実家の裏に団地

実は、このことは実家で正月のお祝いをした後にすぐにお話しようと思ったのだが、あれやこれやと考えているうちに、つい時を逸して今日になってしまった。
昔の私の家の裏からは、遠くかすかに見える脊振山系以外に山の姿はなく、一面に田んぼばかりが広がっていた。
それが今年の正月に実家に帰り、懐かしさのあまりつい裏の田んぼを歩いたところ、その田んぼの周辺が街中の通りではと思うほどに変貌していたのである。
私が長年親しんできた近所の田んぼは売り払われ、そこには小さな団地が出来ていた。
売り払われた田んぼの中に我が家の田んぼはなかったが、少し前にお話した分家の田んぼも含まれていた。
実家を継いでくれた弟は時代の流れで仕方がないと言いながらも、我が家の田んぼだけは売らなかったと言ってくれた。兄貴が悲しむだろうからと。

  青田風故郷遠くなりけり  英世

私の好きな一句

分け入っても分け入っても青い山  山頭火

伝統俳句系の私だが、山頭火の句となると別である。
山頭火の句はある意味では俳句とは言えないかもしれないが、好きなものは好きである。
この句は山頭火45歳の折、全国行脚の旅に出た時に詠んだ句で、山頭火の俳句の中でも有名な句の一つである。
この山は青々とした美しい夏の山を連想し清々しさを感じるが、単に美しいだけではない。道なき道を歩き続け、行けども行けども続く青い山。なかなか目的地に到達しない切ない思いをその青い山に見ている。
山頭火は人生を模索し続ける自らの歩みをその青い山に重ね合わせていたに違いない。

庭をどうするか

暑くなる前にと早朝1時間半かけて庭の草取りをした。何時ぞやお話ししたように草取りは私の一番嫌いな作業である。
蚊に喰われる、朝から汗びっしょり、手の指は真黒、取った草の処理、草取った後の綺麗な庭を見る以外に何のメリットもない。
隣の娘の家と庭続きで、今までは時折娘の家の草も取っていたが、この夏だけは勘弁してもらっている。
ところでこの庭をどうするかである。
確かに薔薇や芙蓉の花が咲いた時はきれいだが、それでも草取りはしなければならない。だんだん年取ってくるし、その草取りもできなくなるかもしれない。
猫の糞害もあることだし、近いうちに庭を石畳にして花は鉢植えにしたいと思っているが、果たして家内殿はどう言うだろうか。

  夏草や所かまはず猫の糞  英世

老鶯

紫陽花と同時に出された兼題が老鶯つまり、夏鶯である。
鶯と言えば春の季題であるが、夏になって鳴く鶯を老鶯、残鶯などと呼ぶ。
冬から春の笹鳴に始まり整わぬ鳴き声から、初夏になると「ホーホケキョ」という鳴き声に整えられ、年季が入って美しくなる。まさに老鶯と言われる由縁である。
この時期、油山を散策すると全山鶯の鳴き声で埋め尽くされ、山歩きで疲れた躰を耳から癒してくれる。
だが、この美しい鳴き声も夏の終りと共に聞こえなくなる。この時の鶯を「鶯音を入る」という夏の衰えを感ずる季題の一つとなるのである。
その老鶯を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  老鶯の鍛へ上げたる声の色  英世

紫陽花

今回の鴻臚句会の兼題は「紫陽花」と「老鶯」であった。
まず紫陽花だが、この時期俳句には欠かせない美しい花で、舞鶴公園や筥崎宮紫陽花園などが有名である。
花の色が移ろいやすいことから七変化という別名もあるが、あの大きな毬のような花は実は萼の変形したもので、本物の花弁は花に隠れて目立たない。
また、西洋にこの紫陽花を紹介したのがシーボルトで、学名に自分の愛人「お滝さん」の名を採って「オタクサ」と名付けたのは有名である。
ところで、この紫陽花はユキノシタ科と言うことであるが、あの地を這って咲くユキノシタと同類とはどうしても思えない艶やかな花である。
その紫陽花を詠んだ今日の一句をご紹介しよう。

  水の色たつぷり湛へ濃紫陽花  英世

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