青色

春になって野原に緑がよみがえってきた。
そんな中、室見川河畔を歩いて青い空を眺めていたら、どうした事かその青色と言うのが気になりだした。現在の詩壇に青という表現が多種多様に使われているからである。
まず人間でいえば、青春、青二才、顔色が青い、尻が青い等々である。
自然界ではまさに青い空、青い水、青い波、青い風、青葉などがそれで、極めつけは緑を青と言うし、白を青白いと言い、馬の毛色では黒い馬を青毛と呼んでいることであろう。
このように日本人の色彩感覚は、どうも白をはじめとした寒色系を、ひとくくりにして青と表現することが多いようである。
少し古い句だが、私も緑を青として詠んだことがある。
今日はその一句をご紹介しよう。

  まだ青を内にひそめて枯芭蕉  英世

私の本棚「俳句とはどんなものか」

高浜虚子の「俳句とはどんなものか」を読み直した。
俳句と言うものを少しは理解しているつもりだったが、こうして初心に帰って読んでみるとまた新しい発見があるから不思議である。
俳句が季の文学であること、切れ字のこと、文法にとらわれないこと、そして「俳句とは芭蕉によって縄張りされその芭蕉や蕪村、子規によって耕された文芸である」と言ったところを再確認させられた。
ところが、その解説が気に入らなかった。
本文は、虚子が初心者のために俳句とはどんなものかをわかりやすく丁寧に解いているのに対し、解説がくどくどと書かれている。
なにしろ解説が長い。虚子の本文が118ページに対し、解説が15ページにも及んでいる。しかもあれも言いたいこれも言いたいと欲張り過ぎで、まるで自作品の発表のようである。
このような状態を本末転倒とでもいうのだろうか。

  毒舌はいつものことよ花見酒  英世

桜の種類

桜の季節もいよいよ終りだが、今年ほど桜を見て回った年はないかもしれない。
桜は山桜から始まりソメイヨシノが生まれて全盛を迎えたと承知していたが、このところやたらと桜の種類が多いことに気が付いた。
調べてみると、日本には定かではないが600種類ほどの桜があるという説もある。
福岡市植物園だけでも基本の2種類の他に、シダレ桜、ヨウコウ桜、コヒガン、オカメ、アーコレイド、チョウジ桜、シュゼンジ桜などがあった。
桜は今や海外でも人気の花で、中にはイギリスで交配されたオカメ、アーコレイドと言う桜もあり、これからもますます増えそうな予感がする。

  摩天楼遠く浮かべて花の雲  英世

春寒

昨日は本当に寒かった。
春の寒さを言う季題に春寒とか余寒、料峭、冴返る、花冷えなどがあるが、昨日の寒さはこれらの季題では言い表せないほどで、まさに寒の戻りと言った感じであった。
このところの夏のような暑さから一転して冬に逆戻りで、これでは暑さでなまってしまった体はたまったものものではない。
加えて昨日は朝からの仕事で、一旦は仕舞い込んでいたコートを引っ張り出し、教室では暖房を入れたほどである。
この急激な気候変動、地球は一体どうなっているのだろうか。

  春寒の風に圧さるる背中かな  英世


花の年齢

飽きもせず昨日も植物園に行って残りの桜や、珍しい紅色の金縷梅(まんさく)、花海棠、榠樝の花などを楽しんだ。
少し疲れて来たので美しい紅枝垂れ桜の下で休んでいると、植物園の係りの人が来てしきりに枝垂れ桜を観察しては台帳に何か記入している。
こうなると黙っておれない。「なにをされているのですか」と尋ねたところ、花の開花年齢を調べているということであった。
私は思わず「満開ですね」と話しかけたところ、彼は「11度」だと答えた。何のことかわからず私がきょとんとしていると彼はやおら説明しだした。
桜の開花期は0~15段階で表示し、満開は真ん中の8度だということであった。つまり11度は満開をやや過ぎた段階と言うことである。
世の中知らないことが多すぎる。何時ぞやも言ったように知らないということさえ知らないのである。今日はそう言った意味では大いに勉強になった。
それにしても、満開をやや過ぎたとはいえこの日の紅枝垂れ桜はことのほか美しかった。

  殿は枝垂れ桜で整へぬ  英世

2018040315480000 (002) 2018040315490000 (002)
2018040315300000 (002) 2018040316000000 (002)

««BACK  | BLOG TOP |  NEXT»»