示して舌を大きく出し上下左右に回したりしながら、大きな声を出す訓練をし、講談特有の抑揚のある語り口を、鉢の木の「いざ鎌倉へ」で実際に声を出して真似るというものであった。
元来喋ることが好きな私は、初めての講談の語りに悪戦苦闘しながらも、高校時代に弁論部で発生訓練をしたことを懐かしく思い出していた。

  春寒や化猫語る講釈師  英世

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私の本棚「江戸川柳で愉しむ中国の故事」

歴史好きの私は日本の歴史だけではなく、中国の歴史にも関心をもって本を読み、テレビを見たりしてきた。
その中国の歴史を楽しむ、そのものずばり「江戸川柳で愉しむ中国の故事」と言う本に出合った。
この本は多くことわざになっている中国の故事を、人物を中心に詠史川柳と言われる江戸川柳を介して紹介しており、題名の通り楽しく読むことができた。
一例を示すと、有名な孔子は50代の半ば頃、自国の魯の政情に失望して衛に逃れ、門人の妻の兄の家に身を寄せていた。
川柳作家はこの事実を踏まえて「孔子でも三杯目にはそつと出し」と詠んで、あの聖人とされる孔子を居候の姿で描き出している。
他にも太公望や関羽、楊貴妃など中国の歴史に名前とことわざを残した人物を、川柳を通して分かりやすく紹介しており、私の忘れかけていた中国の人物史を思い出させる良い機会となった。

  早春や書架に少年三国志  英世

豆まき

今日は立春だが、起きてみると外は一面の銀世界であった。淡雪つまり春の雪である。
さて、昨日は吟行で訪れたばかりの東長寺と櫛田神社で追儺行事の豆まきがあった。
豆まきは平安時代から続く宮中の大晦日の追儺行事だが、その後、節分に鬼退治をする豆まきになったものである。
最初に訪れた東長寺では来賓は高島市長だけで、寺の信者を中心とした静かな豆まきであった。
そこで偶然赤鬼と青鬼と話す機会があった。聞けば二人とも留学生で、一人はベトナム、一人はスリランカの学生でしかも女性であった。私のwhyの問いに、二人とも日本の文化に親しみたかったときれいな日本語で話してくれたことが嬉しかった。
東長寺の豆まきの次は真向かいの櫛田神社に行った。
こちらは一転して掛け持ちの高島市長を始め、福博の知名人や中村勘九郎などの歌舞伎役者を招いての豪華な豆まきであった。その中にはすっかり有名人になった「くまもん」の姿もあった。
散々人込にもまれながら、何とか写真のように年以上の豆をゲットすることができた。
豆まき行事が終りいよいよ春近しの気分が高まった一日であった。

  豆まきはさておき歌舞伎役者観る  英世

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二月の花ごよみ「春の兆し」

昨日は2月の始めと言うこともあって、春の兆しを探しに植物園を散策した。
まず、この時期に見逃せないのが梅の花で、南面の梅林にはぽつりぽつりと白い梅がほほころび始めていた。
さらに目につくのが木の芽である。
ホトトギス歳時記では木の芽は3月の季題となっているが、温かい九州では一月程早く諸々の木の芽を見ることができる。
この日の植物園には桜、朴、楝、木蓮などの木の芽や牡丹の花芽などが今か今かと春を待っていた。中でも木蓮の芽は今にも咲き出さんばかりの勢いであった。
一方地上に目をやれば、日当たりのいい場所に水仙が清楚な香りを放ち、菜の花も黄色い笑顔を振りまいていた。
こうして植物園は日一日と春に向って輝いてゆくのである。
梅林そばの四阿には私の新しい俳句が展示されていたが、その話はまた別の機会にしよう。

  梅が香を纏ひ手つなぐ母子かな  英世

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二月に入る

今日から二月である。二月と言えば梅、その梅の花こそが私が密かに愛する花である。
資料によると、梅は中国からの移植説と日本古来の原産地説とがあるが、文献・学者の多くは中国原産地説をとっている。
それはともかくとして、私の言う梅は梅の花である。
実は福岡県の県花は「梅」、県鳥は「鶯」、県木は「ツツジ」である。
梅の花が県花に選ばれたのは、大宰府天満宮の菅原道真公と飛梅の故事によるものは明らかで、「東風ふかばにおいおこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ」の歌碑が大宰府天満宮に建ってる。
誰もが知っているように、無実の罪で京都を追われた道真が詠んだ惜別の歌で、梅は道真の心を知って一夜のうちに太宰府へ飛んできて、美しい花を咲かせたと伝えられている。
実はかつて会社の独身寮が観世音寺裏にあって、私も若いころにそこにお世話になっていた。それだけに梅の花は私の青春時代の花と言えるであろう。

  青春を過ごせし町や梅香る  英世

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